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空が暗くなって星が瞬き始めた頃、ナランチャと私は病院を探検し始めて、気が付けば壁をすり抜けて屋上に飛び出していた。

「流れ星!流れ星降らねーかな!」

屋上。それは我々少年少女達にとってはロマンの空間である。ナランチャは犬みたいにはしゃぎながら、手すりギリギリの所まで走っていって、上を見上げて空に期待を寄せている。私より歳上なのにやっていることはめちゃくちゃ子供だ。

「シニーもほら、こっち来て!」

少し離れた場所で空を見上げていると、ナランチャは満面の笑みを向けながら手招きをしてきた。近付けば彼は「今から流れ星探すぜ!」と私に任務を課してくる。流れ星って探して見つかるような代物ではない気がするのですが……!
しかし私は今、そんな夢のような捜し物をする気分にはなれなかった。

(結局浮かばなかったな……)

私が彼らにしてあげること。ずっと考え続けていたけれど、全く思い浮かばない。
例えば何かが出来たとして、彼らにその時間はあるのだろうか?私に付き合う時間があるなら限られた時間を楽しんでほしい……何かを考えても必ずそこに辿り着くのだ。
明日でお別れなのに、貰ったものがいっぱいあるのに恩返しが出来ていない。凄く悩ましい。

「シニー……今日オレさ、家族に会いに行ったじゃん?」

楽しそうなナランチャをよそに悩んでいると、ナランチャが口を開いて今日の出来事を話してくれる。

「オレ、母さんが死んでから父さんしか家族がいなくなってさ。父さんと上手くやれなくて家出したり少年院入ったり、病気になったりで散々だったんだぜ。」

ナランチャは散々だったって言いながらも少しだけ照れ臭そうに笑っていた。まるで笑い話みたいに散々なことを話す姿は、その事実を本当の笑い話にしようとしているみたいだった。

「フーゴが拾ってくれてブチャラティと出会って、ブチャラティに言われて学校にちょっとだけ通ったけど、オレ、他にやりたいことがあった。」

そう言って、ナランチャは空のてっぺんを見上げて両腕を上げて宙を握って拳を作る。

「ブチャラティに着いて行きてぇ!この人のために尽くしてぇ〜……そう思って着いてった。」

元気には話しているけれど、その目は少しだけ悲しそう。輝いてはいるけれど、どこかに闇が混ざっているような、そんな感じ。

「ブチャラティは凄い人だ。あんな人と一緒だったら何にも怖くねぇ。任務だって死ぬ気でやる。バカにされないように勉強だってした。フーゴが教えてくれたけど、やっぱオレバカだから怒られた。でも同じくらい励ましてくれたよ。フーゴはいい奴だ。」

死んでから過去を振り返るのは辛いことだと思う。無理しないでと言ってあげたいけれど、これはナランチャから始めたことだから、何も言わずに聞き続ける。

「死ぬ気でやった結果本当に死んじまったし、後悔も特にない。やりたいようにやったから文句もねぇ。だから特になかった。……なかったんだけど、今日家に帰ったら見ちまったんだ。」

上を向いていた顔と腕は段々と下へと落ちてゆく。完全に全てが下へと落ちた時、ナランチャは見てしまったものを教えてくれた。

「父さん、母さんの写真の隣にオレの写真置いてた。」

残酷なものでも見たかのような、絶望的な目の色をしながら、それを口にした。

「オレのこといないみたいに扱ってたくせにさ、死んだ母さんの隣にオレの写真なんて置いてんの。今更バカなんじゃあねーの?って思ったんだよ。
……そう思ったんだけどよォ〜オレなりに今までのことよく考えてみたんだよ。そしたら気付いちまった。」

やり場のない感情を吐き出したいけれど、我慢をするようにナランチャは小さな声でぽつぽつと話す。

「オレが家に帰った時学校に通わせてくれたのは誰だ……教科書を買ってくれたのは……飯を食わしてくれたのは……そう、気付いちまった……父さんはもしかして不器用だったのかもしれない。本当は人並みにオレを扱ってくれてたのかもって。」
「……」
「オレの勘違いだった……のかなぁ?」

それは多分私にもナランチャにも分からないことだと思う。されていたことが愛だったとしても、感じたものが苦痛だったら……それは愛と呼べるのだろうか?

「でもオレ、バカだからすぐ考えるのやめたよ。」

しかしナランチャはそう感じながらも自分の中で完結をしていた。

「オレ、戦いが終わったら学校行きたいって思った。でもそれは多分父さんと上手くやらないと叶わなかったことなんじゃあねーかな?こんなになっちまった後だけど、今からでも遅くねーかなって、ちょっとだけ思った。」

今度は前を向いて、笑顔。満たされたような笑みを浮かべて、教えてくれた。

「ブチャラティに言われたから今年は家に行ったけど、来年もまた来年も、オレは父さんを見に行ってみようと思う。母さんを見つけて一緒に会いに行くよ。」

ナランチャはナランチャらしい。死んでも前しか見ていない。

「もちろんフーゴとミスタとジョルノにも会いに行くぜ!シニーにも会いに行くからな!」

そう言ってナランチャは私の方を向く。あんな悲しいことを言っていたくせにもう元気だ。

「ナランチャって大人だね。」

子供っぽいって思っていたけれど、しっかりとした意見を言える。行動力だってあるし、何より人を憎まない。
見捨てられているって思った時は絶望したと思う。でも多分、彼のお父さんも苦しんでいたと思う。分からないけれど、写真を飾っているっていうことは多分、ナランチャとお母さんをそこに繋ぎ止めておきたかったから……なのかな?ナランチャは多分、直感的に思ったのだろうと思う。死んでから知って、混乱をしてしまっただけだったんだ。

「でもオレ、アバッキオにクソガキって言われたぜ?」
「アバッキオから見たらそりゃあさぁ〜私達なんてクソガキだよね!」
「シニーって言う時は言うよね。」

本音を言えばナランチャが冷静につっこんでくる。
お互いに見合う。一瞬時間が止まったような錯覚を覚えて、その先に出てくる次の言葉を待った。……でも私の口からは次の言葉は出てこなくて、代わりにナランチャが喋ってくれる。

「フーゴのこと、嫌いにならないでくれてありがとう。」

それはくすぐったい言葉だった。

「オレもフーゴのこと大好きだけど、もう伝えられないし、いろんなことしてくれたのにもうありがとうも言えない。だけど、シニーは生きてるから……これからいっぱい大好きもありがとうも伝えられる。オレももしもう一度だけ会えるならさ、今までの分いっぱい言ってやりたいよ。」
「……」

でも中身を聞くと凄く切ない気持ちになる。
これでいいって言いながらもやり残したことが残っていたんだな……そしてナランチャにあるっていうことは、きっとアバッキオやブチャラティにだってある、のかもしれない。心の底にやりたいことが。

「そんなこと言ったらオレだってやりたいことがあるぜ。」
「オレにもあるぞ。」

考えていれば当の本人達がいつの間にかいたらしく、後ろから声を掛けられた。
彼らは一体どのタイミングでここにいたのか……表情から読み取れないから分からないけれど、顔はどこかニヤついているし、多分ほぼ最初からいたなこれ……

「どんなこと?」

それを聞いたナランチャは後ろに振り返ると、二人を見上げながら質問をする。
二人はそんなナランチャの前に立つと、その質問に答えてあげた。

「まずジョルノをぶん殴る。」
「いでっ!」

そう言って、アバッキオはナランチャの額にデコピンをかました。アバッキオって力強そうだからデコピンされたら痛くてやばそうだ。

「ブチャラティとナランチャ殺してんじゃあねーってぶん殴ってるよ。そんでテメェが簡単に死んだら許さねーってぶん殴る。」

言っていることもやろうとしている事も物騒だし怖い。けれど顔は怖くない。心なしかスッキリとした優しい顔をしていた。ぶん殴るって言っても心の底には優しさがあるのかもしれない。

「オレはアイツらにメシを奢るぞ。」

アバッキオが言った後に今度は続けてブチャラティがやりたいことを話してくれる。

「アイツら……特にジョルノとフーゴはもう少し食った方がいい。育ち盛りだからな。いっぱい食わして太らせる。」
「あんたはアイツらの母親か。」
「どちらかと言えば父親になりたいんだが?」

真面目に考えた結果なのだろうけれど、確かにブチャラティのやりたいことはお母さんみたいである。アバッキオがつっこんだら真顔で父親になりたいと言うのは少しおかしくて、皆でくすくすと笑ってしまった。

「死んだらもう生き返るなんて出来ないし、何もかも終わりだけどな、」

ブチャラティは笑われても怒ることなく話し続けた。

「もう一度話せるなら……ただ一言『よく頑張った』って言ってやりたい。」

見上げながらそう言って、真っ暗闇の空を眩しそうに見つめながら、静かに伝えたい言葉を教えてくれる。

「この街から悪が消えた。路頭に迷う子供達だっていなくなった。後悔とかではないんだが……もし言えるなら、アイツらに一言そう言ってやりたい。褒めちぎってやりたいな。」

叶わないことだって分かっていて言っているっていうのが痛いほど伝わる。自己満足で言ったとしても、言葉は相手には届かない……分かっていてもやれるならとブチャラティは願っている。

「まぁオレは……元気にやれよくらいは、言ってやるか。」

アバッキオも照れ臭いのか少し躊躇い気味にそう言って、発言を誤魔化すように、自分がデコピンをしたせいで赤くなったナランチャの額をツンツンと突っつき始める。赤いところばかりブスブス触るせいで更に赤くなっている……ナランチャが手で隠そうとすると、グリグリと指を押し当ててそれを拒み意地悪をしていた。


「シニストラ、」

痛がるナランチャと照れを誤魔化し続けているであろうアバッキオの二人を見ていると、空から視線を離して私の方を見ていたらしいブチャラティに声を掛けられる。

「きみに頼みたい。オレ達の言葉をどうか、あの三人に伝えてはくれないだろうか。」

それは初めての私への「お願い」だった。
その瞳は真っ直ぐと私を見てはいるけれど、彼が見ている方向はもっと先のように思える……自信に充ちた顔をしていて、この先の未来を見ているブチャラティの方に引っ張られそうになった。

「フーゴに大好きだぜって言ってくれ!ジョルノには花のお礼を言って、ミスタには負けるなって言っておいて!」

ナランチャは眩しい笑顔で、皆への伝言を私に押し付けてくる。意味がよく分からない伝言もあるけれど、伝えればきっと彼らの中に落ちてくる言葉達なのだろうと思う。

「まだ死ぬなよって言っといてくれ。」

アバッキオはやっぱり照れ臭いらしく、少しだけ目を逸らしながらお願いをしてくる。さっき言っていた元気にやれよという言葉よりも、その言葉が大事なようだった。

「……頑張るよ。」

本当は自分で言いたいと思う。私の口から言ったところで生きている彼らに伝わるかは分からない。でも自身の声は届かないから、彼らはいつか目を覚ます私に託してきた。
いつ戻れるかは分からないけれど、遅くなるかもしれないけれど、彼らは私を頼りにしてくれた。これがもしかしたら私が出来る、皆への恩返しなのかもしれない。

「ありがとう。」
「!」

ブチャラティはそう言って微笑むと、私の前に立って、ギュッと抱きしめてくれる。
む、胸板が厚い……細長いブチャラティからは予想が出来ないようなたくましさを近くに感じて狼狽えそう……!

「目が覚めたらオレ達の墓に来て顔を見せてくれ。あとリンゴと豆以外食いたい。」
「美味いワイン持ってこいよ。」
「オレはピッツァがいいなぁ〜!」
「ワガママか!」
「アハハハハ!」

しかも皆最後のワガママ?と言わんばかりに食べたいものを主張し始める。一通り騒いだ後は最後の夜を空の下で沢山笑い合いながら過ごした。


ナランチャは言う。大好きな人に大好きと伝えてほしいと。アバッキオは言う。まだ死なないでと伝えてほしいと。そしてブチャラティは言う。よく頑張ったって伝えてほしいと。
それは多分、過去から未来を見た彼らが感じた感情なのだろうと思う。死んだ時に後悔がなくても、街を見て、仲間を見て、感じてしまったことを伝えられたらと願ったことなのだろうと思う。
私に出来るのは言葉を伝えてあげること。声を届けてあげること。目が覚めたら真っ先に、彼らの言葉を伝えてあげたい。

「あっ、流れ星!」
「おお、珍しいじゃあねーか。」

……けれど、もしも願ってもいいのなら、

(皆の口で伝えてほしい。)

皆の言葉で、目と目を合わせて。思い思いに伝えてほしい。
叶わないかもしれないけれど、私はナランチャが見つけた流れ星に感じた願いを心でぶつけた。


そして、とうとう彼らとのお別れの日を太陽が連れてくる。




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