「これ渡しとく」
そう言って投げて渡されたのは、爆豪が普段から腰にさげている手榴弾だった。彼の個性によって、通常の手榴弾よりも格段に威力があげられている代物だ。
「危ないなぁ、落としたらどうするの」
「落とすようなマヌケは今すぐ土に還れ」
両手で受け取った私は、激しく脈打つ心臓を押さえながら、じろりと爆豪を睨む。しかし爆豪は私の反応など気にもとめず、フンと鼻を鳴らして笑ってから、遠回しに死ねと言った。
「いくぞ」
爆豪の声と共に個性を発動し、冷たい夜の風を切り裂くようにして飛ぶ。爆破の音は響いてしまうため、爆豪は大人しく私のつくりだした風に乗っていた。
サーフィンをする時の感覚に近いかもしれない。私の個性の場合は波ではなく、風の流れを捉え、身体を合わせる。有事に民間人を一斉避難させるにはもってこいだ。
「もっとアゲろ」
体幹が優れている爆豪は姿勢を崩すこともなく、速度をあげろと要求してくる。徐々に速度をあげるなんて気遣いも不要なのだろう。一気に最高速度へともっていけば、「それで良ンだよ」と爆豪は満足げに笑った。
屋根にそっと着地した爆豪は手のひらをトタンに押し付ける。内臓を揺らすような爆音が響き渡り、あたりの空気を震わせた。役割を果たさなくなった屋根から、ひょいと中に飛び降りる。
音に反応してわらわらと集まってきた敵は予想通りの数だった。爆豪が敵の中に飛び込むと同時に、私も人質救出へと動きだす。
人質の気配があった右奥の部屋に向かえば、扉の前には三人の男が立っていた。
「女ひとりか」
「一人で突っ込んでくるとは、その無謀さが命取りになるんだぜ」
お嬢ちゃん、と馬鹿にしたような口調で私を呼んだ男の腹に蹴りを入れれば、扉と共に吹き飛んでいった。
風を纏うことで威力をあげた蹴りは、コンクリートくらいならば砕くことができる。索敵能力を見出す以前は、スピードとパワーで勝負していたのだ。殴り合いは得意だ。
もう一人の懐に、姿勢を低くして入り込み、鳩尾に拳をねじ込む。膝をついた男は、薄く色づいた液体を何度かに分けて口から吐き出してから、汚れた地面に倒れ込んだ。
簡易的ではあるが拘束をした二名を床に転がしておく。
先ほど壊してしまった扉を見遣れば、その奥に写真と同じ顔をした人物がいた。エンデヴァー事務所のサイドキックで間違いない。
「安全な場所まで警護します」
縄で手を縛っただけというなんとも甘い拘束だ。個性を使って切った縄を解きながら、簡単に説明をすれば、サイドキックは小さく頷いた。
この程度ならば縄抜けが出来るのではないか。しかしサイドキックの手首には擦れたような痕はない。仲間を待って、一切逃走を図らなかったということか。喉の奥に小骨が刺さった時のような、なんとも言い難い違和感がある。
「行きましょう」
しかし今は目の前のことに集中しなくてはいけない。この者を無事に送り届けるのが先だ。
建物に損傷を与えるのはあまり好ましくないが、出入り口に向かうのも得策ではない。倉庫の出入り口付近では爆豪が大暴れしているはずだ。巻き込まれたらひとたまりもない。
壁の一部を破壊したところで建物自体が崩れることはないはずだ。
「私の後ろにいてください」
斬撃のように鋭い風で、壁の一部を切り取る。壁の残骸を吹き飛ばし、外に出る。
周囲に敵の気配はないが、細心の注意を払いながら一気に駆け抜ける。
「乗って」
後部座席にサイドキックを押し込んでから、運転席に乗り込む。アクセルを目一杯に踏み込めば、タイヤに弾かれた小石が車体にぶつかる音がした。
想定ではすでに爆豪と合流しているはずだったのだが、何らかのトラブルがあって手間取っているのだろう。爆豪の合流を待たずに高速道路に乗る。
夜明け前ということもあり交通量は少ない。時折り横を抜かしていくトラックを警戒しながら進んでいく。
「ダイナマイト、現状は?」
指輪型の通信機に向けて問いかけるが、応答はない。それもそのはず、この通信機は音声と位置情報をジーニストのもとに届けるだけなのだから。やはりいつも通りインカムを持ってくるべきだった。
もう学生ではなく、プロなのだ。任務を優先すべきということはわかっている。分かってはいるが、割り切れるかどうかは別だ。護衛だけに集中するべき場面でも、心の片隅に不安が居座る。
頸を撫でられたような感覚がした。誰かがこちらに向かってくる。爆発音はしない。つまり爆豪ではない誰かだ。
サイドの窓ガラスに視線をやれば、結露が発生していた。急激に空気が冷やされている。
「降りて」
凍りついたように自由が効かなくなったハンドルから手を離し、助手席との隙間を通って後部座席に移動する。横開きのドアを開き、サイドキックの体を抱え込んだまま車から飛び降りる。
風をクッションにして衝撃を和らげたおかげで擦り傷程度だ。無人になった車は、瞬きの合間に氷漬けになっていた。
一瞬でも判断が遅ければ車体もろとも氷漬けになっていたのだ。ゾッと背筋が凍ったのは、一帯の気温低下だけが原因ではないだろう。
暗視ゴーグルは車内に置いてきた。まだ夜明けまで時間があり、あたりは真っ暗だ。視覚からの情報が頼りにならない中、神経を研ぎ澄ませて敵の気配を探る。
「伏せて」
足払いをしてサイドキックを倒れさせ、迫り来ていた敵に個性をぶつける。拳に手応えは感じなかった。危険を察知して、あたる前に退いたようだった。
手荒になってしまったことを謝罪する暇もなく、敵は個性を放ってきた。太陽のように赤くゆらめく炎が空から降り注いでくる。自分を中心に竜巻を起こし、攻撃を防ごうとしたが、一つ見落としがあった。
敵の先ほどの攻撃で空気は冷却されていた。そこに炎が降り注ぎ、一気に空気を熱したならばどうなるのか。
──空気は膨張して、爆発のような衝撃を引き起こす。
熱をまとった爆風はジリジリと肌を焼くようだった。あまりの熱さに顔を逸らし、目を閉じてしまった。サイドキックの腕を掴もうとしたが、手のひらに残ったのは空気を掴む感覚のみ。
ワゴン車は蹴られた子犬のように宙を舞い、地面に転がった。ガソリンに引火したのか、何度も爆破を起こし、ただの鉄の塊になった。
慌てて敵とサイドキックの気配を辿ったが、離れすぎてしまったのか見つけることが出来なかった。車を氷結させる個性、そして高速道路に大穴をあけるほどの熱の個性。姿は闇に紛れてみえなかったものの、気配は一つだった。つまり一人の者が二つの個性を使用したのだ。
「……サイアク」
高速道路の壁に叩きつけられた背中が痛い。頬や手足には飛んできた破片によって負ったのか熱傷をともなう切り傷があちこちにあった。強く噛み締めた奥歯がギリッと嫌な音を立てた。