07









 轟くんとキスをしてしまったのが昨日のこと。いや、あれは唇同士がぶつかっただけの事故だ。……そういうことにしなくては。

 あのアクシデントのあと、私は混乱のあまり走って帰寮した。すでに料金を支払っていた証明写真機の中に置き去りにしてしまったのは申し訳ないが、あの轟くんと事故とはいえキスをしてしまったのだ。冷静でいられるはずがない。

 あれから轟くんとは顔を合わせていない。きっと時間が経てば経つほど気まずさが増す為、はやく謝罪してしまった方が良いのだろう。しかし、すでに気まずい場合はどうしたら良いのだろうか。

「今日は遅かったんだな」

 轟くんとのことで頭がいっぱいになっていた私はいつもより入浴時間が遅くなった。消灯時間ギリギリに滑り込み、烏の行水さながらに入浴を済ませ、自室に戻ろうとしていた。まさかこのような時間に共同スペースでばったり遭遇してしまうとは思っても見なかった。

「と、轟くん……皆は?」
「今日の実技キツかっただろ? だからもう休むって部屋戻ってった」

 いつもならこの時間でも共同スペースに誰かしらいても可笑しくないのだが、今日は轟くんと私だけだ。何者かによって仕組まれたのではと疑ってしまったが、どうやら偶然にも行動が一致しただけらしかった。

「そうなんだ……私もはやく休もうかな」

 いつもならば早々に自室に戻って身体を休めている轟くんがこんな時間に残っているのは珍しい。私が妙な態度を取っていたから、気遣わせてしまったのかもしれない。
 ちゃんと話し合うべきだとは分かっているが、心の準備ができていない状態での轟くんとの接触は心肺停止の危険がある。彼の顔面と予測不能の大胆な行動は、私には刺激が強すぎるのだ。待ってくれていた轟くんには申し訳ないが、そそくさと立ち去ろうとした。

「待ってた。だから少し話さねぇか」

 そんなに時間は取らせねぇから、と言いながら轟くんは私の腕を掴んだ。どうやら見逃してはくれないらしい。

 逃げるタイミングを失い、致し方なくソファーに腰掛けることになった。昨日のことについて切り出される時を今か今かと待っていたのだが、轟くんは今日の学校での出来事や緑谷くんたちのことを話すばかりで、一向に切り出してこない。

「あの、そろそろ本題に……」
「特に用はねぇな」

 事故とはいえキスをしてしまった。あの出来事について轟くんはどう思っているのか想像しただけで生きた心地はしなかったが、この時間が続くのは耐えられない。そう思って本題に入るように促したのだが、どういうことだ? 用がないのにどうして誘ってきたのだろうか。
 轟くんの行動の意図が読めず、首を傾げてしまった。すると私の戸惑いを感じ取ってくれたのか、轟くんは「用があったわけじゃねぇけど」と続けた。

「ただ一緒に居てぇって思ったから」

 とんでもない言葉を聞いたような気がした。用がなくとも一緒に居たいだなんて、熱烈な告白のようだ。

「轟くんは」
「遅くなっちまったな」

 轟くんはどう思っているの? なんて聞こうとしたのだが、運悪く話すタイミングが重なってしまった。己のタイミングの悪さを恨むしかない。

「悪りぃ、聞き逃した。もう一回言ってくれねぇか」
「もう消灯時間だし明日にしよう」

 もうじき消灯時間だ。相澤先生が見回りにくるはず。日を改めた方が良い。

「昨日は間違えて悪かった」
「え」

 間違えた? 誰と……?

 本当は他の人をデートに誘うつもりだったのか、それともキスをする相手を間違えたのか。いや、あのキスは事故だったはず。デートに誘ったけれど、その行為自体が間違いだったと思っているのか。

 分からない。分からないけど、真相を確かめる勇気はないし、残酷な真実を突きつけられるくらいならば、分からないまま嫌な想像をしながら、でもそうじゃないかもしれないと淡い期待を抱く……そんな意味のないことを繰り返す方が幾らか幸せかもしれない。

 轟くんの顔を見ることが出来ずに、俯いていれば手を掴まれそっと上に向けられた。

「これ、渡しておくな。残像しか写ってねぇけど」

 手のひらに乗せられたのは4センチ×3センチの写真がいくつか並んだシートだった。昨日撮った証明写真だろう。撮影直前にあんなことがあって飛び出してしまった為、写真には口を僅かに開いたままの轟くんと、私の残像しか残っていない。俊敏な動きの猫を撮ろうとして失敗した時のように、何かがいたことは分かるがそれが何なのか分からないほどブレた写真が撮れていた。こんな時でも轟くんは格好いい。
 
「ありがとう」
 
 胸がズキズキと痛んだ。私の中の恋心は抱えきれないほど大きく成長し過ぎてしまったようだ。









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