(体の戻り方……戻り方……)
深夜、病室から出た私は一人寂しく廊下を歩きながら体への戻り方について考える。
ブチャラティに意識を体に戻したことがあるかとありえない事象を体験したかやんわりと訊いてみたのだけれど、彼はあるみたいで、自信満々に殴られた時に戻っていったぞと話してくれた。ブチャラティに一体何があったんだって不安に思った上「殴られないと戻れない」という事実を知ってしまい、恐怖を植え付けられてしまい怖くなって逃げてきた。
そもそもこの廊下、ブチャラティみたいに上から遊びにやってきた人達っぽい人とはまた違う人がうろちょろしていて、殴られるよりも怖い光景が広がっているのですが?正直逃げてしまったことを後悔してしまいそう……下向いたまま笑いながら歩いている人もいれば病室を恨めしそうに眺めていたり、酷い人に至ってはポチポチとナースコールを連打している。おかしいよこの病院……エクソシスト呼んでお祓いしてよ……!
「困ったなぁ……」
この病院の幽霊事情も困るし、自分の今の状況も困るものだしで、私の気持ちは段々と重たくなってくる。早く普通の人間に戻らねば……人間の体に戻らねば……
「パトロール楽勝ダッタナ!」
「ん?」
頭を抱えて困りに困って唸っていると、後ろの方から甲高い謎の声が聴こえてきた。
「ミスタニ報告ダ!早ク戻ッテ寝ルゾ!」
「「「「オー!」」」」
何の声だろう……子供かな?いやでも子供にしては声が高すぎる。複数いるからキンキンするし、何よりこの階に小児科の部屋はない。幽霊だとしてもこんな薄気味悪くて変な人達がいるところに行こうとか思わないだろう。
私は後ろに振り返ると、目を凝らして声がする方に視線を向ける。
「んー……」
うっすらとだけれど、チカチカと何かが光っているみたい?それは五つ浮いていて、こちらへと向かって飛んでくる。
「うわっ!?」
そして猛スピードで私を抜かしていった何かは、楽しそうにケラケラと笑っている……何なのあれ?周りにいる幽霊とも似ても似つかないし、何より小さい……虫か?いやでも光る虫がこんなところにいるわけないよね?そもそも虫は喋らないし……
「ウェ〜ン!待ッテヨォ〜〜!!」
ありえないものを見たという衝撃で同様をしていると、その謎の生き物を追いかけるように、奥からもう一つの光がこっちに向かって飛んでくる。
やっぱり喋ってる……待ってよって慌てている……!
「……えいやっ!」
「ウ!?」
目の前にそれが飛んでくると、私は思い切ってそれを両手を使って捕獲してみる。
「ハ、離シテ〜!ウェ〜ン!!」
手の中に収めたらそれは突然泣き始め、私の指をポカポカと殴ってやめてくれと訴えていた。
そしてそれは虫なんかではなかった。その生き物は黄金に輝いており、目と口、そして鼻が付いていて、額には「5」のマークが刻まれている。その手をよく見れば小さな指が着いているし、その口で必死になって「食ベナイデ!」とまで訴えてきて……
……あ、これはもしかして?
「妖精さんですか?」
昔おばあちゃんが読んでくれた本に出てきた妖精さん?ネアポリスって妖精さんがいる街だったの?
私は妖精さん?を離して妖精さんなのか訊ねてみる。
「チ、チガウヨォ〜!怖イヨォ〜!!」
しかし妖精さん?は妖精さんではなかったみたいで、泣きながらそう言うと消えていった仲間を追ってゆき、薄暗い廊下へと消えていってしまった。
「ち、違った……」
あれは妖精さんではないのか……じゃあ何者なんだろう?虫でもなければ人でもないし……んんん?
考え込みはするけれど、どう考えてもあの生き物の正体が分からない。悩んでも仕方がないし、一度自分が眠っている病室へと戻ろう。
私の病室はあの生き物が消えた先にあったので、追い掛けるようにその方向を歩き始めた。
「ホントナンダッテ!サッキ女ノ子ニ捕マッタンダヨ!」
しかし部屋の前まで辿り着くと、その中からさっきの生き物の声が聴こえてきて。壁をすり抜けようとして手を部屋に通したけれど、引っ込めて壁越しからその話を聞いた。
何で私の部屋にあの生き物が……そもそも一体誰と話をしているのだろう?あの部屋には死んでいる人間以外だとジョルノとウーゴと赤い帽子の男の人しかいない。あの中の誰かと話しているのかな?
「ここ病院だし幽霊でも見たんじゃあねーの?」
そしてあの生き物の話を聞いた三人の誰かが気のせいだと言い始め、あの生き物のことを信じてあげることをせず……何だかとても可哀想な雰囲気になってきている。
女ノ子って私のことだよな。捕まえたのは多分私しかいないだろうし。っていうか何で触れたのだろうか。
「ナンデ信ジテクレナインダヨォ〜!」
あの生き物は必死みたいで、でも伝わらないのか捕まった時みたいな声で泣き始めてしまった。何だか凄く申し訳ない。ごめんね本当捕まえちゃって。
そのままあの子の気のせいにした方がいいと思ったので、私は再び廊下をうろつこうと回れ右をする。
しかしだった。
「ココニイル子ダヨミスタ!コノ子ニ捕マッタンダ!」
壁から離れた瞬間、その近くにあった扉から部屋にいた赤い帽子の男の人とさっき捕まえた子が出てきてしまって……逃げようにも逃げられなくなってしまった。
あの帽子の人の名前ってミスタっていうのね!ずっと気になっていたからスッキリした!ジョルノとウーゴと一緒にいたからブチャラティ達の仲間なんだよね?覚えたぞ!
しかしだ。これはまずい状況である。
「だからどこだよ。誰もいねーぞ?」
ミスタと呼ばれている人は私が見えていないみたいだった。しかしあの子には私がしっかりと見えている。めちゃくちゃ目が合っているし、私の周りをふわふわ飛んでいる。
もし、もしも中にいる私がここにいる私だと気が付かれてしまったら。それを知ってジョルノとウーゴにバレてしまったら……
(殴られる……!)
殴って体の中に戻そうとするに違いない。
嫌だよ痛いのは!そんな風に起きたくないし!もしもそれで起きなかっ場合殴られ損になるしただ痛みしか残らないじゃん!
「アレ……ミスター!コノ子今ベッドデ寝テ「ちょっと待って!」
ウッ!?」
今余計なことを言われそうになった気がする。
「いいかい、そのことは黙っていたまえ。黙らなかったら君の体を……めちゃくちゃ濃いピンク色にしてやるぞ!」
「エエ!!」
捕まえて脅す。ペンも筆も持てないからピンク色に染める方法なんて知らないけれど、自慢の黄金色がピンクにされたら誰だってショックだろう。
「どうしたNo.5?女の子いたのか?」
上からミスタさんの声が降ってくる。彼は私に捕まっている子をNo.5と呼んで、何があったか訊ねてくる。
「何でもないって言うんだ……ほら……!」
私はゆっくりと捕まえた子をミスタさんへと持ってゆき、その目の前に差し出して、指示という名の命令をした。
捕まっている子は凄く悩んでいるみたいだった。本当のことを言ってしまいたいだろうけれど、言えば自分の体はめちゃくちゃ濃いピンク色にされてしまう……天秤にかければもちろん
「ナ、ナンデモナイィ……」
私の方に傾くはず。
「そうか?きっと疲れてんだろ。おまえもそろそろ寝ろよ〜」
「オ、オォー……」
そしてミスタさんは再び病室へと入ってゆき、再び廊下は静まり返ったのだった。
よ、よかった。凄く焦った……この子に言われたら私の命が危なかった!いい子で助かった……!
「ハ、離シテェ!」
「あ、」
安堵の溜め息をこぼしていれば、捕まえたままになっていた子が私の手の中で暴れ始めてしまい、ジタバタと動き回っていた。
「ごめんごめん。」
私は謝罪をしながら離してあげると、この子のことを観察しようとジッとその不思議な姿を見つめ始める。
私の姿が見えているし、触ることも出来るということは霊的な存在なのだろうとは思う。私とこの子は並んだ存在に近いのかもしれない。でもこの子が何者なのかは分からない……ミスタさんにはこの子が見えていたけれど……
「君は……何者なのかな?」
分からない。分からないなら訊いてみる。私は思い切って目の前にいる小さな存在に訊ねてみた。
「オ、オレハ……No.5……」
No.5。何の番号なんだ。
「えっと、君は何の五番目なの?」
話が見えず再び訊ね返す。
「オレ、オレハ、ミスタノ、スタンドデ……」
ミスタノスタンド……つまりこの子の番号はミスタさんのスタンドの五番目ってこと?
確かにこの子みたいなのがさっき廊下を飛んでいたけれど……
っていうか、
「あなたスタンドなの?」
スタンドって、ブチャラティが言っていた「スタンド能力」のことだろうか?
凄い!スタンドってこういう姿をしているんだね!っていうことはブチャラティやアバッキオやナランチャにもこういう子がいたのかな?死んだ時に存在が消えたらしいことを言っていたけれど……見てみたかったなぁ。
「ねぇねぇ、No.5くんって呼んでいいかな?」
とりあえず呼び方を変えよう。そう思ってNo.5くんと呼んでいいのか訊ねてみる。
「イイヨォ〜」
No.5くんは私の質問に首をうんうんと縦に振っると、警戒心がなくなってきたのか私の指にピタリとくっ付いてきた。
「ネェネェ、ナンデ寝テルノニコンナトコロニイルノ?」
可愛い……凄く可愛い。不安そうに見上げている姿がそれはもうめちゃくちゃ可愛い……
「体と意識が離れちゃったんだ。」
私は可愛いNo.5くんにデレデレになりながらも彼の疑問に答えてあげる。
「今までずっと街で寝てたんだけど、起こしてくれる人がいてね?それで彼らと一緒にいたら体にさっき辿り着いてさ……」
ブチャラティとアバッキオ、ナランチャの名前は伏せつつ今起きている現状を話す。
ミスタさんはジョルノとウーゴと一緒にいた。それはつまり仲間ということだ。もし私が今ブチャラティ達と行動していることを話したら……もしそれをこの子が口を滑らせて話してしまったら。騒ぎになってしまう。言わない方が正解だと咄嗟に思った。
「ソウナノカ……」
No.5くんは少し悲しそうに私の話に納得すると、指から小さな手を離して気まずそうに下を見る。
「ジョルノモフーゴモズット苦シソウダヨ……」
「……」
言葉に詰まることを言われて、私はNo.5くんを見つめることしか出来なかった。
二人が苦しんでいる。見ていれば分かる。見ていると胸が痛くなるくらい落ち込んでいるように見えたし……でも私は、
「私は、嬉しいよ。」
そんな二人を見て嬉しくなった。
いつも一人だったウーゴとジョルノには今居場所があって、そこで一生懸命生きている。今あの部屋で二人が一緒にいて、お互いを一人にしようとはしていないように見える。そしてそれを見守るミスタさんがいる。
「少し時間が掛かりそうだけど、ちゃんと戻るから。それまで二人のことを頼んでいいかな?」
後は私が戻るだけなんだ。二人から笑顔が消えているなんて、私だって息が詰まって苦しいもん。
「だから私のことは私が戻るまで内緒にしてて?」
そう言って人差し指を立ててシーって言って、私はNo.5くんにお願いをした。
絶対に戻る。意地でも戻ってやる。死んでないんだから悲しむなって目を覚まさせてやりたい。
「ウン!誰ニモ言ワナイ!二人ノコトハ任セテ!」
私のお願いにNo.5くんは胸を張りながら聞き入れてくれる。さっきの不安そうな顔はどこにもなくて、頼りになるような自信満々の顔をしていた。
「約束ね?他の子達にも私がいることは内緒って言っておいてね?」
「ワカッタ!言ットクヨ!」
「ミスタさんにも言っちゃダメだからね?」
「言ワナイヨ!」
「よし!いい子だ!」
大丈夫。どうにかする。絶対にあの体に戻る。いろいろ試してみる。
殴られる以外にも方法が何かあるはずだ。諦めなければ絶対に体に帰れる……殴る方法以外にいろいろ試してみよう……!
決意を新たにして、私とNo.5くんは私が眠る病室へと戻っていって、何事も無かったかのように振る舞うのだった。
いつになるかは分からないけれど、早く二人と話したい。ジョルノにただいまを言って、ウーゴにおかえりを言って、また一緒に楽しく過ごしたい。それだけがひたすらに楽しみでしょうがなかった。
「いるのか……そこに……」
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