5 悪魔は誰か
セシル一行は城を出た後、まずはミストの洞窟を目指した。目的地であるミストの村は、洞窟を越えた先に位置している。
バロンの平野を越えると、いよいよミスト地方に入った。まるで余所者を受け入れるのを拒むかのように、その道のりは険しい。
ミストの洞窟に近づくにつれて、だんだん道らしい道がなくなってゆく。大きな岩や石が目立ち始めた。ごろごろとして足場が悪い上に、伸び切った草がぼうぼうに生えている。人の手の入らない自然の中を、草木をかき分けて進むのは至難の業である。日頃から鍛え上げている軍事国家バロンの騎士三人も、これには舌を巻いた。
アベルは必死で二人の隊長について行く。だが、やはり基礎体力が違った。多少の遅れをとりながらもなんとかついて行ったが、二人はアベルほど疲れを見せない。むしろぜいぜいと息を切らすアベルを二人が気遣うので、アベル居たたまれない気持ちである。
ミスト洞窟まであと少し、というところで日が暮れ始めた。一行は足を止めて手頃な場所を見繕い、野宿の準備を始めた。
アベルがテントを張り終えたころ、周辺のモンスターを退治していたカインが戻っていた。彼は枯れ枝や葉を集めて火を起こそうとしているところだった。
「カインさん、火ですよね。わたしに任せてください」
「ん……そうか? では、頼む」
アベルが声をかけると、カインは素直に応じた。カインが集めた枯れ枝から離れると、アベルは魔力を練り上げ始める。
「ファイア」
寄せ集めた枝に火が灯った。柔らかな炎が穏やかにゆらゆら揺れている。火加減は丁度よいだろうと、アベルは胸をなで下ろす。
カインは「ほう」と、感嘆の声を漏らした。
「お前、魔法が使えたのか」
「はい。基礎的なものだけですが、少しだけ」
カインは興味深そうにたき火を見ている。
「騎士には珍しいタイプだな。心強い。また頼む」
竜を模した兜から覗く口元が笑っている。アベルはカインに敬礼を返した。ほんの少し、昼間の負い目を拭えたような心持ちがして、アベルは嬉しかった。
ここまでの道のりで、モンスターとの戦闘は何度もあった。しかし、セシルもカインもバロンきっての手練れだ。当然アベルの出る幕はない。専ら後方支援に徹していた。
また、バロン周辺のモンスターは元々大して凶暴なものはいない。少々の傷ならポーションで十分だ。アベルはここに来るまで、ケアルですら魔法を使う必要がなかった。
セシルが近くの川から水を汲んで戻ってきた。ついでに捕まえたのだと言って、魚も数匹持っている。それをたき火で炙り、アベルが用意した携帯食と共に本日の夕食となった。
翌朝、一行はミストの洞窟へたどり着いた。洞窟へ入り、奥へと進む。ようやく出口だというところで、セシル一行はミストドラゴンに遭遇した。
ドラゴンはセシルたちを追い返そうとするが、彼らも引く訳にはいかない。出口に立ちはだかるミストドラゴンを倒し、洞窟を抜けた。
洞窟からミストの村へは目と鼻の先だった。ようやく辿り着いたと一息つく間もなく、セシルの道具袋が光り始める。
「隊長! 道具袋が……光ってます」
指輪の異変に気づいたのはアベルが1番早かった。目を丸くしてセシルに伝えると、彼も驚いて袋を開く。すると、バロンで預かってきたボムの指輪が光っていた。
セシルは指輪を取り出し、自分の手のひらに乗せる。指輪から発する光はだんだん赤みを帯び、ますます強くなる。
「指輪が、光る……? あちちっ」
指輪は真っ赤に光りながら、さらに熱を帯び始める。あまりの熱さに、セシルは思わず指輪を取り落とした。
それからはあっと言う間だった。指輪から炎の固まりのようなモンスター・ボムが無数に出現し、一瞬で村を炎で包んでしまった。このままではボムが村を焼き尽くのも時間の問題だ。だが、ボムの数も、火の回りの早さも、三人ではどうにも手の打ちようがないほど激しかった。
「これは…… 」
カインは唖然として回りを見渡した。どこもかしこも火の手が上がり、凄まじい速さで見える物全てを飲み込んでゆく。
「この為に、僕らはここまで……」
セシルは信じられない気持ちで呆然と立ち尽くした。怒りと悔しさと情けなさと、あらゆる負の感情が彼を支配している。彼の握りしめる拳は力が入りすぎて、細かく震えていた。
カインもアベルも、セシルと同じようにただ事の起こりを眺めるより他なかった。どうしてこんなことになったのか、頭も感情も整理が追い付かない。
「この村を焼き払う為、か……」
「そんな、ことっ……て」
カインの推測は、セシルもアベルも同意である。
アベルは落胆し、崩れるように膝を着いた。吐き気はまだ来ない。だが、目の前の惨状はいつかの光景を彷彿とさせる。
そこへ、小さな子供の泣き声が聞こえ始めた。三人は声の主を探し始める。
「お母さんのドラゴンが、ひっく、死んじゃったから……お母さんも……エッエッ……」
池の畔で女の子が泣いていた。彼女の母親と見られる女性が倒れていて、女の子は傍でうずくまっている。
「もしや……! 」
はっとした顔で、セシルはカインを見た。カインも彼にうなずき返す。
「そういえば聞いたことがある。 魔物を呼び出す力を持つ者……確か召喚士! 」
「まさか僕たちがあのドラゴンを倒したから、この子の母親も……」
セシルの言葉に、アベルは目の前が暗くなるのを覚えた。いっそこのまま倒れてしまえば楽だろうか。
女の子は三人に気づき、警戒心をむき出しにして彼らを睨みつける。
「じゃあ、お兄ちゃんたちがお母さんのドラゴンを! 」
「まさか……君の母さんを殺してしまうことになるとは……」
セシルはマスクを外し、沈痛の面もちで俯いた。
もはや謝って済む問題ではない。一行にはこの少女にどんな顔を向ければよいかなど、まるで見当もつかなかった。
「陛下はこの村の召喚士を全滅させる為に、俺たちをここまで……」
カインはそう言うとギリギリと奥歯を噛みしめる。兜に隠れた表情は伺えないが、相当にがり切った顔をしていることだろう。
「なんてことだ……なぜだ! バロン王! 」
セシルは大声で叫んだ。やるせない気持ちを、吐き出すかのように。
「……可哀想だが、この子も殺らねばならんようだな」
「カインさん! それは! 」
カインの言葉にアベルはハッとして顔をあげた。セシルもすかさずカインを止めに入る。しかし、カインは容赦なく槍を構えようとした。
「殺らねば、俺たちが殺られる! 」
「子供だぞ! 」
セシルはカインの槍を掴んで制した。
アベルは、二人の押し問答をただ見守ることしかできない。怯える女の子に目を配りながら、二人の結論を待った。
「お前は陛下に逆らえるか? セシル」
「こんな殺戮を繰り返してまで、陛下に従う気はない! 」
カインの言葉に、セシルは語気を荒げて言い切った。その表情は険しいものの、ここ最近で一番晴れ晴れとしていた。
「フッ、そう言うと思ったぜ。 一人でバロンを抜けるなんて、させやしない」
カインは槍を握り直して地に柄を立てるようにして、セシルに向き直る。
「いくら陛下に恩があるとは言え、竜騎士の名に恥じる真似が出来るわけなかろう」
「じゃあカイン、お前も……」
セシルの言葉に、カインは静かに頷く。そして、カインはアベルに、お前はどうだと問うた。
「わたしも同じ気持ちです! こんなこと、もう嫌です」
セシルとカイン、アベルは互いの顔を見合わせ、頷き合う。
「バロンは世界一の軍事国。 俺達がいきがったところで、どうにもなるまい。他の国にも知らせ、援護を求めんとな」
カインの言葉を聞きながら、アベルはようやく立ち上がった。そして、ゆっくりと呼吸を整える。
「それに、ローザも救い出さねばな」
「ありがとう、カイン」
セシルが礼を言うと、カインはふっと顔をそらせる。
「別にお前の為じゃないさ」
「え? 」
カインはセシルの疑問には答えずに、先ほどの少女を見遣った。
「それより、ここは危ない。早く村から出るぞ」
「あの子はどうしましょう? 」
アベルはまた二人に意見を求めた。バロンが狙っていること以前に、こんな環境に幼い子を一人で置き去りにはできない。
「僕らが連れて行くしかあるまい! 」
そう言うと、セシルは女の子に近づいた。しかし、女の子は近づくセシルに気付くと後ずさりをする。彼女はセシルたちのことが怖かったし、とても信用などできなかった。
セシルが身につけている鎧は、平時でさえその見た目だけで悪魔のようだと恐れられることがある。さらにこの惨状、この一連の出来事を思えば当然のことだった。
「さあ、ここは危険だ。 僕らと一緒に……」
「いや! 」
「君をこんなところに置いておけないよ」
アベルが宥めにかかるが、女の子は大泣きしながら嫌がった。
しかし、バロンの目論見が分かった今、いつ追っ手が来るとも限らない。見つかればこの女の子が殺されるだろう事は簡単に予測がついた。
また、セシル達が城へ戻っても戻らなくても、王は彼らの処分を考えている可能性も否めない。悠長なことはできなかった。
「止むを得ん、無理矢理にでも連れて行くぞ! 」
カインはそう言うと大股で歩いて女の子との距離を詰める。しかし、女の子も必死だ。捕まるまいと走り出した。
「近寄らないで! 」
女の子は村のはずれへと向かって行く。時々後ろを振り返る表情は、気の毒なほど悲壮だった。
「待ってくれ! 」
セシルを先頭に、三人は慌てて女の子を追いかける。すると、いくらも進まないうちに女の子はくるりと振り返った。彼女は何かの呪文を唱えている。
「もう、いやあ! みんな! みんな、大っ嫌い! 」
女の子の叫びと同時に、彼女の呪文が完成した。彼女も召還士だったのだ。
幻獣タイタンが現れる。それは女の子を守り、セシルたちに立ちふさがるようして仁王立ちしていた。
タイタンはセシル達を一瞥すると、その巨大な足を踏み鳴らす。すると、大地震が起こり、その場所から地割れし始めた。亀裂はどんどん深く大きくなり、遂に崖と呼べるほどにまで発達する。
アベルが覚えているのはそこまでだ。いつの間にか意識を失い、セシルらと共にその場へ昏倒した。
20171022
切りどころが見つけられなくて長くなってしまった
お読みくださってありがとうございますお疲れさまです
D+S FF-D New!夢物語
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