42 その心はどこに
仲良く下山するエルとエドガーに、セッツァーはイライラしていた。「遅い」と文句を言うが、エドガーはさほど気にもせず、さらりとかわす。次の目的地は決まったが、さして急ぐわけでもないだろうというのがエドガーの言い分で、焦ったところで仕方がないのも確かだった。
セッツァーは舌打ちをして、ますます不機嫌になってゆく。
一方、カイエンとマッシュは、エドガーとエルの様子を微笑ましく見守っている。そして、同じように微笑ましく思いながらも、セリスはロックを思い出して切ない気持ちになっていた。
セリスは次第に見ていられなくなり、足早にファルコンへ乗り込んだ。カイエンやマッシュもあとから続く。
ファルコンでは既にセッツァーが既にソファーに掛けていた。イライラは絶好調で、強面の顔をさらに怒らせている。
「クソっ。俺の前でいちゃつくんじゃねえよ……ったく……」
「まあまあ、そうイラつくなよ。セッツァー」
マッシュが宥めると、不機嫌そうな眼差しが帰ってきた。
「そういうお前さんはいいのかよ」
「何が? 」
「俺の目はごまかせねえぞ。お前も惚れてたんだろ」
顎でしゃくって、今部屋へ入ってこようとしているエルを指す。マッシュはセッツァーへ視線を戻すと、呆れと感心を混ぜたような顔をして言った。
「お前、ホントよく見てるなあ……」
マッシュはポリポリと頭をかく。過ぎたこととはいえ、照れはあった。
「振られちまったよ」
「そりゃご愁傷様」
「だから、あれでいいんだよ」
マッシュはエルとエドガーをもう一度見ると、吹っ切れたような爽やかな笑顔で答えた。
◇
日も暮れた頃、セッツァーはファルコンを手頃な平野に停めた。今夜はそこで夜を明かす。マランダで食料を買い込み、獣ヶ原へ向かう途中である。
セリスはひとりでファルコンの廊下を
歩いていた。
他の仲間達はみんなリビングにいて、回りには誰もいない。セッツァーは着陸後、エンジンを確認すると言ってからしばらくエンジンルームに籠もっている。
セリスは先程まで台所で水を飲んでいた。なんとなくすぐに仲間のもとへ帰る気にならず、甲板へ出ることにしたのだ。
空は、世界が崩壊してから赤黒くなった。もう少しで闇に紛れてしまう景色を眺めながら、セリスは昼間のエルとエドガーの仲むつまじい姿を思い出す。
セリスは思わず大きなため息をついた。
ロックはどうしているだろう。まさか死んだなんて思いたくはない。けれど、生きているとしたら、彼は何をしているだろうか。
ロックはは自分のことを探すだろうか。それとも、やはり「秘宝」を探しているのだろうか。そんな考えや思いが、セリスの頭に浮かんでは消えてゆく。
セリスは以前、ロック本人から聞いたことがあった。魂を復活させる秘宝がこの世界のどこかにあるという。そして、彼は長年それを探し続けている。彼の中のレイチェルは色褪せることはない。
もう一度深くため息をつくと、セリスは物憂げな顔ですっかり暗くなった空を眺めた。
ロックとはいい雰囲気になっていた。時折レイチェルのことは気にしつつも、彼の気持ちはこちらへ傾いていたとセリスは感じていた。
けれど、決定的な物は何もないまま、互いに言葉にする事を避けていたのも事実だった。離れれば近づき、近づけば逃げてゆく。セリスにとって、ロックとはそんな不安定な距離感だった。
どうしても、ロックからはレイチェルの影が拭えない。いつまでも縛られたまま、ただ時間を過ごしている。そして、ロックもそれを望んでいるようでもあった。そこにセリスが入り込める隙はない。
すっかり気分が重くなったセリスは考えることをやめた。重い息を吐くと飛空挺の中へ戻り、リビングへ帰ろう廊下を歩く。
ふと、セリスを呼ぶ声が聞こえた。彼女が振り向くと、セッツァーが立っていた。彼は腕組をして、半身を壁に預けるようにもたれている。一仕事終えて、さっぱりとした表情だ。
セリスはまだファルコンの内部をきちんと把握していないが、ここはエンジンルームの近くだったらしい。
「何だよ。シケた面しやがって」
「悪かったわね」
セリスはムッとした。だがすっかり気落ちしていて、いつもの覇気がない。セッツァーは職業柄、相手のそういった雰囲気や気持ちの類を読むことに長けている。彼はもちろんセリスの不穏を機敏に察した。
「なあ」
「何? 」
セッツァーはずいとセリスの前へ進み出た。狭い廊下だ。セリスは思わず後退るが、その背は壁にすぐに行く手を阻まれる。
何事かとセリスがセッツァーを見上げると、少しの間を開けて彼は口を開いた。
「……そんなに、あいつが良いのかよ」
セリスは目を合わせないように下を向き、視線をさらに横へ移す。特に今はロックのことを持ち出されたくなかった。心に土足で踏み込まれたような気分だ。
「放っておいてちょうだい」
セリスがそっぽ向いたまま絞り出すようにして答えると、セッツァーは苦い顔をして口をつぐんだ。
セッツァーはセリスを囲うように左手を壁に置くと、右手でセリスの顎を掬い上げた。彼女の顔を強引に自分の方へ向かせると、セリスは驚きで顔を引きつらせている。
セッツァーは至極真面目に、真剣な目をして言った。
「俺にしておけよ」
セリスの目が見開かれるのを、セッツァーは自分でも意外なほど冷静に見ている。
「何、言って……」
「俺の女になれ。俺はまだ、諦めていない」
セッツァーの紫色の瞳が、セリスを離さない。ピクリとも動けないセリスに、セッツァーは顔を近づける。
セリスは、迫り来るセッツァーの顔を、唇を、まるで他人事のようにただ黙って見つめていた。
流されているのは分かっている。だが、それでも受け入れようとしている自分がいることに抗おうとはしなかった。
ロックのことは、いつもセリスの心のどこかにある。けれど、叶う見込みのない恋に疲れてしまった。
悲観に暮れたタイミングで、自分を求めてくれる人がいる。自分の心がぐらぐらと揺れているのが、セリスはよくわかっていた。
セリスの心の天秤が振り切れそうになった時、ついにセッツァーの薄い唇が彼女に触れた。けれどその瞬間、セリスは我に返った。
唇の感覚が「違う」と訴え、脳は最大級の危険信号を打ち鳴らしている。やっぱり、だめだ。
そうとは知らないセッツァーは、セリスが抵抗しないことを肯定と受け止めようとしていた。
さらに深く口づけようと、セッツァーは一旦顔を離す。彼が角度を変えようとした時、セリスの手が伸びてきた。そしてその手は彼の口を素早く塞ぐ。
「……何しやがる」
甘い雰囲気をぶち壊したセリスを、セッツァーは非難がましく睨みつけた。けれどその目は怒りではない。拒絶を予感する、困惑と悲しみの目だ。
「ごめん。やっぱりだめ。わたし、ロックが好きよ。彼が誰を好きでも」
そう言うとセリスはセッツァーから手を離し、するりと彼の腕から逃れる。
セッツァーがポカンとしている間にセリスはさっと離れ、元のように歩きだした。
「みんなリビングにいるわ。先に行ってるわね」
そう言って、セリスはリビングへ通じる扉へと消えていった。
「……そうかよ」
クソったれ、とセッツァーはガシガシと頭を乱暴に掻いた。格好悪いことこの上ないと、セッツァーは一人落ち込んだ。
マリアの誘拐も失敗し、セリスには見事に振られた。これまで女に不自由したことなどなかった彼には、初めての経験だ。
セッツァーはそのままリビングに入るのも癪だと、甲板に出ることにした。
◇
その夜みんなが寝静まったころ、ファルコン内部のバーカウンターで酒を煽るセッツァーがいた。
手酌でグラスに注いでは飲み干し、つまみもそこそこにどんどん飲む。ラッパ飲みしないだけマシ、というほどかなりのペースで飲んでいた。彼のこだわりで選んだ酒だったが、今夜ばかりはその価値も半減しそうな勢いだ。
ひとりで飲むには少々大振りであろうボトルを半分ほど空けたところで、マッシュがやってきた。
「お、いいねえ。俺も混ぜてくれよ」
セッツァーはグラスの収納された棚を顎で示した。「自分でやれ」と言うことかと受け取ったマッシュは、適当なグラスを一つ手に取る。そして酒瓶の中身を注いだ。
「随分遅いじゃねえか。いつも早くに寝ちまうくせに」
「トイレに起きたんだよ」
ここから明かりが漏れていたから入ってみたと、マッシュは笑った。セッツァーはさらに酒を煽る。
「どうした? セッツァー、今日は荒れてるな」
「……まあな」
勢い良くグラスを傾けるセッツァーにつられて、マッシュもぐいと飲んだ。
空腹には少々堪えるが、喉を通る熱が心地よくもある。旨いな、とマッシュは呟いた。
「お前と同じだ」
「ん? 俺? 」
セッツァーのグラスが空になった。手酌しようとするセッツァーを制し、マッシュが注いでやる。
「……振られた。こっぴどくな」
誰に、とは聞かずに、マッシュは黙ってセッツァーと肩を組んだ。そのままバシバシと肩を叩く。
マッシュはきっとセリスだろうとは思ったが、聞くのも野暮だと黙って自分らのグラスを取る。
セッツァーは相変わらず顔色を変えることなく、ハイペースでグビグビ飲み続けていた。
「とことん付き合うぜ」
マッシュがもう一口酒を含むと、今度はエドガーが現れた。
「おや、お前達は随分仲がいいな」
自分もそこへ混ざりたいとばかりの表情で、エドガーは肩を組むマッシュとセッツァーに近寄った。セッツァーは面白くなさそうにそっぽを向く。けれど、その表情は決して不機嫌ではない。右の口角が僅かに上がっていた。
「うるせえ」
二人が飲んでいる酒は、つい数時間前にケースごと調達したばかりだった。けれど既に一瓶空き、マッシュが2本目の栓を抜いた。それをセッツァーがまたグラスに注ぎ、胃に流し込む。勢いに任せて飲んだなと、エドガーは推測する。
「やけ酒か? 付き合うぞ」
「……フン」
エドガーは返事も聞かないうちに勝手にグラスを取り出し、手酌で酒を注ぐ。ボトルの酒はそろそろ無くなりそうだ。
「へえ、なかなか。さすがいい物だな」
旨そうにぐいと飲むと、エドガーはそのままカウンター中に置かれていた椅子に座った。
「ちっ」
「セッツァー。機嫌が悪いな」
エドガーを睨みつけて、セッツァーはさらに酒を煽る。いかにも忌々しいとでも言わんばかりの目つきは、酔いが回りだんだん据わり始めている。エドガーは思わず笑ってしまった。
「まあまあ、セッツァー。今日は飲もうぜ。なあ、兄貴」
同い年三人組の酒盛りが始まった。あっという間に空の瓶が増えてゆく。いつの間にかつまみも並び、しこたま飲んだ。
しかし、初めからむちゃなペースで飲んでいたセッツァーは早々に潰れ、カウンターに突っ伏して寝てしまった。
セッツァーは決して下戸ではない。むしろ強い。だが、今日は飲み方に問題があったし、フィガロ兄弟は彼よりも更に強かった。ザルのように飲める二人に合わせると、大抵の人間はこうなってしまう。
「あれ? セッツァーは寝ちまったな。兄貴」
「ああ、それにしても今日はひどい飲み方だったな」
セッツァーの方をチラリと見て、エドガーはなめるようにチビチビと酒を飲む。マッシュは「そうだな」と相槌を打って、つまみに出されたくるみに手を伸ばす。
「……兄貴はさ、エルとうまくいってるんだな」
「……そうだな」
エドガーは少し複数そうな顔をする。お互いに、エルに好意を持っていたことは分かっていた。
「俺さ、振られたんだ。エルに」
エドガーは意外そうにマッシュを見た。マッシュは少し悲しそうな顔をするが、一旦目をつぶると明るく笑った。努めて笑ったのはエドガーにもわかる。
「兄貴、そんな顔しないでくれよ。俺、これで良かったと思ってるんだ」
エドガーは、やはりエルとマッシュに何かあったのだろうなと思った。けれど、もう聞くまいと心に決めた。ほんの少し、彼らの心にくすぶっていたわだかまりが溶けてゆく。
「エルは兄貴を選んだんだ。それだけだよ」
「……ありがとう」
にっと笑い、マッシュがグラスを掲げる。エドガーもそれに合わせた。
「エルと、俺達に」
乾杯、と二人は気の済むまで飲み明かした。
20171122
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