D+S FF-D New!夢物語


27 真夜中の物思い



 あと少しで麓へ下りられる、というところで日が落ちてきた。赤く大きな太陽が、遠くの大地に沈もうとしている。これから訪れる夜に向けてモンスター達も活発になり始めていて、山全体がざわめいているようだ。

 テラが結界を張り、セシルはテントを張って一夜を明かす準備を進めている。双子とアンはテラから結界についてレクチャーを受けて大満足し、テラも熱心な生徒ができたと喜んだ。
 アンは結界どころか、魔法の基礎に疎い。これまで習う機会もなく、存在すらよく知らないでいた。けれど、習ってみればすぐにでも実践できた。
 結界には魔方陣を用いる。必要な四つの陣のうち、一つはアンが書いたものだ。そこへテラから教わった呪文で魔力を込めた。テラ曰く、これは初歩の魔法の一つだと言う。もちろん双子もよく知っていた。
 アンは十数年ぶりに見た母の姿を思い出す。どうやらこれも習いそびれたらしいと苦笑した。

 すっかり夜も更けたころ、セシルは草の上にごろりと横になっていた。テントを老人と子供と女性に譲った彼は、ひとり満天の星空を眺めている。パチパチと燃える焚き火が温かい。

「息子、か……」

 セシルは昼前聞いた声を思い出す。
 物心着いた頃には既にバロン城で王の世話になっていた。なんでも、バロン近郊の野原の木の下に捨てられていたところを、王に拾われたと聞かされている。自分を息子と呼ぶ者がいるのなら、どうして自分は置き去りになっていたのだろう。考えた所で答えが出るはずもないが、納得もできない。
 パラディンの力を得て、禍々しい力をようやく手放す事ができた。けれど、結局新たな悩みが生まれる事になった。焚き火中の枝の一本が、コトリと音を立てて崩れ落ちる。
 セシルはふと、バロンの祭りで出会った黒い髪の少女を思い出した。つい何ヵ月か前の事なのに、もう何年も経ったように感じてしまう。それほど、彼の環境は大きく変わった。
 ほっと息を着いたのは、果たしていつが最後だっただろう。それでも、セシルは彼女のまっすぐな長い黒髪と淡い緑色の瞳を、今でもはっきりと覚えている。2度と会えないかもしれないのに、我ながら女々しいと自嘲した。

「セシルさん」

 セシルの視界の上方から、ひょこっと顔が表れた。緩やかにカールした柔らかな髪が、セシルの頬をすっと撫でる。聞きなれた声に、セシルの意識は現実に呼び戻された。

「……アン? 」

 焚き火の光に照らされたアンの顔は少し緊張している。瞳に映ったセシルの顔は緑色をしていた。
 ああ、そういえば件の娘の瞳もこの色だったと、セシルはぼんやり考えた。

「どうした? 眠れないのか? 」

 その瞬間、焚き火の火が一瞬だけ暗くなった。ほんの少しの時間、セシルにはアンの髪が真っ黒に見えた。
 突如現れた既視感に、セシルは戸惑いを覚える。しかし、黒髪の少女の髪はまっすぐだった。だが、瞳はアンと同じ色をしていたことをはっきりと認識した。
 アンはゆっくり身体を起こす。セシルも起き上がり、彼女と向かい合った。

「昼間、セシルさんがパラディンになる少し前に…実はわたし、別の場所にいました」
「……なんだって? 」

 セシルの頭から黒髪の少女が吹っ飛んだ。知らされた新事実に、セシルの身体はアンの方へ前のめりになっている。

「それが、昔のわたしの家で──」

 アンはセシルにその時の出来事を話した。セシルは驚きながらもきちんと聞いていたし、内容を素直に受け止めた。しかし、「力を授ける」とは言われたものの、アンはいまいち実感が湧かない。

「何か変わったことはあるかい? 」
「今のところは、特に何も」

 アンの返事に少し残念そうにしているセシルに、アンは思わず笑ってしまった。どうやら彼の期待を裏切ったようだと、なんだか可笑しくなった。
 それよりも、賊とはいえ人を斬ってしまった事をアンは今さら実感し始めていた。
 魔法で攻撃するだけなら何度か機会はあった。だが、実際に人を斬って、更に殺してしまったのは初めてだった。生々しい感触は忘れられそうにない。けれど、忘れてはいけないとも思った。

「テラも魔法を授けられたようだし、君にもなにかあるんじゃないかとは思っていたんだ」

 セシルはそう言うと頭をかいた。アンはセシルの声で、物思いに耽っていた自分に気付く。

「ただ……これから変わるかもしれません」

 アンはこれまで、どれだけ訓練しても、戦闘の経験をしても、魔力の変化を感じたことがなかった。剣や体術は磨かれても、魔法を強化することはできない。上位魔法など夢のまた夢で、魔法を練り上げる仕組みは分かっていても、どうしてもできなかった。
 もともと基礎も中途半端であるせいかともアンは考えていたが、どうやらそれだけでは無かったようだ。「力を授ける」と言われてから、アンの魔力の感覚が変わった。実際にできることは何も変わらないが、既に使っている魔法の手応えが変わっている。テラや双子たちの使う上位魔法も、以前よりも理解できるようになっていた。

「そうだ、新しい剣はどうです? 」

 アンはセシルの腰に差してある古びた剣を指した。ああ、とセシルは剣を鞘ごとベルトからはずして手に取る。
 祠を出たら、剣が宙に浮いていた。そして、剣は独りでにすっとセシルに近付いて、彼の掌に収まった。セシルは暗黒剣を棄てたところで武器が何もなかった。セシルは当面それを使うことにして、ここまで下山して来たのだった。

「古そうだし、手入れもされていないから、剣というよりも鈍器だな」

 そう言って剣を鞘から抜くと、セシルは笑った。アンは剣の近くへ顔を寄せる。
 あちこち刃こぼれしているし、研き直すのにも苦労しそうなほど歪だ。確かに刃物というよりも金属の塊のようだ。
 剣をよく見ると、何やら言葉が書かれている。けれど、セシルやアンの知る文字ではなかった。

「何てかいてあるんでしょうね」
「わからない。ミシディアに着いたら長老に聞いてみようか」

 セシルは剣を鞘に戻し、空を仰ぐ。彼は再び黒髪の少女のことを思い出し始めている。
 アンもセシルにつられて空を見上げると、所狭しと敷き詰められた宝石のような星空が広がっていた。あまりの美しさにアンはため息を漏らす。
 テラのイビキがテントからゴーゴーと響き、それに反応した魔物が遠吠えをしているのが聞こえた。月は相変わらず2つ並んで、夜空をだんだん上って来ている。
 アンはこのひとときがいつまでも続くと良いと心の中で願った。

20190606



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