同じ穴の猫

16
やはり水に流すことは出来ない。不死川様がまたもやどこぞの馬の骨とも知れぬ獣の匂いをさせて帰ってきた。かなり濃い匂いだ。
 正体を突き止めなくては夜も寝ることが出来ない。今日も今日とて朝食後に出掛けて行った不死川様のあとをおいかけて屋敷を出たが、またも見失ってしまい林の方へと向かったのだった。

 道は整備されておらず、草の間をかき分けるように進んでいればものの数分で帰り道が分からなくなってしまった。どうしたものかと途方に暮れていれば、背後でガサガサと大きな物音がした。獣か──私の頭にはそのような考えが過り、慌てて四つ足で地面を蹴る。
 半分ずつ模様が異なる羽織が視界の端で揺れた。私は助けを求めてその人物に駆け寄った。

 走ってきた勢いのまま近くの岩に飛び乗り、偶然通りかかった冨岡様の胸元目掛けて飛び移った。しかし勢いがつき過ぎたのか、私の身体は冨岡様の顎に直撃する。
 地面に着地した私は痛みよりも、柱を負傷させてしまった責任にを追及されない方法はないかと考えを巡らせていた。人間に戻ることも叶わずに打首など御免だ。
 冨岡様は顎を押さえながら、感情を読み取らせないような表情でこちらを見ていた。私が以前に会った猫だとは分かっていないのではないだろうか? 猫らしく振る舞えば誤魔化せるのではないだろうか? 尾を揺らしながら近づいた私は、冨岡様の足に胴体を擦り寄せるような仕草をした。八の字を描くようにして足元にまとわりついた。
 冨岡様が薄い唇をゆっくりと開いた。
 
「精神まで猫になってしまったのか」
 
 そして一言、そう言ったのだった。彼は私が名字名前であることに気付いていたのだ。数秒前に時間を戻して、どうにか先程の痴態を無かったことには出来ないだろうか。羞恥に身悶えていれば、背後でパキッと枝を踏み鳴らす音がした。
 
「前が見えない」
 
 驚きのあまり隊服に爪をひっかけるようにして冨岡様の身体をよじ登り、頭の上に乗っかってしまった。尻尾が視界を遮っていたのか、冨岡様は尻尾をひょいと持ち上げた。
 
「寛三郎」

 冨岡様は落ち着いた声色で誰かの名を呼んだ。熊に遭遇したにしては落ち着きを払い過ぎている。頭に乗っかっていた私は振り返るようにしてその音がした方向を見れば、草の中からヨタヨタと鴉が現れた。

「義勇、此処ニオッタカ……迷子ニナッテ心細カッタジャロウ」
「迷子になっていない」
「モウ安心セイ」
 
 かなり老体のようだが、どうやら冨岡様に付いている鎹鴉のようだ。名を寛三郎様というらしい。私を頭に乗せたまましゃがみ込んだ冨岡様は、寛三郎様を抱き上げた。話が噛み合っていないようで一度はゆっくりとした口調で訂正したものの、それでも噛み合うことはなかった為二度目は「あぁ」と話を合わせていた。
 互いに急かすことなく、穏やかな口調でやり取りをする姿に驚いてしまう。不死川様と言い争っているような印象が強い冨岡様だが、言葉が圧倒的に足りずに衝突してしまうだけで優しく穏やかな人なのだろう。

 スッと立ち上がると、冨岡様は歩き始めた。私が頭に乗っていることを忘れているのだろうか。そのようなことあり得るだろうかと疑う心もあったが、それ以外に猫を頭に乗せたまま歩く理由が思い浮かばない。
 この高さから飛び降りるのは躊躇ってしまう。どうにか私の存在を思い出して貰おうと、尻尾を垂らすが、暖簾のように手でよけられてしまう。それどころか尻のあたりに手を置き、私の身体を自分の頭に押し付けた。ただ上から押さえ込まれているだけな為、手つきにいやらしさは感じないが、驚きのあまり私は冨岡様の頭に爪を立ててしまう。
 
「……頭が痛い。毛根から持っていかれそうだ」

 そう言うならば離してくれれば良い。しかし冨岡様は私を払い落とすような様子もなく、変わらない歩調で歩みを進めている。冨岡様の考えを理解しようするからいけないのだ。悪い人でないことは確かな為、諦めて冨岡様に身体を預ける。
 どうやら硬い髪質をしているらしく、雑に一つにまとめられただけの髪の毛は広がっている。髪の毛が鼻をくすぐり、小さくくしゃみをしてしまったその直後に身体を持ち上げられた。
 頭にくしゃみを吹きかけてしまったのだ。怒らせただろうかと心配したが、どうやら杞憂だったようだ。寛三郎様と同じように腕に抱きかかえてくれた。
 
「義勇ノ腕ハ温カクテ心地ガ良イジャロウ」
「舌を噛むぞ」
「義勇ハ優シイ子ジャ」
 
 腕の中でうつらうつらとしていた寛三郎様は目を覚まし、ゆったりとした口調で話しかけてくれた。くしゃみをした私を心配しての行動だったようだ。
 歩くために整備されていない為、気をつけて歩いてくれてるとはいえ揺れてしまう。舌を噛むのではないかと冨岡様は心配をしているようだが、寛三郎様の耳には届いていないのか嬉しそうに言葉を続けている。自慢の主人なのだろう。誇らしげに話す寛三郎様を見ていると穏やかな気持ちになる。そのような寛三郎様に冨岡様は心配そうな視線を送っていた。そもそも鴉に舌は存在するのかという疑問はあるのだが。

 噛み合わないやり取りにも慣れているのか、冨岡様はそれ以上特に何を言うこともなく先程よりも慎重な足取りで進んだ。
 切長だが大きな瞳を縁取る睫毛は長く、下向きだ。瞬きをするたびに憂いを帯びたように睫毛が儚げに揺れる。均等が取れた顔立ちはどの角度から見ても崩れることはない。寛三郎様の話に耳を傾けながらも、視線だけは冨岡様に注いでいれば目があった。きゅっと結ばれていた小さな唇がゆっくりと開かれる。
 
「食料には困っていない」
 
 私の脳内には疑問符がいくつも浮かんだ。何の話をしているのだろうか。目があっていることから私に話しかけたということには間違いないのだろう。しかし、現在の私は身ひとつで食材など持っていない。冨岡様にお渡しできるようなものもなければ、渡そうという素振りもしていない。主張の意図を図りかねていれば、冨岡様は言葉を続ける。
 
「そう構えずとも良い」
 
 ようやく状況を把握した。ただ冨岡様のお顔に見惚れていただけなのだが、冨岡様はどうやら私が警戒していると解釈したようだ。命を脅かすつもりはないから安心しろという意味だったのだろう。気遣いがとても分かりづらいが、とても気にかけてくれていることは分かる。
 ニャーと返事をすると、冨岡様は視線を元に戻した。
 
「この辺りは肌を爛れさせる野草が多い」

 また沈黙が訪れるのかと思っていたが、意外にも冨岡様は言葉を会話を続けた。地面を覆うようにして生えていた植物は毒性が強く、肌を爛れさせてしまうこともあるものだった。冨岡様に出会ってなければ気づかずに植物に触れてしまっていただろう。私を頭に乗せたまま歩き出した冨岡様の奇行はこの為だったのだ。
 あたりの景色が変わり、拓けた場所にやってきたところで冨岡様は足を止めた。

「太陽の方角に向かって、真っ直ぐ行けば道に出る」

 しゃがんでくれた為、私は地面にひょいと降りる。進むべき方角を教えてくれた冨岡様は近くの木に背を預けるようにして座った。刀を抱えた姿勢で目を閉じている。体調が優れないのだろうか。それとも怪我をしているのだろうか。慌てて冨岡様に駆け寄り、顔を覗き込む。気配を感じたのか緩慢とした動きで俯けていた顔を持ち上げてこちらを見た。怪我をしているのかと問い掛ければ、冨岡様の腕の中にいた寛三郎様が通訳のために口を開いてくれた。 
 
「怪我ヲシテイルノカ、ト言ッテオルゾ。義勇ハ怪我ヲシテイルノカ?」
「問題ない。少し休むだけだ」
 
 問いかけに対して、冨岡様は緩く首を左右に振った。不死川様とは異なり冨岡様はきっちりと隊服を着込んでいる為、怪我をしているのかどうか目視で確認することが難しい。本人の主張を信じる他ないのだが、疲弊しているのは明らかだ。このまま放っていくことも出来ず、私は冨岡様の腿の上に飛び乗る。
 肩によじ登ろうと後ろ足をジタバタとさせていれば、冨岡様は手でそっと私の身体を押し上げてくれた。肩に乗ると首元を温めるようにそっと身体を寄せる。暖を取るだけでなく、少しでも疲れが取れると良い。
 
 手が恐る恐るといった様子で伸びてきて頬のあたりに触れた。ヒゲに触れられたくすぐったさから身体をぴくりと揺らせば、冨岡様は驚いたように手を引っ込めようとした。不快だった訳ではないのだと気持ちを伝えたくて、冨岡様の首筋に額を擦り付けるようにしていれば、先程よりもゆっくりと手が近づいてきた。そっと胴体に触れた。身体を委ねていれば、安心したように冨岡様も表情を柔らげた。
 私が乗っている方の肩とは逆の肩に寛三郎様がとまり、冨岡様の頬に身体を寄せた。
 
「温かいな」
 
 ぽつりと呟かれた言葉に同意するように控えめに声を出した。瞬きが次第にゆっくりとしたものに変わり、閉じている時間の方が長くなった。
 
「もう暫くこうしていても良いだろうか」

 いまはただ穏やかに眠って欲しい。その思いはいつも共にいる寛三郎様の方が遥かに強いだろう。返事の代わりに身体を擦り寄せれば、冨岡様は双眸を閉じた。
 寛三郎様も目を閉じている。心地の良い陽気が眠気を誘う。不死川様の逢瀬の相手を突き止めるのはまた後日で良い──と思い目を閉じた。
 
 近くで気配がした。それに気付いたのは冨岡様も同じようで双眸を開いて気配の正体を探っていた。
 
「あれ」
「時透……」
 
 木の影から現れたのは時透様だ。なぜだか不思議そうに首を傾げていた時透様に、お付きの鎹鴉が「水柱、冨岡義勇様ヨ」と伝えた。少し考え込んでから時透様は得心したように頷く。
 
「……そうだ、冨岡さん」
「あぁ」
 
 柱であれば半年に一度の柱合会議で顔も合わせている筈だ。まるで忘れていたかのような反応をする時透様を不思議に思って、その様子を見つめていればこちらに視線が向けられた。
 柱合会議でのやり取りが思い起こされ、咄嗟に冨岡様の羽織の中に身体を隠す。悪意は感じられなかったとはいえ、またあの時のように雑な扱いをされるのは御免だ。
 
「敵ではない」
 
 そのようなことは分かっている。私が隠れた理由を正しく察していない冨岡様は、敵ではないから大丈夫だと無慈悲にも私を羽織の外に出した。
 
「これ、冨岡さんの?」
「いや……女だ」
「猫だよ」
 
 冨岡様の近くにしゃがんだ時透様は、柱合会議での一件を忘れているのか、それともあの時の猫と私が同一だと気付いていないのか、私を指差しながら尋ねた。血鬼術で猫の姿をしているが元は人間だ──という説明を省いてしまったが為に、冨岡様は猫を女だと主張するおかしな人物という扱いをされていた。これほどまでに口下手だとは思わなかった。
 周囲を見渡した時透様は、近くに生えていた稲科の先端が犬の尾のような形をした植物を二本手折ると、もう一度先程の位置に腰を下ろした。
 
「猫にはこうすると良いって」
「詳しいな」
「誰かに教えて貰ったんだけど……」
「そうか」

 目の前で穂がゆらゆらと揺れている。お二人が何やら静かに会話をされているが、その内容が頭に入らないほど目の前で揺れ動くものに目が奪われる。
 視界の端でぴたりと止まった瞬間を見計らって飛びかかれば、時透様はすっとそれを遠くに動かす。もう一度と狙いを定めて飛びかかれば、穂に爪を掠めた。

「嬉しそうだ」
 
 獲物が二つに変わる。冨岡様も時透様と同じ植物を持って、ゆらゆらと揺らす。
 どれほど時間が経ったのだろうか。喉がカラカラに乾いて、私はぺたりと地面に寝転がる。しゃがんだ姿勢のままお二人は何を考えているのか分からない表情でこちらを見ている。ようやく自分が本能に負けて猫のような振る舞いをしてしまったことに気付き、穴があったならば入りたいような気持ちになった。

 冨岡様は懐から小さな瓢箪を取り出した。ちゃぷんと音がしたことから中には水が入っているのだろう。栓を外して瓢箪を傾ければ、中に入っていた水は流れ出る。顔にかかるかかからないかと距離で水が降ってきた為驚いて飛び退く。何をしてくれるのかと鋭い視線を向ければ、冨岡様は不思議そうに首を傾げた。

「猫は濡れるのを嫌うよ」
「そうだったのか……すまない」

 ぼんやりとその光景を見ていた時透様が私の思い、というよりも猫の思いを代弁してくれた。得心した様子の冨岡様は私に軽く頭を下げて謝罪をした。
 今度は手のひらを器のようにして、そこに水を注いだ。その手が目の前に差し出される。

「飲むと良い」
「飲まないの?」
 
 喉が渇いているのではないかと心配してくれたようだ。善意で行ってくれているのだ。人の手から、しかもそれが上官である柱の手から水を飲むなど恐れ多い。しかし水は飲みたい。そのような私の葛藤を知らない冨岡様と時透様は、じっとこちらを見ている。
 諦念に至った私は冨岡様の手に顔を近付け、ぴちゃぴちゃと音を鳴らしながら水を飲んだ。
 
「猫は舌がざらついているのか」
 
 口下手にも拘らず、なぜこのような時だけ饒舌なのか。実況などしなくて良いのだと心の中で悪態をつきながらも誘惑に勝てずに水を飲み干した。
 足元に生えていた白い花をつける草を摘んだ時透様は、手慰みにそれらを編んでいた。じっと見つめていればどんどんと長くなり、最終的には端と端を合わせて輪になった。
 
「器用だな」
「これも多分誰かに教えて貰ったんだと思う」

 感心しているような言葉を抑揚のない口調で呟いた冨岡様に、時透様は人に教わったのだと淡白な口調で話した。
 私に視線を向けたかと思うと、時透様はそれをぽんと頭に乗せてくれた。花の冠だ。立ち込める土の匂いと柔らかな花の香りが鼻腔をくすぐる。隊士として剣を振るっていた頃からあまり飾り気はなかったが、猫の姿になってから着飾るという発想すら無くなっていた。ただ花で作った冠だが、これほどまでに気分が高揚するとは思わなかった。無意識のうちに尻尾がゆらゆらと揺れる。

 人の気配がした。お二人は私よりも先に気づいていたようで視線を一方に向けていた。
 
「昼になっても帰ってこねぇと思ったら、こんなとこに居たのかァ」
 
 不死川様が探しに来てくれたのだ。昼寝の時間が思っていたよりも長かったのだろう。屋敷を出た頃は低い位置にあった太陽が、いまはほぼ真上にある。
 お二人に頭を下げてから、花の冠を落とさないように気をつけながら不死川様に駆け寄る。
 
「この辺りは毒草も多いんだが、特に異変は無さそうだな」
 
 しゃがみ込んだ不死川様は私の様子を確認してから、安心したように僅かに口元を緩めながら頭を撫でてくれた。立ち上がった冨岡様は不死川様の前に立つ。
 お二人は顔を合わせれば言い争っている印象が強い。喧嘩になるのではないかとハラハラしていれば、不死川様が大きく息をついた。
 
「よりにもよって冨岡かよォ……時透と冨岡、世話になったな」
「礼を言われる筋合いはない」

 冨岡様に頭を下げることに抵抗があったのか鋭く舌先を打ってから、苛立ちを押し込め丁寧な口調で礼を言った。その声に合わせて私も頭を下げる。しかしその直後に耳に届いた言葉に頭を抱えてしまう。
 恐らく困っている者に手を差し伸べるのは冨岡様にとって当たり前のことで、礼には及ばないということなのだろう。しかし言葉選びにより間違った伝わり方をして、喧嘩の火種となってしまったようだ。不死川様のこめかみには青筋が浮かんでいる。
 どうしてこうなってしまうのだろうか。取りなすように二人の足元を行ったり来たりする。するとその思いを汲んでくれたのか、不死川様は深呼吸をして怒りをおさめてくれた。
 
「毛……目立つから払っておけよ」
 
 冨岡様の隊服には私の白い毛が付着していた。何をしても怒ることなく好きにさせてくれた為、足から胴体、肩、頭に至るまで毛だらけだ。面倒を見てくれていた証拠を目の当たりにしたからか、不死川様は少し気遣うような様子で指摘をした。冨岡様は「あぁ」と頷く。

「その猫……」
「あぁ、騒がせたなァ。貰っていく」
 
 成り行きを見ていたのかも分からないほど、ぼんやりと宙を見つめていた時透様が口を開く。不死川様が連れて帰るといえば、時透様はゆっくりと冨岡様に視線を向けた。
 
「……こういうの何て言うんだっけ」
 
 ぼんやりとどこかを見つめながら、ぽつりと呟く。何かを思い出そうとしているようだ。不死川様と冨岡様は静かに時透様の言葉を待つ。
 
「痴情のもつれ?」
 
 あぁ、とこぼしたかと思うと時透様は衝撃の言葉を口にした。冨岡様の説明不足により、時透様は私の飼い主を冨岡様だと思っている。そして冨岡様は私を猫ではなく、女だと話した。猫を自分の女だと言い張る変わった人という認識になっていたのだろう。不死川様が登場して、私を連れ帰ると言った。これによって時透様は冨岡様、不死川様、猫つまりは私のことだが、この三者の感情が複雑に絡み合っていると受け取ったようだ。
 不死川様の動きがピシリと止まり、錆びたブリキのおもちゃのようにぎこちない動きで顔を冨岡様の方に向けた。
 
「……冨岡ァ、てめぇ時透に何吹き込みやがった」
「俺は猫じゃないと」
「そんなの見りゃ分かるわ、男だろォ。馬鹿にしてんのか」
 
 青筋を浮かばせた不死川様が冨岡様に詰め寄り、胸ぐらを掴み上げた。自分の言葉足らずを自覚していないのか、冨岡様はこのような事態に陥った原因に心当たりはないとムッとした表情をした。
 俺は猫ではない──という言葉を額面通りに受け取った不死川様は揶揄っているのかとさらに怒りを表出させた。『俺は、この者は猫ではないと説明した』と伝えれば齟齬もなかった筈だ。私についての情報を省略してしまったが為に、自分は猫ではなく人間だと主張しているような状況が生まれてしまった。
 
「よく見ろ。女だ」 
「馬鹿にするのも大概にしろォ。どこをどう見ても男だろうが」
 
 齟齬が生じているとは露程も思っていないのだろう。冨岡様は私について話している。不死川様は冨岡様のことについて話している。そもそも主語が両者の間で異なっているのだから会話が噛み合わないのも仕方がない。
 いつまで続くのかと眺めていれば、冨岡様に身体を持ち上げられた。
 
「女だ」
「……年頃の女になにしやがる」
「そうだ。先程から女だと言っている」
 
 この身体をよく見ろと、不死川様の眼前に私を突き出した。猫の姿をしているとはいえ、身体を晒すことに恥ずかしさを感じる。不死川様は憤慨した様子で、慌てて私を奪還した。悪気は少しもなかった冨岡様は、ようやく不死川様が認識を改めてくれたことに満足したようだ。
 冨岡様の名誉のためにもこれまでの経緯と、先程の会話に齟齬があったことを不死川様に伝えてあげようかと思ったが、どっと疲れてしまった。早く帰って休みたい。帰りましょう──と鎹鴉を通して伝えれば、不死川様は応じてくれた。
 
「痴情のもつれじゃねぇからな」
 
 忘れずに時透様に訂正をしてから、不死川様は私を地面に下ろしてから歩き出した。

「また余暇を共に過ごそう」
 
 口下手な冨岡様と過ごす時間も悪くはなかった。誘いに応じるように返事をすれば、僅かに目元を柔らげてくれた。
 時透様にも挨拶をしようと足元に駆け寄れば、立ったままじっとこちらを見つめられた。
 
「君には白より黄色の方が良かったね」
 
 近くにあった黄色い花を摘むと、しなる茎の部分で輪っか状にしたものを私の腕につけてくれた。腕飾りのようだ。白い毛に黄色い花はよく映えると思って作ってくれたようだ。美しいものを身につける喜びを久しく感じさせてくれた時透様に深々と頭を下げる。
 
「うん、もういいよ。早く行ったら?」
 
 あまりにもさらりと別れを告げられてしまったが、掴みどころがないが優しい人物だということを知った為雑な扱いも気にならない。いま一度二人に頭を下げてから、腕の飾りと冠が落ちないよう気をつけながら、木に寄り掛かるようにして待ってくれていた不死川様の元に駆け寄る。
 
「女には花が似合うなァ」
 
 今日は運ばない代わりに、私に歩調を合わせながらゆっくりと歩いてくれるようだ。こちらに視線を向けた不死川様は花の王冠や腕輪を身につけた私を見て似合っていると褒めてくれた。
 時透様が作ってくださったということもあって嬉しさはさらに膨れ上がる。緩く立てた尻尾を揺らしながら歩いていれば、不死川様が口を開く。
 
「時透と伊黒はいいが、冨岡は駄目だァ」
 
 隣を歩く不死川様は渋い顔をしていた。悪い人ではないのだが、お二人が互いを理解するまで前途多難のようだ。



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