14 勇気を出して
一行はホブスの山に着いた。
木が生い茂り、葉の間から差し込む日が煌めいている。事態が切迫しているとはいえ、アベルはその美しさにほっと息を洩らした。
時折現れるモンスターをセシルが薙ぎ払ってゆく。アベルはセシルの背中を夢中で追ううちに、こんなにも遠くまで来てしまった。よくここまで死ななかったものだと感嘆するが、気分はこの天気ほど良くない。
「ぼーっとしてたら死んじゃうよ」
そんなアベルを叱責する声が、ずいぶんと下の方から聞こえた。アベルが思わず声の主を見下ろすと、リディアがジロリとアベルを見ていた。
アベルはすまなさそうな顔でにこりと笑い、隣を歩くリディアの髪をそっと撫でる。「この子は強い」アベルはそう思いながら、また感嘆の息を吐いた。
アベルはほんの数時間前の出来事を反芻し始めた。
◇
「リディア。 ファイアを唱えてみて」
山の麓にたどり着いた時、ローザがリディアにこう依頼した。山の入り口が厚い氷で塞がれていたからだ。
しかし、リディアは押し黙ったまま動かない。じっと足元を見つめて、必死でローザから目を逸らしている。いつも快活なリディアには珍しいことだった。
心配したギルバートが立て膝をついて彼女の顔を覗きこむ。
「リディア? 」
けれど、リディアはさっと顔を背けて、ギルバートのいない方を向いてしまった。そよそよと凪ぐ風が妙にうすら寒い。
セシルははっとしたような表情をし、アベルは悔しそうに唇を噛んだ。彼らの脳裏にミストの惨状が俄に蘇る。
事情を知らないローザは、さらに続ける。
「ファイアの魔法は黒魔法の初歩よ。あなたなら必ず出来るわ」
「……嫌」
リディアはローザを見ずに、小さな声で否定した。しかし、ローザにはその理由がわからない。顔中にクエスチョンマークをたくさん浮かべて、リディアをじっと見ている。それが却って残酷にリディアの胸を抉った。
「炎は嫌なの! 」
リディアはがばりと顔をあげて、大きな声で叫んだ。大きな瞳から今にも涙がこぼれそうになっている。
「そうか……すまない……。あのボムの指輪の炎で、ミストは……」
セシルは暗い顔で絞り出すように言った。アベルもまた、彼と同じような苦い顔をしている。
もしもアベルが声を失っていなければ、肩代わりすることができた。リディアほどの魔力ではなかったにせよ、彼女の力にはなれたかもしれない。アベルはそう考えて、自分の不甲斐なさに苛立った。
一行の雰囲気はますます暗く落ち込んでしまった。リディアは今にも泣き出しそうだし、ギルバートそんな彼女を前にただおろおろしている。
セシルと、とりわけアベルに至っては葬式のような表情をして、何やら思い詰めている。
見かねたローザは努めて明るい声を出した。
「いい? リディア。この氷を溶かす力があるのは、今はあなたしかいないの」
ローザの言葉をリディアは黙って聞いていた。瞳はまた不安に揺れているけれど、頑なな拒否感は多少和らいだ。
ローザは内心ほっとしながら説得を続ける。
「私たちがここで氷を溶かしてファブールへ行かなければ、もっと沢山の人たちが恐ろしい目に遭うことになるの……」
ローザはファブールの方向へ向いて遠くの空を眺める。今はまだ平穏そのものだが、やがてクリスタルの争奪戦に巻き込まれる事は避けられない。それは幼いリディアも嫌というほど理解している。
「お願い……勇気を出して。リディア」
ローザはリディアに視線を戻す。リディアの瞳がさらに大きく開かれた。彼女の瞳は決意と恐ろしさの間で揺れている。周りの者には、彼女の姿は実際の何倍も大きく見えた。
「リディア、お願い」
ローザはリディアに目線を合わせるようにしゃがみこんで、じいっと彼女の目を見つめた。
一方、ギルバートはおろおろしながらリディアとローザの間にいた。立て膝を着いたまま、彼女らのやり取りを見ている。そして、ローザの言葉を受けて彼もまた表情を変えた。
ギルバートはじっと考える。愛しいひとを思い起こしながらうつむいて、自分の靴の爪先を見つめた。そして、自分に言い聞かせるように「勇気……」と呟いた。
「頼むよ。リディア」
ギルバートは再びリディアの顔を見つめる。
セシルとアベルは、何もできずにいた。自分たちには何も言う資格はない。二人はそろって罪の意識に苛まれ、ただ成り行きを見守っていた。
そうしたやり取りの末に、リディアはファイアの魔法をまた使えるようになった。恐ろしい経験から意識的に排除していた魔法を、彼女は自らの意志と志で克服したのだ。
そして今、リディアが氷を溶かしたおかげで彼らはホブス山を上っている。
アベルは隣で朗らかに笑うリディアに、真底感服していた。
20190506
このシーンは個人的にはちょっと印象的です。
ローザがだいぶ高圧的に見えたんですが、皆さんどうだったんだろう。
壮絶な過去を短期間で振り切れって言ってるようなもんだと思って画面の向こうでハラハラしてました笑
D+S FF-D New!夢物語
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