23 因縁の地
視線が痛い。アンは人からの視線がこんなにも苦痛だと感じたのはこれが初めてだった。アベル、もといアンがバロンの騎士だった頃の、バロンの町へ出た時の民の不信感を思い出す。しかし今は、それよりもはるかに激しい憎悪を受けている。
誰も彼も視線は鋭く、本当に人を射ることが出来そうだ。そして、それを一身に受けるセシルは、既に射られているのかもしれない。アンはいたたまれない気持ちで、前を歩く彼の背を見つめた。
「貴様、よくここに来られたな」
「今度は何の用だ! 」
黒いローブを身に付けた二人組が大声でセシルを罵った。こそこそ陰口を言うのではなく、敢えて聴こえるように堂々とした悪口だ。けれど、それをするのは彼らだけではない。セシルが村を歩くだけで、あちこちから罵声を浴びせられる。村のどこを歩いても同じだった。
刀傷のようなものが無数に残った建物の脇を通り抜けると、この村では一番大きいであろう通りに出た。すると、そこにいた住人達である魔導師たちが一斉に、セシルへ恨みを含んだきつい視線を寄越した。
アンが目覚めた後、彼らは海沿いに道を進んだ。すると、とある村にたどり着いた。
装備も道具も乏しいセシルとアンは心底ほっとした。「人里に入れば休息がとれ、装備も整えられるだろう」と考えたからだ。
しかし、二人の目論みは大きく外れた。そこの住民たちは、彼らに、というよりもセシルに対して隠そうともしないむき出しの憎悪を無遠慮にぶつけてくる。それはとても休憩や物資を補充することのできるような状況ではなかった。
セシルについて歩くアンは、直接何か言われるわけではない。だが、奇異の目は彼女にも容赦なく降り注ぎ、とても居心地が悪かった。
いつもは逞しいセシルが、今はとても儚く見える。セシルの表情はマスクで覆われていて見えないが、ひどく悲しい顔をしているのは顔を見なくてもアンにはわかった。
黙って我慢していたアンは、とうとう堪忍袋の緒が切れた。セシルの少し後ろを歩いていた足を止め、くるりと後を振り返る。じろじろと容赦なく降り注ぐ視線を睨み返しながら、怒鳴り付けてやろう大きく息を吸い込んだ。
「アン」
けれど、声を出す前にセシルがアンの名を読んだ。彼女がセシルを振り返ると、彼は首を小さく横に振る。
「セシルさん、どうして……! 」
「……いいんだ」
それだけ言うと、セシルはまた元の方向へ歩き始める。けれどアンはとても納得できない。
この村はセシルとどういう関係があるのだろうとアンが思ったその時、ふと宿屋の看板が目に入った。大きく斜めに傾いたままになっている看板からさらに壁へと視線をずらすと、そこに貼られたチラシに目が止まった。
『クリスタルと仲間を奪ったバロンを許すな! 』
アンはその場に立ち尽くした。チラシの文字から目が離せない。アンは気が遠くなりそうだった。
ここはミシディアだ──アンは確信した。むしろ、確信せざるを得なかった。
セシルの指揮で、ミシディアからクリスタルを奪ったのは紛れもない事実である。アンはその遠征からは外れたものの、やはり彼女も当事者だ。とはいえ、まさかたまたま流れ着いた場所が件のミシディアだったとは、思いもよらなかった。体調不良を理由に作戦から外されていたアンは、この時初めてミシディアを訪れることとなったのである。
前方を歩いていたセシルが、アンがついて来ないことに気付いて戻って来た。それにアンも気づいて、セシルの方へ足を向ける。
セシルはまた歩き出した。アンも彼の後ろを黙々と歩いた。二人は吸い寄せられるように村の奥へ奥へと入って行く。やがて村の一番奥に位置する、祈りの館へとたどり着いた。
セシルたちが館へ入ると、まるで待ち構えていたかのように村の長老が数人の従者と共に彼らを出迎えた。
長老は、魔法とは無縁のセシルですら神秘的なオーラをひしひしと感じるほどの人物だ。強い存在感を放つが、決して威圧的ではない。年老いてはいるものの、その威厳は現在だ。その人こそ、ミシディアの魔導師を束ねる長である。
本来なら、この長老はいかにも深い懐を持っていそうな優しい顔つきをしていた。しかし、今はつい最近訪れたばかりの略奪者の再来に、困惑と怒りを隠せずにいる。
「そなたはあの時の暗黒騎士。今度はいったい何の用じゃ」
長老は厳しい口調と目線をセシルに投げ掛けた。バロンによる略奪の爪痕は、まだまだ生々しくミシディアに残っている。長老は髭を蓄えた顎に手をやり、セシルの言葉を待った。
「飛空艇団を指揮していました、セシルといいます」
セシルは被っていた兜を外して脇に抱えると、真っ直ぐに長老の顔を見て話し始めた。
セシルの狂わんばかりの辛さや罪悪感に耐え、真摯であろうとする姿に、アンの胸はずきずきと痛んだ。
セシルは絞り出すようにして謝罪し、深く頭を下げた。アンも同じように頭を垂れる。
「あの時は王の命令に背く勇気がありませんでした……」
「謝ってもらっても、死んで行った者たちは生き返って来ん」
長老はぴしゃりとセシルの言葉を遮った。長老の言い分は正論で、セシルもアンもそれ以上何も言うことができない。
「しかし、今のそなたからはその姿とは違う輝きの欠片が見受けられる。話を聞く価値はありそうじゃ」
長老がそう言うと、セシルはがばりと顔を上げた。受け入れられたことへの驚きと、感謝と罪の意識の入り交じった表情で長老を見つめる。
「そなたはどうして彼と一緒に? 」
長老は、今度はアンに話しかけた。
「わたしは飛空挺団に所属していました。セシルさんはわたしの上官でした」
アンがそう言うと、長老のその周りにいた者の雰囲気が厳しい物に一変した。それを敏感に感じ取ったアンは、思わず鳥肌が立つほどゾッとした。
強い増悪を一身に受け続けていたセシルの精神力に、アンは同時にただ感服する。
一方、長老はアンの答えを聞いて変な顔をした。納得が行かないといった風で、首を傾げている。
「しかし、そなたは女性であると見受ける。あの時の兵達は男ばかりであったはず。わしも見覚えはない。それなのに、そなたはあの軍に所属していたと? 」
アンは驚いた。セシルに男装が知られた後も、外見的なことは何一つ変えていない。なのに、この長老にはすっかりお見通し出たある。ギルバートに次いで、またしてもあっさり見破られてしまった。
「仰る通りです、長老。アンは確かに僕の部下でしたが、彼女はあの時、ここには来ていません」
どこまで話すべきかと返答に困っているアンに代わり、セシルが長老に説明を始めた。
「あの後すぐに、僕はアンと共に国を追われました。今はバロンを操るゴルベーザという者と戦っています。しかし仲間が囚われ、助けに行く途中でリヴァイアサンに襲われました。他の仲間は、海に……」
「ほう」と長老は息をつき、髭を撫でた。セシルは続ける。
「僕たちは気が付いたらこの近くの浜まで流されていました。その後すぐに見つけた村が、ここでした」
セシルは話を終えると、じっと長老を見た。
「そなたに与えられた試練じゃろう。しかし、暗黒剣に頼っていては真の悪を倒せぬ。そればかりか、そなた自身もいつしか悪しき心に染まってしまうやもしれぬ」
セシルは項垂れた。長老の指摘はまさに、常に彼を悩ませるている事そのものだ。長老は問題を的確に突いている。
「もしそなたが善き心で戦おうと願うならば、東にある試練の山に行け。そこで強い運命がそなたを待ち受けているはずじゃ」
セシルは項垂れていた頭を弾かれたように起こした。そして、焦った顔で目を見開く。
「しかし、早く仲間を助け出さねば」
「焦ってはならん! 」
長老はセシルを窘める。まずは落ち着くようにと荒げた声を穏やかに戻し、彼を説得する。
「そなたは大きな運命を背負っているようじゃ。先ずは試練の山に登ってみるがよい。その邪悪な剣を、聖なる剣に変えねばならぬ。聖なる光を受け入れられる者は、聖なる騎士・パラディンとなれるそうじゃ」
セシルは強い意志を宿した眼で、食い入るように長老の話を聞いている。暗黒剣と決別出来るならどんな試練も厭わない。セシルが覚悟と期待を持った瞬間だった。
「しかし、志を抱き試練の山へ行った者は数多いが、誰一人として戻ってこん」
セシルの持つ強く逞しい雰囲気が戻ったことに喜んだアンだったが、長老の最後の言葉を聞いて急に恐ろしくなった。これは罠なんだろうかと、彼女は一人疑い始める。
「どうじゃ、行ってみるか」
「ええ! 」
セシルはすっかりその気になっている。長老の提案に、彼は二つ返事であっさり承諾した。アンがおろおろする間に、話しはどんどん進んで行った。
20190526
D+S FF-D New!夢物語
- 23 -
prev * next
しおりを挟む
MODORU