冨岡様がいう抱いたという状況は、猫の私を抱き上げたことを指しているのだろう。そして皆様は言葉をそのままの意味として捉えている。
玉砂利がザッザッと蹴られる音がした。振り返ればすぐ後ろに不死川様が立っていた。
「……どういう意味だァ」
「そのままの意味だ」
地を這うような声で問いかける不死川様に冨岡様は淡々とした口調で答えた。
そのままの意味で受け取ってしまっているからこそ、このような修羅場になっているのだ。言葉足らずを自覚していただきたいものだ。
「……猫の姿になる前からの知り合いだったのかァ?」
猫の姿で行為に及んだとは考え難い。私が猫の姿に変えられる前、不死川様と出会うよりも先に冨岡様知り合い、そのような関係を持ったと推察したようだ。不死川様は怒りをぐっと堪えているようだった。
「人間の姿は知らない」
「じゃあ猫状態で抱いたって言うのかよ」
「当然だろう」
昼寝の話をしている冨岡様と、身体の関係だと勘違いしている不死川様の会話の様子はさらに険悪になっていく。
「不死川の許可を取るべきだったか」
「そういうことを言ってんじゃねぇ、こいつの負担を考えろってんだ」
齟齬があるなど夢にも思っていない冨岡様は、不死川様が怒っている理由について事前に耳に入れておかなかったからだと理解したようだ。許可は必要だったかと尋ねた冨岡様に不死川様は掴みかかる。
「自らの意思で身体を委ねてくれた」
眉を寄せムッとしたような表情で冨岡様は反駁する。
疲弊した様子だった冨岡様を癒すことが出来ればと、休んでいる彼の胸に飛びついたのは私だ。しかしこの状況でそのような言い方はさらなる誤解を招く。
「おいおい、修羅場じゃねぇかよ」
「よもや」
「頭痛がする……」
先程までは不死川様を揶揄っていた宇髄様も、さすがに三角関係となれば揶揄う余裕もなく困惑している様子だった。表情を強張らせたままの煉獄様は小さく声をもらし、伊黒様は頭を抱えてしまった。
「確かに気持ちよさそうだね」
このような状況で沈黙を破ったのは時透様だった。視線はじっとこちらに向けられている。
「時透まで何言ってやがる」
「そんなに揉めることかな」
「流石に色々と問題だろう……ってお子さまが聞く話じゃねぇよ」
不死川様は冨岡様の胸ぐらを掴んだまま振り返り、威嚇するように時透様を見遣った。こてんと首を傾げた時透様は感情の起伏を感じさせない口調でこの状況について触れた。
柱二人が一人の猫を巡って揉めているのだ。そして片や猫と男女の関係であるといい、もう一方は猫と肉体関係を持ったというのだ。実際にはどちらも事実とは異なるのだが、側からみればそう捉えるのが自然だ。
問題しかないと疲れを感じさせる声でいった宇髄様は時透様の耳を塞いだ。
「……確かに、ふわふわとした毛に顔を埋めながらの仮眠は疲れがよく取れた」
「仮眠……?」
返答を考えていたのだろうか。妙な間をあけてから冨岡様は時透様の言葉に同意を返した。冨岡様の言葉から一つの可能性を考えた不死川様は手から力を抜いた。
「さっきから何の話をしているんだ」
解放された冨岡様は乱れた隊服を整えながら怪訝そうに周囲を見た。
スッと手を挙げた胡蝶様は「あのー、少し良いでしょうか」と控え目に声をあげた。
「名字さんを抱き上げて仮眠を取ったところ癒された為、また一緒に仮眠を取りたい……といったところでしょうか?」
「そう言っている」
「冨岡さんは言葉足らずだということを自覚してください」
胡蝶様が各々が勘付き始めていた可能性について挙げた。胡蝶様の問いに、冨岡様はやはり訳がわからないといった様子で答えた。
嘘はついていなかったとはいえ、誤解を招くような言い回しをしたのは確かだ。散々振り回された胡蝶様は棘のある口調で言葉足らずであることを指摘した。
「わ、私ったらとんでもない勘違いを……」
「揃いも揃って深読みをしすぎたようだな。君にも冨岡にも悪いことをした、すまない」
「煉獄が謝る必要はない。すべては冨岡の物言いが原因だ」
甘露寺様は真っ赤に染まったお顔を手で覆い隠しながら、勘違いをしていたことを明かした。このような話題はあまり得意ではなく内心混乱していたのか、煉獄様は場にそぐわないほどの大きな声で話した。近くにいた伊黒様は耳を押さえながら、全ての責任は冨岡様にあると話した。
勘違いがあったなど知る由もない冨岡様は驚きからぴくりと眉を動かした。
「抱くって言ったらソウイウコト考えるだろ?」
「……ソウイウコトとは何だ」
「時透は仕方がねぇとして……マジかよ冨岡」
どのような点で誤解が生じたのか宇髄様は呆れたような口調で説明したが、冨岡様は訳がわからないという様子で眉を寄せた。
時透様は年齢的にもそのような知識がないのは仕方がないとして、冨岡様の無垢さには驚いてしまう。
「どういう意味だ」
「知らねぇ、知るわけねぇだろォ。俺に聞くんじゃねぇ」
「私にも聞かないでくださいね。勿論、甘露寺さんにも時透くんにもですよ」
ちらりと冨岡様から視線を向けられた不死川様は早口になりながら拒絶した。今さら何も知らないという主張には無理があるように思う。不死川様もそれを自覚されているのだろう、勢いで押し切ろうという魂胆が見え見えだ。
胡蝶様にもにこやかな表情で先手を打たれてしまった冨岡様は眉を顰めたまま口をつぐんだ。
「ねぇ」
「あの空間にいては穢れる。こちらに来ると良い」
流れが理解できていない時透様は近くにいた伊黒様に声をかけるが、純真なままでいて欲しいという願いから伊黒様は時透様を誘ってその場を離れようとした。
「あぁ、そういうことか」
「何か思い付いたようだな」
「うん。……乳繰り合うのは勝手だけど会議に持ち込まないでね」
伊黒様の反応が何らかのヒントになったのか時透様は思い付いたように呟いた。煉獄様が問いかければ、時透様はいつもと変わらない口調で話した。
「ち、乳……このような会話に巻き込んでしまった俺たちに責任があるが、あまり人前で言うべき言葉ではないな」
「言われちまったな」
幼いと思っていた時透様から衝撃の言葉が飛び出たのだ。動揺したのか煉獄様は復唱しそうになった口を慌てて噤むと、言動について諭した。宇髄様は相変わらず揶揄うような笑みを浮かべている。
「そうだったのか……」
「もう何も言うんじゃねぇ、少しでも邪推してみろォ脳味噌引き摺り出してやる」
時透様のはっきりとした言い回しにより、ようやく状況を理解した冨岡様は納得したように呟いた。次の言葉を発するよりも先に不死川様はギロリと睨みつけ、これ以上口を開くなと釘を刺した。
「そろそろお館様もいらっしゃることでしょうし、下世話な話はそれくらいにして並びましょうか」
手をパンパンと鳴らすと胡蝶様は持ち場に着くように声をかけた。ぞろぞろと移動し始めた皆様の後ろ姿を眺めていれば、不死川様は振り返り「コッチ」と口の動きだけで呼び寄せてくれた。
「みっともねぇ悋気を起こして悪かった」
ぼそりと呟いた不死川様はバツが悪そうに顔を背けた。嫉妬をされることがこんなにも心を満たすとは思わなかった。通り過ぎざまに不死川様の足に尻尾を絡めれば、「邪魔ァ」と言いながらも笑った気配がした。