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真っ暗闇の街の中、足跡がくっきりと浮かぶ路地を勢いよく走ってゆく。

「待ちやがれクソガキ!」
「トロイメライ、私は望む。『弾は全て当たらない』。」

発砲音が鳴り響けば私に目掛けて銃弾が飛んでくる。それを弾くためにスタンド・トロイメライに望みを唱えれば、それらを弾こうと足跡を創る星達が飛んでゆき、壁を創って私を守ってくれる。弾を全て弾けば標的は焦りを覚えて更に撃ち込んでくるけれど、それらは全て外れて暗闇へと消えていった。

「ここを右……だね。」

地面に浮かぶ私にしか見えない足跡は右折していて行き止まりへと続いている。私はスピードを上げてそこへと入ると、そこに立っている人とハイタッチをして物陰に隠れ、息を殺すつもりで自分の口を押さえた。

「もう逃げらんねーぞ!」

標的はそう叫びながら行き止まりへと入ってくる。私に『逃げられない』と大きな声で言っているけれど、それは全くの見当違い。
そう、逃げられないのは私じゃない。

「逃げらんねーのはてめえの方だよ。」
「は!?」

標的の方である。
行き止まりに静かに銃声が響き渡る。そして次の瞬間には重たいものが倒れたような音……標的が倒れた音が耳に入り、数秒の間空気が静かになったような錯覚を覚えて、急に体に緊張が走って息が出来なくなった。でもしばらくすれば物陰から顔が現れて、笑顔で「出てきていいぜ」と声をかけられて、そこでようやくまた息が出来るようになる。口に手を当てていた意味があっただろうかとぼんやりと考えながら、その手を下ろしてゆっくりと呼吸を繰り返した。
私は恐る恐る物陰から出ると、まだ見慣れない黒く光る血と死体を見下ろす。その現状を目にしたところでようやくもう追ってこないという安心感が生まれて、私は膝からその場にしゃがみ込んだ。どうやら今日の任務は成功したらしい。

「はぁぁ〜……上手くいきましたね、ミスタさん……!」

怖かった……めちゃくちゃ怖かった……!いくらスタンドで身を守れるからといっても、もしもタイミングがずれたらすぐにお陀仏だからもう怖くてしょうがない!追跡しかしたことがなかったから囮役になるのは緊張感が半端ないし心臓に悪すぎる!汗だくだくだし足は震えるしでやばい!やばすぎる!
これを慣れないといけないと思ったら凄く気分が重たくなってくる。しかしそれは私が選んだ道だから……もう進むしかない。頭では分かっていても追いついてこない体を擦りながら、落ち着こうと必死になる。

「お疲れシニストラ、無理させて悪かったな。」

そんな私を落ち着かせようとミスタさんは目の前にしゃがみ込んで、労いながら私の頭を撫でてくれる。毎回任務が終わると私の働きを褒めてくれるからいつも救われています……!

「しっかしおまえなんつー挑発してんの?あいつのカツラひっぺがすとかよぉ〜……つーかカツラだったんだなこいつ……笑い堪えるの大変だったぜ……っ!」
「ずれていたから……つい……」
「ずれてても取るな!それで掲げながら走るんじゃあない……!」

そう、私は標的をここへ連れ込む際に標的のカツラを奪って、そしてそれを上に掲げながら走っていた。取ってくれと言わんばかりに凄いずれていたから思わず取ってしまった。
私は途中でポケットに突っ込んだ標的のカツラを取り出すと、死んでしまった標的にそれを投げて返してあげてから十字を切る。貴方のカツラは返します……なので安らかにおやすみなさい……

「あ〜笑った……死体処理班もぼちぼち来るから帰ろうぜ。ほら、立て立て。」

ミスタさんは笑いが収まった頃に私に手を差し出して、支えてくれるとその場に立たせてくれる。どうにかしてその場に立てばミスタさんはそのまま手を引っ張ってくれて、何事もなかったかのように銃をしまい、そのまま私が走った道へと通行人の振りをしながら繰り出した。
ギャングの仕事は大体が血生臭い。標的を消したり拷問をしたり、昼は街を見回って、自分達のテリトリーで汚い取引が行われていないか、犯罪が起こっていないか警察以上に目を光らせる。ジョルノがボスになる前は特に麻薬の取引が多かったらしい。ブチャラティはそれが許せなくて、しかも麻薬をばら蒔いていたのが自分のいる組織だったことにショックを受けていたと聞かされた。前のボスを倒した後は麻薬根絶にパッショーネは動き回り、現在は影が見られない……けれど、犯罪まがいなことをする輩はいるにはいるので、こうやって地道に消して街を守っている。
ジョルノには正義の心がある。その正義に見合う権力に魅せられた人達は皆彼に媚びようとする。会合が開かれれば必ずと言っていいほどお金は舞い込んでくるし、ジョルノは汚いお金じゃなかったらそれを街のために利用する。たまに襲撃とかされるらしいけれど、ジョルノのスタンドは強力だしミスタさんの狙撃の確かな技術もあって今のところは無傷らしい。
私も退院してからちょくちょく追跡任務に出たりするけれど、大体追跡した後はミスタさんがその相手を消してしまう。私が追跡しなければ救われた命かもしれないけれど……これが仕事だからしょうがない。割り切ってやっていかないといけないということを標的の情報を見ながら痛いほど感じた。

「今日は寮に帰るのか?」

車に乗り込んでからミスタさんが訊ねてくる。
寮には門限があって、その時間に帰ってこない場合は罰則が起こってしまう。しかし私はジョルノのおかげで特別らしく、時間が過ぎても入れるらしい。
いつもだったら寮に帰る。けれど明日は学校は休みの日で補講はない。なので帰らなくても何の問題もない。

「今日はアジトに泊まります。」

そもそも帰るのがめんどくさい。遅く帰ってきたとしても形だけでも寮母さんに届けの提出をしないといけないし……だったらアジトで一夜明かした方がマシである。
ミスタさんにそう伝えると、彼は「了解」と返事を返して運転手にアジトへ向かうように指示を出す。ミスタさんって幹部なのに私の面倒を見てくれるし、いろいろと気を使ってくれるしでいい人だよなぁ……

「どうよ、仕事慣れてきたか?」

人通りが多い場所に車が出て敵がいないことを確認すると、ミスタさんが話しかけてくる。

「慣れてはきましたけど……死体にはまだ慣れませんね……」

追跡には慣れてきた。ただ仕事で生まれる死体にはまだ慣れない。
大体暗い場所での仕事だから血は黒い液体にしか見えないのだけれど、人の顔はそうもいかない。うつ伏せで倒れているだけなら顔は見えないからまだいいけれど、仰向けになると硬直した顔が見えて……見ないようにはするけれど、見た時のあのショックはなかなか抜けなくて、夢に出てくるような気がして怖い。

「まぁ死体には慣れない方がいいかもしれねーけど……職業上慣れた方がいいだろーなぁ。」

私が打ち上げるとミスタさんは気まずそうにそう言ってくる。

「俺達が狙う人間っつーのはよ、みんな消されて当然な悪人なんだ。理由なく消したりとかしねえから……割り切るしかねーな、こればっかりはよ。」
「悪人……」

悪人……そう、私達は手を汚して悪人を消す。理由も無く消したりはしない。
けれど死体を見ると思う。消される瞬間を見ると思い出してしまう。

(お父さんもお母さんは悪人じゃなかった。)

私の両親のことを思い出してしまう。
二人は私が矢に射抜かれたせいで消されてしまった。私が射抜かれた後生きていたから……悪いことはしていないのに命を奪われて、もうこの世にはいない。

「割り切れる瞬間……来ますかね?」

二人を消した人間は憎い。けれど私は今、皮肉にもその憎い人間と同じ世界で手を汚している。そう思うと気分は複雑だし苦しくなってくる。

「覚悟があるなら必ずな。」

ミスタさんはそう言いきって首を縦に振る。
覚悟はある……あるにはある。だったら後は慣れるまで、なのかな。難しいところだな。
何だかモヤモヤするけれど、振り切るように私も首を縦に振った。


アジトに着いてミスタさんとジョルノの部屋に入ると、ウーゴとジョルノが何かを見てニコニコと微笑んでいた。

「何見てるの?」

何だ何だ……何を見てそんなにニコニコしているの?近付きながら訊ねると、ウーゴが私に気が付いて「見てごらん」と言ってくる。
見ていいものだと分かると私は二人の横に立って、それを覗いて眺めてみた。

「これは……!」
「美味しそうだろ?」
「うん!」

二人が見ていたものは、箱に入った美味しそうなケーキだった。

「みんなの分買っといたんだ。二人が帰ってきたら食べようと思って。」

ジョルノはそう言いながらチョコレートのケーキをひょいと摘むと、いただきますも何も言わずに自分の口へと突っ込み頬張る。

「仕事の後の甘いものって最高ですよね。」

ウーゴもウーゴでジョルノのように食べたいらしいいちごのケーキをひょいと摘むと、そのまま口へと入れてもぐもぐと食べ始めた。

「おお〜四つから二つにしてくれるとか流石!」

ミスタさんもミスタさんで、中に入っていたモンブランを摘むとそれを口に運び始めて……

「いやいや何してんの!?」

流石にお行儀が悪いと思い、私は思わず皆を止めて。何しているのかと注意を入れる。
何で?どうして普通に食べていらっしゃる?しかも手掴み?皿は?フォークは?お茶は要らないの?

「……ああ、なるほど。」

まだ何も言っていないけれど、流石ジョルノである。言いたいことが分かったらしく、手に持っているケーキを再び箱へと戻して私の言いたいことを代弁してくれた。
けれど、口から出てきたのは予想外の発言で、

「シニーはみんなで選んでケーキを食べたかったんだね。気が付かなくてごめん。」

流石ジョルノと言うか、全く見当違いなことを言いながらどうぞってケーキを勧めてくる。
いや待ってよ、そうじゃないでしょ。私が食い意地張ってるみたいな言い方するなよ別にケーキは食べられればなんだっていいよ。

「あっ、女の子は甘いもの好きだもんな。」
「ごめんなシニストラ!気付かなかった!」

しかもウーゴもミスタさんもジョルノに倣ってそう言いながらケーキを箱へと戻してきて、最早話になりそうにない……この人達の感覚麻痺していない?大丈夫か?

「ちょっとだけ……待っててね。」

いつもみたいに突っ込んで話をしてもジョルノが無駄とか言ってきそう……そう思ったので、私は一旦部屋の外に出ると調理場からカップと水を入れたポット、ティーパックやらお皿、フォークやらをトレーに乗せて運び、部屋に戻ってから改めるようにお茶の準備に取り掛かる。

「トロイメライ、『私は望む』。」

目から星達を出すとテーブルにお皿を並べるように指示を出して、そのお皿にそれぞれケーキを乗せては皆の前へと運ばせる。お茶を作るために目薬を差し、目から私のスタンド・トロイメライを出すと燃える尻尾で水を勢いよく温めてもらって、直ぐに煙と音を立てたのでカップにそれぞれティーパックを入れて、その星達にお湯を注ぐようにと指示を出す。
ジョルノのテーブルへカップを乗せた星達とトロイメライは、私の望みが終わると再び私の中へと帰っていって……それを見送ってから皆に声を掛けた。

「このくらいやらないと疲れとか取れないでしょ?」

何か女子の血が騒いだ。騒いだからお茶の準備をやってみた。
皆は私が準備したおもてなしを見ると、口を開いたまま動かない。しばらく黙り込んでいたと思ったら、ミスタさんがボソッと呟くように言葉を発した。

「部屋に女子がいるって……最高だわ……」

そう言ったら嬉しそうに笑い、自分のケーキを食べようとフォークを握る。

「グラッツェシニストラ!おまえいい奴だな!」

何度も何度もグラッツェと言って、ミスタさんは美味しそうにケーキを食べ始めた。

「グラッツェシニー。疲れてたから準備がめんどくさかったんだ。」

「いつもはちゃんと準備するんだよ」って言いながら、ジョルノもミスタさんのようにフォークを使って丁寧にケーキを食べ始める。いつもやってるなら頑張れよと思うけれど、疲れていたならしょうがない……のか?

「シニー、映画みたいで見ていて楽しかったよ。グラッツェ。」

ウーゴはそう言って自分のフォークを手に取ると、「これあげる」と言って私のケーキの横に上に乗っていたいちごを乗せてくれて。やってよかったなっていう気持ちにさせてくれた。

(この笑顔って人の命の上で成り立ってるのかな?)

今がもの凄く楽しい。皆笑顔でケーキを食べている。
私達は任務で誰かを消したり拷問をしたりする。そして仕事が終わった後で労うように美味しいものを食べて、明日も頑張ろうって気持ちになる。明日、また繰り返して誰かの命のために一つの命を消す。
悪いことをしたならしょうがない。悪は許していいものじゃないから誰かがその悪を裁くしかない。私は今その「誰か」として悪を裁いているから痛いほど分かることだし、分からないといけないことなんだろうなと思う。

(次誰かを消す時は……)

悪は悪でも小さい頃から悪だったとは限らない。
誰だって夢を見る時がある。なりたいものややりたいことを見て大人になる。皆に言ったらある意味残酷って言われるかもしれないけれど、最期は一瞬だけ夢を見て眠って欲しい。そして気が付いてほしい。

(その人に好きだったものを見せてあげよう。)

もう好きなものには触れられないことや、大切な人と会えなくなってしまうことを。
自分が今までしてきたことが、悪夢そのものになっていたということを。


ウーゴから貰ったイチゴを食べながら、彼らの命を割り切ろうとする私だった。




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