FF-D D+S m-ds New!夢物語


38 探していたんだ



 砂漠の夜は冷える。それがバルコニーではなおさらだ。昼間の熱気が嘘のように、ひんやりと冷たい風がエルの頬をなでていく。
 通常なら少しくらいは昼間の熱が残っていてもいいくらいだが、あいにく砂のなから這い出たばかりの城は、いつもに増して寒かった。


「っっくしゅ」


 エルは派手にくしゃみをした。
 やっぱりもう一枚何か羽織ってくるべきだったなと思いながら、夜の砂漠を眺める。


「……何にも見えない」


 世界が崩壊して以来、世の中の地形は変わり続けている。
 エルはフィガロ城周辺の景色の変貌具合を確かめようとバルコニーへ出たのだが、少し来るのが遅かった。景色はおろか砂漠の砂までもが夜の闇に隠れてしまい、何も見えない。もう中へ入ろうかと思案し始める彼女に、後ろから声がかかった。


「ここにいたのかい」


 エルが振り向くと、エドガーが立っていた。彼はにこやかにエルの方へ歩いて来るが、エルはまたくしゃみをした。


「おや、女性が身体を冷やしてはいけないよ」


 エドガーは羽織っていたマントをさっと脱いで、エルの肩にかけた。
 マントが乗せられた肩は暖かい。思いの外身体が冷えていたことに、エルはようやく気づいた。けれど、これではエドガーも寒いのではと、エルは申し訳ない気持ちになった。


「ありがとう。でも、エドガーが寒いでしょう? 」

「いいや。俺は少なくとも君よりも厚着しているし、これでも身体は丈夫な方だよ」


 エドガーはそう言うと口角を上げ、心配無用とウインクをした。
 エドガーは鎧を外していたが、深い青緑色のジャケットを着込んでいた。厚手のいかにも仕立ての良さそうなそれは、上着の下に着込んだボウタイ付きの白いシャツも相まって貴族然としている。決して派手さはなく上品だが、少々厳めしい。それを自然に着こなす彼は、やはり王様なのだなとエルは思った。


「じゃあ、遠慮なく。ありがとう」

「お安いご用さ、レディ」


 風がさあっと吹いた。エルは身震いし、思わず借りたマントを身体に巻き付ける。


「さあ、ここは冷える。中へ入ろう。客間でお茶を用意しているんだ。よかったら、お付き合い願えないかな」

「わあ、喜んで」


 エルはぱっと顔を輝かせた。マッシュの淹れるお茶も、フィガロ城で出されるお茶も格別においしかった。もちろんティナのお茶も素朴でおいしいのだが、それはまた別だ。
 エルは大喜びでついていった。

 城の中へ入ると、エルはエドガーにマントを返した。そして、マントを羽織り直すエドガーをしげしげと眺める。


「やっぱり、そういう格好の方がいいね。エドガー」

「そうかい? 」

「うん。なんだか、安心する。エドガーだな、って」


 「ジェフも悪くなかったけど」と付け足すと、エドガーは嬉しそうに笑った。エドガーは案外ジェフも気に入っていたらしく、実は少し名残惜しいのだと付け足した。
 エドガーのマントが整うと、二人は客間へ向かって歩き出した。


「エルは、あそこで何をしていたんだい? 寒かっただろうに」

「あちこちで地形が変わっているから、ここはどんな景色かなと思って。でも……」


 エルは少し困った顔をした。エドガーは「ははあ」と、察しをつける。


「真っ暗で何も見えなかった」


 二人の声が重なった。


「そうなの! 光源が何にも無いから、さっぱり」

「近頃は月や星も見えないからな」


 世界が崩壊してからというもの、昼夜を問わず空はいつも暗い。もちろん星空など望むべくもなかった。
 城もまだあちこち点検している最中で、街灯はついているものの普段よりは暗かった。


「だから、もう中へ戻ろうかなって思っていたところだったの」


 話しているうちに、客間に到着した。エドガーはエルをエスコートし、扉を開ける。
 部屋では二人のメイドがお茶とクッキーを運び入れている最中だった。


「ありがとう。あとは自分でするから、君たちは下がっておくれ」


 エドガーがメイド達に声をかけると、彼女らは「かしこまりました」とそれぞれ頭を下げて部屋を出ていった。


「さあどうぞ、エル」


 エドガーに促され、エルは進められた椅子に座った。彼もエルの向かいの席に着き、夜のティータイムが始まった。
 お茶の良い香りが漂う。エドガーが最も気に入っているというその茶葉は、深みのあるよい香りだ。
 お茶請けのクッキーにはバラの花びらがあしらわれて、甘く華やかな匂いが食欲をそそった。


「ニケアでは、すまなかったね」


 紅茶をカップに淹れながら、エドガーが口を開いた。一旦手を止め、彼はすまなさそうな顔をしてエルを見つめる。


「ううん。きっと、何か事情があるんだろうなと思ったから」

「……ありがとう」


 すまなさそうに眉を下げたエドガーに、エルはにっこり笑う。


「信じてるもの、エドガーのこと。計画のじゃまにならなくてよかったわ」

「これは……参ったな」


 エドガーは面食らってしまった。彼は頬をぽりぽりと掻いて、気恥ずかしさをごまかす。
 エドガーは紅茶で満たされたカップをエルの前に置き、菓子とともに勧めた。


「おかげで助かったよ。俺一人じゃあ、あのモンスターに太刀打ちできなかっただろうからね。君たちと再会できたことは幸運だった」

「無事で良かったわ」


 エドガーも紅茶に口を付ける。久しぶりの味と香りが身体に染み渡る。彼はほうっと息をついた。


「ああ、君もね。……けれど、俺は辛かったな」

「どうしたの? 」


 エルは紅茶を飲みながら、目をぱちくりさせてエドガーを見た。彼はカップを置き、話し始めた。


「あの日からずっと、一目でも会いたいと焦がれていた君にようやく会えたのに、他人のフリをしなくてはならなかった。これは堪えたよ」


 エドガーは真剣な面持ちでエルを真正面から見つめた。エルも視線をはずせない。彼女は体中の熱が、俄に顔に集中し始めるのを感じた。
 エドガーはクッキーに手を伸ばし、口に入れた。しばらく咀嚼して、また紅茶のカップを手に取る。一口飲み込むと、また話し始める。


「ところでこの一年、エルはどうしていたんだい? 」

「マッシュとサバイバルしてた」


 エルの回答に、次はエドガーが目を丸くする番だった。


「……何? サバイバルだって? 」


 エルは目覚めた時からマッシュと一緒だったことや、彼には人工的な物が何もない環境で生き抜くのに随分助けられたことを話した。
 ただし、あの夜のことだけは言わなかった。敢えて話す必要もない。


「あいつは長く山で修行していたからなあ。逞しくなったものだ。そう言えば、マッシュはティナに熊と間違えられていたよ」


 そう言って笑いながらも、エドガーは一抹の不安を覚えていた。一年もの間、年頃の男女が一緒に暮らしていたのだ。「何か」が起きることは想像に難くない。
 いくら修行を積んだモンク僧でも、マッシュとて男だ。ましてや自分と同じように、マッシュもエルに好意を寄せていた。それを知っていただけに、もしもエルがマッシュの気持ちに応えていたら……と、エドガーはこめかみに汗が流れるのを感じる。
 動じないフリをしながら、エドガーは質問を続けた。


「では、エルは……」

「なあに? 」


 エルはエドガーの動揺に気付いていない。暢気に一口かじったクッキーに練り込まれたバラの香りを堪能している。


「その……無粋は承知だが、つまり……一年も共に過ごしていたんだろう? 君と、マッシュの関係は、今どうなっているんだい? 」

「……へ? か、関係って……仲間、だよ。他には何も……」


 エルは頭をぶんぶんと横に振った。とはいえ、今の彼女の頭の中は、あの夜のことが支配している。
 エルは断っているし、マッシュのおかげで結果的には何も起こっていない。お互いにそのことについては触れないようにしているし、エルとて蒸し返すつもりもない。
 エルが内心では冷や汗をかいていることなど、きっとエドガーにはお見通しだ。エルは、もうこれ以上聞かないでと心の中で願った。
 エルがヒヤヒヤしながらエドガーを見つめていると、彼は何か言おうと口をもぐもぐさせている。エドガーには珍しく、何やら言い淀んでいるようだ。


「……そうか……なら……」

「?」


 実はエドガーも緊張していた。
 エドガーには、エルの動揺を見て取れた。その事から、エルとマッシュに何かあったのかもしれないとは踏んでいる。けれど、本人は必死で否定しているし、かといってさほど傷ついたような風でもない。そして、その点において弟は誠実且つ紳士であろうとエドガーは見込んでいる。
 エドガーは答えを出した。


「ならば、俺にもまだチャンスがあるということかな? 」

「チャンス……? 」


 何のことだと顔に書いたような表情をしたエルに、エドガーは意味ありげに笑った。
 エドガーは席を立つと、エルの足下へ移動してひざまづく。そのままエルの手を取り、自分の頬へ寄せた。
 エドガーの一連の所作は流れるような優雅さで、エルは思わず見とれてしまった。だが、手を取られたあたりで急に我に返り、途端に慌て始めた。


「エドガー? あ、あの……」


 困惑しながら顔を真っ赤にするエルを、エドガーは燃えるような熱の籠もった眼差しで見つめる。
 エドガーは語り始めた。 


 「この一年、君を思わない日などなかった」


 エドガーはぎゅっとエルの両手を握った。痛くない程度に、けれど力強い絶妙な力加減は、さすが天下のフェミニストと言ったところだ。


「飛空挺から落ちる時、君を捕まえられなかったことをどれほど後悔したことか」


 本当に、生きていてくれて良かったと、彼は一瞬泣きそうな顔で笑った。


「もう会えないのではと絶望したこともあった。けれど会えないことではっきり悟った。そして、再会して確信したよ」


 より一層、強い眼差しでエドガーはエルを見つめた。エルもエドガーから目が離せない。


「俺には君しかいない。好きだ、エル」


 エドガーはまっすぐにエルの目を見て、一言ずつ噛みしめるように思いの丈を語った。
 真剣そのものの表情はとても緊張している。自信家のエドガーには珍しく、この時ばかりは余裕など微塵も感じられなかった。


「エドガー……」


 エルはこれは夢ではないかと思った。それくらい、気持ちは舞い上がってしまっている。
 だが、気持ちとは裏腹に、身体はどうしてよいかわからずに固まってしまった。鼻血でも吹き出しそうなほどだが、恥ずかしさと喜びと、色んな感情でごちゃまぜになっている。


「……エル? 」


 真っ赤になったまま動かないエルを、エドガーは心配そうに見やった。ひざまづいた格好のまま彼女の顔をぞき込むと、間近で二人の目が合った。エルはますます動揺し、さらに赤くなる。


「かわいいなあ、君は。告白のし甲斐もあるというものだ」


 エドガーは嬉しそうに、そして幸せそうに微笑んだ。笑顔が眩しくて、エルは今にもショートしそうだ。
 エドガーはふと、顔を真剣なものに戻す。そして、固まって動けないエルに提案した。


「もし、俺を受け入れてくれるなら……俺はこのまま君と包容をしたい」


 エドガーはそう言うと立ち上がり、座ったままのエルを上から抱きしめた。
 エルの緊張は最高潮に達したが、受け入れる姿勢は何としても見せておきたかった。そろりと震える手を彼の背に伸ばすと、エドガーの香りがふわりと漂う。
 エルはもう限界だ。くらくらと目眩を起こしそうなほど幸せだった。けれど、それはお互い様のようだ。


「ああ、ありがとう。エル。こんなにも満たされた気持ちになるのは何年ぶりだろう」


 エドガーはエルの顔をもう一度見ると、彼女の肩に顔を埋めた。
 人払いをした部屋には誰も来ない。そのまましばらく二人は抱き合ったまま、お互いの存在と幸福を噛みしめていた。


20171102

お粗末様です。
相手未定で始めましたが、ここはやっぱりエドガーさんでいこうと思います。
見え見えの展開だったでしょうけど、このサイトは、そしてじゃすみんはエドガーが大好きなんや……!



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