06









 ヒーローたるもの困っている人を助けるのは当然のことだ。だからといって、これも業務に含まれるのだろうか。

「いいじゃん、そこまで付き合ってよ」
「なんならその友だちも一緒に遊べば良いし!」

 轟くんと駅前で待ち合わせをしていた私は、不思議なことにニヤニヤと笑みを浮かべた二人の男に取り囲まれていた。
 警戒心が足りていなかった。スミマセンと声をかけられ、大方道案内を頼まれるのだろうと思い、笑顔で応じたのだが、話が進むにつれてどうやらこれはナンパというやつらしいということに気づいた。
 可愛いねと言われた時点で気づけば良かったのだが、この後轟くんの約束を控えている私はその言葉に喜んでしまった。その反応で手応えを感じさせてしまったらしく、男たちはいくら断っても諦めるどころか強気に迫ってきたのだった。

「彼氏居ないんでしょう? 良いじゃん、遊ぼうよ」
「離してください」
「ほら行こうよ」

 腕を掴まれた瞬間に全身が粟立った。しかしヒーローの卵がナンパ男の一人や二人、うまく躱せなくてどうする。一般人相手に実力行使は許されないし、周囲に助けを求めるだなんてもっての外だ。
 轟くんとの約束の時間まであと三十分以上はある。平和的に解決する為にも、一度待ち合わせ場所から離れて、このナンパ男たちを撒いてしまうのが最善だろう。

「こいつら知り合いか」

 振り払おうとした瞬間に、誰かに抱き寄せられた。その声を聞くだけで心臓が動きを激しくする。

「と、轟くん」
「知り合いって感じじゃねぇよな」

 微かな藺草の香りが鼻腔をくすぐった。見上げれば、鋭い視線で男たちを睥睨する轟くんがいた。

「その手、どけてくれ」

 形のよい眉をグッと寄せ、不機嫌さを隠さない表情をしている。声はいつもより低く、温度がない。一般人を震え上がらせるには十分だった。自業自得なのだが、男たちは可哀想になるほど顔を真っ青にしている。
 解放された腕を摩りながらもう一度轟くんを見れば、彼もこちらを見た。掴まれていた部分をそっと指が触れ、手のひらに包まれた。どうやら右の個性で冷やしてくれるらしい。

「やっぱり一緒に出た方が良かったんじゃねぇか」

 私の腰を抱き寄せたまま轟くんは話を続ける。不機嫌そうに寄せられていた眉は、へにゃりと垂れ下がっている。

「轟くん、そろそろ……」
「アンタらまだ居たのか」

 私たちが待ち合わせしていたのは駅の裏にある広場とはいえ、人目がある。抱きしめあっている(恐れ多くて轟くんの身体に腕を回すことはできていないが)男女がいれば、つい注目してしまうだろう。これが美男美女ならば映画のワンシーンであるかのように絵になったかもしれないが、轟くんが絶世のイケメンなのに対し私はどこにでもいそうな普通の女だ。不釣り合いすぎて、この状況は耐えられない。
 そろそろ離して欲しいと言外に含ませながら訴えたが、轟くんの意識は男たちに向けられていた。
 お手頃そうな女をナンパしようとしたら、なぜかイケメンが登場し、牽制されたのだ。この展開についていけず立ち尽くしてしまうのも仕方がない。轟くんの声を聞いてようやく現状を理解したのか足を縺れさせながら逃げていった。

「あの」
「悪りぃ、触っちまって」

もう一度声をかければ、謝罪が返ってきた。非常時であり、私の身を案じてのことだ。その点について責めるつもりはないのだが、轟くんは未だに私の腰を抱いたままだ。言葉と行動が一致していない。
 先程のような冷たさはなくなったものの、眉はぎゅっと寄っている。 

「怒ってる?」
「……俺が一番に見たかった」

 怒っているのかと恐る恐る確認をすれば、小さな声で予想外の言葉が返ってきた。俺が一緒に見たかった……? 何を?
 自意識過剰かもしれないが、ゆるく巻いた毛先を撫でられながら、ちょっと拗ねたような表情でこんなセリフを言われたならば勘違いしてしまったとしても可笑しくはないだろう。

「すげぇ似合ってる。可愛い」

 KA・WA・I・I!? 轟くんが目元を柔らげて笑った。その破壊力はきっと隕石が直撃した衝撃と同等、いやそれ以上かもしれない。

「髪くるくるしてきてくれたのか」
「……髪くるくるシマシタ」
「ロボットみてぇな話し方になってるが、大丈夫か?」

 さらりと告げられた言葉に思考が停止してしまったが、轟くんは変わらぬ様子で会話を続けた。手触りを確かめるかのように指の腹で毛先を撫でられ、私の脳内は完全にショートした。壊れたロボットのように片言になりながら復唱すれば、轟くんは小さく息をもらして笑った。

「でも良かった」
「……うん、大ごとにならなくて良かったよ」

 大ごとにならなくて良かったという意味かと思い同意したのが、轟くんは「それもそうなんだが」と続けた。

「ちゃんと俺のこと意識してくれてたんだろ」

 すげぇ嬉しい、と言って轟くんは頬を緩めた。

「次は一緒に出かけよう」

 私を置いていきぼりにして轟くんは会話を続ける。次って、二回目もあるのか?
 何と返答するべきか分からず口をパクパクさせている間にも轟くんは自分のペースを崩さず、私の手を掴んで歩き出した。

「あれってナンパってやつだろ?」

 すっかり機嫌はなおったようで、轟くんは先程の男たちの行動について話題に挙げてきた。

「いつもあんなの相手にしてんのか? 大変だな」
「……きっと手頃な女だと思われたんだと思うよ」
「そんなことねぇだろ」

 轟くんが普段されているようなナンパとは種類が異なるものだ。誘いに応じそうな女だと認識されたのだろう。客観的な考えを答えたのだが、轟くんは立ち止まると言下に否定した。

「すげぇ可愛いってこと、自覚してくれ」

 繋がれた手のひらにジワジワと汗がにじむ。いつもはひんやりしているはずの轟くんの右手が熱を持っていた。

「今はあんま見ないでくれ」
「は、はい」

 顔を逸らされてしまったが、彼の耳のフチが赤いことに気づいてしまった。私の顔も真っ赤になっていることだろう。どこを見るのが正解なのか分からず、咄嗟に駅の方へと視線を向けた。

「……あ」
「上鳴たちも出掛けてるみてぇだな」

 見覚えのある姿に声をもらせば、轟くんもそちらに視線を向けた。あの目立つ髪色は上鳴くんと、切島くん、瀬呂くんだ。どうやら三人で出かけているらしい。
 学校の人に見つかれば、妙な噂が立つに決まっている。轟くんの名誉にも関わる問題だ。だからこそ、同じ寮で暮らしているにも拘らず、駅で待ち合わせすることにしたのだから。どう轟くんを連れ出すべきか、頭をフル回転させていれば、腕を引かれた。

「走れるか?」
「え」
「行くぞ」

 私の足元を確認した轟くんは、私の返答を聞くよりも先に走り出した。手を繋いだままだった私は引っ張られるようにして走り出した。

「あの」
「悪りぃ、狭いけど大人しくしててくれ」

 ようやく息をつくことができたのは、道路の端に設置されていた証明写真のボックスの中だった。私を押し込み、自分もボックスの中に入ってきた轟くんはカーテンの隙間から外を確認していた。

「大丈夫そうだな」

 どうやら轟くんの素早い判断により気付かれなかったようだが、私にはさらなる試練が与えられることになった。証明写真は複数人で入ることなど想定されていないのだ。狭いボックスの中に二人が入るには、身を寄せ合うしかない。
 轟くんの息遣いがすぐ近くに聞こえる。この状況をどう乗り越えればいいのか。心頭滅却を試みるが、念仏を唱えようにも念仏の出だしが吹っ飛んでしまった。煩悩を払おうと、除夜の鐘を思い浮かべるが、私の煩悩は人よりも多いようで、思い浮かべた除夜の鐘がなぜだかチャペルの鐘の音に聴こえてきてしまったのだから末期だ。

「見られたくなかったのかと思ったんだが、違ったなら悪りぃ。無駄に走らせちまった」

 どうやら轟くんは私の気持ちを汲んでくれたらしい。同じ場所で生活しているのだから一緒に出かければ良いのではという轟くんに、駅での待ち合わせを押し通したのは私だ。その言動から、他の人に見られたくないのではと考えたようだった。

「見られたくなかったっていうか……」
「いや、今のは後付けだな」

 弁解し終える前に、轟くんが声を被せてきた。

「俺が嫌だった」

 真剣な表情で見つめられて息が苦しくなった。それはどういう意味だろうか。「他のやつに見せたくなかった」という言葉が聞こえてきたのは煩悩塗れの頭が都合の良い幻を作り出したのだろうか。

「……おっ、これで写真が撮れるらしいぞ」
「あ、うん、そうだね」

 先程の真剣な空気はどこへやら、流れてきた音声から写真を撮れることを知った轟くんは関心をボックスの内部に向けた。選択画面を食い入るように見ている。
 轟くんは育ちが良いし、もしかしたら証明写真はちゃんとした写真館で撮っていて、このような自分で操作する証明写真は経験したことがないのかもしれない。
 財布を取り出すと、お札を一枚入れて辿々しい手つきで画面を操作していた。

「何で出て行こうとするんだ」
「え? 撮るんだよね……? 外で待ってるよ」
「一緒が良い」

 証明写真を撮るならば邪魔にならないように外で待っていようと思ったのだが、なぜだか引き止められた。譲る気は無いのか、私を中央に設置された椅子に座らせようとしてくる。

「私のことはお気になさらず」
「一人で撮っても意味ねぇよ」
「こういうのって、一人で撮るから意味があるんじゃ」
「そういうもんなのか? 撮ったことねぇからよく分かんねぇけど、仲良いやつは撮るんだろ?」

 私のような庶民には馴染みのあるものだし、何の記念にもならない。やんわりと断ったのだが、轟くんは私が頑なに断る意味が分からないといった表情で首を傾げた。
 何かが噛み合っていないと感じたが、その理由は「確か──プリクラって言ったか?」という轟くんの言葉によって判明したのだった。

「プリクラ……?」
「前に芦戸たちが教えてくれたんだ」

 どうやら轟くんはプリクラと勘違いしているらしかった。通りで噛み合わないわけだ。
 タッチパネルに映されている見本は、スーツをきっちりと着こなし、真剣な表情をしている。軽快な音楽も流れていないし、加工するような機能もない。このようなプリクラがあってたまるか。しかし轟くんは「見せてもらったやつよりシンプルだな」と以前に三奈から見せてもらったものと比べて多少の違和感は感じているようだったが、これがプリクラだと信じている様子だった。

「狭いんだな」
「プリクラに似てるけど、これは証明写真を撮る機械だよ」
「こんなところで撮れんのか? 便利だな」

 そりゃそうだ。ひとりで撮ることを想定して作られているのだから。恥ずかしい思いをさせないように細心の注意を払いながら訂正をすれば、轟くんは驚いたようだったが、合点がいった様子でひとり頷いていた。

「まぁ写真であることには変わりないよな」
「私は大丈夫なので、轟くんだけでも……」
「くっつけば大丈夫だろ」

 証明写真とプリクラではかなり差があるだろう。写真という大きな括りの中でも正反対のものだ。彼は案外大雑把なところがあるが、このような分類の仕方にも表れるとは。
 プリクラならばまだしも、証明写真は全力でお断りしたい。こんなところで現実と向き合いたくない。そのような感情の機微に気づいてもらえるはずもなく、轟くんは身体を寄せてきた。
 唇に少しカサついたものが触れた。轟くんの双眸が驚いたように見開かれた。今のは……唇?

「お」
「す、すみませんでした」

 轟くんの身体を押し返し、私は慌てて飛び出した。まさか、轟くんとキスをしてしまうだなんて! 









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