68 真実
低い声が響いた。最早すっかり聴き慣れてしまったが、決して心地よくない声だ。セシルたちに巨人を止められて、いかにも機嫌の悪そうな様子だった。
「おのれ、よくも巨人を」
黒い影がゆらりと現れる。ゴルベーザは忌々しげに腕を組んだ。
「お、お主は」
フースーヤはゴルベーザが現れるなり、血相を変えて飛んで行く。ゴルベーザは不愉快そうにフースーヤを睨みつけた。
「何だ貴様は」
ゴルベーザの視線などもろともせず、フースーヤはワナワナと震えながらゴルベーザにつかみ掛かった。
「お主、自分が誰か分っておるのか!」
フースーヤがそう言った途端に、ゴルベーザは苦しみ始める。これまでセシル達は、ゴルベーザにどうしても太刀打ちできなかった。それなのに、ゴルベーザはこの老人にはあっさり膝を付き、苦しそうに頭を抱えている。目の前の光景に、一行は目を丸くした。
「やめろ、やめ…ぐっ」
のたうち回るゴルベーザに、フースーヤはさらに魔力を送った。ゴルベーザの苦しみはさらに深くなる。
「目を覚ますのだ!」
一喝するようなフースーヤの呼び掛けの後、ゴルベーザはぴたりと動きを止めた。そして、床に転がっていた身体を起こし、ゆくっくりと立ち上がる。すると、今度はフースーヤの身体がぐらりと傾いて、そのまま床に倒れてしまった。
「私は何故、あんなに憎しみに駆られていたのだろう」
ゴルベーザはそう言うと、自分の手のひらをじっと見つめた。これまで幾度も聞いた声だが、一番穏やかな声である。雰囲気も佇まいも、もはや別人のようにガラリと変わってしまった。セシル達はひたすら驚くしかない。
「自分を取り戻したか」
フースーヤは目線をゴルベーザに寄越すと、更に問いかける。
「お主、父の名を覚えているか?」
「父──クルーヤ、か…?」
「何だって?」
ゴルベーザの言葉に、セシルはハッとして目を見開いた。クルーヤといえば、セシルの父の名だと最近フースーヤから聞いたばかりである。
アンも思わず息を呑んだ。実際飲んだのは空気だけなのに、咽せてしまいそうだった。
「それじゃ、セシルの…」
「兄貴かよ」
ローザとエッジが素っ頓狂な声を上げた。
「ゴルベーザが…」
セシルは信じられなかった。信じたくなかった。しかし、フースーヤがそう言うのならそうなのだろう。ゴルベーザが嘘をついているようには見えなかった。
「僕の…」
セシルはそう呟いたきり、動けなかった。混乱しているのはゴルベーザも同じで、顔が見えない兜越しでも困惑の色が隠せない。
「お主はゼムスのテレパシーで利用されていたのだ。クルーヤの月の民の血が、よりそれを増幅していた。ましてや兄弟で戦うなど…」
フースーヤは床に伏せたまま、忌々しげに息を吐く。甥っ子達が不幸な境遇に陥れられた事を、彼は怒っている。
「僕は、兄を憎み…戦って…」
一方、セシルは蒼白になっていた。これまでの歩みを思い出す。よりによって肉親と戦っていたのだ。すっかり諦めていた、欲しくて欲しくてたまらなかった自分の家族と、こんな形で出会いたくはなかった。
セシルはふと、ゴルベーザの方を見た。視線が合ってしまったが、2人ともどうしていいか分からない。互いに気まずくて、そっとそらしてしまった。
「もしかしたら、逆の立場かもしれなかったんだ。僕がゼムスのテレパシーを受けていれば──」
ゴルベーザは力無くかぶりを振った。これまでの威圧感や圧倒的な力は、すっかり鳴りを潜めている。
「しかし、それが私に届いたということは、少なからず、私が悪しき心を持っていたからだ」
だからその可能性は無いと、ゴルベーザは否定した。
ゴルベーザは何かに振り返った。それと同時に、湧き上がるようなゴルベーザの魔力があたりを駆け巡り始める。
「ゼムス…!」
ゴルベーザは唸るような声でそう呟くと、突然1人で巨人の更に深部へと歩き始めた。
「何処へ行くんだ」
セシルが呼び止めると、ゴルベーザは振り向いて答えた。闘志が漲っているが、これまでこの男が見せてきた禍々しさとは違う。
「この戦い、私自身が決着をつける」
そう言って、ゴルベーザは今度こそ去ろうとした。しかし、それをフースーヤが呼び止める。
「ゼムスも月の民。私も共に行こう」
フースーヤはよろめきながら起き上がると、しゃんと背を伸ばした。ゴルベーザと静かに頷き合う。
「さらばだ、セシル」
ゴルベーザはセシルの返事を待たずに、フースーヤと共に去ってしまった。セシルはその背のあった場所を見つめて、未だじっと黙っている。
「セシルさん」
アンは未だ黙っているセシルを見上げた。
セシルは悲しみと虚しさと困惑の混じった難しい顔で一点を見つめ続けている。
誰であっても、動揺するに決まっている。しかし、このままゴルベーザを行かせて、セシルは後悔しないだろうかと仲間達が心配し始めた。
「いーのかよ セシル」
エッジが大声で言った。セシルよりも、エッジの方がよほど焦っている。
エッジもまた、このゼムスの策謀で両親を失い、彼の国も荒らされた。ゴルベーザもまた被害者だと知っても納得などできないが、セシルの唯一のの肉親だと思うと見殺しにもできなかった。
「ゴルベーザ…あの人、死ぬつもりよ」
ローザはセシルを見遣る。彼はまだ黙ったままである。セシルもまた、これまでの恨みや苦労、事実と葛藤していた。
「お兄さんなんでしょ?」
リディアもそう言って、セシルの目を見た。
「僕の、兄さん…」
「そうよ!」
セシルがうわごとのように呟くと、間髪入れずにリディアが肯定する。
「セシルさん、あの…」
アンが何か言おうとした時、足元が強く揺れた。地響きを立てて、地震のように激しく揺れている。
「や、やべーぜ」
こういう時、この忍者の勘はよく当たる。エッジは素早く退路を探し始めた。しかし、セシルはまた動こうとしない。
「セシルさん!まずはここから逃げましょう」
アンがセシルの手を取った。しかし、セシルはその手を見て、困ったような顔をするばかりだ。
「何してんだ!」
既に少し離れた場所に移動していたエッジがセシルを呼ぶ。彼は一刻も早くここから出たいのだ。声には苛立ちが存分に含まれている。
「でも、出口は?」
「こっちだ!」
リディアの問いに、その場にいないはずの男が答えた。皆んなが驚いてその声を振り返る。
「カイン!」
ローザが驚いて名前を呼ぶと、カインは顔を背けて俯いた。2度も裏切ってしまったのに、のこのこと顔を出した事を、彼が恥じない訳がない。
「その手にゃ乗んねーぜ!」
胡散臭いと言わんばかりの顔をして、エッジは言った。もう信じられるものか、と侮蔑の視線を容赦なく浴びせる。他の者も、あからさまにはしないものの、困惑はしていた。
カインは歯を食い縛り、顔を上げた。彼が恥を忍んでここに現れたのは、友を救うためである。ここで項垂れている場合ではない。また、事情を説明している暇もないほど切迫している。
「話は後だ! 死にたいか!」
カインはそう言うと、出口の方向を指し示した。
ローザはカインに目を合わせる。カインはしっかり目線を合わせ、頷いた。
ローザは確信した。カインは今度こそ正気だ、カインに従って大丈夫だ、と。ローザは皆に逃げるように促す事にした。
「早く!」
ローザが従うならば、とエッジもついて来た。もとより逃げ場が分からないが、それでも心中を選びそうな男である。カインを何処まで認めたかはともかく、脱出が先であった。
足場がいよいよ崩れ始めている。一行は大急ぎでその場離れた。
2024/12/10
D+S FF-D New!夢物語
- 69 -
prev * next
しおりを挟む
MODORU