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「戻れ〜戻れ戻れぇ〜〜!」

十一月二日。今日は死者の日で、生者が死者に祈りを捧げる。人々はお墓を訪れて、そして大切な故人に花を弔う。大切な日なので国民の祝日として指定されている日。
ブチャラティ曰く今日は死者が今以上に街で溢れるらしい。今年が初めての死んでからの死者の日のため、右も左も分からないと言っていた。
彼らにとって今日は特別な日。だから体に戻ってお見送りをしてあげたい。だから私は今日も必死になって、

「分かんねえけどもう少し!もう少しだシニー!」
「んぐううう!」

体の中に戻ろうとしていた。

「……アイツら何やってんだ。」
「今日で最後だから遊んでいるんじゃあないか?」

ブチャラティが酷いことを言っているのが聞こえるけれど、私達がしていることは決して遊びではない。本気で体に戻ろうと必死になって私が私の体に腕を突っ込みながら力を込めているだけ。ナランチャはよく分からないのを見て何かを察したのか、ひたすらに声を掛けて応援をしているだけ……とにかく必死になっている結果がこれだった。

「はぁ……はぁ……!」

しかし私の体はぴくりとも動かない。目は閉じたままだし、寝返りも打たないし……まるで寝かされているマネキンみたいで怖い。

「どうやったら……戻れるん……だ……っ」

走るのを止めない。ジョルノと約束をした。だから自分なりにいろいろと考えて、戻り方をずっと模索している。しかし結果は見ての通り全て滑って失敗に終わった。
気持ちが疲れて床に腰を下ろすと、見ていたナランチャも床に座って。自分が眠っているベッドの方へと視線を向ける。

「シニーの体に問題があるわけじゃあないんだよな?でもこっちのシニーも元気だし……んん〜?」

ナランチャは口にはしないけれど、お手上げと言いたげな悩ましい顔をしていた。
そうなんだよね。私の体は見てみても衰弱しているわけではないみたいだし、ここにある意識もしっかりと保てている。死にかけている気配だってない。

「以外と気持ちの問題なのかもしれないな。」

悩みすぎてどうにかなりそうになっていると、ブチャラティが自分が感じたことを言ってくれる。

「矢に射抜かれて生きているってことは、もしかしたらだが……シニーはスタンド能力を手に入れた可能性がある。」
「「スタンド能力?」」

そして、ブチャラティから出てきた言葉はびっくりしてしまうようなもので、私とナランチャは声をハモらせて復唱してしまった。
スタンド能力……って、あのミスタさんのNo.5くんとかジョルノのあの黄金の腕とかのあれ?ブチャラティにもナランチャにもアバッキオにもあったっていうあの能力?

「私に……?」

でもあれは確か、意志が強い人が手に入れられるものなんじゃなかった?今と比べると私はあの頃はふわふわした毎日を送っていたから、そういうものとは無縁だった気がするのだけれど……

「だとしたら辻褄が合うな。」

ブチャラティの考えを聞いたアバッキオは、私の方を向くと分かりやすく説明をしてくれる。

「スタンド能力っつーのはな、意志が強いだけじゃあねえ。才能もなければ扱えねーんモンなんだぜ。もしもあんたに当時才能だけがあったとしても、意志がそこになかったらどうだ?てめえより力が強いスタンドは扱えねーから体が暴走しちまって、文字通り昏睡しちまう。体は今意識を失い眠りこけているってことだ。」
「……」
「辻褄は合うだけだから本当のことは知らねーけどよ。」

文字通り昏睡状態……確かに私の体には意識がない。外に出ているから体を動かすことも出来ない。だからずっと眠っている……
アバッキオに言われたその考え方だと、確かに謎だった出来事が全て解決出来てしまう。
つまり私には、当時足らなかったものは。ライターの試験中に受けていた人が試されていたであろう強い意志、

「『覚悟』……」

覚悟が足らなかったんだ。

──きみが強い望みを手に入れた時、きっときみは目を覚ます。

ジョルノが言っていた強い望みっていうのはもしかしたら覚悟のことだった?ジョルノはもしかして、スタンド能力が私にあるって気が付いていた……?

「お〜い、おまえら。そろそろ出発するぞ〜?」

私達が話し込んでいると病室の外にいたミスタさんが、ずっと病室の中で相変わらずのお葬式の空気をかもし出していたウーゴとジョルノに声を掛ける。
行くってどこに……って一瞬思いはしたけれど、すぐにハッとして。そして私は本日の主役達に目を向けた。

「オレ達も、」
「行くか。」
「うん。」

そう。彼ら生きている人達はお墓で眠る死んだ仲間に会いにいくのだ。
隣に座っていたナランチャは腰を上げて、アバッキオはミスタの方へと向かい、ブチャラティは座ったままの私のことを見下ろす。

「今日でお別れだな。」

顔は笑っているけれど、ブチャラティの顔はどこか寂しそう……何とも言えない顔で、私は泣きそうになった。というか泣いた。

「あ、泣いてる!罰ゲームだぜシニー!」

悲しい、とても悲しい。だから素直に泣いたのだけれど、一日開いたらすっかりナランチャとの約束を忘れていて、一瞬だけ後悔をした。
こういう時に罰ゲームのルールを適用させるなんてずるい!酷すぎる!もう皆に会えないから泣いたのに!!

「よし、シニー。ちょっと手ぇ引っ張ってくれる?」

ナランチャはそう言うと、私に自分の手を差し出してくる。
凄くムカつくけれど、空気を読んでくれって思うけれど!でももうナランチャには触れないから、罰ゲームだったとしても触れるなら、と思ってその手を握った。
力強くギュッと握る。握るけれど、ナランチャの方が力は強い。握った手はいつの間にか解かれて、ナランチャは力強く指を絡めてきた。
そして次の瞬間には引っ張られて。私はナランチャの体の中にすっぽりと収まってしまって。身動きが取れないのと混乱とで固まってしまう。
ナランチャに抱き着かれたのはこれで二回目だ……何度も思うけれど彼は立派な男の子で、腕に筋肉がしっかりと付いている。でも……ナランチャは死んでいて。私の目が覚めたらもう二度と抱きしめられることもないんだ。
そう思ったら悲しくなって、私は空いている方の腕をナランチャの背中に回して抱きついた。

「……絶対にオレ達のこと、忘れないで。」

そう耳元で、囁かれる。

「忘れるわけないじゃん……」

ぽんぽんと背中を叩きながら、ナランチャと別れを惜しんだ。

「元気でな。」
「頑張れよ。」

気が付いたらアバッキオが近くにいて、ブチャラティと一緒に私を見下ろしている。この二人と話せるのもこれで最後。もう二度と叶わない。

「みんな、ありがとう……」

涙は勝手に出るし悲しみは堪えられないしでもう気持ちはぐちゃぐちゃだったと思う。でもこれだけは言いたくて、声を絞り出してゆっくりと三人に伝えた。
ありがとうだけでいい。それだけでいい。その言葉だけを時間が許される限り伝え続けた。


そして皆は一緒に出ていってしまい、病室には眠る私と透明の私だけが取り残されてしまう。
本当はお墓まで着いて行きたかった。けれどブチャラティ達に止められた。私にはやるべきことが残っているだろうって……つまり、体に戻るのを頑張れということだ。

「覚悟かぁ……」

私には覚悟が足らない。覚悟がないからスタンド能力を手に入れた体が私を拒む……私が拒んでいるのか、手に入れたスタンドが拒んでいるのか、考えると混乱をする。

「覚悟……」

私は呑気に眠る私を見下ろして、考える。
覚悟だなんてすぐに見つかるものなんかではない。生きていく中で見つけていくものであって、すぐに浮かんでくるようなものでもない。
とりあえず過去から遡って、自分がどんな風だったかを思い出そう。昔の私に覚悟があったのか……確かめてみよう。

(私、昔ってどんなだったっけ……)

私がこうなる前……まだ体の中にいた頃。私は何をしていただろう?

(小さい頃にウーゴと出会ったよね。)

街中をいっぱい走り回った。そしたらウーゴを見つけた。友達になってたくさん遊んだ。そしてある日、ウーゴはいなくなってそれからは会うこともなかった。

(中学でジョルノと出会った。)

ウーゴがいなくなった後にジョルノと出会った。ジョルノはすぐに一人になろうとするし、何でもかんでも無駄無駄って言う。約束をするのも一苦労だったし、何より彼の無駄を論破出来なくて結構苦戦した。だから約束をしたら走って逃げた。真面目だから絶対守ってくれるって謎の自信があった。

「……本当走ってばっかだな。」

私ってば必ず走っている気がする。ジョルノの言う通りかもしれない。
誰かといるといつも夢を見る。仲良くなりたい、もっと話したい、遊びたい……それは全て私の願いで希望で目標。「明るい」方に一気に進みたくなって、だから走るように相手との距離を詰めていく。
難しくても走る。無理だと思っても止まらない。それが昔の私だ。

(でもこれは覚悟じゃない。)

それはただ心のままにやってきたことであって、覚悟ではない。ふわふわと弾むように自由に動いた結果強そうに見えているだけであって、そこに意志はない。ただ人を巻き込んで満足しているだけだった。その結果矢に射抜かれても起きない。
過去よりも今を見よう。そう思って目が覚めた日のことを考える。
でも浮かんできたのはさっきまで確かにここにいた彼らの顔だけで……いろんな気持ちが溢れてくる。
起きたら伝言を伝えないといけない。皆自分の口で言えたらよかったけれど……死んだらもう叶わないんだよな。昨日痛いほど思ったことなのに、今必死になりすぎてあの時の気持ちを忘れてしまいそう。

(ナランチャに忘れないでって言われた……)

忘れたくない。だからもちろん忘れない。確かにあなた達はそこにいて、私に触れたり言葉をくれた。起きてもずっと……絶対に忘れない。

(皆、どういう気持ちだったんだろう。)

三人の笑顔を思い出すと、急に胸が痛くなった。
死んでしまったのに目の前に会いたい人がいる。本当は触りたかっただろうし、たくさんのことを話したかったと思う。
私に忘れないでって言ったように、きっとあの三人は……

「……やっぱり諦めたくない。」

願いが叶うならって思った。でもどこかで諦めていた。

「ちょっと私!」

私は自分の眠るベッドの上に侵入すると、お腹へと跨ってそのまま座る。

「起きて!皆を追いかけよう!」

そう、追いかけて皆に会いに行く。
皆は「三人」じゃない。「六人」だ。

「自分の口から言わせなきゃ!言わせないとダメなんだよ!」

それは夢みたいな話かもしれない。

「これでいい?これでいいなら何であの人達は皆に会いに来たの?」

それは会いたかったから。そんなの訊かなくたって分かる。

「これでいいわけがない……」

でもきっとそれは違う。本当は彼らは生きている皆と触れ合いたかった。それが出来たらと夢を見ていた。
それはきっと無理だと諦めたら消えてしまう。最初から諦めたらもう二度と叶わない。

「あの人達の望みを叶えたい。」

だから、彼らに夢見た世界を見せてあげたい。

「だから行こう?」

強く望む。
覚悟はきっと、その後に着いてくる。

「私は、」

私は強く望めばいい。
いなくなった人達とまだそこにいる人達が

「『叶わない夢を叶えてあげたい』。」

もう一度だけ。彼らがまた触れ合えることを。

「だから、行こう。」

走ろう。この足で皆のところへ。


強い意志を持って、望みを持って私は私の顔に手を伸ばしてその頬に『触れる』。そのまま額に額をくっ付けると、目の前が突如真っ暗になり、その暗闇の中に落ちていく感覚を覚えた。
落ち続けて落ち続けて、その先に小さな光が見えた時、私は完全にこの意識を手放す。

(絶対に会うんだ。絶対に……)

大丈夫、この闇が晴れたらきっともうすぐ───




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