13


「……今日はここまで。後は復習しておくように。」

二月に入って十三日。明日で私が矢に射抜かれたあの日から一年が経ってしまう。
病院から退院をした後は昼間は学校に登校して余っている教室で補講を受けて、夜はギャングの仕事をしながら生活を送っている。

「えっと……明日は皆に花束を買って……でもジョルノは花よりもお菓子がいいかな……一人だけ違うのもなぁ……」

今は学業の方を優先していいってジョルノに言われたため私の住処は今は学校の寮。前使っていた部屋をそのまま使って生活中だ。私と同じ学年だった皆はもう卒業しちゃったからいないのがちょっとだけ寂しい……ガールズトークしていたのが恋しい……

「んん〜……花……お菓子……花……」

卒業試験は四月前にやる。今のペースだともうすぐ受けられそうだって先生が言っていた。休日にウーゴが勉強を教えてくれているからか、理解力が追い付いているみたい。

「……ダメだわ、決めらんないわ。」

卒業をしたらもうギャングの仕事一本に絞って、長期の任務に就いたりとか出来るかな?いやでもまだまともに働いたこととかないけれど……出してくれるのだろうか?

「はぁ〜〜……」

考え事をしながら廊下を歩きつつ、外に出て学生寮へと真っ直ぐと向かい、途中で謎のピラミッドを作っていた男子達の写真を撮ってあげて、そしてついに自分の部屋までやって来る。鍵を開けて扉を乱暴に開けばベッドに教科書を放り投げて、私はぼんやりと散らばったそれを見下ろした。
とりあえず明日のサン・バレンティーノにあげるプレゼント……どうしようかな……仕事のことよりも、これから受ける卒業試験のことよりも、明日何を贈るかが今もの凄く大事なことだよね。だってサン・バレンティーノは大切な人に感謝を込めて贈り物をする日なのだから。
花束は昔は両親に贈っていた。だから皆にも花束を贈ろうかな……って考えたけれど、ジョルノのスタンド能力のことを考えると花はいらないのではって思ってしまう。一人だけお菓子っていうのも周りと差を付けているみたいで嫌だし……じゃあ皆にお菓子を贈るか?ってなるけれど、何がいいのか全く思い浮かばない。私、花束しかあげたことないんだもんな。

「とりあえず着替えよ……」

まぁ、勉強しながら考えればいいよね。頭が活性化したらいい考えが浮かぶかも?
そうと決まれば!と思った私は制服のシャツに手を掛けてボタンを外すとそのまま床へとぼとりと落として、後ろに掛けてある服を取ろうと振り返り、壁に掛けてある服に視線を向け……

「あわわ〜……バレちゃいましたよジョジョ!」
「バレちゃいましたねフーゴ。」
「は……?」

たら、何かいた。
うん、何かいる。めちゃくちゃ目が合っている。金髪の男子二人がめちゃくちゃ私のことを残念そうに見ていらっしゃる。下着姿の私をめちゃくちゃ見ているけれど穴が空いたレンコンさんみたいなふざけた服を着ている男子は目を手で覆いながらチラチラ見ていやがるし、黄金の三つのコロネを輝かせている男子に至っては「きみの下着、ちょっと地味じゃあないですか?」とか真顔で言ってきて何この人状態だ。
ちょっと待って、何でいる?ここ女子寮なんですけど?男子禁制の花園なんですけど?

「どうやって……侵入した……あとその上着取ってください……」

とりあえず前を隠したい。そう思って恥じらっていない方の男子に上着を取ってくれとお願いをする。

「普通に顔パスで通してもらったよ……これ?いや、こっちの方がいいんじゃあないかな?」

しかしそいつは私の意見を聞いてくれず、自分の好みの方を私に手渡してきて……でもこんな上着見たことないしそもそも趣味じゃない物を渡されて困るんですけど?よく分からない高級そうな毛皮が明らかにゴージャスで、まず重そうだし走りづらそう。

「それともぼくの上着着ます?ほら。」

私の上着を取ってくれって思っていれば、ジョルノは自分の大きく胸が開かれた服に手を掛けてポーズ取ってくる。何かもう本当何が起きてるのか分からないし意味分からないことされるしでもう頭がパニックなんですけど……!
本当この人達ミスタさんがいないと自由だよな!

「あんたら何なのマジで!!」

いろいろと耐えられなくて私は叫ぶ。めちゃくちゃお腹の底から声を出して叫ぶ。

「ジョルノどうした!?こんなキャラだったっけ!!いつも無駄無駄言ってる低燃費系男子じゃなかったっけ!?」

下着姿のまま、私は感じたままのことを話し始めた。

「ウーゴは何なの!見るの見ないのどっちなの!っていうかそんなギリギリな服着てるくせに私の下着見て恥ずかしがるとかどんな基準でこっち見てんの!?い み わ か ん な い!!」

もっと言ってやりたい。めちゃくちゃ言ってやりたい。だがしかし言ったらめんどくさいことになりそうだしそもそも言ってもしょうがない気がする……いろいろと堪えようと、これ以上の言葉を飲み込むように上を向いて口を押さえる。
はぁ……本当何なんだこの人達……顔パスで女子寮に入れたとしても普通入らないだろ部屋に……女子達も女子達でよく通したよな……買収でもされた?二人とも美形だから?中身は思春期真っ盛りのギャングだぜ?騙されないで……!

「ごめんシニー……」

下着姿の私を心配したのか言葉が効いたのか、ウーゴはそう言いながら落ちていた制服のワイシャツを私の肩に掛けてきて、申し訳なさそうに謝ってくる。

「ぼく達子供らしいことをしたことがなかったから、外の彼らみたいにはしゃいでみようって思ったんだ……そしたらなかなか楽しくて楽しくて……」

いや、はしゃぎ方間違ってるよね?前にミスタさんに本能の従い方が間違ってるって言われてたよね?

「きみってばいきなり部屋に入ってきて制服を脱ぐからこっちはもう……困ったよね……」

しおらしいウーゴはまだずれている程度で済むけれど、ジョルノに至っては満足そう……困っていないでしょ君。何笑ってんの?

「ジョジョ、ぼくちゃんとはしゃげてました?」
「ベネ!きみのあわわ〜は凄くよかったですよ。」
「うっ!勿体なきお言葉……!」

しかも目の前で茶番が始まるし……見ていて疲れそう。魂が抜けそう。この二人だけ世界が違う気がする。

「っていうか本当何しに来たの。」

そもそも要件は何なんだ。今日は仕事はないはずだし、お迎えではないことは確かだ。
私はウーゴが肩に掛けてくれたワイシャツに腕を通し、再びそれを着直す。

「大体ジョルノは忙しいんじゃないの?」

ジョルノはギャングのボスで毎日忙しい。会合に出たり部下に指示を出したり、場合によっては自ら現場に出て揉め事を鎮圧したりする。ウーゴは(ジョルノが溜めた)書類仕事をしないといけないし、ここにいないミスタさんはほぼ毎日現場で仕事だし……私の部屋に遊びに来る余裕なんてないだろうに。アジトで仕事をしないとダメだろうに。

「やっと一つ仕事が片付いたので遊びに来たんだ。」

ジョルノはそう言うと、手に持っていた趣味の悪い上着を羽織りニッと笑う。
ってその上着お前のだったんか?金髪になってから派手な色ばっか着ているよなぁ……毛皮温かそうだけれど重くないのかな。走れる?

「ウーゴの方は忙しくないの?」

しかしジョルノの仕事が片付いたとしてもウーゴの仕事が終わったとは限らない。
ベッドに戻ってそこに座り、ウーゴを見上げながら訊ねると、彼もニッと笑いながら自分の進捗を語る。

「ぼくもさっき一仕事終わって今日はオフなんだ。」

顔は笑っているけれど、寝ていないのか薄らと目の下に隈が浮かんでいる……オフになったなら帰って寝てください……ジョルノも休もうよ、体壊すよ。遊びに来ても何も部屋にないしおもてなしとか出来ないんですけど。

「……ジョジョに誘われてきみの学校に来たけれど、」

とりあえずお疲れな二人を労うべきか、お菓子を調理場から拝借した方がいいかと悩んでいると、ウーゴは窓の方へと歩き始めて外を覗く。

「何だか昔を思い出すよ。シニーとあんな風にたくさん遊んでたっけ。」

さっきの悪ノリの雰囲気から真逆な雰囲気に変わったウーゴの声音は、柔らかくてとても優しい。ウーゴがいなくなった頃の放課後を思い出したら急に胸が詰まってくる。人の下着を見てはしゃいだのは許せないけれど良心が……良心が……!

「きみ達と学校生活してみたかったな……」

しかも嬉しくなるようなことまで言ってくるし……私もそれを昔何百回も思っていた。ウーゴは家で勉強していたし、しかも飛び級して大学に通っていたから寂しかったな。

「……じゃあやってみますか?学校生活。」
「「え?」」
「放課後しか出来ませんけどね。」

私達が昔に思いを馳せ始めると、ウーゴの話を聞いたジョルノが突然そんな提案をしてくる。
放課後をやる、とは?ちょっと言っている意味が分からない。貴方達の場合アフターファイブとかそっちだと思う。
ジョルノが言っている意味が分からなくて見合いながら首を傾げている私達を見て、おかしかったのかクスクスと笑う。

「大丈夫。ただ学校を歩くだけだよ。制服も借りて学生っぽく過ごすだけです。所謂学生ごっこだよ。」

ジョルノは分かりやすく私達に説明をすると、ウーゴの横に立って困っているその顔を覗き込む。

「どうですかフーゴ、やってみませんか?」

学生ごっこ……ウーゴってそういうのをやりたがる人ではない気がするのだけれど……変に大人ぶるし、性格的に遠慮をするのでは?

「……いいんですか?」

食いつくような人じゃないよな、って思っていれば、彼は私の想像とは裏腹に目を輝かせながらジョルノに訊ねる。意外にもやりたがるだなんて思っていなくて私はビックリだ。

「いいから提案してるんじゃあないか。」

ジョルノもジョルノでとてつもなくノリノリだし……私が眠っている間に変わったよなぁ。前までこういうことはやりたがらなかったし提案すらしなかった。昔だったら絶対に無駄無駄って言っていたはずだ。そういう人間だったのに、一年前と比べたら凄く雰囲気が柔らかくなったよね。ギャングで成長をしたのかな?

「ぼ、ぼく!ジョジョとシニーと放課後したいです!」

ウーゴは多分知らないだろうけれど、そんないい方向に変わったジョルノに嬉しそうに返事をする。

「ふふ、素直でいいね。」

ジョルノは多分ウーゴと歳が近いから一緒に何かをしたいのかもしれない。友達っていう友達もいなかったから、仲間として思っていても他の絆も欲しいのかもしれないと思う。そんなウーゴを見て彼も嬉しそうに笑っていた。

「そうと決まれば行こうか。制服借りて学校を周ろう。」
「はい!」
「お〜!」

もちろん私も嬉しい。ジョルノとまた学校で過ごせることも、ウーゴと学校を周れることも。

やることが決まった私達は寮から出ようと廊下へと出て、いつの間にか部屋の前にいたらしい女子達を掻き分けて外へと出る。そして何となく彼女達の手を見てみると、皆可愛らしい花を握っていて……本当に買収されてしまっていたことを知り、何で受けたのか分からないけれどちょっとだけ私はショックを受けたのだった。


制服を手に入れた二人は凄く生き生きとしていて、展示物やクラブ活動を眺めていた。
試合を見ながらお金を賭けて勝負をしたり、食堂に行けばドルチェを買ったり、食べ終わったら図書室に行って本を見て……影に隠れてイチャイチャしているカップルを見つけたら、ジョルノが冷やかすように彼らの足元にカエルを投げ付けるイタズラをしたり、かなり騒ぎになって三人で慌てて教室から飛び出して。叱るところなのだろうと思うけれど、それ以上にジョルノが意外と幼稚っぽくておかしくてひたすらに笑ってしまった。
笑ったら思いっきり頬を抓られる。でもその顔は笑っていて、自分でも自分でしたことがおかしいみたい。ウーゴも釣られて笑っていて、もう意味が分からない。しばらく笑いが収まらなくてうるさかったと思う。
笑いながら二人と過ごした放課後を思い出して、いろんな気持ちが混み上がった。
ウーゴの家に学校帰りに寄って会いに行ったり、彼が大学に通うようになったら時間を合わせて広場でたくさん走り回ったこと。ジョルノとはあの図書室によく立ち寄って、勉強を見てもらったり雑談をした。どの時間も楽しかったけれど、多分今日に適う放課後の思い出はないと思う。
皆環境が変わって忙しくなったけれど、確かに変わらないものもあることを改めて知って、胸がぽかぽかしてきた。

「もうこんな時間……」

たくさん笑って疲れてきた頃、ウーゴと二人でベンチに座って空を見上げていれば時計を見たウーゴが名残惜しそうにそう言って、残念そうに溜め息をこぼす。

「あっという間だったな、放課後。」

本当に、ウーゴが言う通りあっという間だった。

「そうだね……」

今日が凄く楽しくて、夢みたいで。毎日続いたら最高だけれど、楽しい時間ほど続かない。それを痛いほど知っているはずなのに初めて知ってしまったかのように気持ちが重たくなる。

「……ナランチャも、」
「ん?」

オレンジ色の空を眺めながら、ウーゴが呟くように話し始める。

「ナランチャも、こういう時間を過ごしたかったんだろうな。」
「……」
「そしたら今頃ここに彼も……」

そう言って寂しそうに笑いながら膝を丸めるウーゴ。言われて彼の顔を思い出して、私も少しだけ寂しくなってきた。

(ナランチャ……)

学校に通いたいって言っていたことを覚えている。帰ったら通いたかったって言っていた。
私は当たり前のように通っているけれど、ナランチャにとっては意味のあることだった。勉強しながらやりたいことだってきっとあったと思う。ウーゴの言う通り生きていたら今頃一緒にいたかもしれない。
彼はもういない。どんなに想ってもここにはいない。死んだ人は二度と一緒にはいられない……分かっているけれど、たまに私達は彼らの影を追ってしまう。「生きていたら」って、景色に彼らを求めてしまう。
でもね?

「ねぇウーゴ、」

ナランチャはいないけれど、皆はもういないけれど、

「ナランチャが見たかったもの、最高だったでしょ?」

こういう風に想っていれば、彼らはまだそこにいるって気分にならないかな?自己満足だったとしても、そう思うと寂しさは飛んでいく気がするんだ。
ウーゴに訊ねると彼は少し困った顔をして、でも言いたいことが解ったのか大切な何かを見つめるような目をしながら、再び空に目を向ける。

「そうだな、最高だった。」

満足そうにオレンジを見る。
寂しさはもう感じられない。空を見上げる彼の顔は凄く幸せそう。
忘れないように度々私達はこうやって思い出す。置いていかないように、手を引いて連れていくように、これからもずっといなくなった人達を隣に置く。そうしていれば不思議と勇気だって湧いてきて、何でも楽しくなるんだ。

「……ねぇ二人とも。ちょっと聞いて。」

凄くいい感じの気分になってきた頃、ジョルノが突然私達に話しかけてくる。凄く深刻そうな顔をしていたので私とウーゴも何かトラブルかと不安になり、思わず顔を見合わせた。

「何かあったんですか、ジョジョ?」

何だろう?緊急の任務?それとも仲間に何かあったのかな?
ウーゴが代表して訊ねると、ジョルノは深刻な顔のままベンチへと腰掛けて。凄く低い声でその内容を言い放つ。

「ミスタを外に待たせてること、すっかり忘れてた。」

とんでもないことを、彼は思い出してしまったらしかった。


「明日はサン・バレンティーノだろ?だからミスタに頼んで店を予約して貰ったんだ。皆でディナーしようと思って。」

明日で私が矢に射抜かれてから一年が経つ。

「予約って……何時からですか?」
「十八時からだね。」
「は!?今十七時半だよ!?間に合うの!?」

縁があってギャングに入り、彼らに着いていくことを決めた。たまにマイペースになるジョルノに振り回されたり、そんなジョルノに振り回されるウーゴとミスタさんと一緒に仕事をしたり。それなりに楽しい毎日を送りながらこの街で暮らしている。

「間に合わせるしかないよね。もうこのままでいいから店まで走ろう。」

ねえナランチャ、ウーゴ言ってたよ。ナランチャが行きたいって言っていた場所は最高だって。
アバッキオ、この人達私を困らせてくるの。一発ぶん殴って喝入れてほしいよ。
ブチャラティ、私ちゃんと仲間に見えてるかな?彼らの仲間になれているかな?

届くか分からないけれど、心の中で毎日起こることを報告して。私は今日もめいっぱい走る。


「おまえらおせえよ……って何で制服姿?」
「ミスタ急ぎますよ!時間がないから走るってジョジョが!」
「一番遅い人はドルチェを奢ってくださいね。」
「っていうか店ってどこにあるの!」
「30メートル先を右20メートル先左右右真っ直ぐ──」
「いや分かんねーよその説め「わかった。」
分かるんかい!!」


これは、貴方達に捧げたい私達のお話です。




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(Episode2・starting)

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