04










 勉強会から数日経った。はじめこそ気恥ずかしさと、戸惑いから轟くんを避けるような態度をとってしまった。
 しかし、あれは言葉の綾だったのだろう。
 だって、そうとしか考えられない。

 あの絶滅危惧種に指定されてもおかしくない、国宝として崇めるべきイケメンが、私のことが好きだなんて……天変地異が起きたとしてもあり得ない。

 これがもし乙女ゲームだったならば、「フッ面白ぇやつ」と言って珍味を試してみようとする特殊なイケメンも存在したかもしれないが、ここは現実。少女漫画や乙女ゲームのような都合の良い展開があるはずない。

 ようやく冷静になった私は、轟くんの「好き」の前には「友人として」という言葉が隠れていたのではないかという可能性に気づいた。

 思い違いをしていたことは恥ずかしいが、ようやく隣の席のモブから友人に昇格したのだ。道のりは長かったが、これほどまでに光栄なことはない。

 こうして私は轟くんの友人として恥じぬよう気持ちを入れ替えたのだった。

 そのつもりだったのだが……

「……むり!」

 ベッドから飛び起きた。このように起床をするのは何度目だろうか。
 原因は明白、あの一件だ。

 あの時の、体温、匂い、息遣い、声、全てが脳裏に焼き付いて離れないのだ。

 悪夢ではないのだから良いと思うかもしれないが、実際に体験してみたならば分かる。心臓に悪すぎて、悪夢よりもよほどタチが悪い。

 隣の席だというのに、どのような顔をして轟くんと話せば良いのだろうか。朝から胃が痛んだ。

「顔色良くねぇな」

 なるべく自然に振る舞っているつもりだったが、挨拶の直後に指摘されてしまった。

「少し夜更かししちゃってさ」

 轟くんの視線を感じたが、教科書を机にしまうフリをして俯いた。いま彼の顔を見たら、あの日のことを思い出して赤面してしまうだろう。間抜けな顔を晒すことだけは避けたい。

 誰かがやってきたのか、机に影が落ちた。ふと顔を持ち上げれば、轟くんが立っていて、なぜか私の頬に手を添えた。
 案外手が大きくてゴツゴツしているのだなと現実逃避のようにぼんやりと考えていれば、鼻先が触れる距離に轟くんのご尊顔があった。

「は」
「熱はなさそうだな」

 コツンと合わせられた額。形の良い唇がすぐそばで動いている。息が肌を撫でた。それくらいの距離だ。

「いや手のひらで測れよ!」
「俺の手のひら左右で温度差あるから、こっちの方が確実だろ。それに漫画でもこうしてた」

 上鳴くんのツッコミが聞こえた。
 ごもっともだ。しかし轟くんは個性の影響もあり正確に測るにはこの方が良いし、漫画でもやっていたのだから間違いないだろうと、妙に焦っている周囲を訝しむ様子で返した。

 確かに轟くんが読んだ少女漫画にはこのようなシーンがあったが。まさか実践してくるとは。

「すげぇ熱ぃな、それに赤くなってる。冷やすか?」
「……あの、私、ちょっと外の空気吸ってくるね」

 頬に熱が集まっているのは、鏡を見ずとも分かる。

 顔は離れていったが、両側は私の頬を包んだままだ。無意識のように親指で頬の表面を撫でていた轟くんは、親切心から冷やすかと提案してくれた。しかしこの状況に耐えられそうにない。主に私の心臓が。

 そう思って私は慌てて教室を出たのだった。

「こんな場所があったんだな」

 心を落ち着かせようとわざわざ人通りのない階段の踊り場まできたのだが、私の背後には轟くんがいる。そして張り付くかのようにぴったりと背後に立ち、腰に腕が回されていた。

 これは巷で噂のバックハグというやつなのではないか。いや、しかしそのようなことをする間柄ではない。
 この距離感は些かおかしいのではないか? 轟くんのパーソナルスペースはどうなっているのだ。

「あの、手が」
「つなぐか?」

 傷つけないようにやんわりと外して欲しいことを伝えたつもりだったのだが、何を勘違いしたのか轟くんはつなぐかと手を差し出してきた。まるで逢瀬のひと時をたのしむ恋人のように、指を絡められた。
 冬だというのに手のひらにじわじわと汗が滲むのを感じた。

「そろそろ戻ろう」

 断るタイミングを逃し、私は轟くんに腕を引かれるようにして教室に戻ることになったのだった。

「いや、距離感おかしくね?」

 手を繋いだまま戻ってきた私たちを見て上鳴くんがまたもツッコミを入れた。
 やはりこの距離感はおかしいのだ。違和感を抱いているのが私だけではないことをしり安心する。しかしその安心も束の間のこと。轟くんによって新たな爆弾が投下されるのだった。

「付き合ってるからな」

 ツキアッテイルカラナ……? ツキアッテイル……?

「言っちゃいけなかったやつか?」

 皆が口をぽかんと開けていた。轟くんはまずいという表情を浮かべ、私に確認をしてきた。

「えっと、今なんて?」
「付き合ってるって言っちまった。悪りぃ、相談もなしに話しちまって」
「……付き合ってる?」
「俺はミョウジが好きだし、ミョウジも俺のこと好きなんだよな? こういうのってカップル成立って言うんだろ」

 自分の耳を疑ったのだが、再度告げられた言葉によって、私の耳は正常だったと証明されてしまった。

 私が困惑している部分とは全く違う部分を反省する轟くんにもう一度確認をすれば、轟くんは僅かに訝しみながらも説明してくれた。

「漫画で言ってた」

 進○ゼミでやったみたいなノリで言わないでくれ。

「待って、話についていけない」
「俺もついこの間理解したばっかだし、どういう顔したらいいのか分かんねぇ」

 待ったをかけたが、轟くんとはすれ違うばかりだ。

 つまり、こういうことか。分からないことがあると悩んでいた轟くんは少女漫画を読み、好きという感情を理解した。両思いが確定すれば即ちそれはカップル成立だと間違った知識を得た轟くんの中で、私たちは交際をはじめたことになっていたらしい。

 なんと恐ろしい勘違い。
 今すぐに訂正をするべきなのだが、口許を僅かに弛ませ「なんか、すげぇくすぐってぇな」と頬をかく轟くんに見惚れてしまっていた。

「でも好きになるっていいな」

 しみじみと呟く轟くんに、私はようやく言葉を返す。

「……何かの間違いでは?」
「俺はミョウジのことが好きだぞ」
「だって、轟くんみたいな格好良い人が私のこと好きだなんて」

 ──あり得ない。そう続けるつもりだった。

「ありがとな、ミョウジに褒められるのはやっぱり嬉しいな」

 しかし眉尻を垂らして、柔らかく笑った轟くんをみて、その言葉を飲み込んでしまったのだった。

「困らせちまったか?」
「ちょっと信じられなくて」

 私の反応がよくないことに気づいたのだろう。不安げな視線を向けてきた轟くんに、正直な思いを伝えれば「分かった」と思ったよりも明るい声が返ってきた。

「信じてもらえるように、ミョウジにしてもらったことを俺も同じだけ返すな」

 だから覚悟しておいてくれ──その言葉の通り、轟くんに強気に迫られる日常が幕を開けるのだった。
 








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