D+S FF-D New!夢物語


48 ひとやすみ



 セシルたちがアガルトに降り立った頃、バロンではアンがようやく目を覚していた。すでに日は高く、どう見ても朝の雰囲気ではない。

 アンは部屋を見渡した。セシルの部屋にいるが、部屋の主はいない。部屋の外へ出てみても、旅の仲間は誰もいなかった。完全に寝過ごしたのだから仕方がないが、置いてけぼりである。
 けれど、まだ頭は痛むし、身体もだるい。セシルの事だから、きっと敢えて置いて行ったのだろう。置いてけぼりは嫌だが、そう考えたアンは仲間たちに感謝する事にした。

 アンの腹がぐうと音を立てた。最後に食事したのはいつだったか。怪我をした上にまともに食べていないのだから、確かに今は旅をしている場合ではない。そう自分を納得させると、アンは兵舎の中にある食堂へ向かった。

「そういえば、いつか食べたメンチカツ、すごく美味しかったなあ。今日は何だろう」

 今日の献立を楽しみに食堂へ向かう。些細な事だが、一時は完全に失ったと思っていた日常の一つだ。それを取り戻せた事が嬉しく、アンはすこぶる上機嫌だ。
 訓練場に差し掛かると、勇ましいかけ声や号令が聞こえてくる。キツイばかりの訓練だったが、長く離れていた今はとにかくそれが懐かしい。帰って来たのだと、アンはどこかホッとしている事に気が付いた。
 かといって、訓練に混じれるほど元気ではないし、とにかく今は空腹が堪える。アンは訓練場を素通りして食堂に入った。

 食堂に入るなり、アンは一抹の不安を覚えた。アベルの時とは姿も性別も変わっている上に、身分は保留だ。セシルの計らいで一応赤い翼に籍はあるはずなのだが、兵の一人として食事を提供してもらえるのだろうか。むしろ不審者扱いになったらとうしよう、とすら思った。
 しかし、アンの不安は杞憂に終わった。彼女は今や次期国王候補とされているセシルに同行している事も手伝って、アンが自分で考えていたよりもずっと有名人になっていた。

 食堂で注文しようとする前に、アンは女性職員に声をかけられた。やや年配のその人はアンの顔を見ただけで、アベルの名前すら言い当てる。彼女はアンの手を取って、アンが来た事を喜んだ。ちなみにアンは、その職員とは面識がない。
 職員はアン怪我のことまで知っていた。彼女だけでなく城の者がみんな心配しているとも言い、アンがひとりでここまで来れるほど回復したことを大層喜んだ。
 アベルだった頃、一兵卒である自分の事など誰も知らなかった。それが急にこんな風にされると少しこそばゆいが、アンは思わぬ歓待がありがたい。優しさが身に沁みた。初めはされるがままに手を取られていたが、気付けば両手で握り返していた。

 アンが食堂を訪れた時、既に正午を大幅に過ぎていた。昼食のために用意されていた食事はあらかた無くなっており、アンは残り物にしかありつけなかった。職員は申し訳なさそうにしていたけれど、その分一人でのんびり食べる事ができる。それに、アンの一人分としては十分な量があったので、アンは大満足であった。

 食事を終えると、アンは次に兵舎へ向かった。かつての自室を見に行くのだ。とはいえ、そこへ帰るのはセシルと共にミストへ発って以来である。
 任を解かれていたとはいえ、元は隊長だったセシルならともかく、下っ端の自分の部屋なんぞ既に別の兵士に引き渡されているに違いない。そして、アンの予想通り、やはりそうなっていた。
 アンは途方に暮れた。大して私物はなかったが、それでも全く無い訳ではない。意図した事ではなかったとはいえ、手鏡だけでも手元に残せて本当に良かった。
 アンがどうしたものかと困り果てていると、ちょうどそこへ訓練を終えたビッグスが通りかかった。

「ビッグス! いいところに」
「よう、アベル! もう怪我はいいのか? 倒れたって聞いて心配したんだぜ……あれ? お前、アンだっけ? 」

 ビッグスはアンを呼び慣れた男性名で呼んだものの、本名で呼ぶ方が良いのだろうかと迷ってしまった。けれど、アン本人に特に拘りはない。むしろ、アンの方が彼といるとアベルに戻ってしまうくらいだった。

「ああ、名前はどっちで呼んでくれても構わない。それよりも」

 アンはかつての自室を指差した。ビッグスは指につられて宿舎のドアを見ると、ああと言いながら手を打った。

「お前の荷物は俺が預かってる。死んだと聞かされた時は信じられなくてさ。どうしても捨てられなかった」

 アンは嬉しくて、思わずビッグスに抱きついた。ありがとう、ありがとうと何度も礼を言う。
 荷物が残っていた事は確かに嬉しい。だがそれよりも、遺品として自分の物を大切に扱ってくれた事が、彼との友情そのものだと思ったのだ。

「おう、やっと帰ったな」

 ビッグスはアンの髪をいつもそうしていたようにワシワシと混ぜ返す。さらに抱きしめた返そうとして、ハタと気が付いた。
 アンは女で、もうアベルではない。さらに、先日のセシルに王位継承を頼んだ時の顔つきを思い出す。口にはしなかったものの、「アンに触るな」と彼の目が言っていた。そして、今回の帰還でアンが怪我をした事も、さらに彼女がセシルの私室で寝かされている事もビッグスの耳には入っていた。
 リーガンはセシルとアンの関係までは知らない。だが、彼の知り得る全ての情報を元に、瞬時に察しをつける。ビッグスは導き出した答えに従って、アンを抱きしめ返す事なくそっと離れる事にした。
 ビッグスはアンを食堂で待たせて、荷物を引き渡した。荷物をといっても、数枚の着替えとタオル、歯ブラシなどの日用品くらいのものだ。大ぶりの麻袋一つで事足りる量だった。

 荷物をセシルの部屋に持ち帰ったアンは、さらに王の間まで足を伸ばした。双子はまだ石になったままだ。エスナも金の針も、相変わらず何の効果もない。
 アンは道具や魔法を一通り試した後、ポロムの足元に座り込む。自分の非力さに涙が出そうだ。ミシディアの長老に合わせる顔が無いとすら思った。
 アンがふと足元を見ると、ポロムの靴の上に数枚のコインが乗せてある。立ち上がってパロムの足元も確認すると、やはり同じように乗せてあった。さらに、彼らの頭の上には花まで供えてある。
 アンがコインをしげしげと眺めていると、背後で扉が開いた。兵士が数人現れると、パロムとポロムにそれぞれ敬礼している。さらに彼らはアンにも敬礼して通り過ぎて行った。
 さらに、次はメイドが2人入ってきた。彼女達は布巾を絞るとパロムとポロムをそれぞれきれいに吹き清めてゆく。最後に手を合わせて去って行こうとするのを、アンは引き止めた。

「ありがとう。この子達、きっと喜んでる」
「私達の誰も陛下をお救いできませんでしたのに、こんな幼い子を犠牲にしてしましたから……」

 そう言って、メイド達は辛そうな顔付きでアンに頭を下げると、もと来た扉から出て行った。
 バロンでは、バロン王が魔物と入れ替わっていた事が明るみになった騒動の後、この双子の石像に大層心を痛めていた。何をしても石化が治らないので、せめてもの救いを求めて毎日拝みに来る人が大勢いたのだ。
 
「ありがとう……」

 出ていったメイドに礼を言うと、アンは振り返ってパロムとポロムをもう一度見た。
 ミシディアに助けを求めよう。もはや双子を救う手立てはそれしかない。セシルが帰ったら相談しようと、アンは心に決めた。

 バロン城の正面玄関の方が俄に騒がしくなった。行き交う兵士達の会話から、どうやらセシル一行が帰還したらしい。
 アンは王の間を後にし、セシルたちを出迎えに行くことにした。

2020/05/07



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