掌のうえで踊りましょう







act 1.

 あぁ、痛い。額からドロリと熱いものが流れる感覚がして、皮膚が裂けたのだと知る。そのように冷静に考えられたのは、裂傷の一つや二つ増えたとしても気にならないほどに全身が傷だらけだったからだ。

「……これ以上はしたくねぇ」
「もう無理だよ」
 
 きれいな顔を歪めて、情けない声で懇願する様子をみていると、鋭く突き放すつもりが語調がゆるまってしまった。
 血溜まりに膝をつき、馬乗りになって私の身体を押さえつけている。なぜだろう。首を絞められている私よりも、首を絞めている張本人の方がずっと苦しげな表情をしている。ポタポタと落ちてきた水滴が、私の睫毛を濡らし、目尻から流れ落ちた。

「どこで間違った……」

 これまでずっと遠くに光が見えていて、それを掴もうと立ち止まることも、振り返ることもなく、ただ必死に進んできた。それは私も彼も同じだ。そのはずだった。何が間違っていたのか、どこから道を逸れてしまったのか。
 きっと、私たちは始まり方を間違えた。




掌の上で踊りましょう





 私には許嫁がいる。

「馴れ合うつもりはねぇから話しかけんな」

 その彼が、出会ってから数分後に言った言葉だ。第一印象は最悪だ。
 『許嫁がいる』と言ったが、正確には『許嫁がいた』だ。

 許嫁だなんて今どきアニメだとか漫画の中でしか耳にしない単語だ。現実世界で存在するだなんて信じられず、ようやく現実として受け入れたのは、許嫁を目の前にした時だった。

 顔合わせの日に目の前に現れた同い年くらいの少年は、大層綺麗な顔立ちをしていた。
 まるで違う人間の半身を組み合わせたかのように、中心を境にして髪の毛は赤と白の二色に分かれていた。長い睫毛に縁取られた瞳も、それぞれ違う色をしていた。赤髪の下には火傷の痕が広がっていて、額から頬まで肌の質が違った。

 人が好むのは左右対称なものであるはずが、この男はそのアンバランスさも魅力にしていた。仏像のように均等な美しさではなく、例えるならばミロのヴィーナスのように不完全であり、左右非対称であることによる神聖な美しさ。彼はそのような魅力を内包していた。

 目立つ火傷の痕は、彼の魅力を最大限に引き出す、なくてはならないもののように思えた。

 決められた通りの挨拶を口にしながら、ぼんやりとそのようなことを考えていれば、彼が口を開いた。苛立ちを隠そうともせず、敵意は剥き出しだった。それが許嫁──轟焦凍との出会いだ。

 彼がそのように反抗的な態度をとったのも仕方がない。私たちは個性婚という特殊な事情のもと許嫁となったのだから。

「俺はアンタの言いなりになんてなる気はねぇ」

 轟焦凍は父であり、No.2ヒーローのエンデヴァーに対してそう言い放った。
 顔合わせの席に大人しく着いてきておきながら何を言っているのだ。何も知らされずに連れてこられたという可能性もあるが、ただ反抗するのではなく父の顔に泥を塗ってやろうという意図があったのであれば、良い性格をしている。

 エンデヴァーの顔は曇っていった。傍観していれば、隣に座っていた父がこの空気をどうにかしろと目顔で促してきた。

「ふたりで少し外を歩きませんか?」

 お料理が冷めてしまうとも思ったが、一度親子の距離を離して、頭を冷やしてもらう方が最優先だ。なるべく穏やかな口調を意識しながら提案したが、話に割って入られたことが不満だったのか、轟焦凍は小さく舌打ちをした。
 エンデヴァーも父も了承してくれた為、先に座敷を出ていった轟焦凍のあとを慌てて追いかけた。

「あの、焦凍さん」
「悪い、アンタも無理やり連れて来られたってのに八つ当たりしちまって」
「いえ」

 廊下の曲がり角のあたりで歩調を緩めた轟焦凍に声をかければ、ゆったりとした動作で振り返った。どうやら私も嫌々あの場にいたのだと解釈したようだった。
 先ほどの鋭い視線と刺々しい口調が嘘のように柔らかくなった。同じ境遇にある者同士、一種の仲間意識からだろうか。

「さすがに二人ともごねれば、この話も白紙に戻んだろ」
「……私はこのお話、断るつもりはないよ」

 同い年ということは聞いている。随分と自然体な話し方をしている為、彼に倣って私も敬語を外す。個性婚に反対で今回の話をなくしたい彼には申し訳ないが、私はこの縁談を成功させなくてはいけない。

「個性婚だぞ」
「知ってる」
「……いくら握らされたんだ」

 エンデヴァーに向けられていた憎悪のこもった瞳が、真っ直ぐと私を捉えていた。直球な問いかけに、私は口を噤む。口にすることが憚られるほどの額なのだ。

「道具にされるだけでいいのかよ」
「違う、使ってやるのは私」

 端から私が答えるとは思っていなかったのか、金額について追及することはやめた。代わりに、私の真意を探るためか、道具だなんて皮肉っぽい言い方をした。
 強い個性を持つ子を生すためだけの道具になりさがるつもりはない。私は利用してやるつもりでいるのだ。そう答えれば、訳が分からないというように轟焦凍は形の良い眉を顰めた。

「馴れ合うつもりはねぇから話しかけんな」

 いくら話しても共感は得ないし、無駄だと思ったのだろう。侮蔑されるかと思ったが、もう私に用はないといった様子で視線を外し、そのまま廊下を進んでいった。
 そのあと、息子が勝手に帰ってしまったことにエンデヴァーが激怒し、それを父と私が宥め……と顔合わせは最悪な幕引きとなった。
 
 あの様子では破談になるかと思われたが、とんとん拍子で話は進み、私は轟焦凍の許嫁になった。
 最悪の出会いだった。籍を入れるのも、共に生活を営むのも、高校を卒業してからという話だった。難しいことを考えるのは後にして、ひたすら受験勉強に没頭した結果、私は最高峰といわれる雄英高校のヒーロー科に進学した。そこであの敵意剥き出しの許嫁、轟焦凍と再会することになったのだった。



 





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