49 無理は禁物
アンが王の間を出ると、ちょうどセシルたちが通りかかった。アンが声をかけようとすると、シドは彼の部下達を引き連れて逆方向に大急ぎで走って行った。
「お帰りなさい。みなさん」
アンが笑顔で出迎えると、セシルが小走りでやって来た。
「ただいま。アン、もう起きていて大丈夫なのか? 」
セシルが心配そうにアンの顔を覗き込む。ヤンやカイン、ローザもアンを気にして、皆一様に心配顔だ。
「はい、この通り。ご心配おかけしました」
アンがにっこり笑って頭を下げると、ヤンは「それはよかった」と安堵したように微笑み返した。
「ローザさん、ありがとうございました。おかげさまで、もうすっかり元気です」
アンはやや気まずい思いを感じながらも、ローザに微笑みかけた。
「よかったわ。でも、まだ無理しないで」
ローザもそう言うと笑顔を作った。お互いに意識しすぎてぎこちない。だが、たとえ恋敵であろうとも、大人であろうと努力しているのも同じだ。
硬い雰囲気を打ち破るかのように、カインは敢えて軽い口調で話し始めた。
「アン、早く良くなってくれ。そうでないと、この男は使い物にならん。お前が居ないと腑抜けてどうしようもなかった」
そう言いながらカインはセシルの肩にぽんと手を置いた。ギョッとしてカインを振り向くセシルを尻目に、ヤンは大笑いしながら同意する。
「確かに。今日は1日ぼんやりしておられると思っておりましたが、なるほどそうでありましたか! 」
アンは顔が熱くなるのを感じたが、恥ずかしいだけで何を言えば良いのか分からない。そして、それはセシルも同じらしく、「そんな事はない」などと言いながらも、カイン達に軽くいなされている。
「私、魔道師団に少し顔を出してから家へ帰るわ。じゃあ、明日の朝に……」
「待ってくれ、家まで送ろう」
ローザはそそくさとその場を去って行った。カインはそれを慌てて追いかける。二人ははあっという間にいなくなった。
ヤンは水を求めて食堂へ行き、残されたセシルとアンは、共にセシルの部屋へ向かって歩き始めた。
「シドさんはどうされたんでしょう? 急いでいらしたようでしたね」
「ああ、その事だが……」
セシルたちは地底への入り口を発見した。アガルトの村に立ち寄った際、井戸でマグマの石をうっかり落とした。そうすると近くの山が噴火して、そこに入り口ができたのだ。
だが、話すセシルは浮かない顔をしている。せっかく糸口が見つかったのにどうしたのだろうとアンが不思議そうな顔をすると、彼はさらに説明を続けた。
「本当なら、見つけたその足で向かうところだが……」
「何かあったんですか? 」
セシルたちが長い廊下を出て中庭に出ると、シドの部下たちが忙しそうに走り回っていた。上の階からは指示を飛ばすシドの大声も時折響いて来る。アンはその様子に何事かと驚きながら、セシルの話に耳を傾けた。
「飛空艇のエンジンから煙が出ていた。今にも火を吹きそうで、慌てて帰って来たんだ」
アンは驚いてセシルを見上げた。セシルは困ったように笑うが、アンの背すじは今にも凍りそうだ。
「ご無事で良かったです……本当に……」
「ああ、さすがに肝が冷えた」
またシドの怒号が聞こえた。彼も必死なのだ。
シドの見立てによると、今夜中には整備が終わる。それを待って、一行は明朝地底へ出発する予定だとセシルはアンに話した。
中庭を抜け、塔を登り、セシルの部屋に着いた。ドアを開けて中に入ると、セシルはようやくほっと息をつく。
セシルはガチャガチャと音を立てながら鎧を脱いだ。身も心も軽くなり、それだけでも疲れも少しは癒えるような気がした。
鎧を部屋の隅に置き、それまで来ていた肌着を脱いで新しいシャツに着替えると、セシルはさらに気分が良かった。
セシルはアンと共に食事をし、それぞれ湯浴みを済ませた。アンと共にのんびりと普通の夜を過ごせた事が、セシルには何よりの癒やしだった。
旅の途中ではたとえ宿を取ってもどこか緊張しているものだ。自国の自室という安心感をセシルはしっかり堪能している。
アンもセシルの部屋は思いの外居心地が良かった。出奔するまでは畏れ多くて入室する事すら躊躇っただろう事を思うと、とてつもない心境の変化だ。
すっかり夜も更けたころ、セシルはベッド代わりのカウチに腰掛けた。窓からは今夜も仲良く並んだ月が2つ、静かに輝いている。
セシルは部屋の隅で髪をとかしているアンに、自分の隣に座るように促した。
「ところで、アン。本当に、身体は大丈夫なのか? 無理をさせるのは本意ではないんだ」
「はい。大丈夫です。起きてすぐは少しクラクラしていましたけれど、食事したら治まりました。血が足りなかったみたいです」
アンはそう言って、どんと胸を叩いた。もちろん彼女は明日から旅に復帰するつもりでいる。セシルはそれを神妙な顔つきで見ていた。
「そうか……」
セシルそう呟くように漏らすと、何やら決心したような表情に変わった。アンがどうしたのだろうかと思った次の瞬間、彼女の視界はセシルの顔でいっぱいになった。
「へ? セシルさん……? 」
一瞬の事に戸惑うアンは、カウチの上でセシルが自分に覆いかぶさっている事をようやく理解した。
身動きが取れない上に、セシルの顔が近すぎて恥ずかしい。なのに、近いからこそ背ける事すらできない。
「君を失うかと思った……」
セシルはそう言うと、アンに口付けた。セシルの熱い唇で、アンは今にも溶けてしまいそうだ。
「生きていてくれて、良かった。本当に」
セシルはアンの首に顔を埋めると、またそこへ唇を這わせた。
アンはセシルのシャツの胸の辺りをぎゅっと握った。幸福と、羞恥と、ほんの少しの恐怖心がアンの心中でせめぎ合っている。これから起こるであろう事に覚悟を決めた時、部屋の扉がガチャリと音を立てて開いた。
「セシル! 飛空艇はいつでも飛ばせるぞ──ん? あ、あ、あら? 」
二人が顔を引きつらせてドアの方を見ると、彼らと同じように引きつった顔をしたシドがいた。お互いに固まったまま2秒ほど経過した後、シドが上ずった声で喋りながら後ずさりを始めた。
「す、す、す、すまんかった。また、また明日にな! 」
シドは慌ててドアを閉めて去って行った。いつものような大声が聞こえない事にほっとしながら、セシルとアンはクスクスと笑い始めた。
甘い雰囲気はすっかり消えてしまったが、セシルはやはり無理は禁物だと思いなおす。彼はアンにもう一度キスをして、その日は休むことにした。
2020/05/09
シドってきっと間の悪い男だと思う。
でも本人に悪気はない。
勝手な憶測だけど。
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