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10 吟遊詩人



 ダムシアンの惨状に、アベルのトラウマがその存在を主張している。吐き気も目眩も既に限界だったが、自分を頼るリディアの為だけにアベルは気力だけで立っていた。しかし、それも破綻するのは時間の問題だった。
 セシルは動かない兵士らに黙祷を捧げ、先へ進もうとした。けれど、彼はアベルの異変に気付くと踵を返して戻ってきた。

「アベル……? どうした? 」

 アベルは返事の代わりに嘔吐した。リディアとセシルを避けるように必死で顔を背ける。

「お、おい! 大丈夫か? しっかりしろ! 」

 セシルは慌ててアベルの背をさすった。
 セシルは不思議だった。実戦の経験は少ないとは言え、軍隊に身を置いていたアベルがこんな反応をするとは思わなかったからだ。思考が深くなるにつれて、だんだんアベルの背をさする手が止まってくる。
 セシルが思案に更けっていると、今度はリディアが泣きながらアベルの背をさすりはじめた。アベルは未だ苦しそうに顔を歪めている。
 セシルはアベルの様子を見るためにマスクをはずし、側へしゃがんで顔をのぞき込んだ。アベルの顔は真っ青だ。涙目でぜいぜいと息をしながら、細かく震えている。

「アベル、まずは落ち着くんだ。ゆっくり呼吸しろ」

 アベルはセシルの言葉通りにしようと努めた。荒い息を整え、深呼吸する。やがて少し落ち着いて、アベルはセシルとリディアに礼と詫びを言おうとした。
 けれど、声が出ない。言うべきことはたくさん浮かぶのに、どうしても声にはならなかった。今までどうやって発声していたのかさっぱりわからない。
 アベルは俄に混乱し始めた。

「アベル? 」

 セシルはアベルが何か言おうとしたのだろうと思い、言葉を待っていた。しかし、アベルは変な顔をしたきり、一向に話す気配がない。
 アベルは困った顔で、セシルを見上げた。

「どうしたの? アベル、何だか変よ? 」

 リディアがそう言うと、アベルはますます困った顔をした。そして、ぱくぱくと口を動かしてはいるのだが、それだけだ。
 セシルもリディアもアベルが何か言おうとするのはわかるのだが、口を開け閉めしているだけで、内容は全く聞き取れなかった。

「まさか……アベル。声が、出ないのか?! 」

 セシルは目を見開いて、座り込むアベルの肩を勢い良く掴んだ。アベルは少し俯き、やや上目でセシルを窺うと、小さく頷いた。

「そんな、何故……」

 セシルは悲痛な面持ちでアベルをじっと見た。心底心配そうなセシルの表情に、アベルは情けなさと申し訳なさとで落し潰されそうだ。けれど、為す術はない。
 アベルはどうしようもなく、小さくうなだれた。リディアも悲しそうな顔をしている。
 セシルはふと周りを見渡した。今のところ、残党の存在や火の手が上がるなどの危険はなさそうだ。けれど、いつまでも留まるべきで場所でははないのは確かである。

「アベル、ここは危険だ。まだ落ち着かないかもしれないが、先へ進もう」

 アベルは頷き、立ち上がる。そして、顔と気持ちを引き締めた。そうだ、ここは戦場なのだと、アベルは思い直す。
 リディアも立ち上がると、彼女はアベルの手をきゅっと握った。

 セシルたちはダムシアン城へ入っていった。城の中でも、やはり人々は傷つき倒れている。辛うじて息のある物もいるが、誰も彼も助かる見込みがないのは明白だった。
 セシルは倒れていた兵士達に、せめて心残りはないかと話を聞いた。彼らによると「飛空艇から恐ろしい程の爆撃を加えられ、クリスタルを奪われた」ということだった。
 ダムシアンの民や兵士達は皆、悔しそうに涙を浮かべたまま、次々と息を引き取ってゆく。
 セシル達は目を覆いたくなる現実に、この世の地獄を見た気分だった。

 城の三階へ上がると、セシル達はようやくテラに追いついた。そして、彼もちょうど娘のアンナを見つけたところだった。
 テラは遠目にアンナの姿を見つけて歓喜し、大声で娘の名を呼んだ。

「あれは…… おおーッ、アンナー! 」

 しかし、アンナの様子がおかしい。彼女は返事もせずに、その場でバタリと倒れてしまった。テラもセシル達も驚いて、大急ぎでアンナの元へ向かう。

 よく見ると、アンナは胸に矢を受けていた。赤い血がどんどん流れて、床は既に血溜まりができている。
 テラは顔面蒼白だ。足をもつれさせそうにしながら懸命に走る。すると、彼らと同時に一人の吟遊詩人風の青年も、アンナの前へ躍り出た。
 テラは吟遊詩人を見るなり、顔つきを変えた。蒼白だった顔は、怒りでみるみる真っ赤に変わる。

「貴様は、あの時の吟遊人! 貴様のせいでアンナは! 」

 テラの剣幕に、吟遊詩人はぎょっとして彼の方を向いた。
 あれよあれよという間に、テラは吟遊詩人の胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。今にも殴りかかりそうな勢いに、吟遊詩人は押される一方だ。
 セシルはカイポで聞いた噂の吟遊詩人とはこの青年だろうと見当を付ける。

「貴様、よくも娘を……」
「違います! 」

 テラに一方的に責められる吟遊詩人は、必死で弁解しようとする。けれど、冷静さを欠いたテラには全く通じない。

「何が違うと言うのだ! 」
「話を聞いて下さい! 」
「えーい、黙れ! 」

 吟遊詩人は胸ぐらを掴まれて、首が締まっている。彼は苦しそうにもがいているが、テラは容赦なく締め上げる。
 吟遊詩人はテラに抵抗することを躊躇っているが、いよいよ苦しそうな顔になってきた。

「お願いです! 」
「この痛み、アンナの痛み……」
「アンナとは……うう」

 吟遊詩人は何とか説明しようとしているが、テラは全く聞く耳を持たない。彼らを見ていたリディアは怖がって、アベルの背に隠れてしまった。
 そろそろ仲裁に入るべきだろうかとセシルが思案し始めた時、アンナが声を出した。

「お願い! 二人ともやめて! 」

 決して大きな声ではなかったが、アンナの声は凛としてよく響いた。もみ合っていた二人の動きがピタリと止まる。
 テラは吟遊詩人を手荒に解放すると、慌ててアンナの元へ駆け寄った。吟遊詩人も、ゴホゴホとせき込みながら、テラの後を追う。

「アンナ……生きていてくれたか……」

 テラはアンナの手を握り、涙をこぼした。アンナは息も絶え絶えといった具合だが、ことの成り行きを説明し始めた。

「お父さん……彼……ギルバートは、このダムシアンの王子……なの。身分を隠す為、吟遊人としてカイポに来たの……」

 テラはギルバートと呼ばれた吟遊詩人を見上げた。彼はテラに小さく一礼する。

「ごめんなさい……お父さん、勝手に飛び出したりして。……私、ギルバートを愛しているの……でも、大好きなお父さんに……許して貰わなくちゃって、カイポに戻ろうとした時……」

 そこまで話すと、アンナはむせかえり、血を吐いた。テラと、彼の反対側に座り込むギルバートに、アンナは薄く微笑む。苦しそうなアンナに代わり、ギルバートが続きを話し始めた。

「ゴルベーザと名乗る者が率いる、バロンの赤い翼が……」

 セシルとアベルは驚愕した。
 遠目からでも赤い翼は確認していたが、それがこんなことに使われた上、知らない者まで現れた。
 自分達がいない間に、バロンでは何が起こっているのか皆目わからない。セシルはたまらずギルバートの話に横槍を入れた。

「ゴルベーザとは、一体何者なんだ? 」

 セシルの問いに、ギルバートは力なく横に首を降った。

「分りません……黒い異様な甲冑に身を包んでいて、人とは思えぬ強さだった」
「何故、赤い翼が……」

 セシルは片手で頭を抱え、深いため息をついた。アベルも暗い顔をして地面を睨みつける。
 ギルバートは話を続けた。彼もまた、深い苦悩と悲しみで張り裂けそうなのを、必死で堪えている。

「奴らはクリスタルを奪うと火を放ちました。僕の父も母も殺られ……アンナも、僕をかばって弓に……」

 ギルバートはそこまで言うと、辛そうに顔を背けた。

「アンナ……そんなにまで、こ奴のことを……」

 テラはアンナとギルバートを交互に見る。アンナはテラに、優しい顔で微笑んだ。

「お父さん……私を許して……」

 テラとギルバートはハッとした。アンナの目が、虚ろになり始めている。
 瞬く間に弱々しくなっていくアンナに、いよいも覚悟を決めなければならなかった。

「ギルバート……愛、してる……! 」
「アンナ! 」

 ギルバートはアンナの手を握る。けれど、彼女は目を閉じた。脱力し、もうぴくりとも動かない。
 ギルバートはぎゅっとアンナを抱きしめた。
 
「アンナ! アンナ! 」

 テラも大声でアンナを呼ぶが、もう彼女は答えることができない。別れの時が来てしまったのだ。
 テラは怒りに満ちていた。震える声で、絞り出すようにギルバートに問いかける。

「……そのゴルベーザとは、いったい何者なんだ」
「最近バロンにやって来て、赤い翼を率い世界中のクリスタルを集めているとしか……」

 アンナを抱きしめたまま、ギルバートは動かない。細かく震えて、テラに返事はしたが顔はアンナの方を向いたままだ。彼の横顔に涙がつうと滴った。
 テラはますます興奮し、顔を紅潮させる。

「情け無い! 泣いてもアンナは生き返らん! ……バロンのゴルベーザ……! 私がアンナの仇を取って来る! 」

 そう言ってテラはいきり立ち、一人でどんどん歩いて行く。まさに猪突猛進だ。猪の如く進むテラをアベルは慌てて止めようとする。セシルも呼び止めるが、怒りと恨みに支配されたテラにはとりつく島もなかい。

「テラ、一人では……! 」
「助けなんぞ要らん! ゴルベーザは私一人で殺る! 」

 テラはそう言い残すと、アベルの制止も振り切って一人でダムシアンを出て行った。
 誰の言葉も聞き入れず、感情だけで突っ走る姿は、ただただ悲壮だった。

20171108



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