Episode1・end


死者の日から数週間後。あれからいろいろな検査をジョルノに受けさせられて、健康である証明をするとご飯も普通に食べさせてもらえるようにもなり、私はそろそろ退院出来そうな流れになってきていた。
最初のうちは大変だった……MRIとかレントゲンとか血液検査とか目の検査とか、毎日部屋に医者が来て車椅子で連行されて……普通に歩けるし走ることだって出来るって言っても裸足で走って足の裏がボロボロだから〜って必ず車椅子移動で、正直しんどい毎日だった。
そして病室には警護という名目でいつもウーゴがいて、毎日涼しい顔で書類と格闘をしている。たまにお菓子を持ってきてくれるミスタさんが待ち遠しかったのだけれど、最初のうちはウーゴに全て没収されて辛かった……正論を言ってくるから歯が立たなくて悔しかった……!

「んん〜……難しいなぁ……」

あの日から目覚めたスタンド能力はというと、まるであれが奇跡だったかのように上手く使いこなせていない。足跡を創ることは出来るけれど、あの日のように目的地までを記すことは出来なくなっていたり、動物の形を創るにしても星達の量が足らなくて、大きい生き物は無理だった。鳥とかネズミとか、いわゆる小動物しか創れない。あれは本当に奇跡の産物だったらしい。

「シニー、きみのその星は……スタンドの本体なのか?」

星達で輪っかを創って遊んでいると、横で見ていたらしいウーゴに突然話を振ってくる。
スタンドの本体がこの星達……いやいやそんなわけがないよね?主体格みたいなのは流石にいるよ。

「この子の本体は……ほら。」

私は棚の上に乗っている目薬に手を伸ばすと、自分の右目に一粒落とす。
するとその目から突然金色の涙が溢れ出てきて、その涙は私の膝の上に落ちると滲むことなく一点に集中して集まってゆき、目の前にうねうねと自身の姿を創り出す。

「これは……キツネ?」

そう、そこに現れたのはキツネの姿の私のスタンドの本体だった。
その体は金色に輝いて、尻尾に炎を纏わせて休むことなく燃え続けている。背中にはパイプが付いていて、たまに煙を吐き出していた。

「多分矢に射抜かれる前に読んでたからだと思うんだけど、本の影響かな?一応目から星が出てくるからケアしようと思って、目薬貰って目に差してみたら出てきたんだよね。」

最初はびっくりした。差した瞬間いきなり金色の涙が溢れてきて出てくるんだもんな……登場の仕方はエグいし形になるまでも慣れていないからかホラーにしか見えないしで大変だったわ。たまたまウーゴがいない時に出てきたからウーゴは知らないけれど、実はこのスタンドの本体を初めて見てからは一週間が経っている。

「でもこのスタンド、目が付いていないじゃあないか?周りが見えていないんじゃあ……」

ウーゴは観察をするように私の膝の上でちょこんと座るキツネを眺める。そう、彼の言う通りこの子には目が付いていない。そのため出てくると壁にぶつかってしまったり転んだりで介護が必要になって大変だ。
ただ最近になって気が付いたことがある。

「多分この子は目がなくていいんだよ。」

この子は目が付いていないからもちろん涙を流せない。だから涙を流せる私を通して涙を流しているのだろうと思う。
もし私が読んでいた本が影響しているとしたら……この子が見たいものは多分この世界の「物」ではない。

「『もののなかみは、目では見えない』。」

見えないものを見ようとしているから、きっと目は必要ないと判断したのだろう。
そしてあの涙は多分それを私に見せるために必要なもので、彼なりに私が望んだことで感じるものを受け取ったら形にして知らせてくれようとしているのかな……って、何となくだけれど理解した。
スタンドって難しい……この前の理論値だけでは全く理解しきれていなかったんだもん。まず目の中から出てきたのは偶然の出来事だったし……この先もこの子と上手くやっていけるか不安だ。

「っていうかきみって本読むんだな?」
「ウーゴが大好きなジョジョに読みやすいやつとかよく借りてたんです〜いいだろ〜!」
「なんだと……!ジョジョから物を借りるなんて……ぼくなんて恐れ多くて借り物とかしたことがないのに……!」

言い合いをしながらキツネを抱えて右目に近付けると、あの子はシュルシュルと音を立てながら目の前へと戻ってゆく。悶々と頭を抱え出すウーゴしか視界に入らなくなって仕方なく見ているけれど……何かいろいろとおかしくて吹き出しそうになるわ……
っていうかウーゴってばめちゃくちゃジョルノが好きなのね。たまに口から『我らがジョジョ』って単語が出てくると何か……大丈夫かなこの人ってなるし心配になってくる。

他にもいろんな出来事があった。
ジョルノのスタンド能力でいなくなった私の両親を見つけてくれたり、やっぱり生きてはいなかったり……家も荒れ放題になっていたのでもう住むことは出来ないらしく、私は泣く泣く更地にして土地を売ることにした。親の遺産は結構あったみたいだけれど、手を付けたくないから全部銀行に預けて将来のために取っておくことにする。
学校は行方不明になってからずっと休学という形にされていたらしい。あと数ヶ月での卒業が決まっていたから多分何回か補講を受けた後に卒業試験の流れになりそう。正直心配。
学校を卒業した後は……ジョルノからのお願いで、パッショーネで働くことになっている。ミスタさんの任務の付き添いがメインになるらしい。私の能力は敵の追跡に有利だとかで、よく人を追う仕事をしているミスタさんが直々に推薦してくれているとか何とか。これからスタンド能力を伸ばしていく訓練を空いてる時間でやるって言われた。
皆と一緒にいられるのは嬉しい。けれどジョルノ曰く、スタンド能力を持った人間を野放しにすることは出来ない……という距離を置くような理由を言っていたのがちょっと寂しかった。けれどこれでいい。一緒にまた時間を過ごせるならどんな理由であれくっ付いて行くまでだ。

「シニー、もうすぐ退院だから服を持ってきたよ……って、何してるんですかフーゴ。」

未だに悶々とし続けるウーゴを放置して雑誌を読み始めていた頃、ジョルノが紙袋を持って病室に入ってくる。

「ジョジョ!シニーと!物々交換!!」

何かよく分からない。記憶が混濁したのか本を借りた話が物々交換に変わってるんですけど?

「物々交換?きみの服とシニーの服を、ですか?」

全く話が読めないジョルノは自分が持ってきた私の服をウーゴに差し出して、あの穴空きの服と交換を始めようとしている。

「ただ女性ものなのできみにサイズは合わないですけど。コレクションにでもするんです?マニアックじゃあないか……」
「おいやめろよ!何考えてんだ馬鹿!」

放っておきたいし関わりたくなかったから何も言わずに見守っていたけれど、流石にやばい流れになってきて私は思わず手に持っていた雑誌を床に叩き付けてツッコミを入れる。
無理無理!ジョルノの服ならともか……いやジョルノの服とも交換はしたくないけれど!ウーゴの服との交換はシャレにならないからやめて欲しい!あんな服着たら寒いしそもそも下着とか見えるし!直に着るとかそんな勇気もないしそもそも着こなせない!無理!

「シニーがぼくの服を着るって……そんなことしたら……胸とかが……やばいですね?」

そしてジョルノから紙袋を受け取ろうとしながらとんでもない妄想をしているらしいウーゴがいたり……何だよこいつら頭の中お花畑かよ。これ絶対ギャングの会話じゃないわ。ただの思春期を爆発してる男子の会話だわ。いやでも変に大人びている二人だしこういうやり取りもありなのかなぁ〜〜そもそも何でそんな流れになったのかいまいち分からない……怖いわこの人達。

「おまえら変態みたいなことやってねーでとっとと服をシニストラに渡せ。」
「「あ、」」

見たくなかったし聞きたくなかった茶番に呆れていれば、ずっと入口にいたらしいミスタさんがジョルノから紙袋を奪い取って、私へと投げてくれる。

「ミスタさん〜〜!」

やばい……まともな人はもしかしたらいないんじゃないかって不安になってきていた頃にミスタさんが奴らにツッコんでくれたからめちゃくちゃ感動した……

「悪かったなシニストラ、こいつらお年頃だからやたら悪ノリしたがるんだよ。」
「何言ってるんだミスタ。ぼくらがいつ悪ノリをしただって?チッ……」
「そうですよミスタ。ぼくらはただ本能に従ったまでチッ……」
「舌打ちしてんのバレバレだし本能の従い方間違ってるからとりあえず落ち着け。」

悔しそうに舌打ちをするジョルノとウーゴ、そしてそれを冷静に沈静させようとするミスタさん。まるで手のかかる弟達をたしなめるお兄さんみたいである。この人がいるから安心してふざけられる……のかもしれないけれど、敢えて言わないでおこう……

「……まぁ、ふざけるのはここまでにしておきますよ。」

ミスタさんの注意が効いたかは分からないけれど、ジョルノはそう言うと私がいるベッドの隣に座り、改めるように私を見る。
ようやく慣れてきたけれど、見た目が変わっても彼はジョルノだった。しかし慣れてきてもたまに前髪を見て混乱をしてしまう……ジョルノの頭にコロネが三つもあるんだもんな……どうやってセットしているんだろう?

「シニー、紙袋の中を見てください。」

ジョルノはそう言うと、私が手に持っている紙袋を指で差す。

「は〜い、」

この中には私の服が入っているんだよね?どんな服かな……ウーゴの服みたいに穴が空いていたり、ジョルノの服みたいに胸元が開いていたらどうしよう……不安だけれど私は紙袋の中に手を突っ込んで、中に入っている服を取り出した。

「えっと……」

紙袋の中に入っていた服達を広げながら、一つずつそのデザインを確かめてゆく。
まず上衣は黒い長袖。無駄がないスマートなデザインで、後ろには追跡任務で顔を隠せるようにしてくれたのかフードが付いている。触ってみると薄くもなければ厚くもない。ただ背中は開かれていて、どこかで見かけたような紫色の紐が編み編みとくっ付いている。そして下衣は黒い短パン。凄く動きやすそうで、何か見覚えのあるジッパーの金具が横に付いていた。
他にもよく見てみるとオレンジ色のターバンが出てきて……

「これって……」

そう。紫色の紐とジッパーの金具、そしてオレンジ色のターバンのそれらは全て、『彼ら』の物だった。

「ブチャラティが言ってました。きみは大事な仲間なんだって。」

服を一通り見た私に、ジョルノが説明をしてくれる。

「ナランチャはシニーと走るのが楽しかったって言ってたよ。」

ウーゴがジョルノに続くようにそう言って、彼がそう話してくれたらしいことを教えてくれる。

「アバッキオは泣かしたら許さねぇぞって言ってたぜ。妹みたいに想ってたんだろうな。」

そして、更にミスタさんもアバッキオのことを嬉しそうに笑いながら教えてくれて……知らないところで私のことを話していたことを知って、私は頭の中で混乱をし始める。
知らない。そんな話をしていたなんて聞いてない。皆私が見ていない時にこっそり言っていたの?隠すように言っていたの?

「みんなきみとの思い出を言う時は優しい顔をしてたんだ。本当はまだそばにいたかったんだと思う。何か自分の物が遺ってたら渡してくれって言ってたよ。」

彼らがいつ伝えていたのか分からない。

「これは……皆が持ってるべきなんじゃ……」

何で私が彼らの遺したものを持っていないといけないのか。言われたからって渡していいものなの?本当に私が持っていていいものなの?
分からなくて皆を見回す。三人は私と目が合うと皆が皆笑ってくれて、でもどうしたらいいのか本当に分からなかったから下を向いてしまった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。だってあんなに幸せそうな顔をしてまた会えたことを喜んでいたんだよ?そばにいたことを忘れたくない気持ちだって皆の方が強いはずだ。なのに何でいきなり現れたイレギュラーに大切なものを渡してしまうのだろう……

「……そりゃあ手放すのは少し寂しかったさ。」

ウーゴは下を向いて複雑な気持ちになっている私の手を握ると、事の真意を話してくれる。

「ブチャラティは言わなかっただろうけど、本当はきみとこの街で働きたかったと思う。ナランチャだってきみともっと走りたかっただろうし、アバッキオは……多分そばできみの笑顔を見ていたかったんじゃあないかな。」

本当に分からないことばかり言われる。胸の中に全ては落ちてきてくれなくてモヤモヤする。

「ぼくらだってきみと働きたいし、きみとまたいっぱい走りたいし、笑う顔が見たい。でも多分それはあの人達も一緒じゃあないと寂しいんだ。」

でも分かることも確かにあった。

「だからきみにどんなことがあっても笑っていられるように、めいっぱい走れるように、きみと過ごした仲間がきみを守ってくれますようにって。願いを込めてきみに託すことにしたんだ。」

私も、私だって本当は彼らとまだ一緒にいたかったって気持ちがあったから。寂しいって思っていたから。
ウーゴ達はたくさん悩んでくれたのかな?手放したくなくても手放そうって、凄く辛いことじゃなかった?これで本当によかったの?
グルグルと同じことを何度も思ってしまう。気持ちも暗くなってくる。
でもそんな彼らは私とは逆で、何度も何度もこれでいいと言ってくれる。

「受け取ってシニー。この前は酷いこと言ったけど、本音はみんなきみと一緒にいたいんだ。」
「安心しろって!オレが危ない目に遭わないように守ってやるから!」

ウーゴに続いてジョルノとミスタさんも背中を押すようにそう言ってくれる。大丈夫だって言ってくれる。

(これでいいのかな……?)

今まで怖いことがいっぱいあった。これからのことにも怖がっていなかったと言えば嘘になる。
ギャングの世界は死と隣合わせだって聞いていたし、ただの人間だった自分がその世界に入ったらきっと直ぐに死んじゃうかもって思ったりもしたし、眠れない夜だってたくさんあった。
けれど目の前にいる彼らは大丈夫だからって励まして、自分の宝物を私に預けてくれて……優しさでいっぱいだ。世界に踏み込む勇気をくれる。

この先はただそばにいたいだけじゃいけない。死ぬ「覚悟」も必要になる。私になかったものが必要になる。
でも大丈夫……なんだよね?

「足引っ張らないようにする……」

また貴方達がそばにいてくれるなら、また眠ることになっても、躓いて苦しんでも。また明るい方に走れるよね?

「役に立てるように頑張るからこれからそばにいさせてください〜!」

貴方達みたいに後悔しない生き方が私にも出来るかな?貴方達に笑われないような死に方も出来るかな?胸を張って頑張ったよって、言えるかな……?
……いや違う。

(もうずっと前から私は決めてたじゃん……)

既にもう踏み込んでいた。だからここに帰ってきたんだよ、怖くなって忘れていた。
だったらもう進むしかないんだ。もう皆に託されちゃったんだから。私はもう皆と仲間なんだから。ひたすら足を動かすしかない。

「おいおい早速泣かしてど〜すんだよ!」
「シニーは本当よく泣くよな。」

どんなことがあっても、私は仲間のために明るい方に向かって走ろう。

「うるさいな!ウーゴだって昔私にかけっこ負けて悔し泣きしてたじゃん〜!!」

それが私。シニストラっていう人間なんだ。

「それは昔の話であって、」
「シニー、その話詳しく。」
「ジョジョ!?」


どこまでも光を追いかけよう

前だけを向いて、皆と見上げた流れ星を追いかけるように、あの光を拾えるように




Episode1・end

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