45 芽吹き
キャッキャとはしゃぐ子供たちの声が薄暗い地下室に響き渡る。
マッシュとガウは元気の有り余る子供達を追い回し、子供達は大喜びで走り回っていた。部屋の端では、筆を走らせてその様子をスケッチするリルムが道具を広げて陣取っている。そして、彼らの様子をテーブルについてティナの淹れた紅茶を飲みながら眺めているエドガーとエル、ティナがいた。
狂信者の搭でリルムと共にストラゴスを連れ帰った一行は、もう一度ティナを訪ねてモブリズに来ていた。相変わらず子供しかいない村だが、それはもう過去形になりつつある。
「カタリーナがいなくなっちゃったんだ」
一行がモブリズに到着した時、一番に出迎えてくれた子供が言った言葉だ。彼らが地下室に入ると、部屋の隅でディーンが居心地悪そうに突っ立っていた。
「どうしたの? 顔色わるいよ? 」
リルムがディーンの顔を見上げると、ディーンは気まずそうに目を逸らした。
「俺…どうしたらいいかわからなくて……。カタリーナのおなかには、俺の子供が……」
ぼそぼそと紡がれた言葉に、一行は驚いて顔を見合せた。エドガーがさらに詳しく聞き出そうとした時、凛とした声が聞こえた。一斉に振り向くと、エプロンを着けてティーカップを持ったティナがいた。
「みんな! 来てくれたのね」
ティナは嬉しそうな顔で出迎えた。エルはティナとの久しぶりの再会に、思わず笑顔がこぼれる。
「カタリーナに子供ができたのよ」
ティナはそう告げると、彼女のすぐ側にあるテーブルにカップを置いて一息つく間もなく騒動に巻き込まれた客人たちに紅茶を勧めた。
「それなのに、ディーンがいなくなったって? 大丈夫なのか? 」
マッシュが恐る恐る聞くと、ティナは居場所は知っていると答えた。
エドガーは、そのやり取りを気配も隠さずに立ち聞きするディーンをチラと見ると、暖かい紅茶を一口飲んだ。
エルとエドガーはティナと共にカタリーナを訪ねた。彼女は別の地下室の中で、寂しそうにうつ向いて立っていた。お腹はまだ目立つ大きさではない。
カタリーナは悲しい顔で、そっとお腹を撫でていた。大きな不安に揺れているのがありありとわかる。エルは何とか声をかけるべきか、すぐに答えが出なかった。
「カタリーナ」
「ティナ……」
ティナが声をかけて、カタリーナの側に立つ。
カタリーナがエルたちもいることに気が付くと、彼らに会釈する。体調はどうかとエドガーが尋ねると、カタリーナは躊躇いがちに口を開いた。
「赤ちゃんができたのはすごくうれしい……。
でもそれを言ったら、ディーンが冷たくなったの」
大粒の涙をこぼしたカタリーナを、ティナがそっと抱き締めた。カタリーナは震えて静かに泣いている。見ていたエルも思わず泣きそうになっていた。鼻の奥がツンとして、胸が痛い。
すると誰かがじゃり、と砂を踏みしめた。音のする方を皆が視線でたどって行くと、ディーンが立っている。彼はゆっくり歩き始めた。
「カタリーナ……」
ディーンはカタリーナの前までやってくると、彼女の両手を握った。けれど、カタリーナはうつむいたまま、顔を見ようとはしない。
「ごめんよ。俺、どうしたらいいかわからなくなって……自分が情けないよ。俺、しっかりする」
カタリーナはそっと顔を上げた。ディーンの手に力がこもる。彼はは意を決した表情で、まっすぐにカタリーナを見つめた。
「だから、いっしょに帰ろう」
カタリーナがこくんと頷くと、ディーンはカタリーナを抱き締めた。
エルがエドガーを見上げると、彼はぱちんとウインクして見せた。
「世話のやける男だな」
エドガーは苦笑いしながらも、事が収まったことに喜んでいる。彼は「そうだね」と返すエルの腰に、そっと手を回した。
ティナが心底ほっとした顔で微笑えんだ時、子供達の叫び声が響き渡った。
「たいへんだー! フンババが、こっちにやってくるよ! 」
全速力で走って来た子供が二人、ティナに飛び付いた。顔を埋めて震えている。
ティナは仲間たちの顔を一人一人見ながら、泣きそうな顔をした。
「お願い! この村を守って。私には……戦う力がない」
悲壮な表情でティナそうが言うと、ティナにしがみついている子供も口を揃えて訴えた。
「お願い! フンババを倒して! 」
エルとエドガーは目を合わせて頷き合うと、エドガーが先頭を切って走り出した。
「行こう! 」
エドガーとエルが急いで外に出ると、既にマッシュとリルム、ガウがフンババと戦っていた。町から少し離れた野原で繰り広げられる戦闘を、子供達は町の地下室から覗き見ている。彼らは怖がりながらも成り行きを見守っていた。
しかし、エルが戦う仲間達の姿を確認した瞬間、マッシュの身体がふわりと浮いた。そしてそのまま何メートルか飛ばされてから地面に落ち、エドガーの足元にごろごろと転がってきた。
「大丈夫か? マッシュ」
エドガーが手を差し出すと、マッシュはその手を取ってよろよろと立ち上がった。彼はフンババに吹っ飛ばされた後、何メートルも転がって来たので目が回っている。
「相変わらず鼻息の荒い奴だ」
「とっちめてやる」と両の拳を合わせて息巻くマッシュと共に、エルとエドガーも参戦した。だが、彼らは敢えなくフンババの鼻息で飛ばされてしまった。
残されたガウとリルムが不利な状況に焦り始めた時、ティナが戦闘に加わった。
ピンク色に輝く髪をなびかせて颯爽と現れたティナは、さながら幻獣のような出で立ちだった。そして、人間離れした圧倒的な力はフンババと互角以上で、渡り合うのに十分だった。
遂にはティナ一人で、あっという間にフンババを倒してしまった。
ティナは子供たちの無事を確かめに、いち早く地下室の入り口へ戻った。様子を伺っていた子供達も、地下室から出て来る。ほっと息をつくティナの回りに子供たちが集まって、ティナはあっという間に囲まれる格好になった。
けれど、子供たちから発せられた言葉は、ティナに残酷に突き刺さるものだった。
「また怪物だあ」
「こわいよう」
怖がって口々に騒ぐ子供たちの声に、ティナは悲しそうにうつ向いた。自分と普通の人間との隔たりを突き付けられたような気持ちだった。
鼻息で飛ばされた先の、村の建物だった物の影でようやく身体を起こしたエルは、子供たちに囲まれたティナを見つめていた。子供たちのために戦ったティナが気の毒で仕方がない。
その時、ティナのすぐ側にいた女の子が、ティナを見上げて微笑んだ。
「ママ……ママでしょ。あたし、わかるよ」
ティナはぱっと顔を上げた。そして、微笑む女の子の髪をそっと撫でる。その時のティナは、エルが見た中で一番優しい表情をしていた。
「えっ? ママ? 」
すると、他の子供達もピンク色の幻獣のような姿をした人物がティナであることに気付き始める。子供たちの様子を少し離れて見ていたカタリーナも驚いてティナの名前を呼んだ。
鼻息で村の外へふっ飛ばされていたエドガーとマッシュが歩いて戻って来た。エルのいる廃墟になった建物へ向かい、エルと合流する。
「わたし……戦う! 」
そう言ったティナの変身が解け始めた。見慣れた顔が見えると、子供たちはさらに安堵の表情を浮かべる。やがていつもの姿に戻ったティナは、決意の表情で子供達を見回る。
「なんとなく、わかりかけたの。私の中にめばえていたのはきっと……」
ティナは一言一言、噛みしめるようにゆっくりと話した。子供達も、ティナの言葉にじっと耳を傾ける。
「『愛する』ということ。今ある命だけじゃなく、これから生まれてくる命もたくさんある。それを守るためにも! 」
ティナはカタリーナの側で成り行きを見守っていたディーンへ歩み寄った。
「ディーン。カタリーナと、彼女のおなかの子はあなたが守るのよ」
至極真剣な顔つきでティナが言うと、ディーンも神妙な表情で頷いた。彼の顔に、先ほどまでの戸惑いはもう見あたらない。その様子に、ティナは満足そうに微笑んだ。そして、くるりと振り返ると子供たちに呼び掛ける。
「みんな。ママはみんなの未来を守りに行く。そして、必ず帰ってくる」
ティナは晴れ晴れとした表情で空を仰いだ。
20190619
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