22 ほどける心
波が浜に寄せる音がセシルの耳に入った。他の音は何も聞こえない。ただ穏やかな波の音が心地よく、日差しも温かい。今日は絶好の海水浴日和だ……などと考えたところで、セシルははっとして目を覚した。
ファブールから船で沖へ出て、途中で大きな竜のようなものに襲われたはずだった。ここはどこだ──そこまで思い出すと、セシルは一気に現実に引き戻された。
「うう……」
浮上する意識と共にうめき声が漏れる。頭も身体も、どこもかしこも痛い。だが、それでもどうにか生きている。セシルはゆっくりと身体を起こした。
「ここは……どこの浜だ……? 」
じっと目の前の景色を見渡すが、セシルにはいまひとつピンと来ない。
セシルは赤い翼にいた頃、行った事のない場所はないと言えるほど世界中を巡ったものだった。しかし、地上から見る景色はまるで違って見える。彼にはここがどこなのか、全く見当もつかない。
「一人、なのか……? 」
セシルはもう一度辺りを見回す。リディアとヤン、ギルバートは海に消えた。しかし、アベルはどうなっただろう。
セシルの記憶では、船が大破した時、アベルは気を失っていた。セシルは漂ってきた大きな板にアベルごと掴まり、その後もしばらく二人で流されていたことを思い出す。
少し歩いてみようと立ち上がったセシルは、くるりと海に背を向けた。すると、視線の先に人が倒れているのが見える。
「あれは……! 」
まだ本調子ではない足をもつれさせながらなんとか動かして、セシルはその人物に近づいた。
濡れてくしゃくしゃになったハニーブロンドの髪を掻き分けると、アベルの顔が現れた。だが彼の唇は青く、顔色は悪い。身体は冬の海のように冷たかった。だが、呼吸はある。弱々しい呼吸ではあったが、アベルが生きている事にセシルはほっと息をついた。
アベルの皮の服はところどころ裂けていた。それに、濡れたせいで身体にぴったりと張り付いている。冷えきった身体に、このままの格好ではまずい。そう考えたセシルはアベルを抱え、浜から陸地へ移動した。
セシルは火を起こし、焚き火を焚いた。あいにくテントは海に流されて持ち合わせがなかったが、幸いポーションはひとつだけ残っている。それをアベルの口へ押し込んで、全部飲ませた。
次にセシルはアベルの上着を取り去った。すると、アベルは服の下にサラシを巻いている。はて、とセシルは首を傾げた。
「アベルは怪我をしていたのか……? いや、そんな大怪我をしていればさすがにわかるはずだが……」
びっしょり濡れていても血が滲むわけでもないサラシに、セシルは戸惑った。しかし、このまま身体が冷え続けては命に関わる。セシルはサラシをほどき始めた。
緩んだサラシの中から、コロンと手鏡が落ちてきた。セシルはそれをさして気にも留めず、黙々とサラシをほどき続ける。しかし──
「……え? 」
セシルは焦った。焦るあまり、ほどきかけたサラシをそのままに、たまたま近くに落ちていた大きな葉っぱをアベルの身体に被せた。そして、慌ててアベルの濡れた服を焚き火にかざし、早く乾けと念じ始めた。
「まさか、アベルが……? 」
セシルはひとりごちる。つい先程まで露ほども疑いもしなかった事実に狼狽していた。
アベルのサラシの奥に、男にはあるはずのない柔らかいものがあった。全貌は見ていない。けれど、触ってしまった。知らなかったし、悪気はなかった。とはいえ、罪悪感と強い衝撃と混乱に苛まれ、セシルは一人でおろおろするしかない。
そんな時、アベルが身動ぎをした。セシルは思わずギクッとしてアベルを振り向く。ドキドキとうるさい心臓の音が、アベルにも聞こえるのではないかと思う程鳴り響いている。
セシルがじっと見守っていると、アベルはパチリと目を開けた。
「……アベル? 」
セシルが恐る恐る声をかけると、アベルは横になったまま、顔をセシルの方へ向けた。しばらくぼうっとした後、急に胸元を押さえてがばりと起き上がった。
「うそ……! 」
アベルはほどかれたサラシに愕然としていた。そばに落ちていた手鏡を片手で拾うと、身体の前でぎゅっと握った。顔まで隠すように脚を三角に立てて、目線だけをセシルに送った。
「……すまない。アベル」
アベルの服を掴んだまま硬直したセシルに、アベルはふるふると頭を振った。
「いえ、謝るのは……わたしの方です」
遂に嘘がばれてしまった。裸同然の格好も気にはなる。だがそれを上回る程、アベルはセシルを欺いていたことへの罪悪感で頭がいっぱいだった。
濡れた服を着直したアベルは、セシルに入隊までのいきさつを話した。パチパチと燃える枝を見つめる瞳は不安に揺れている。セシルは黙って最後まで聞くと、「合点がいった」というような表情をした。
「そうか。だから君はいくら鍛えても軽いんだな」
線も細いと思っていたんだと付け加えると、セシルは納得したように頷いた。
「騙していて、申し訳ありませんでした! 」
勢いよく頭を下げるアベルに、セシルは驚いた。気にするなと言うが、アベルは頭を下げたまま動けない。
「驚いたし、確かに規律違反ではある」
アベルはビクッとする。赤い翼は女性を受け入れない。なのに、王までも欺いていたのだ。
「でも、僕達はもう赤い翼ではない。バロンも出た」
セシルは一言ずつ、はっきりと言った。アベルは少しずつ心が軽くなるのを感じながら、セシルの言葉に集中する。
「それに、君は自分で自分を守り、道を拓いたんだ」
アベルは様子を伺うようにゆっくりと顔を上げ、セシルの言葉を待つ。セシルはにっこりと笑った。
「君は僕の大切な仲間だ。男でも、女でも」
アベルはほっと胸を撫で下ろした。今のアベルにとって、セシルに拒絶されることが何よりも恐ろしかった。
アベルはこれまで、また居場所がなくなるのではないかと常に危機感を持っていた。けれど、その必要はなくなった。そして何より、もう自分を偽らなくて済む。
「ところで、アベル。これは男の名だろう? 本当の名前は別にあるのか? 」
セシルの問いに、アベルはこくんと頷いた。
「アン、です」
そう答えた瞬間、アンの目から涙がこぼれた。言いようのない解放感と、本当の自分に戻れた事、そしてセシルと本来の自分としてここにいられることが嬉しくてたまらなかった。
「これから、そう呼んでもいいだろうか」
セシルの言葉にアンは晴れやな笑みを浮かべて、また一つ頷いた。
20190522
やっと男装がバレました
ベタベタな展開に我ながらびっくりですが、鉄板最強!正義!
さて、ここからが夢の醍醐味かもですね
D+S FF-D New!夢物語
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