猫の登り坂

8
明日、柱合会議が行われることは不死川様と宇髄様の話で知ることが出来たが、肝心の会議が行われる場所がわからない。柱合会議など私には縁のない話で、開催地など知る由もなかった。

 不死川様は夜は担当区域の見回りに出て、明け方に戻ってきた。いつ頃不死川様が出発するのか分からず、帰ってきた不死川様のあとを付いて回り、行動を把握するように努めた。
 
「餌は隠に貰ったろォ? 足りなかったか?」
 
 自分のうしろをついて回る気配に気付いていたのだろう。足を止めると、私の前にしゃがみ込んだ。喉の裏を指で擽られれば、喉はゴロゴロと自然に鳴ってしまう。

 人間の時よりも格段に鼻が良くなっている。私を撫でる不死川様の手から甘い香りがした。その香りの元を探して羽織の袖口に顔を突っ込む。
 しかし不死川様に首根っこを掴まれ、ぶら下げられる。不死川様の腕にはすでに血は固まっているものの、刀傷があった。
  
「猫には木天蓼だろォ? 汚れるからやめとけ」
 
 自らの身体を傷つけて、稀血で鬼を誘き寄せていると聞いたことがある。稀血と言われるだけあり、これまでに嗅いだことがないよう甘い香りがした。しかし酔わされる程ではない。
 血で汚れるからと強制的に離した不死川様は私を床に下ろした。そのままどこかへ向かってしまった。
 不死川様を見失う訳にいかない私は、不死川様が消えていった風呂場の前で待つ。湯が流れる音がする。聞き耳を立てなくとも物音が届いてきてしまう。申し訳ない気持ちはあったが、今日は柱合会議がある為不死川様の行動を把握させていただきたい。心の中で謝罪をしながら、扉の前に腰を下ろす。

 柱合会議にいけば胡蝶しのぶ様にお会いできる。そこで異変に気付いて貰えれば良いのだが、どうにか意思疎通の方法を考えなくてはならない。
 どうするかと頭を悩ませていた時、突然真後ろで気配がした。
 心臓が飛び跳ねると同時に、身体が床から飛び上がる。板張りの廊下はつるつると滑り、その場でバタバタとしていれば、首根っこを掴まれる。
 
「大丈夫だから落ち着けェ」
 
 首根っこを掴んだまま顔の位置まで持ち上げ、私と目線を合わせた。不死川様の目を見ると次第に落ち着き、私は抵抗をやめた。
 
「いい子だァ」
 
 腕に抱き直すと、軽く頭を撫でながら褒めてくれた。顔を持ち上げてちらりと不死川様の表情を窺えば、その視線に気付いたのか不死川様もこちらを見た。
 
「風呂入りたかった……って訳でもなさそうだしなァ」
 
 なぜあのように付き纏っていたのか不死川様なりに考えてくれたようだ。しかし不正解だ。風呂には入りたいが、不死川様と入ることは遠慮したい。
 
「日向ぼっこしてたのか? お日様のにおいだな」
 
 不死川様は私の頭のあたりに鼻先を寄せると、静かに息を吸い込んだ。
 何をされたのか分からず私は身体を硬くさせた。鬼殺隊の任務にあたっていた際には数日間湯浴みができないなどということはザラにあった。風呂に入っていない状態が不快ではないかと言われれば別だが、あの時と同じだと考えれば我慢もできた。しかしその身体の匂いを嗅がれるなど想定していなかった。
 お日様の香りということは臭くはないのだろうけれど、体臭についての感想などこれ以上聞き続ける勇気もなく、私は不死川様の口に肉球を押し当てた。唇は想像していたよりも柔らかくて、その感触を確かめるように何度か押し付けてしまった。
 
「何だァ? 口吸いでもしたかったのか?」
 
 引っ込めようとした私の手を握った不死川様は、片方の口端を歪に持ち上げて笑った。艶然とした笑みを浮かべたまま、形の良い唇を私の手に押し当てた。自分の姿が猫であることを忘れて、私は慌てふためいてしまう。
 
「そういや、町でこんなもんを見つけた」
 
 私を床におろすと、不死川様は懐から何かを取り出した。箸のようなものの先に糸がつながっており、その糸の先には鳥の羽のようなものが付いている。糸の長さはそれなりにあり、羽をゆらゆらと揺らしている。揺れる羽から目が離せなくなる。不死川様が箸を動かし、それにつられて羽も素早く宙を動いた。視界から外れるよりも先に私はその羽を目掛けて跳んでいた。
 
「こうしてみるとやっぱ猫なんだよなァ……」
 
 手が届くと思った瞬間に動かされ、目の前から羽がなくなる。それを追いかけるようにしてぴょんぴょんと跳び回っていれば、その姿を見ていた不死川様はひとりごちた。
 
「続きは帰ったらなァ」
 
 届くかどうかという位置で揺られていた羽が一気に引き上げられる。目の前から獲物がなくなり、ようやく冷静になった私は何を呑気に遊んでもらっているのだと頭を抱えたくなった。不死川様は玩具を懐に戻すと、私の頭をひと撫でしてから土間に向かった。柱合会議に向かうのだろう。
 連れて行ってもらおうと、履物を履くために上がり框に座った不死川様の太腿の上に身体をのせる。可愛らしく鳴いてみれば、不死川様は頭から背中にかけて緩やかな曲線を確かめるように撫でてくれた。
 
「邪魔ァ」
 
 可愛さに骨抜きにされた不死川様は一時も離れたくないといって私を柱合会議に同行させる──そのように想定していた。しかし不死川様は先程の柔らかい態度はどこへやら、私をポイと膝から下ろした。あまりにもぞんざいな扱いだ。私はこんなにも可愛いというのに。
 背後にまわると、私は羽織の中に潜り込んだ。隊服は頑丈なため爪を立てても問題がない。隊服に爪を引っ掛けながら、背中をよじ登っていく。

「危ねぇから降りろォ」
 
 忠告を無視して登り続けていれば、不死川様に胴体を掴まれて、引き剥がされる。床に降ろすと、私がよじ登れないようにと立ち上がってしまった。
 
「すぐ帰るから大人しくしとけェ」
 
 そういうと扉を閉めて、屋敷を出て行ってしまった。後を追うことも考えたが、猫になりたての私が人間の速度に敵うはずもなく、取り残されてしまうだろう。しかしここで諦めてしまって良いのだろうか。柱合会議がどれほどの頻度で行われているか分からない。未だに私が猫のままだということは、鬼は倒されていない。これ以上被害を拡大させる前に鬼の存在を知らせ、倒してもらう必要がある。つまり、早急にこの事態を鬼殺隊の中枢を担う柱の方々に知らせなくてはならない。やはり今回の機会を逃してはならないのだ。
 バサバサと何かが飛び立つ音がした。音がした方へと向かえば、鎹鴉が羽を休めていた。どうやら飛び立ったのではなく、鎹鴉が戻ってきた音だったようだ。
 ──これは良いのではないか? 一つの作戦が思い浮かんだ。奇襲を受けた鎹鴉は慌てて主人である不死川様の元に逃げるはずだ。その後を追いかければ、不死川様の元に辿り着けるのではないか。
 攻撃をするフリだけで良い。驚かすことが目的なのだ。心の中で謝罪をしながら、縁側で休んでいる鎹鴉に飛びかかる。
 
 私の思惑通りに、慌てた鎹鴉はバタバタと羽を動かして屋敷を飛び出た。ムキムキねずみ相手に行った狩りの練習がこのような形で発揮できるとは思わなかった。

 鎹鴉の後を追いかけて私も屋敷を出る。かなり驚いたのか、鎹鴉が木々にぶつかりながら進むため猫の足でも十分に追いつくことが出来た。森を暫く進んだ所で、不死川様の鎹鴉が降下した。
 
「あら、あなたは不死川さんの……? こんな所で会うなんて浪漫チックだわぁ。でも、そんなに慌てなくたって柱合会議には間に合うから大丈夫よ」
 
 可愛らしい声がした。草をかき分けるようにしてその声がする方へ向かえば、不死川様の鎹鴉と共に恋柱の甘露寺蜜璃様がいた。

 春を思わせるような鮮やかな桜色の髪の毛は、毛先に向かうにつれて葉桜のように美しい薄緑色に変化している。ころんと丸い瞳は可愛らしい印象をつくり出している。表情がコロコロと変わる様は子どものようで、次はどのような表情を見せてくれるのかと目が離せなくなってしまう。隊士の中での評判も良い。隊服の胸元は大きく開かれ、白くしっとりとした肌が覗いている。同性の私から見ても魅力的な方だ。

 甘露寺様がいらっしゃるということは、柱合会議が行われるのはこの辺りで間違いないのだろう。
 鎹鴉に私が襲ったと告げ口をされては困る。あとは匂いを辿って自力で向かえば良い。身を隠そうと、一歩下がった時に落ちていた枝を踏んでしまった。パキッと小さな音がなる。

「猫ちゃん? すごく綺麗な目をしているわね、素敵だわ」
 
 パッと振り向いた甘露寺様は低い木の間に隠れている私を見つけると、表情をさらに明るくさせた。
   
「でもこんな所でどうしたのかしら……毛並みも綺麗だし、ご主人様に大切にされているのよね」
 
 毛繕いが下手な私に代わって、不死川様が手入れをしてくれている。その為、毛並みはそこらの猫よりも美しい。そのような姿の私が森の中にいることを不可解に思ったようだ。甘露寺様は胸の前で手を組みながら考え込んだ。
 
「……やっぱり迷子かしら? もしそうなら送り届けてあげなきゃ」
 
 迷子という一つの答えを導き出した甘露寺様は、組んでいた腕を解くと、胸の前でぐっと拳を握り込んだ。意気込む甘露寺様に迷子ではないと伝えたいが、寂しがっていると勘違いされてしまったようで「大丈夫ちゃんと家族に会わせてあげるからね」と優しく声をかけられてしまう。
  
「甘露寺」
「煉獄さん」
 
 そこに新たな人物が登場した。炎柱の煉獄様だ。おふたりは師弟関係だと聞く。甘露寺様がつかう恋の呼吸は、炎の呼吸からが派生させたものだとか。
 煉獄様は以前にお会いした時と変わらない様子で安心する。安全な人物であることには違いないのだが、柱が二人並ぶこの状況に圧倒され、一歩下がってしまう。
 
「話し声が聞こえたが、ひとりか?」
「そこに猫ちゃんがいるんです」
 
 甘露寺様の隣に並ぶと、煉獄様はあたりを見渡しながら首を傾げた。話し声が聞こえて来たものの、甘露寺様ひとりだった為不思議に思ったのだろう。
 甘露寺様が私が隠れている草陰を指差しながら、ウキウキした様子で私の存在を知らせた。
  
「キミはいつかの……?」
「お知り合いですか?」
 
 煉獄様はしゃがみ込んで私の姿を視界に捉えると、驚いたように眉を持ち上げた。甘露寺様のその横に同じようにしゃがみ込み、煉獄様の反応から顔見知りなのかと尋ねた。
 
「短い間だったが共に過ごした友人だ」
 
 快活な声で返された答えに私は目を丸くする。覚えていてくれただけでも光栄なことだ。それだけでなく友と呼んでくれるとは思いもしなかった。
 草陰に隠れていた私が恐る恐る顔をのぞかせれば、蜜璃様は手を叩いて喜んだ。煉獄様はその様子を微笑ましそうに見ている。

「以前にいた場所から随分と離れているな」
「迷子じゃないでしょうか?」
「うむ、そうやもしれぬな」
 
 蝶屋敷に向かう道中で煉獄様とは知り合ったが、その場所とはかなり離れている。野良猫であれば縄張りがあるし、飼い猫であればそれほど遠くには行かないはすだ。煉獄様は無意識に顎を撫ぜながら、私がこの場所にいる理由を考えていたようだが、甘露寺様の推理を聞くと得心したように頷いた。
 煉獄様から推理を肯定されたことで自信を持ったのだろう。甘露寺様はパッとその場に立ち上がった。
 
「私、この子を家族の元に送り届けてきます」
「そうしたいのは山々だが、お館様を待たせるわけにもいきまい」
「そうですよね……」
 
 拳をぐっと握り、やる気を滲ませた甘露寺様は迷子の私を家族の元に送り届けるのだと宣言した。立ち上がった煉獄様は、すでに行動に移そうとしていた甘露寺様を諭した。
 分かりやすく肩を落とした甘露寺様は、眉毛を垂らした表情で私を見た。
 
「でも小さな身体でこんな場所にひとり……心配だわ」
 
 身体が成熟した猫にしては私は身体が小さい。山の中では外敵も多くいる為身体の小さな私を心配してくださっているのだろう。
 甘露寺様はちらりと煉獄様に視線を向けながら、控え目に提案をした。
 
「この子、連れて行っちゃダメですかね……?」
「お屋敷にか?」
「やっぱりダメですよね……」
「だが確かに、このような場所に置いていくのは忍び無いな」
 
 会議が行われる場所に連れて行ってはどうかという提案だったようだ。しかし動物は入ることが許されない神聖な場所なのだろうか。暗黙の了解のようで、甘露寺様は煉獄様の反応を待たずして自己完結した。煉獄様は頭を悩ませているようだった。
 
「この子は随分と賢い。屋敷で暴れ回ることもないだろう」
「じゃあ」
 
 片膝をついてしゃがんだ煉獄様が私に向かって手を差し出した。会議に参加する為にこのような場所までやって来たのだ。連れて行って貰えるならば願ったり叶ったりだ。私が頬を擦り寄せれば、煉獄様は深く頷いた。続けられた言葉に甘露寺様はパアッと表情を明るくする。
 
「お館様には俺から話そう。お許しを下さる筈だ」
「師範」
「もう師範ではないぞ」
「そうでした……煉獄さん」
 
 お館様というのは、鬼殺隊を纏めている人物なのだろう。はじめてお目にかかれるということだ。
 責任を負うという煉獄様に甘露寺様は敬愛の眼差しを向けた。感謝の気持ちを込めて、お二人の声に負けないように大きく鳴き声をあげればその思いは伝わったようで「ありがとうって言ってるみたいです」と甘露寺様が微笑んでくれた。
 
「これからキミをある場所に連れていくが、俺の言うことをよく聞いて良い子に出来るな?」
 
 煉獄様は私の両手の下に手を差し込んで持ち上げた。目線を合わせた煉獄様は子どもに言い聞かせるように穏やかな声で問いかけた。私は澄ました顔でニャーと鳴いてみる。
 
「それでは向かおう」
 
 煉獄様は私を羽織の中にいれてくれた。身体を腕全体で支えてくれた為、安心して身を委ねる。羽織が風になびき時折外の風景が視界に飛び込んでくる。
 景色の移り変わりが想像以上に激しく、柱の基礎的な運動能力の高さを思い知ることとなった。
 通りで不死川様にも追いつけない筈だ。ここで甘露寺様と煉獄様にお会いできたのはかなりついている。日頃の行いを感謝しながら私はお二人と共に会議に向かった。
 



 - back - 


top