運を待つは死を待つに等し

24
横一列に並んだ柱の皆様の少し後ろに座りお館様を待つ。皆様に倣って頭を下げていれば、朗らかな声が聞こえてきた。

「息災だったかな」
「お館様におかれましてもご健在でなによりでございます」
「有難う、実弥」

 不死川様が丁寧な口調で挨拶をされた。お館様は声を頼りにしているのか、ゆっくりと不死川様が座っている方へと顔を向けた。

「一緒に来てくれたのかな」
「私の背後で控えております」
「来てくれて有難う。二人とも歩み寄りながら生活していると皆から報告は受けているよ」

 お館様は穏やかな表情を向けてくれた。どうやら不死川様と私のことを気にかけてくれていたようだ。
 お座敷に上がるよう促され、私は不死川様に抱えられてお邪魔した。

「楽にして構わないよ」
「お心遣い痛み入ります」

 不死川様は自分の隣に畳んだ羽織を置くと私をそのうえに降ろしてくれた。不思議とこの空間は背筋が伸びる。そのような私の態度を感じ取ったのか声をかけてくれたお館様に不死川様がきっちりと返してくれた。

「不便はないかな」
「私は特段問題はありません」

 お館様の問いかけに先に答えた不死川様がちらりとこちらに視線を向けた。慌てて同意するように頷き返せば、不死川様はお館様に向き直り「問題ありません」と代弁してくれた。

「そろそろ本題に入ろうか」

 お館様の一声で空気が変わった。姿勢を正しながら今日私が呼ばれた理由でもある一件についての話を待つ。

「行冥から報告をお願いできるかな」

 お館様は悲鳴嶼様に声をかけた。お庭では姿が見られなかったが、先に到着されていたのだろうか。悲鳴嶼様は静かに話を始めた。

「私が担当する地域で鬼の被害報告を受け、向かったところ、山中に複数人の隊服だけが残されていた」

 担当区域というのはハッキリと認知している訳ではないが、私が猫に変えられたあの山の担当は不死川様だ。悲鳴嶼様が担当している区域ということはまた別の山だと考えて良いだろう。
 鬼に襲われたというならばその痕跡が残っているだろう。隊服だけが残されていたという部分が引っかかる。

「何の痕跡もないってのは引っかかるな」
「同一の鬼の仕業でしょうか」
「まだ断定するには早いが、念頭に置いておく必要はあるだろう」

 宇髄様、胡蝶様、悲鳴嶼様が順に意見を述べられた。わざわざこのように柱の面々を招集されたのだ、ほぼ確信に近いものを感じているのだろう。

「あの辺りは標高が高く、雪が残っている。痕跡を辿れるのでは?」
「足跡は小さな動物のものだけで鬼の痕跡は確認できなかった」

 不死川様が言う通り、標高が高い山はまだ気温が低く雪が残っていることもある。足跡を追えば何か掴めるだろう。しかし悲鳴嶼様は首を左右に振った。

「その動物ってのは」
「丁度そのくらいの大きさだ」
「ほぼ確定だな」

 不死川様の問いに対して、悲鳴嶼様は私を見ながら答えた。宇髄様はもう察しがついていたようで、悲鳴嶼様の回答を聞いて得心したように頷いていた。
 私の他にも被害に遭った隊士が複数存在するということだ。そして連絡が途絶えてしまい安否不明という最悪の状況だ。

「あちこち転々としていたのでは調査が難航しているのも頷ける。情報が集まらなかった原因が明らかになったのだ、一歩前進だな」
「痕跡が残っていないというならば振り出しに戻ったということだろう。このまま野放しにしておけば被害が広まる、悠長なことは言っていられないぞ」
「身体への影響も気掛かりですし……何か手掛かりがあれば良いのですが」

 柱の皆様が調査に当たっても情報が得られなかった。その理由が判明したということは確かに一歩前進だ。煉獄様の底抜けの明るさと前向きさに救われる。
 しかし、伊黒様のおっしゃる通り深刻な事態であることには変わりがない。鬼の居処が定まらず、痕跡も残さないのだ。胡蝶様も形の良い眉を僅かに顰めていた。
 このような身体になっていなければ私も調査に加われたというのに。もどかしさから歯噛みをしていれば、隣に座っていた不死川様と目があった。

「簡単な話、鬼を潰しちまえば解けるだろォ。元に戻すための算段はついてんだ、呑気に昼寝してりゃいいんだよ」
「その鬼を見つけるのが困難だという話だろう」
「鬼の情報を全隊員に伝えりゃ、すぐに見つかるだろォ」
「短絡的だな。それでは被害を拡大することに繋がるだろう」

 ぶっきらぼうな口調だが気遣うように言葉掛けをしてくれた不死川様は、冨岡様の指摘に腹を立てた様子だ。こめかみに青筋が浮いている。
 深刻さは不死川様も理解している。その上で私の不安を取り除こうと、簡単なことだと言ってくれたのだろう。どこか抜けたところがある冨岡様に察しろというのは無理な要望なのか、額面通りに受け取ったようだ。
 睨みつける不死川様に、それを静かな表情で受け流す冨岡様の様子をみていると今にも乱闘になるのではとハラハラしてしまう。

「名前が皆から愛され大切にされている証拠だね」

 お館様は微笑ましそうに笑った。掴み合いになりかけていたお二人はその声で毒気を抜かれたのか、一度顔を見合わせてから座り直した。

「少し考えがあるんだ」

 落ち着いたタイミングを見計らってお館様は策があると話した。皆様は続くであろうお館様の声に耳を傾ける。

「名前、君には実弥と一緒に任務に向かって欲しいんだ」

 お館様は穏やかな声色で考えを打ち明けた。いつもならば心を落ち着かせるような穏やかで静かな声色が、なぜだか今は頭の中をかき混ぜ落ち着かない気持ちにさせた。
 足を突っ張って姿勢を保っているはずなのに可笑しい。末端からじわじわと感覚が鈍り、畳みではなく泥にずぶずぶと沈み込んでいくような恐ろしさを感じた。
 空間が区切られたかのように全ての物音が遠くに聞こえた中、不死川様の声だけがはっきりと耳に届いた。「恐れながらお館様」と断りを入れた不死川様は腿の上に置いた手に力がこもり、甲は青白くなっていた。

「このような姿では鬼を狩るどころではないかと……長時間の移動は負担にもなります。再度検討いただきたい」
「実弥が心配する気持ちも分かるよ」

 肺の奥底から押し出すかのように長い時間をかけて息を吐いてから、不死川様は静かな口調で話した。お館様は僅かに双眸を伏せ、緩く頷いた。

「でもねその鬼と会ったことがある名前だからこそ、解決の糸口を見つけられるのではないかと考えているんだ」

 とても冷静な人なのだと思う。そうでなければ隊を率いることなんて出来ない。お館様はずっと先を見据え、私たちを導こうとしてくれているのだ。

「頼まれてくれるかな」

 ほんの少しだけお館様の声が寂しげに感じたのは、そうあって欲しいと私が願ったからだろうか。不思議と不安はなかった。薄く小さなその背中に全てを背負おうとしてくれている、この人にならば命を預けても良いと思えたのだ。

「……御意」

 私が頷く姿を見て、不死川様はぐっと言葉を飲み込んだ。横顔から彼の心情を察することはできなかった。


 柱合会議を終え、屋敷に戻った不死川様は「待ってろォ」と言うと物置に向かった。柱合会議で予想だにしないような提案をされ、任務を任されたからだろうか、落ち着かない気持ちでいた私はひとりでいることに心細さを感じて不死川様の後を追う。

「お宝なんざ置いてねぇよ」

 言いつけを守らなかったことを叱られるかと思ったが、咎めるどころか不死川様は肩に私を乗せてくれた。物置の中が気になった訳ではないのだが、肩の上から降りる理由もなくそのままの状態でいた。

「確か宇髄に押し付けられたのがこの辺りに……」

 木箱の蓋を手当たり次第に開けていた不死川様は「あった」と言うと、箱の中から布のようなものを引っ張り出した。箱に収納されていたおかげで埃は被っていないようだ。
 不死川様が探していたものはどうやら黒色の外套らしかった。
 宇髄様が選んだだけあり上等な物だった。随分と寒さは緩み、外套を羽織らずとも過ごしやすい気候になった。なぜこのタイミングで探したのだろうか。

「あの辺りは標高が高いから寒いだろォ」

 私の疑問を感じ取ったのか、次の任務地で使用する為だと答えてくれた。まだ雪が残っていると言っていた、外套は必要だろう。
 
「これで多少は移動の負担減るだろ」

 着物で私の身体をすっぽり包むと、袖や端を自分の身体に巻き付けて抱き上げた。着物から顔をひょっこり出せば、不死川様は私の頭を撫でてくれた。心地よくて、耳を倒した状態の頭を手にこすりつければ、それを催促だと受け取ったのか「図々しいやつ」と呆れたような声で言った。しかし撫でてくれるのだから本当に呆れてはいないのだろう。

「もう出立すんぞ」

 重々しい口調だった。まるで本当に良いのかと覚悟を問われているようだった。
 怖くないといえば嘘になるが、一刻もはやく鬼を見つけ、これ以上の被害を防ぐ必要がある。それに私だっていつまでもこのままではいられない。

「ここにいりゃいいのに、馬鹿なやつ」

 任務の準備を早急に行ったものの、私を連れて行くことには反対なようだ。不死川様はひとりごちた。
 手負いのところを拾ってもらい、怪我が治るまで面倒を見ると言ってくれた。怪我が治れば好きにしろと言っていたにも拘らず、私が勝手に家を出ていっても、必ず迎えに来てくれる。猫の姿になって不安だった私に、不死川様はいつしか居場所を与えてくれた。
 変わっていくことは怖い。しかしその先に幸せがあると信じて疑わないからこそ、私は任務に向かうと決心した。下心も振り切ってしまえば恐怖に打ち勝つことができる強い意志へと変わるのだ。

「任務に就くからには指示に従って貰うからなァ」

 頷くことで返事をすれば、不死川様は「行くぞ」と言って歩き出した。
 体格が良いにも拘らず不死川様は身のこなしが軽やかだ。周囲の景色が目まぐるしく変わっていく。山の麓あたりまでやってくるとひんやりとした空気がヒゲを揺らした。
 
「息苦しいかもしんねぇが耐えろォ」

 不死川様が外套を羽織り、身体をすっぽりと中に入れてくれたおかげで冷たい風にさらされることはないが、外套の中は光が遮断されてしまうため落ち着かない。
 おくるみの様に巻き付けられた着物から這い出ると、不死川様の服に爪を引っ掛けて肩まで登る。

「落ちんなよ」

 少し緩めの襟元から顔を出せば、不死川様はちらりと向けた視線を正面に戻してから気をつける様にと声をかけてくれた。吐き出す息は白く、つんと尖った鼻先は赤く染まっていた。
 首元に身体を寄せれば互いに暖を取れるはずだ。申し訳なく思いながらも落ちないようにと服に爪を引っ掛け、肩に身体を乗せる。
 
「……収穫なしかァ」

 何の痕跡も発見することができず夜が明けてしまった。一度下山することにしたのか、不死川様は苛立ったように舌先を鋭く打ってから麓に向かった。
 町まで降りると藤の門に向かった。隊服姿の不死川様を見ると労いの言葉をかけ、部屋に通してくれた。

 パチパチと火が音を立てながらひっそりと揺れている囲炉裏の前に腰掛けた不死川様の側で丸くなって寝転がる。少しだけ眠い。

「少し休んどけ、俺も寝る」

 外套を脱いでいつもの隊服姿になった不死川様は私の横に寝転んだ。頭の丸みを確かめるように動かされる手が心地よくて耳を後ろに倒す。
 ──チリン……遠く、いや近くなのかもしれない、どこからか鈴の音がした。次の瞬間全身を流れる血液がふつふつと湧き上がり、助けを求めたくて開いた口からは鉄のような味がした。



 - back - 


top