26 息子よ
おぞましい叫び声と共に、アンデッドの親玉が谷底へ落ちて行く。その魔物は、自らをゴルベーザの四天王の一人・スカルミリョーネだと名乗った。
セシル達が山頂に着いた頃、スカルミリョーネは現れた。パラディンを目指すセシルの行く手を阻もうと立塞がったが、敢え無く一行に破れ去った。
一度倒したはずが、スカルミョーネはアンデッドである。復活して、背後からさらに奇襲をかけて来た。今度こそようやく撃破して、一行はもうクタクタである。
「やはり、僕はパラディンの力を得なければならない」
セシルの剣は、スカルミリョーネに全く歯が立たなかった。それは他のアンデッドたちよりも顕著で、セシルは大層苦戦した。
仲間たちに助けられてようやくスカルミョーネを倒すことができたが、彼ひとりだったら無事には済まなかったのは明白である。セシルはパラディンになる決意を、より一層強くした。
「アンデッドが相手だと不利ですね。きっと、ゴルベーザにも……」
セシルとアンは、ファブールでのゴルベーザの力を思い出す。セシルの暗黒剣では太刀打ちできなかったし、彼の精神的も限界を迎えつつある。
テラはゴルベーザから底知れぬ闇の力を感じると言った。彼はゴルベーザはセシルが光の力を手に入れる事を怖れているだろうと推測している。
再び静寂が訪れた山頂を、アンはぐるりと見渡す。ここでまた奇襲されたらひとたまりもないが、今度は大丈夫そうだ。
最後まで辺りを警戒していたアンとセシルは剣を鞘に納めた。
山頂をさらに進むと祠が立っていた。簡素な作りで侘しさすら感じるが、何やら神秘的な雰囲気に包まれている。
セシルが祠に近づくと、辺りが急に暗くなった。そして、空から男性の声が降ってきた。
「我が息子よ……」
「息子? あなたは? 」
セシルは心底驚いた。彼を育てたバロン王は彼を孤児だと言っていたし、彼は今さら自分を息子と呼ぶ人物が存在するとはとても考えられなかった。
戸惑うセシルに、声は更に語りかける。
「お前の来るのを待っていた。今、私にとって悲しいことが起きている。これからお前に、私の力を授けよう。しかし、この力をお前に与えることで、私は更なる悲しみに包まれる」
一方的に告げられる言葉に、セシルは努めて冷静でいようと試みた。けれど、わからないものはわからない。ただ黙って聞くことしか、今のところできることはなかった。
声は独白を続ける。
「しかし、そうする以外に術は残されていない。さあ、血塗られた過去と決別するのだ。今までの自分を克服しなければ、聖なる力もお前を受け入れない。打ち勝つのだ、暗黒騎士の自分自身に! 」
するとしばらく真っ暗だった空間に、視界が開けた。クリスタルルームのような小部屋に大鏡がかけてある。そして、そこにふわりと現れた人物は、暗黒騎士の鎧を着けたセシルその人だった。
「セシルが二人? 」
テラがすっとんきょうな声で叫んだ。アンも驚いて、二人を見比べる。二人のセシルはまったく同じ素振りでアンを振り返る。
騒ぐ双子をよそに、鏡の中のセシルが鏡から出てきた。彼は剣を構えて、セシルにその切っ先を向ける。尖った殺意も眼光の鋭さも、迷いを捨てきれずに揺れる魂すら自分と同じで、セシルはうすら寒い思いだった。
鏡のセシルに思わず構えを取った仲間たちを、セシルは片手を横に出して制する。
「手を出すな! これは僕自身との戦いだ! 今までの過ちを償う為にも、こいつを! 暗黒騎士を倒す! 」
そのセシルの瞳は、アンが知る中でも最も強い決意が漲っている。迷いを絶ち切る意思がはっきりと表れていた。
二人のセシルは一騎討ちを始めた。アンも固唾を飲んで見守るが、再び急に視界が暗くなった。目が回ったり倒れてしまったりといった不調はなく、むしろ心地よいくらいだ。それに、長い間忘れていたような温かさを感じる。懐かしさにも似た幸せな感情が、どんどんアンの中に流れ込んで来る。
ようやく視界が明るくなると、アンの目の前に懐かしい建物が表れた。玄関先の花壇にすみれ色の小花が仲良く並んでいる。
煤けた煙突がついているが、アンはこの暖炉を使っているところを遂に一度も見なかった。この木造の平屋造りの家は、アンの生家である。
他には何もない真っ暗な空間に、ぽっかりとその家だけが佇んでいた。アンの記憶のままの家に思わず近付くと、家の中から声が聞こえた。
「探せ! もう一人子供がいるはずだ! 」
男の大声はアンを戦慄させた。彼女はこの声を知っている。すぐさま激しい音とともに玄関を開け放ち、反射的に剣に手をかけた。
「なんだおまえは」
家に入ったアンを、別の声の男が睨み付ける。アンは構わず家の様子を確認した。
侵入者は二人。これもアンの記憶の通りだ。彼らはくすんだ青い色のローブを身に付けている。これはアンの故郷の村の普段着だった。
家中が激しく荒れている。入ってすぐのリビングはテーブルも椅子もひっくり返り、台所は足の踏み場もないほどに物が散乱していた。その壁や廊下には鮮やかな赤が飛び散り、その先を追うとアンの両親が倒れていた。そして、ピクリとも動かない彼らと部屋の対角線上にアンの兄もいる。そして、やはり彼も動かない。
寝室へ続く扉も開け放されているが、ベッドはマットレスの中身が見えているし、タンスは全て空いている。部屋へ入るのも躊躇するほどぐちゃぐちゃだ。沸々と沸き起こる怒りと悲しみが、アンを鬼にしてゆく。
「こいつもやっちまえ! 」
アンが初めに聞いた男の声が、家中に響いた。
アンの記憶がまた甦る。“あの時”は必死で隠れることしかできずに震えていた。けれど、今は違う。
アンはすらりと剣を抜いた。そして、男たちに有無を言わせる隙も与えず、あっという間に切り伏せる。しんとした空間は、ただ残酷なだけの光景に変わった。
剣を納めたアンはそこにいた死者全員に黙祷を捧げた。憎しみは消えない。許すこともしない。けれど、死は誰にでも平等に訪れる。
アンは煤けた暖炉を振り返った。嘗ての幼い自分は、そこに隠れていた。今もきっと、震えて泣きながらそこでじっとしているはずだ。
“あの時”、確かに誰かが賊を倒してくれたのを覚えている。そろそろ息を殺して、こちらを盗み見る頃合いだったろうか。
アンが家を出ると、彼女の目の前に青いローブに白い上衣を着た男性的が突然表れた。
壮年くらいの年齢であろうその男性の顔を、アンは知らない。けれど、会った覚えはない彼の顔が、記憶の奥底にしまってあるように思えてならない。
「母君とそっくりだ……」
男性はそういうと、嬉しそうに柔らかく微笑んだ。アンは皆目して聞き返す。
「母を、ご存知ですか? 」
「ああ、わたしの教え子だった」
アン魔法は母から習ったものだった。けれど、きちんと習う前に母親が亡くなってしまったので、アンはいつまでも初歩の魔法しか使えないままでいる。そのせいか、母に師匠がいたことなどこれまで考えもしなかった。
「君に更なる力を授けよう。私は君のことをずっと見ていた」
「あ、あの……! 」
男性は一方的にそう告げると、一瞬で消えてしまった。アンは彼を呼び止めようと手を伸ばしたが、空を切って何も掴めない。
「息子を、頼む……! 」
次の瞬間、再びアンの視界が戻り始めた。黒く何もない空間が、さっと消えた。
アンが気がつくと、セシルが暗黒騎士の猛攻を受けていた。彼は必死で耐えている。けれど、次の攻撃を受ける刹那、セシルが目映い光で覆われた。その光を受けた暗黒騎士はバラバラと崩れ落ち、ついには跡形もなくなった。
「正義よりも、正しいことよりも、大事なことがある。いつか分るときが来る」
声が部屋の中で響く。アンは先ほど会った男性の声と似ていると思った。
「これから私の意識を光の力に変えて、お前に託そう。 受け取るがよい。私の最後の光を!」
輝きが収まったセシルは、姿がすっかり変わっていた。
黒い禍々しい鎧と兜は消え去り、青白く輝く鎧に身を包んでいた。青い鉢巻を巻いたセシルの銀色の髪が、彼が動く度にさらさらと揺れている。
アンが思わず駆け寄ると、セシルはにこりと微笑んだ。そしてセシルは自分の両方の手のひらとアンを交互に眺める。自分に起こったことに目を丸くして驚いていた。
「我が息子よ、ゴルベーザを止めるのだ」
「待って下さい! 」
セシルはがばりと顔を上げて当たりを見回すが、声の主はもう何もしゃべらない。そればかりか、それまでいた部屋は消え失せて、いつの間にか山の祠に戻っていた。
「あんた、やっぱり……」
セシルが複雑な顔でいると、パロムが彼の足元までやって来た。もじもじして何か言いたげだが、ポロムが人差し指を立てて、パロムを慌てて黙らせた。
「なんだかこの感覚は……不思議に懐かしい……」
セシルは自身の新しい鎧を上から眺めながら呟いた。
「あの声はいったい…」
「お……おお! 」
すると、テラが驚いたように大声を出した。ポロムが不思議そうにテラを見上げる。
「テラさま? 」
「思い出してきた……呪文の数々を! 」
老人らしからぬほどの溌剌とした声で、テラははしゃぎ始めた。彼は呪文を思い出せたことがとてもとても嬉しかった。若い頃の感覚が蘇るようで、今なら誰にも負ける気がしないとすら思えた。
「ん? 」
テラの動きがピタリと止まった。ポロムとパロム、アンも心配になって、テラの様子を伺った。
「メ……テオ? 」
「えっ??? 」
テラ以外の者の声が重なる。誰もが黙ってしまったので、辺りは急に静かになった。
「あの光が授けてくれたというのか。 封印されし最強の黒魔法メテオを」
テラは感激しきっている。踊り出すのではないかと思うほどだ。そのテラの影で、双子がなにやらこそこそ話している。
「おいポロム……」
パロムがそう言うと、ポロムも意を決したようにセシルとアンに向き直った。彼らはどうしたのかと双子の顔を見る。
「セシルさん、アンさん……」
「実はオイラたち……」
言いにくそうにもじもじしている双子を完全に無視して、テラは大声で話し始めた。それは号令でもかけるかのようで、とにかく早く先へ進むことしか今の彼は考えていない。
「よおし! 準備万端整った! 行くぞ、ゴルベーザの元に!! 」
意気揚々と歩きだす老人は、動かないセシルの腕を取って無理やり歩こうとしている。セシルとアンは双子が言いかけた事の続きを待っていたのだが、テラがそれを許さない。
「何をしておるセシル、さあ行くぞ! 」
「あ、ああ……」
片腕を引っ張られる格好で、セシルは疑問を投げ掛ける。
「しかし、あの光は…? 確かに僕を、我が息子と……」
アンも、先程自分の身に起こったことを共有したいと思っていた。けれど、今はその時ではないらしい。せっかちなテラは、一人でさっさと祠を出て行ってしまった。
「あ! ちょっと!」
「参りましょ」
ポロムもテラの後に続こうと、セシルとアンを後ろから押して歩くことを催促し始めた。
セシルとアンは「何だったのだろう」と顔を見合せながら、一行は下山を始めた。
20190606
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