D+S FF-D New!夢物語


12 どうしてわかるの



 しばらくの間リュートの音に聞き入っていると、ギルバートは突然セシルに切り出した。

「セシルは恋をしているね」
「え……?」

 目を丸くし数回パチパチとまばたきした後、セシルは勢いよくがバリとギルバートに向き直った。
 アベルも思わず二人の方へ注目する。うっかり大声を出しそうだったが、この時ばかりは声が出ないことが都合よかった。

「そんな気がしただけなんだけど、その様子だと当たりかな」

 セシルは二の句が継げずに口篭る。そして観念したように長く息を吐き、先日の収穫祭で出会った黒髪の娘の話をした。

「偶然ぶつかっただけで、会ったのはただ一度きりなんだ。でも、忘れられない。バロンに居ればいずれ会えるかもしれないと思っていたが……」

 セシルは諦めたように首を横に降った。
 黒髪の娘について分かるのは外見的な特徴だけだ。名前も知らない一目惚れだと話すと、ギルバートは「そう……」と返事して残念そうにしていた。
 一方、セシルの隣で話を聞いていたアベルは、一人でドキドキしていた。
 セシルの言う黒髪の娘はきっと自分のことだ。ときめいてしまった自分と、セシルも同じ気持ちなのだと思うと甘酸っぱい思いがこみ上げてくる。
 しかし、同時にこの気持ちをどう抑えるかが問題だった。叫び出したいくらい幸せだったが、今はアベルで通している。とても表に出すわけにはいかなかった。そして、ギルバートはそのそわそわと落ち着かないアベルをしっかり見ている。
 アベルは目を丸くしたり、顔を赤く染めたり、青くしたりして忙しそうだ。そんな様子にギルバートはある確信をし、ニッコリ笑った。

「叶うといいね、セシル。いや、きっと叶うさ。思い続けてさえいれば」
「……ありがとう」

 ギルバートの言葉がたとえ気休めでも慰めでも、セシルは心に暖かいものを感じた。

 夜も更けた。
 セシルは仮眠を取るために、リディアの眠るテントに入った。その間は、ギルバートとアベルが火の番をする。
 焚き火を前に、二人並んで腰掛けた。アベルが枯れ草を焚き火にくべていると、ギルバートが声をかけた。

「アベルは……声が出なくなってしまったんだってね」

 気遣わしげなギルバートの瞳を見ながら、アベルはこくんと頷いた。

「旅をしていたときに、心の傷が引き金になって声を失う事があると聞いたことがあってね」

 心の傷。
 思い当たる節はある。幼い日の恐ろしい記憶と、ダムシアンの姿がアベルには重なって見えたのだ。
 アベルは渋い顔をして唇を引き結ぶ。

「心身への癒やしの曲があるんだ。よかったら、どうかな」

 ギルバートの提案に、アベルはこくこくと頷いた。

 ギルバートのリュートから心地よいメロディーが紡がれてゆく。目を閉じてうっとりと聞き入ると、アベルは心の奥底にくすぶった煤が少しずつ剥がれていくような感覚を覚えた。
 劇的に何かが変わるわけでは決してない。けれど、気持ちが良いのは確かで、いくらでも聴いていたいと思うほどだった。
 やがて一曲終わると、アベルはゆっくりと目を開き、感嘆の溜め息を漏らした。

“ありがとう“

 声が出ないので、アベルは落ちていた枝でそう地面に書いた。  

「お安いご用さ。また聞いておくれ。君の助けになれば僕も嬉しい」

 ギルバートは満足そうにニッコリ笑う。つられてアベルも満面の笑みを浮かべ、彼の申し出に大きく頷いた。

「ところで、アベル」

 ギルバートに改めて呼ばれたアベルは、「何? 」という顔をして振り向いた。

「君、女の子だろう? 仕草でなんとなく、わかってしまった」

 アベルは固まった。アベルの脳内で、ギルバートのセリフが幾度も木霊こだまする。
 驚愕のあまり、アベルは否定することすら忘れていた。思わず口をパクパクさせているが、やはり声は出ない。
 ギルバートは「やっぱり」と呟き、少し困ったような複雑な表情で微笑んだ。
 
「大丈夫、黙っているよ。でも、どうして隠しているんだい? 」

 不思議そうにギルバートは聞いた。セシルが寝てから切り出したのだから、彼は本当に黙ってくれるのだろう。そう思ったアベルは、彼に隠すことを諦めた。
  アベルはもう一度枝を拾い、筆談で説明する。

 アベルがまだアンだった頃の事だ。
 アン家族を失った後、同じ村で隣に住んでいた家族に引き取られた。元々家族ぐるみの付き合いがあったので、村の者も特に反対する者はいなかった。しかし、食い扶持が減るという現実は、決して甘くなかった。
 アンは一家から次第に邪険に扱われるようになる。だんだん食べる物も、着る物も与えられなくなり、やがて隙あらばアンを追い出そうとする気配さえ感じるようになった。その家には、アンの居場所などとっくになかったのだ。

 そんな生活に耐えかねたアンは、ある時バロンの新兵募集の広告を見つける。しかし、募集は男だけだった。
 メイドでも何でも、女でも応募できる仕事はないかと随分探したが、結局見つからなかった。
 アンは決心した。新兵に応募するしかない、と。そのくらい追いつめられていた。
 やがてアンは性別を偽って新兵になった。 そして、同時に養家も出た。アベルと名乗り始めたのはその時からだ。
 女とわかればまた居場所を失ってしまう。それに、下手をすれば王を欺いた罰を受けるかもしれない。何としても男で通す必要があった。

 ちなみに、アベルが生まれ育った村は、アベルが出てしばらくの後に消滅している。アベルの家族を襲った凶賊が、また村を襲ったのだ。
 アベルが後に調べると、その凶賊は同じ村の者だった。村の派閥が分かれて一方が過激派と化し、分断どころか滅ぼしてしまったという顛末だった。

 アベルが顔を上げると、ギルバートは美しい顔を歪めて、悲しく切ない表情をしていた。

「そうか……君も苦労してきたんだね。……けれど、セシルのことが好きなら、女の子に戻った方がいいんじゃないかな? 」

 アベルはゴクリと唾を飲み込むが上手く行かず、大きくむせかえった。ゲホゲホと咳をするアベルの背をさすりながら、ギルバートはケロリとした顔で更に付け加える。

「君なんじゃないかと思ってね。セシルの言ってた娘さんは」

 アベルは息を詰めた。一瞬心臓が止まるかと思ったほどだ。ぎょっとしてギルバートを見つめると、ギルバートは笑って答えた。

「何でわかったかって? 旅で培った観察力かな。少しの違和感にも気付けるようになると分かるんだよ」

 ギルバートは事も無げに淡々と話す。

「大方、黒髪はカツラだろう。瞳の色は君と同じようだし」

 ギルバートはパチンとウインクする。アベルは口が塞がらず、ただただ驚くばかりだ。

 事実、世界的にも黒髪は珍しい。少なくとも、アベルはまだ本物の黒髪の人物を見たことがない。

「ダムシアンは商業国家だからね。信頼が何より大事なんだ。そしてそれと同じくらい、相手が信用に足る人物かどうかを見極める目も必要だ。旅はそのためでね、王家の男子に代々義務付けられているんだよ」

 ギルバートは自分の推測が当たっていたことに満足していた。すっかりご機嫌で、ニコニコしている。しかし、アベルはまだ心臓がドキドキして落ち着かない。
 これまでバロンでは、自分の性別を見破る者など皆無だった。なのに、この人には次から次へと見事に看破されてしまう。
 それとも、実はバロンでもとっくにバレていて、見過ごしてもらっているのだろうか、などと考え始めるとアベルは目の前が暗くなりそうだった。

「大丈夫。これも黙ってるよ」

 ギルバートはリュートを離した右手の人差し指を立てて、自分の口元へやった。

「それに、セシルはこういうところは鈍感そうだからね。きっとまだ気づいていないと思うよ」

 そう言われると、アベルは少し落ち着いた。まだドキドキしているものの、アベルは急にほっとした。そんなアベルを見て、ギルバートはまた笑った。

20171113

ギルバートのターン!
ギルバート夢みたいになってしまった



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