09


自分をツンツンしてみたり(※透けているから無理だった)耳元に息を吹き掛けて自ら起きるように促してみたり(※透けているから無理だった)、いろいろな戻り方を試行錯誤したけれど、全く戻れずに朝を迎えた。
今日は十一月一日。諸聖人の日。国民の祝日で街には人で溢れかえる日。

「それじゃあ、ちょっと行ってくる。」

ブチャラティとアバッキオ、そしてナランチャは今日一日を使って家族に会いに行く予定らしく、それぞれ朝早くに病室を出て行ってしまい……私は昨日からずっといるジョルノとウーゴと一緒に病室でお留守番をしている。
ミスタさんは朝ご飯をしっかり食べたいと言って外へと出て行ってしまった。二人はと言えば眠そうな顔をしながら病院から特別に出された食事を静かに食べている。昨日からずっと起きているんだよなぁ……ちゃんと寝なさい。育たないぞ。

(どうにかなんないの、これ……)

そして相変わらずの部屋に流れているお葬式な空気はとても重たい。私、寝ているだけなんですけど?生きてますけど?死ぬつもりとかないんですけど??
そう言ってやれたらいいのに。でも何をやっても今は伝えられそうにないし、無理だった。

「フーゴ、」

眠る自分の足元に座って二人を眺めていると、おまけのドルチェを食べ終えたジョルノが今にも寝そうなウーゴに声を掛ける。

「きみは走って来たんだろう?疲れているならちゃんと寝ないと。」

そうだ、ウーゴってばここまで走っていた。追いつきはしたけれどスピードとか結構出ていたし、疲れている証拠に今眠たそうだし……

「しかしジョジョ……」

ウーゴは必死に起きていようとしているのか、ゆらゆらと揺れながらジョルノの方に視線を向けていた。
ジョジョって呼ばれているのかジョルノ。ジョルノ・ジョバァーナだからそれぞれの頭文字を取ってジョジョ……なるほどである。

「シニーがもし……ぼくが寝ている間に起きたら……」

ウーゴってば変なところを心配するんだなぁ……こんなに頑張っても体に戻れないんだからまだ起きないし。昨日会って今日起きるなんていうそんな奇跡なんて起きないよ。あまり期待はしないでくれ。

「大丈夫、そんなすぐには起きないよ。」

私と同じことを考えていたらしいジョルノはウーゴに笑いかけながらそう言うと、眠っている私の方に視線を落とす。

「こんなにアホづ……いや、気持ちよさそうに眠っているならしばらくは寝ているはずだ。」

おいジョルノ、今アホ面って言おうとしなかったか?言い直したけれどバレバレだったぞ。

「そう、ですね……確かにまだ起きそうにはないです。」

いやウーゴ、つっこんでくれよジョルノに……コイツ今アホ面って言おうとしていたんだぞ?私の味方をしておくれ!

「分かりました。少し仮眠とりますね。」

眠たいせいか判断が鈍っているらしいウーゴはジョルノの言葉にうんうんと頷くと、席を立って病室の隅まで移動をして、腰を下ろして私達が見える方に顔を向けると寝転んで。体を丸めて目を閉じればそのまま寝息を立てて眠ってしまう。
ううんと、寝ろとは思ったけれどそうじゃあない。そうじゃあないんだウーゴ。ちゃんとベッドを借りて毛布を掛けて眠ってくれ。その格好は流石に見ていて寒い。穴が空いた服で寝転ぶのはいろいろとまずい。
そう思っても透けているから何もしてあげられない。せめて風避け代わりに前に座って守ってあげよう。そう思って立ち上がり、ウーゴの前へ向かってそのまま座ろうとする。
しかしだった。


「いるんだろ、シニー。」


座ろうと足を曲げようとした瞬間に、ジョルノの口からびっくりするようなことを言われてしまい、体がそのまま固まってしまった。

「え……?」

今、何て言った……?
声の主はジョルノだ。それは分かる。でも今何て言った?

「いるんだろ、って……?」

そう、「いるんだろ」って言った。私に向かって「いるんだろ」って……一体どういうこと?
私は座るのをやめて、ジョルノの方に振り返る。
そこにいるジョルノは目を閉じていて、何も見ていなかった。見えていないけれど「いるんだろ」って言ったってことは……私が別々に分かれていることに気が付いたってこと?

「見えないけど分かるよ。今フーゴのとこにいるだろ。」

見えない。そう言っている。でもちゃっかり私が今いる位置を把握している。目を閉じたまま。

「なん、で……」

今まで生きている人に気が付かれたことがなかったのに、どうしてジョルノには分かるんだろう?理解が出来ない。
混乱しながらジョルノを見つめていると、目を閉じたままでいるジョルノは言葉を続ける。

「ぼくのスタンドで、きみの体を活性化させて起こそうとした。でもきみときたら起きないんだ。そうなると体と意識は別々に分かれてしまっているのかもしれない、体の中にはきみがいないんじゃあないか……そう予測した。」
「えっ、ちょっと待って、」
「あと深夜のNo.5の様子で確信に変わったよ。廊下で話してただろ。」

聞いてもよく分からない言葉がちらちらと出てくるせいで、私自身は全くそれを飲み込めない。よく意味が分からない。
でも深夜のNo.5くんの様子は……想像出来る。確かに見える人が見れば怪しかっただろうし、何よりジョルノは頭の回転が速いからちょっと考えただけで正解を見つけてしまいそう。内緒にした意味がなかったってことか……!

「あれだけ疲れが出ていればすぐフーゴは眠る……だから寝かせた。ややこしくなるからね。」

ジョルノは多分待っていた。ウーゴは部屋から離れようとはしないから、部屋にいながら「いなくなる」方法を考えたんだ。

「だからこうすれば……」

そう言ったジョルノは手を突然キラキラと輝く黄金へと一瞬で変化させる。
そしてそれを自分の顔へと向けると、

「またきみに会える。」

自分へと振りかざして

「ちょ!バカ!!なにやってんの!!」

自分の拳で自分の顔を殴る。

「ジョルノ!ジョルノ!!」

とんでもないことを彼はしてしまった。

「ジョルノ!大丈夫!?ジョルノ!!」

私は慌ててジョルノに駆け寄って、気絶をしたのか動かなくなってしまったジョルノに触ろうとした。
でも触れない。透けているから。触ろうと手を伸ばしても私の指は彼には当たらない。

「ジョルノ……!」

どうしよう、ジョルノが起きない。何でこんなことをしたの?まさか自殺?自分を殴って自殺しようとした?

「そんな……ジョルノ……」

どうしたらいいのか分からなくなって、泣かないって決めていたのに気がつけば涙がこぼれ落ちてきた。両目に両手を当てて、引っ込めようと必死になる。
どうしよう、このまま起きなかったら。私のせいでジョルノが死んだら。私がこんな状況にならなければジョルノだって狂ったことはしなかったはずだ。死んだら会えるとか、変なことを思わなかったはず……
力が抜けて膝が崩れ落ちて、そのまま自分を責めながら泣き続ける。段々と状況を飲み込んでゆくと凄く悲しくなって、声をあげて泣き叫んだ。
めちゃくちゃ泣いた。人生史上かつてないくらい泣いた。
そうなってしまってどのくらい泣いたか訳が分からなくなってきた頃だった。

「シニー。」

後ろから突然名前を呼ばれた。

「えっ……」

「シニー」って呼ばれた。見える人は誰もここにはいないし、ジョルノだって見えてはいないはずなのに。真後ろから名前を呼ばれた。

「本当にいたんだね、シニー。」

後ろから手が伸びてきて、腕が肩に巻き付いて、力強く誰かに抱き寄せられる。

「やっときみに会えた……」

今度は耳元から声がして、その声は今目の前で倒れている友達のもので。

「ジョル、ノ……」

そう、ジョルノの声だった。彼の声がすぐ耳元から聴こえる。
そしてジョルノは今、透けているはずの私のことを抱きしめている。変な予感が吹き出しそうになり始めると、彼は「大丈夫」と言って今の状況を教えてくれた。

「体が活性化して意識だけが飛び出てるんだ。死んではいないよ。」

ジョルノの声は優しかった。人のことを見て「アホ面」って言いそうになって訂正していたくせに、優しかった。
見えている、触れている。ジョルノと今話が出来る。嬉しくてたまらない。

「馬鹿なんじゃないの、」

言いたいことはいっぱいあった。でも端折って全ての感情を一言にしてぶつけた。
馬鹿だ。馬鹿すぎる。何も自分を殴ることなんてなかったのに。勝手に喋ってくれるだけでよかったのに。会いに来る必要なんかなかったのに。

「全く起きないきみに言われたくないんだけど?」

ジョルノは口では反抗するけれど、行動では寧ろ寄り添ってくれる。脚で私の体を囲って肩に頭を乗せて、甘えるようにぴったりとくっ付いてきた。
今までどうやっても触れなかったからか、こうやって今触れることに感動を覚えた。

「頑張って戻ろうとしたんだよ……」

私は前に回されているジョルノの手を握ると、そのまま彼に寄り掛かる。

「でも戻れない……何をやっても私に戻れないの……」

どうしたらいいのか分からない。どうしたら自分に戻れるのか分からない。答えが見つからないしどこにもない。
つい夜中まであんなに自信満々だったのに、いざ戻ろうとすると透けて床に落ちたり空振りしたり……流石にへこむ。もう戻れないかもって不安になる。

「このままだったらどうしよう……」

ジョルノに言ってもしょうがないって分かっている。けれど言いたかった。多分伝えたかったんだと思う。頑張っていたことを、私が起きるのを待ってくれているジョルノに。

「……このままだったら、」

また泣きそうになっていれば、黙って話を聞いていたジョルノが言葉を返してくれる。

「何度だってこうやって会いに行くよ。」

そう言って、励ますように更に力を強めて抱きしめてくれる。

「いっぱい自分を殴って会いに行く。痛くたっていいんだ。シニーに会えるならいっぱい自分をぶん殴る。」

何度も自分をぶん殴る。いつの間にかたくましくなっていてびっくりした。
わざわざ私に会うために殴るとか、顔が腫れ上がるのでは……想像しただけでしんどいし、何より痛い。

「でも、」

腫れ上がったジョルノを想像し始めそうになっていると、ジョルノは話を続ける。

「シニーは強いから絶対起きられるよ。」

握っていた手はいつの間にか握られていた。

「周りを引っ張っていつの間にか明るい方に導いてくれる……それがシニー、きみなんだ。きみはいつも通り、ただ明るい方へ向かって走ればいい。それだけでいい。無理とか考えないで進めばいい。」

明るい方に走る。そうすれば私は帰ることが出来る。
よく分からない。ただ周りを振り回しているだけだと思っていたから、ジョルノが言っていることがよく分からない。

「きみが強い望みを手に入れた時、きっときみは目を覚ます。」

難しくて言葉を飲み込めない。

「だから信じてくれ。絶対に「戻る」って。」

でもジョルノが大丈夫って言うと、不思議と大丈夫っていう言葉が落ちてくる気がする。勇気が湧いてくる。

「……ジョルノ、」

出来なくても私なりに「走る」しかないんだ。

「わかった。私、絶対戻る。」

握られているジョルノの手を振りほどく。再び私の主導権を手に入れて、力を込めてジョルノの手を握った。

「だから戻ったらドルチェを食べに行きたいな。お店探しといてくれる?ウーゴもミスタさんも誘っておくんだよ?」

戻れない、じゃない。戻るんだ。不安がる私は私じゃない。
前を向く。もう泣かない……っていう意志はさっき崩れたけれど、別に泣いたっていいんだよね?泣きながらでも、いつもみたいに走ればいいんだよね?

「だから、もう少しそっちで待ってて。」

起きるから。絶対目を開けるから。だからそれまでそっちにいてください。

「……うん。分かった。」

ジョルノは私の言葉を聞き終えると、そう言ってくすくすと笑う。

「待ってるから二度も自分を殴らせないでくれよ。」

「流石に痛いから」と付け足すと、私を体から剥がして、前に移動して向き合うように座り直す。

「ぼくはもう戻るけど……シニー、」

改めるように名前を呼んだジョルノは、少しだけ眉を寄せて、

「きみは強い。それだけは忘れないで。」

一言そう言って、私の額に顔を寄せてくる。
何かが触れた。でも嫌だと思うものではなかったから、気にもとめなかった。


そうしてジョルノは私の目の前から姿を消した。
ジョルノは自分の体へと戻ると、そのまま廊下へと出ていって、しばらくすると毛布を持ってきた。ウーゴの体へと掛けてあげると再び椅子へと戻り、窓の外の方を眺め始める。

「……フーゴとミスタもいないとダメ?」

聞こえないくせに訊ねてくるジョルノの顔は何故か少しだけムッとしている。
顔も中身も大人びているくせにムッとした顔は少し子供っぽい。多分眠いんだろうなぁって思いながら私は自分が眠るベッドに腰を下ろして、秋の空をジョルノと一緒に見上げ続けた。


意識だけが起きた昨日から今日までいろんなことがあった気がする。
ブチャラティからものの捉え方を習ったり、アバッキオからは居場所を貰った。ナランチャからは勇気を貰って、ウーゴとジョルノは私を見つけてくれて、今体のそばにいてくれる。
目が覚めたら私はきっとジョルノとウーゴ、ミスタさんとこれからを過ごすのだろう。しかし今は……明日までは、ブチャラティとアバッキオ、ナランチャと一緒に過ごす。明日で彼らとはお別れをしてしまう。
彼らは死んだ。死んでていいのだと言った。私も最初は自分は死んでいると思っていたから、死んでてもいいやって思うようになっていた。三人が私を前向きにしてくれなかったら、きっと今ここにはいなかった。勇気をくれなかったら前に進めなくて足踏みばかりしていたに違いない。いつまでもこのままだったと思う。

「私……皆に何もしてあげられてない。」

最後までお世話になりっぱなしだった。与えられてばかりで私は彼らに何も与えられていない。

「ねぇジョルノ、」

私の声が聞こえないジョルノに訊いてもしょうがない。

「もしジョルノだったら……大切な人達に何をしてあげる?」

答えは返ってこないけれど、それでいい。
ジョルノの問題じゃないんだ。これは私の問題だ。ジョルノの意見を聞いたとしても、それは私の答えではない。

「私は何が出来るんだろう……」

ジョルノが私にしてくれたように、私も彼らが喜ぶような、報われるようなことをしてあげたい。
戻るのも大事だけれど、人にしてあげられることを考える方がもっと大事な気がして、彼らが帰ってきて賑やかになるまでずっと考え続けていた。




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