46 月は見ていた
アンの額に巻かれた包帯をセシルはそっとなぞった。まだ目を覚まさないが、傷が塞がったおかげで熱は下がった。少なくとも、苦しそうではなくなった。
セシルはアンの横たわるベッドの傍らに椅子を置き、そこに座っている。血で汚れたシーツやアンの服などがあらかた片付き、アンを医者に見せた。一行はようやくひと息ついたところだった。
ローザはバロン市街の自宅に帰ったが、他の者はセシルの部屋にいた。
カインが自身の懐を探っている。ゴソゴソと何かを取り出しながら、セシルに話しかけた。
「セシル、話しておかねばならぬことがある」
カインの声に、仲間たちの視線が一斉に彼の方を向いた。カインは壁に預けた背を浮かし、セシルの方へ歩み寄る。
「どうした? カイン」
「クリスタルのことだ」
クリスタルと聞いて、セシルの顔が曇った。これまでゴルベーザからクリスタルを守り切れた事は結局一度もない。
「トロイアから借りてきた土のクリスタルも奪われてしまった。これで奴の手に、全てのクリスタルが揃ったことになる」
セシルはため息と共にそう言うと、苦い顔をした。だが、カインはそれは違うと首を横に振る。
「いや、クリスタルはまだ4つしか揃っていない」
「4つで全部ではありませんかな? 」
ヤンがそう言うと、シドはポンと手を打った。
「噂に聞いたことがあるぞい」
「まさか……」
セシルも噂くらいなら聞いたことがあった。各国に祀られているクリスタルの他に、闇のクリスタルと呼ばれる物がが存在する、と。けれどそれは夢物語の扱いで、現実的に考えたことなどなかった。しかし、カインの言わんとすることは正にそれだった。
「そう、闇のクリスタルだ」
「この世界の4つのクリスタルは、言わば表のクリスタル、という事じゃの」
シドが得意げに鼻をならす。
セシルはハッとしてカインに聞いた。
「その闇のクリスタルか。奴の次の狙いは」
「そうだ。 だからゴルベーザの手に渡ったクリスタルは、まだ半分に過ぎん」
「しかし 闇のクリスタルが何処にあるかはわからんはずじゃが……」
シドは顎髭を指で弄りながらカインに問うた。
「だが、ゴルベーザは探し当てた」
セシルは思わず椅子から立ち上がった。彼が思っていたよりも、事態は切迫している。
「急がなければ! いったい何処に? 」
「文字通りの、表と裏。地底だ」
カインの言葉にヤンはため息をついた。
「穴でも掘らねば行けませんな……」
ヤンは腕を組み、何か手立ては無いかと思案する。セシルも地底と聞いて、勢いを無くした。そこへ行く方法も分からないのに、どうやって探すのだろう。セシルはまた椅子に座り直した。
「ともかく、奴は表と裏。つまり光と闇のクリスタルを全て揃えた時、月への道が開かれると言っていた」
「月への道? 」
セシルはそう言いながらアンを様子を伺った。アンのまぶたが、ほんの僅かに動いている。
「よくは分らんが、その鍵がのマグマの石らしい。 お前に渡しておこう。こいつを何処かで掲げると、地底への道が開けるらしい」
「しかし、どこに」
マグマの石を受け取ったものの、セシルは困惑の表情を浮かべた。カインも首を横に振る。
「分らん」
マグマの石を握りしめながらセシルは考えるが、さっぱり見当もつかない。全員が黙って考え込んでしまった。
「何考え込んどる? エンタープライズが有ろう! この世界なんぞアッという間に、一周りじゃわい。遠隔操作でちゃーんとバロンに戻っとるぞい」
シドは得意げに胸を張った。
「ならば、決まりですな」
とりあえず、一行はエンタープライズで地底への入り口を探す事を次の目標に定めた。
セシルの部屋で集まっていた面々は解散し、それぞれバロン城内で自由に過ごした。
その夜、セシルはカインと共に自室へカウチを運び込んでいた。アンがセシルのベッドを使っていて、むやみに動かすのも憚られたからだ。
「ここでいいか、セシル」
「ああ、置いてくれ」
ゆっくりカウチを下ろすと、部屋が急に狭くなった。けれど、一人の時よりもずっと居心地は良い。
「ありがとう、カイン。助かった」
「なに、これくらい構わんさ」
カインは未だ目を覚まさないアンに目を遣った。
「あのアベルが女だったとはな」
「ああ、僕も驚いた」
ミシディアの浜での出来事が過ぎった。セシルはこの時の衝撃を、生涯忘れられないだろう。
「しかし、根性も度胸も申し分ない。並の男よりもよほど見込みがある。人事の目は確かだったわけだ。しかも、件の黒髪の娘もアンだったのだろう? 」
「ははは、全くだ」
アンの髪を優しく梳くセシルの姿を見て、カインは口元に笑みを浮かべた。
職務と訓練に明け暮れ、浮いた話どころかローザにすら靡かなかった
親友が、こんなにも優しい顔で一人の女を見つめている。それが何とも嬉しく、またこそばゆかった。
「アンよ、早く目覚めろ。セシルが焦れているぞ」
カインはセシルに早く寝ろよといい添えて、部屋を出て行った。
セシルは静かになった部屋で、窓の外に浮かぶ月をぼんやり眺める。ゴルベーザとの遣り取りやテラの最期を、セシルは今でも鮮明に思い出せる。彼は大きく深いため息をついた。
ゴルベーザは圧倒的な力を持っている。セシルをいともあっさり痛め付け、しようと思えば殺すことさえ出来た。それなのに、ゴルベーザはそれを躊躇した。セシルにはそれがどうしても不可解だった。
「何故あの時、ゴルベーザは僕に止めを刺さなかったのだろう」
しかし、ゴルベーザに訳を聞くことが出来るわけでもない。考えても分からないことだ。
もう休もうと、セシルはカウチにごろりと横になった。鎧を外した状態で眠るのも久しぶりだ。少々硬いカウチでも、十分に心地良かった。
「アン」
セシルは手を伸ばしてアンの頬を撫でた。そろそろ目覚めても良いのに、まだ起きない。起きないのならば、いっそのこと勝手にキスしてしまおうか。そう考えたセシルはゆっくりと半身を起こし、顔を近づける。
あと少しで唇同士が触れ合う、というところで、アンとバッチリ目が合った。
「アン!? 」
セシルは飛び起きた。勝手に口付けようとした後ろめたさと、アンが目を開けた喜びと安堵が入り混じって、とにかく心臓が壊れそうなほどドキドキしている。
「……セシルさん? 」
アンは飛び跳ねるように起き上がったセシルを不思議そうに見上げている。
「あ、ああ。アン、心配したんだ。君は、頭を打って気を失っていた。覚えているか? 」
アンは数秒ほどかけて記憶の糸を手繰り寄せる。ようやく思い出したような素振りを見せると、今度は不思議そうな顔をした。
「あれ? じゃあ、ここ、どこですか? 」
アンは慌てて起き上がった。しかし、傷はまだ痛む。起き上がったものの、またうずくまる羽目になった。
「僕の部屋だ。安心していい。でも、まだ寝ていろ。傷自体はローザが魔法で治してくれたけれど、完全に治っているわけではない」
「はい……」
アンは痛む頭を押さえて涙目で頷いた。
「今日は休もう。まだ夜だ」
セシルはカウチから降りて、アンを再びベッドに寝かせた。横になったアンはどことなく恥ずかしく、セシルをまともに見られなかった。
セシルはアンの枕元に左手を付いて、右手をアンの頬に添えた。アンはさらに動揺したが、セシルは構わず今度こそ唇を重ねた。
2020/04/30
書いてて恥ずかしい……
せしるんは男前!
気持ちも男前!
若くて健康な体力有り余ってる軍人さんだもの!
このくらい健全よね!
D+S FF-D New!夢物語
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