12


矢に射抜かれた時、胸が痛くなった時。私は死ぬんだと思った。
そして私は起きてから、自分は死んだと思って私がいなくなった街を歩いた。周りには私は見えてはいないけれど、隣には確かに私を見てくれた人がいた。仲間だと言って微笑んでくれた。
でも私は生きていた。ようやく死んだことを飲み込んだのに、生きて眠っていた。彼らは死んでいなかったことを喜んでくれた。
正直な気持ち、気分は複雑だった。喜んでくれている彼らは死んでいて、体に戻ったら二度と見えなくなる……そんなの嫌だ。折角仲間になれたなら、まだ一緒にいたかった。

「……んぐ!」

体が鉛のように重たい。天井の白が凄く眩しい。

「天井……?」

私は自分の上に乗るように座っていたはずだ。不思議に思って「起き上がって」、そしてベッドで眠る私を見る。
しかしそこには私はいない。白いシーツと枕しか見えない。
思わず自分の顔を触る。髪に触れたらついさっきまでよりも伸びていて、体だけ時間がワープしたような、よく分からない不思議な現象におかしな気分になる。
胸を触れば心臓が脈を打っていた。さっきまで感じなかったのに、ちゃんと動いて確かにあることを教えてくれた。

「私……戻ったの……?」

そう。私は体に戻っていたのだ。
なかったものがちゃんとある。透けていたはずの体はしっかりと、はっきりとこの目で見ることが出来る。
私はベッドから降りて立ち上がろうと脚をピンと伸ばした。けれど力がなかなか入らなくて、そのまましゃがみ込んでしまう。だから慌てて点滴がぶら下がっている棒に手を掛けて、無理矢理その場に立つと窓の外を覗いてみた。
私が体に戻る前からは時間は結構経っているようで、空には少しだけ赤みが滲み始めている。世界は夜に向かって走り出そうと準備をしているらしい。

「急がなきゃ……」

そう、私は行かないといけない。

「会いに行かなきゃ……!」

そのために私は帰ってきた。

「ん……?」

自分がやりたいことを思い出すと、突然自分の目が燃えるように熱くなっていった。
不思議と痛みはない。ただ熱いだけ。そのせいか涙まで零れ落ちてきて、床に水滴が……いや、これは水滴なんかじゃない。コロコロと転がってそのまま床へと落ちてゆく。液体じゃなくて個体で、キラキラと光った何かだった。
私はそれを拾い、それを手のひらの上に乗せて観察をしてみる。

(星……?)

そう。私の流したものは、キラキラと輝く星のようなもの。立体的にトゲトゲした何か星のようなもの。
しかもそれは拾った後も続々と私の目から流れ落ちてゆく。しばらくすると一つの形を形成して、眩くキラキラと光り始めた。
そしてそこに現れたのは、二つの大きな足跡と小さな一つの足跡。まるでここに誰かがいたような……

「……そうか、」

それを分からない、と思ったのは一瞬だった。私はすぐにこの足跡の持ち主を理解する。
それはここにいた人の足跡。小さいのはナランチャ、大きい二つの足跡は、ブチャラティとアバッキオ。これは彼らが確かにそこにいたという証。

「私は明るい方に向かって走る……」

この足跡の意味が分かる。自分がどうすればいいのかも分かる。
私は腕に固定をされている点滴を引っこ抜くと、床から立ち上がってゆっくりと歩き出す。
扉を開けて廊下に出れば、看護師さん達と目が合った。今までずっと眠っていた私が歩いている姿に驚いたみたいで、すれ違う職員の皆さんは誰もが固まってこちらを見ている。
少し歩けば足がちゃんと地面の感覚を思い出す。力の入れ方も思い出して、しっかりと、そして段々と速く動き出してゆく。
目から零れる星は私がちゃんと私を感じ始めると、光の明るさを強くしていった。更に光り始めたその足跡を追い掛けて外へと飛び出すと、今まで足跡を照らしていた星達が広い空へと浮かび上がり、リンとベルが鳴る音を立てて、シャワのように地面へと降り注がれてゆく。
その星達はまた足跡を創り出して、こっちに進めと私に教えてくれる。未だに目から流れ出てくる星達は風に乗ると、先へ先へと進んでゆき、その先にも足跡を創る。

「走ればいいんだね?」

流れる星達に訊ねると、ピカピカと点滅をしながら教えてくれる。私が思ったようにしろと教えてくれる。
私は頷くとその場で数回ジャンプをして、手首と足首をグリグリと回すと、裸足なのにも関わらず足をめいいっぱい前へと走らせた。

(ここを曲がったらあっち!)

走りながら段々と星達の存在を理解する。
彼らは私にしか見えていない。そして、たまに動物の形に変化をする。
最初は犬、そして猫……もしかしてと思って心の中で念じてみると、鳥や魚、クジラにまで変化した。それらは足跡を追い掛けるように走り、道標になろうとしてくれる。
これはきっと、私が望んだ形……強い遺志が生み出したもの。そう、この星達は私から産まれた「スタンド能力」だ。

(風を感じる……)

走れば走るほど、風が私の頬を掠めて通り過ぎてゆく。

(心臓が動いてる……)

耳元から心臓の音が聴こえる。それは確かに生きていると訴える。

(足が痛い……)

裸足だから足が痛い。でも感じる。自分の足を。

(私と目が合う人達がいる……)

確かに分かる。周りに私が映っている。心配して声を掛けてくれる人もいれば、私を避けてくれる人もいる。
私は確かにここにいる。
確かに生きて、ここにいた。

「……ここ?」

どのくらい走ったか分からない。どこを走っていたのかも分からない。気が付けば一つの教会の墓地の入り口にいて、ずっと見ていた足跡も一直線に中へと続いている。
空は赤い。もうすぐ陽が落ちてしまう。夜がやってきて、明日が来てしまう。
続いている足跡を追うように中へと入ってゆくと、足元を照らすように目からは星が零れ続けた。

(……いた。)

足跡を追いかけて数十秒歩き続ければ、とある墓石の前にジョルノとウーゴ、ミスタさんが立っているのが見えてくる。
あの三人はこの人達に着いて行った。そして今もきっと、そこにいる。姿は見えないけれど、足跡は墓の前……立っている三人の後ろで止まっていた。
私はお腹から息を吸うと、大きな声で見えない彼らを呼んだ。

「ナランチャ!アバッキオ!ブチャラティーーー!!」

一瞬声が掠れた。でも何とかして声を張り上げて名前を叫ぶ。
私の声に驚いたらしい見える三人……ジョルノとウーゴ、ミスタさんは、一斉に振り返ると目を見開いて私に視線を飛ばしてくる。

「シニー……何でこんなところに……!」
「起きたんだね、シニー。」
「つーかその目は何なんだ!?」

私を見て、皆が私に声を掛けてくれる。
ウーゴと目が合って嬉しいし、ジョルノとまた話せて嬉しい。ミスタさんとは初めましてで胸が躍る。混み上がってくるものがあって胸が詰まる。……でもごめん、今はそれどころではないんだ。
私は彼らの前で止まる足跡に近付きながら、その続きを見えない彼らに叫んだ。

「ナランチャ!!」

見えない彼らと貴方達に、私は見せたいものがある。

「好きなら好きって自分で言ってよ!!その言葉は誰かが伝えるものなんかじゃないんだから!!」

ナランチャ、貴方に勇気を与えたい。

「アバッキオ!!照れ臭がらずに皆の顔見て自分の口で話して!!キャラじゃないからとか思わないで!!」

アバッキオ。誰よりも優しい貴方に気付いて欲しい。その短い言葉はきっと、皆は喜んでくれるから。

「ブチャラティ!!」

貴方には、まだ諦めてほしくない。

「死んだから何!声が届かないから何なの!貴方はそれでいいの!?」

見えないからって、聞こえないからって、それでいいって諦めて。貴方は生きている時はどうだった?きっと諦めない人だったでしょう?

「馬鹿じゃないの!!目の前にいる人達が見えないの!!」

本当は諦めたくないって、貴方の顔は言っていたよ。

「貴方達言ってたでしょ?体は死んでも心は生きているって……」

だから痛みだって感じる。悲しかったら悲しいし、楽しかったら楽しいと感じることが出来る。
流石に叫び続けるのは辛くなってきたので、足跡の数メートル前まで歩いたところで私は普通に話し続けた。

「確かにいるならきっと、」

スタンド能力の使い方は走りながら理解した。私のスタンドは望んだものを見せたい人に見せられるんだ。
さっきは追いかけたいと望んだ。だから足跡が見えた。道標を創り出した。自分の意志で光は動いていろんな形にもなれる。小さい子供に蝶々を飛ばしたらその子は嬉しそうに眺めていた……見える形が創れるということは、彼らの姿を一時的に創り出すことも出来るかもしれない。

「きっと叶えられるから、」

私はもう諦めない。

「私は願う……私は望む……」

足元の星達に、ずっと光り続けていた足跡に、私はお願いをする。

「『皆がまた会えますように』、」

貴方達の言葉が届きますように。触れ合って体温を分かち合えますように。

「『彼らに少しの勇気と自信をください』。」

伝えたいことを、皆が……この六人が伝えられますように。
私が願い事を口にすると、星達はジョルノとウーゴとミスタさんの前にあるその足跡を、渦を巻きながら取り巻いてゆく。

「何がどうなってんだァ!?」
「ジョジョ!下がっていてください!」

ウーゴとミスタさんはジョルノを庇うように前に出た。けれどジョルノは二人の肩を掴んで、何が起こるか分かったかのように二人の間へ静かに割り込む。

「怖がらないでください、二人とも。」

星達は彼らの前にある三つの足跡を、下から上へと昇ってゆく。

「『彼ら』は決して仲間を傷付けない。」

光から足が見える。そこからグングンと彼らが姿を見せてゆき、体を形成していった。
見慣れた元気いっぱいに跳ねた黒髪と、真っ直ぐと肩まで伸びる黒髪。そして、長くて綺麗な銀髪が姿を見せて……きっと見合うように立っている彼らにはその顔が見えているのだろう。信じられないような、でも信じていたような目の色をさせながら、目の前に現れた彼らを見つめていた。
彼らを取り巻いていた星達は上まで昇ると、彼らの頭上から彼らを消させないようにキラキラと光を注ぎ始める。

「……おまえら、」

最初に口を開いたのは、ブチャラティだった。

「ブチャラティと……ナランチャと、アバッキオ……?」

ミスタさんはブチャラティ達を見ると、ちょっと間が抜けた声で彼らを呼ぶ。

「ナラン、チャ……」

ウーゴも信じられないみたいで、目の前に立つナランチャを見て声を裏返らせていた。

「みんな……」

ジョルノは二人とは違い、しっかりと彼らを見つめている。まるでこうなることが分かっていたかのような、不安が一切ない嬉しそうな顔をしていた。

「フーゴ……」

ナランチャは目の前にいたウーゴと自分の目が合うと、震えた声で名前を呼んで、そのままウーゴへと吸い込まれるようにくっ付いてゆく。

「フーゴだ!フーゴ!フーゴ!!」

何度も呼んで、確かめるようにウーゴを触るナランチャの声は、嬉しそうに弾んでいる。

「フーゴ……フーゴに触れる……オレ、フーゴに触れてる……!」

肩と胸、顔と髪……何度も何度も触り続けて、しまいには声を出して泣き始めていた。凄く喜んでくれる姿を見ていたら私も泣きそうになったけれど、それを許すかと鋭い指摘が耳に割り込んできた。

「いやだから何で死んだ人間が見えてしかも触ってんだよ!」

ミスタさんはその目で見ても分からないみたいで、隣にいたジョルノに訊ねている。
そうだよな、普通に考えたらこんな状況はありえない。死んだ人間が生き返ったみたいに目の前にいてしかも触れるのだから、普通は怖くなって混乱をしてしまう。
そんなミスタさんを見かねたジョルノは、ミスタさんに分かる範囲で私のスタンドの説明をしてくれた。

「見ての通り、彼女の中でくすぶっていたスタンド能力です。シニーの望みが具現化する能力みたいですね……流石単純というかなんというか……」
「おい聞こえてっぞジョルノ。」

説明がなかなか大雑把だし悪口混ぜられたしで少しカチンときたわ。この人本当相変わらずだよね!

「私のスタンドはジョルノの言う通り望みを叶えるものだけど……」

確かに言う通り。私のスタンドは望みを叶えるもの。

「でもずっとは続かない。」

そう。この能力はずっと続く代物ではない。

「あの体は私から産まれた星達が創った仮初で、三人の意識……いや、心を中に入れてるだけ。」

つまりからくりがある。あれは着ぐるみのようなもので、中には彼らの心が入っている。心が生きているから気持ちが昂ると体は熱くなるし、苦しさを感じれば冷たくなる。

「彼らが望むならもしかしたらずっと残るかもしれないけれど、」
「三人のことだから……残ることはない、ってところかな。」
「正解。彼らはそれを望まない。」
「お、おお……?」

私の説明を聞いたジョルノは勝手に答えを導き出すと、うんうんと首を縦に動かして一人勝手に自分中へと理解を落とす。しかしミスタさんの方は分かったような分かっていないような、何とも言えない顔をしていて……何か申し訳ない。

「ほらミスタ、考えてる暇はないですよ。」

分かりやすくもっと砕いた方がいいのかなって思ったけれど、ジョルノの言う通り、考えている時間は今はない。

「今しかないなら今を大事に。ぼく達は痛いほど思い知ったはずです。」

そう。今しかこの時間は存在しないのだから。

「……おう!分かったぜ!」

よく分かっていないミスタさんがジョルノの言葉でようやく納得をすると、二人は目の前にいるブチャラティとアバッキオを見て、彼らに笑顔を向けて。嬉しそうにくっ付いた。

「おいアバッキオ!勝手に死んでんじゃあねーぞこの野郎ぉ〜!」
「ブチャラティ!ぼく達あれから頑張ったんです!」
「おまえら元気だな。」
「はは!いいことだ!」

ブチャラティもアバッキオもそんな彼らを素直に受け止めて、楽しそうに声を弾ませる。こんな二人、初めて見た……

「なぁフーゴ、オレあの戦いが終わったら故郷で学校に行こうって決めてたんだぜ?」
「そう、だったんですか……」

その隣ではウーゴ達も楽しそうに、お互いに泣きながら話をしている。ナランチャはこの前話してくれたことを一生懸命ウーゴに教えていた。

「フーゴがいなかったらこんな夢きっと見なかった!もっと勉強したいって思わなかった!だからありがとう!おまえ最高だよ!!」

彼はもう帰れないけれど、抱いた夢を今でも大事に思っていた。彼は死んでもナランチャのままだったのだと知ったウーゴは少し気まずそうな顔をしていた。

「ナランチャ……ぼくは……」

ウーゴはそんなナランチャに何かを言おうとしているけれど、言葉に出来ないのか代わりに大粒の涙を流している。見ているだけで胸が詰まりそうだった。

「フーゴ、オレ怒ってないよ。」

しんどそうにウーゴが段々と体を丸め始めると、ナランチャはその肩を掴んで真っ直ぐと立たせてあげる。

「フーゴが死ななくてよかった。あの日ボートに乗らなかったおまえは正しい。これでいいんだ。オレは後悔してないから。」
「ナランチャ……」
「大好きだぞ、フーゴ。」

その「これでいい」という言葉は二人にしかきっと分からないことなんだと思う。ナランチャの一つ一つの言葉に頷いて、ウーゴは自分の中で落とそうと……受け止めようと必死になっている。

「見つけてくれてありがとな!スパゲッティ美味かった!」

そう言ってクスクスと笑うナランチャの声はまるで昨日見た流れ星みたいな色をしていた。ナランチャが笑ってくれるとその場が一気に明るくなる気がする。

「ぼくも……だいすき、です……!」

そんなナランチャを見てか、ウーゴも釣られるように笑顔を浮かべて。それからは何も言わずに二人して体を抱きしめあっていた。

「おまえら!よく頑張ったな!」

ジョルノに絡まれていたブチャラティは、生きている三人を見ながら感謝を伝える。

「オレの意志を継いでくれてありがとう。」

伝えたい言葉を一つ一つ噛みしめるように、彼は笑う。それは見たことがない最高の笑顔で、皆に幸せだと訴えているみたい。

「ジョルノ、オレはおまえについていってよかったと思ってる。」

ブチャラティは目の前にいるジョルノの頭に手を伸ばすと、確かめるようにわしゃわしゃと撫で回す。

「ぼくもです……あの日ブチャラティがぼくに会いに来てくれてよかったって心の底から思います。」
「そうか……」
「ただ顔を舐めたのはちょっと……」
「台無しだな。」

何を言われてもブチャラティは嬉しそう。

「ミスタ。おまえはどうしてオレに着いて来てくれた?おまえならオレの部下にならずともこの世界で上手くやれたんじゃあないか?」
「あんた忘れたのか?料理の注文を四つから五つに変えただろ。だからだよ。」
「無意識だったが正解だったんだな、あれは。」

一人一人と向き合って、声をかけてゆく。

「そしてフーゴ、」

ブチャラティはナランチャの上からウーゴの背中に腕を回す。

「おかえり。おまえは決して間違ってなかった。生きてくれてありがとう。」
「ブチャラティ……!」

彼の言葉を聞いたウーゴの声音は少し高めで、その感謝の言葉を聞くと嬉しそうに返事をしていた。

「……」

アバッキオと言えば相変わらず照れ臭いのか気まずそうに彼らを眺めている。

「アバッキオ、」

あの幸せそうな輪に入れていない彼に、ジョルノは声をかけてその腕を引っ張った。

「あなたには謝らないといけません。」

意味は分からない。けれど大事なことのようで、ジョルノは真剣な顔をして彼を見上げている。

「死なせてしまってごめ─────!」

そして、謝罪の言葉をジョルノが言おうとした瞬間、アバッキオの手はジョルノの頬にあり、柔らかいであろう彼の顔の肉を思いっきり引っ張っていた。

「お〜ジョルノ?あんた立派になったらしいじゃあねーかァ?アァ?」
「い、いひゃいれふ……」

アバッキオはもう片方の手も頬へと伸ばし、同じように思いっきり引っ張り始めると更に言葉を繋げる。

「分かってんだろうなぁ?ボスになったからには部下は守らなくっちゃあいけねー。だからってブチャラティみてぇな自己犠牲精神はよろしくねえ。」

彼の言葉は乱暴だけれど、ところどころに優しさが見える。

「まず部下より先に死ぬな。おまえの下にいる連中はおまえがボスだからこそ着いてきてる。それを忘れるんじゃあねーぞ。分かったか!」

お前は皆のボスだから死ぬな。優しい言葉でも厳しく伝えるのは多分、ジョルノを認めているからなのかな。あの頬抓りは……ただのあてつけだろうか。
アバッキオは手を離すと、少しだけ躊躇いながらもジョルノの頭に手を伸ばす。その先にいるジョルノは少し驚いたような顔をしていて、そしてアバッキオへ笑顔を向けていた。

「おいミスタァ!今日の日付の数字をひとつずつ足すといくつだ!」
「え?あー……十一月二日だから、1+1+2……だあああ不吉じゃあねーか!何やらせんだよアバッキオ!!」
「ミスタは相変わらずだな。」
「それがミスタですから……」

よく分からない流れだけれど多分照れ隠しと遊びたさの半々だったのだろうと思う。ジョルノから離れたアバッキオは懐かしいものでも見たかのように目を細めながら、口元を緩ませていた。

(よかった……)

皆幸せそうに笑っている。確かめるように触れてみたり、いろんな言葉をぶつけたり……彼らが夢見た世界がそこにある。
諦めたくなくて必死に走った。明日は贈ることは出来ないけれど、今を贈ることが出来た。
もしかしたらこれは自己満足だったのかもしれない。けれど確かに笑ってくれる皆がいるなら、これは正解だったのだろうと思う。正しかったのだろうと思う。

「……さて、そろそろ戻らないとな。」

皆が皆この時間を楽しんでいると、ブチャラティが名残惜しそうにそう言った。

「もう消えちゃうんですか?」
「まだいりゃあいいだろ?せっかく見えて話せるんだし……」

そばにいたジョルノとミスタさんは、そんなブチャラティに声を掛ける。けれどブチャラティは思った通り、ここに残ることは望まない。

「オレ達はもう死んでるんだ。死んでからこそ見つけた答えや導けたことがあるなら大人しく死んでいた方がいい。」

彼らが死んだから生まれたものがある。それは戻ってきたら意味を成さないもので、ブチャラティ達はそれを知っている。

「本当はまだここにいたいけど、この体はオレ達のじゃあないからさ。死んで土の中だから、今生きてても意味がないんだよ。」

ナランチャはウーゴから離れながら、笑いながらそう言って、ウーゴの肩に手を触れた。

「それにおまえらが間違って死にそうになった時生きてたら追い返すこと出来ないからよぉ〜、死んだままでいいよ!これでいい!」

シャレにならないことを言っている気もするけれど、ナランチャははっきりと大人しくまた消えることを宣言して、ブチャラティの隣へと歩み寄った。

「二度も死ぬのはごめんだぜ。」

アバッキオもまた消えることを望む。三人は本当にこれでいいということを、はっきりと自分達で宣言をした。
そう、彼らは死んだことに後悔はない。ただ言いたいことがあった。ちゃんとお別れがしたかった……それだけだったんだ。

「シニストラ、」

ブチャラティは私の名前を呼ぶと、こちらに振り返って笑顔を向けた。

「きみに出会えてよかった。オレ達は幸運だったよ。」

ただ二言そう言って、手を差し出してくる。

「私も、貴方達と出会えてよかった。」

私も幸運だった。彼らに出会えたから目覚められたし、そんな彼らに恩返しが出来て、今日は最高の死者の日だった。

「シニー、おまえ最高だよ!」

ナランチャも振り返って、私に手を差し出してくる。

「ナランチャも最高だよ!」

君はいつでも最高だ。私は何度も君にたくさん救われた。

「……ちゃんと飯食えよ。」

アバッキオは振り返りはするものの、手は出してくれない。

「いっぱい食べてアバッキオ抜かすね?」

だから私から手を差し出して、無理矢理アバッキオの手を握る。

「やれるもんならやってみやがれ!」

そう言いながら、今まで見たことがないような眩しい笑顔を向けてくれた。

「皆も元気でな。来年は何か美味いもんを持ってきてくれ。」
「ジョルノ〜花ありがとな!オレはピッツァ食いたい!」
「美味いワイン持ってこいよ、フーゴ。」
「あんたら何様ですか。ナランチャはどういたしまして。」
「いつものリストランテのワイン持ってきますね。」
「つーかあんたら食えんのかよ?」

あんなに泣いていたナランチャはもういない。寂しそうに遠くを見ていたブチャラティも、距離がいつも少し離れているアバッキオも。皆どこかに消えている。

「オレ達はずっと、おまえ達を上から見守ってるからな。」

ブチャラティがそう言うと、彼らの頭の上で輝く星達は再び足元へとやって来て、彼らの姿を消してゆく。

「オレ達よりも長生きしろよ。」
「オレらのこと忘れたら許さねーからな!」

消えてゆくけれど、彼らは決して泣いたりしない。生きている彼らを真っ直ぐと見て、誇らしそうに笑顔を向けている。

「絶対に忘れたりなんかしません。」

ウーゴはそんな彼らを見てしっかりと、力強くそう伝える。

「まだやることがあるのでそう簡単には死にませんよ。」

ジョルノは生意気だった。けれど口調は柔らかい。

「また来いよ。御三方。」

ミスタさんは敬意を示すように頭から帽子を取ってお辞儀をしている。頭は深々と下げられていて、まるで涙を堪えているように見えた。


「……見えなくなっちまったな。」

消えてく彼らは最後まで笑顔だった。それぞれに「アリーヴェデルチ」とお別れを告げて、完全に消えるまで三人のことを見つめ続けていた。
彼らの体を全て消した星達は私の体を目掛けて飛んできて、そして胸の中へと入ってくる。痛みとかはない。ただひたすらに温かくて心地よくて、まるで彼らの優しさが入り込んできた感じがした。
目から出ていた星も気がつけば止まっている。まだ使い方を全て理解したわけじゃないけれど、多分満足したから引っ込んだ、のかな……?全てが終わったので急に気持ちの糸が切れて、膝から地面に体が落ちてしまい、その場に力なく座った。

「シニー!」

いつの間にか夜になっていた空をボーッと見上げていると、そこに突然ウーゴが現れる。

「何やってんだきみは!裸足で走るなんてどうかしてる!起きたばっかなんだから大人しく寝て──」

ウーゴ……そうだった。すっかり忘れていた。私は今ウーゴに見えているんだ。だから目だって合うし話も掛けられる。
っていうことは、だ。

「いきなり消えたウーゴに何も言われたくないんですけど?」

言い返すことだって出来るんだな!
この人にはいろいろと言ってやりたいことがある。めちゃくちゃある。なんだったらもう一日中言ってやれるくらい文句がある。

「いつギャングになんて入ったの?私ずっっっと外国に行ったって思ってたんですけど?」

急にいなくなって心配した。でも本当はまだこの街にいて、しかもギャングになって生活してるとか意味が分からない。

「しかも変な服着てるし!穴空きすぎでしょ!もう冬になるのにそんな服着てたら風邪引くわ〜!」

その格好めちゃくちゃ目に毒!どこ見ていいか分からない!下着とかどうなってるのちゃんと穿いてるの?

「入院着のおまえに言われたくねーよ!」

言い返せる。

「その言葉そっくり返すわ!ウーゴに言われたくない!」

記憶の中のウーゴは小さかったけれど、成長しても相変わらずキレやすくてすぐ怒って……何も変わっていない。背が伸びても、大人っぽくなってきても、ウーゴはウーゴのまま。

「……本当相変わらず……きみはその名前で呼ぶんだね。」

ウーゴも同じことを思っていたらしい。呆れたように溜め息をこぼすと彼は私の目の前にしゃがみ込んで、眉を寄せて私を見ている。
見合うようにウーゴを見るのは久しぶりだった。ウーゴの目はもうあの頃のように寂しそうな色をしていない。キラキラと輝いていて、充たされたような色をしている。

「昔から凄い女の子だって思ってたけど、きみは本当に凄い人だ。」
「おおっ、」

そう言ってウーゴは笑うと私に腕を回してきて、力いっぱいに抱きしめてきた。頭にまで手を回して逃げられないように完全に固定してきてちょっと苦しい……抵抗をしたいけれど力が入らないので諦める。流石に気力が尽きたわ……

「おかえりシニー。素敵な夢をありがとう……ありがとう……」

そんな私を労うように、彼は囁くように耳元で何度もお礼を言ってくる。何度も何度も、嬉しそうに言ってくる。

「ただいまウーゴ……」

私、頑張ったよね?頑張って走ったよね?皆に私の夢を見せられたんだよね?
ウーゴのただいまとありがとうに急に胸が苦しくなった。それを誤魔化すようにウーゴの肩に顔を埋めて、彼に触れることを確かめる。
私は帰ってきた。この場所に。確かにいる。会いたかった人の目の前に。

「シニー、感動の再会はその辺にしてきみは病院に帰るよ。」

いることに感動をしていれば、横から見ていたジョルノが急に水を差してくる。
今の私はそれすらも懐かしくて、嬉しくて、笑顔しか顔から出てこない。

「えー……ドルチェ食べに行かないの?」
「行けるわけないよね?今日までちゃんとご飯食べてないんだから、リハビリしないと駄目に決まってるよね?」

怒られてもそれすら嬉しくてたまらない。ちゃんと見えていることがこんなに幸せなことなんて今まで思いもしなかった。

「リハビリっていつまで?」
「さぁ?今日無理したから四日とか四週間とか四ヶ月とか……」
「おまえは悪魔か!四を並べるんじゃあねー!」
「ミスタさんは四が嫌いなんですね。覚えときます。」

どんな人かまだ分からないけれど、ミスタさんとこれからいろんなことが出来たらいいと思う。あの三人のように私も彼らの仲間になりたい。

「それは覚えなくていーの!っつーかなんでオレの名前知ってるんだ!?」
「オレガ教エタヨ〜」
「No.5!?いつの間に!!」
「ミスタってば……スタンドに先越されて……可哀想……!」
「笑ってんじゃあねーぞフーゴぉ〜〜!!」
「あはは!!」

私はいつだって眩しい方に向かって走る。それはきっと、これからもずっと変わらない。

(ねぇ皆、)

私も貴方達みたいに後悔しない生き方をしてみるから、どうかそこから見ていてください。


私に居場所をくれて、勇気をくれて、起こしてくれてありがとう。




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