15


「失礼しま〜す。」

学校の補講が終わり、寮へ一旦戻って着替えてからアジトまで足を運ぶ。
もうすぐ卒業試験だからしばらく仕事はないけれど、この前の任務の報告書を届けるためにちょっとだけアジトにお邪魔をしにきた。この一枚の紙を出したらすぐにまた寮に帰って勉強だ……あとちょっとの辛抱だと思うと少しだけ気分が楽になってくる。
私はボスの部屋の扉をノックをしてからゆっくりと開けて、書類とにらめっこをしながら下を向くジョルノを見つけると目の前に立って名前を呼んだ。

「ジョルノ?」

声を掛ければいつも顔が上を向く。私を見上げて「チャオ」って挨拶をしてくれる。
しかし今日は何やら違った。

「ジョルノ……」

顔が上がらない。
そしてよくよくジョルノを観察してみると、体がゆらゆらと船を漕ぐように揺れている……

(これは……)

まさかと思って下からジョルノの顔を覗くとその目は閉じていて、小さく寝息を立てながら気持ちよさそうに眠っていた。
珍しいな……いつもなら意地でも起きているのに今日は居眠りしちゃってる。しかも仕事中のあの引き締まった顔じゃなくて、筋肉が緩みきった綺麗な顔だ。多分見慣れていない人はこの顔を見たら騙されるだろうな、いろんな意味で。

「ついに寝たか。」

ジョルノの寝顔を観察していると、テーブルの上に乗っていた亀から声が聞こえてくる。

「ジョルノは今日で三徹目なんだ。最近忙しくてなかなか眠れていないらしい。」

亀はのろのろとジョルノに近付くと、甲羅に付いている鍵から「顔」を覗かせて、ジョルノの顔を眺めながら「まだ子供だな」とふふっと笑う。
彼の名前はポルナレフさん。パッショーネのNo.2で、皆のことを陰ながら支えてくれる優しくて頼もしい人だ。

「ポルナレフさん、報告書ってどうしたら……」

私もポルナレフさんにはいろいろとお世話になっている。スタンドの扱い方をレクチャーしてもらったり、スタンドの名前もポルナレフさんと一緒に考えたり……なんて言うか、第二のお父さんみたいな、そんな感じの雰囲気を勝手に持ってしまうんだな。

「あとでおれが読もう。とりあえずテーブルの上に置いといてくれ。」
「分かりました。」

ポルナレフさんに言われてテーブルの上に報告書を置くと、私は再びジョルノの方を見る。
ジョルノは夢中になると止まらなくなることが多い。目標が出来ると猛スピードで這い上がろうとしてくるし、目標を達成しても上へ上へと昇ってゆく。凄い精神力だと思うけれど、たまに追い付かなくなるとこうやって糸を切ったように動かなくなるから、いつか体が心に追いつかなくて壊れるんじゃないかって不安に思う時もある。休む時は休んでくれってミスタさんが無理矢理休ませることがあるけれど、殆どはもう突っ走りっぱなしで心配だ。

「……ミスタさんかウーゴ呼びますね。」

二人に連絡を入れてちゃんと眠らせた方がいいよな……そう思ってジョルノのテーブルにある電話の受話器を取ろうと手を伸ばす。
しかし伸ばした瞬間だった。横から腕がシュッと思いっきり伸びてきて、私の手首を掴んでは親切を遮ってくる。

「はぁ……ぼく寝てたのか……」

腕の正体はジョルノだった。何かの拍子に目が覚めたらしく、私から手を離すと顔に両手を当てて深く溜め息吐いている。
び、びっくりした……!心臓に悪いよ!急に腕を掴んでくるとかホラー映画とかでよくあるやつだよね!あれ苦手なんだぁ……

「……ん、シニー……いたのか……チャオ……」

ジョルノは目を擦りながらそう言うと、眠そうな声で私に挨拶をしてくる。

「チャ……チャオ……」

私は未だにバクバクしている心臓を落ち着かせようと、深呼吸をしながらなんとかジョルノに挨拶を返す。
ジョルノの寝起きって凄く貴重だ……貴重なのだけれど感動よりも驚きの方が強くてどうしよう状態である。ウーゴがいたらきっと感動して涙流していたよな……皆何か個性強いよなぁ。

「ジョルノ、今日はもう部屋で寝なさい。」

腕を掴んだまま離さないジョルノに悩んでいると、ポルナレフさんが眠そうなジョルノに提案をし始める。

「きみはギャングのボスではあるが、まだ十六歳の少年だ。頑張りたいのは分かるが気持ちと体は別だぞ。今は休め。いいな?」

言い聞かせるようにそう言って、ジョルノから仕事を取り上げるようにテーブルの上にある書類を全て亀の中へと持っていってしまう。問答無用と言わんばかりに休ませようとしている姿がとても頼もしい。
ジョルノはポルナレフさんの言葉は聞いているけれど、頭に入ってこないのか首を傾げている。まるで低血圧の寝起きの人みたい……

「シニストラ、悪いんだがジョルノを部屋に送ってやってくれ。」

ポルナレフさんは私にお願いをすると、「頼んだよ」と言って完全に亀の中へと入ってしまう。どうやら断ることは出来ないらしい。

(しょうがないか……)

ウーゴもミスタさんもここにはいないし……呼べなかったし……私しかいないんだよな、連れてける人って。
それに一人で部屋に戻る最中に倒れてそのまま寝られるのも困る。ギャングのボスがそんなだらしがないのは流石に……でも普段のジョルノはそうじゃないよな。結構無理とかしているのかな?

「ジョルノ、部屋行くよ。」

掴まれたままの腕を剥がして代わりに手を握らせて、私はジョルノを椅子から立ち上がらせるとそのまま入り口へと引っ張っていった。
廊下に出て歩き始めると、ジョルノはふらふらしながらも私の後ろをくっ付いてくる。たまにぐずぐずになって立ったまま寝ようとするので、その度に手をつねってはまだ歩くぞと起こし……そしてようやくジョルノが使っている部屋まで辿り着いて。大きな扉を開けると貴族みたいな豪華なベッドへとジョルノを引っ張ってゆく。

「ほらジョルノ、ベッドに着いたよ。」

ジョルノのに声を掛けながらぽんぽんとシーツを叩き、ここに座ってくれとお願いする。するとジョルノは眠いせいか凄く大人しく指示に従って、靴を脱ぐとそのままシーツの上へと寝転んで背中を丸めた。
素直だ……怖いくらい素直。眠気が強い時の人間ってどんな人でも言うことを聞いてくれるの?それとも疲れが限界で頭が回らないせい……?いろいろ考えちゃうけれど素直なことはいいことだし、毛布をかけたらそのまま部屋から出て行こう。
私はゆっくりと立ち上がり、静かに毛布を掴むとそのまま優しくジョルノの体に掛けてあげる。
ジョルノは毛布が掛かると反射的にそれを掴み、癖なのか頭まですっぽりとそれを被る。しばらくもぞもぞと動いていたけれど、十秒くらい経ったら電池が切れたおもちゃのようにピクリとも動かない。多分寝ただろうと思って部屋の扉まで音を立てないように歩こうとジョルノから離れたら、小さな声が後ろから聞こえてきた。

「いかないで……」

聞いたことがないような声だった。けれどここにいるのはジョルノと私だけで、小さな声はどこか寂しそうで。心配になって振り返ってみると、毛布で髪型が乱れたジョルノが寝ながらこっちを見上げていた。

「まだいてくれ……いかないで。」

消え入りそうな声でしっかりと言う。まるで甘えるみたいな声だけれど、はっきりと私に言ってくる。まるで「見捨てないで」と言わんばかりに何かに縋るような声で言ってくる。

「……眠れないの?」

思わず訊ねてみる。さっきまであんなに眠そうだったのに、今にも寝そうだったのに。眠気が飛んじゃったのか?
ジョルノは私の質問に少しだけ眉を寄せると、上げていた首をベッドへと倒して、顔に腕を当てて仰向けになって話し始める。

「寝たらきみはいなくなるだろ……」
「え?」

しかしそれは意外すぎる内容で……でもちょっと意味が分からない。
寝たらいなくなる?だってここに来る前はいなかったわけで……寝たら邪魔にならないように部屋から出るのは普通なことで……?いなくなるのは当たり前、なのでは?

「……ごめん、ぼく相当疲れてるみたいだ。」

言った本人も意味が分からないらしい。ジョルノはそう言うと再び毛布を頭まで被り、寝直そうとする。

「しばらく寝るよ。きみもおつかれさま。」
「あ、うん……ジョルノもおつかれ。」
「おやすみシニー……」
「おやすみ……」

よく分からないけど凄く意味深なことを言っていた気がする。本人は疲れているせいにしていたけれど、それとは別になにか理由があるような……
でも考えても分からないし、ジョルノに休んで欲しいから黙ってそのまま部屋から出て行った。

(ジョルノでもあんな声出すんだなぁ……)

穏やかな顔は何度も見たことがある。話している時の姿は真っ直ぐだから、あんな弱ったような声で話しかけられるのは何か、新鮮だった。

「シニストラ〜!」
「シニー!ちょっと!」
「ん?」

廊下を歩いていると目の前からミスタさんとウーゴがやって来て、慌てた様子で私に駆け寄ってくる。

「どうしたの?何かあった?」

何か様子が変……事件でもあったのかな?
私が訊ねるとウーゴは少しだけ眉を寄せて、困った様子で言葉を続ける。

「ジョジョは……一人で寝てるのか?」
「え?」

内容はまたもや意味が分からないものだった。

「いや……一人で眠れてるのか?が正しい質問だろ?」
「ちょっとミスタ、おまえは黙ってろ。」
「はぁ?」
「ちょ、待って待って。どういう意味?」

二人が言っている意味がよく分からない……困っていたらよく分からない喧嘩は始まるしで更に混乱を招きそうになる。
とりあえず二人の間に割り込むと、私は交互に二人を見上げながら「一人で寝てるのか」と「一人で眠れてるのか」について訊ねる。

「まぁ……簡単に話すとだな───」

ミスタさんはウーゴへの威嚇をやめると見下ろす私に目を向ける。そして、その言葉の意味を、廊下の端に寄りながら私に親切に教えてくれた。

「ジョルノが寝る時は必ず部屋に護衛を入れている。それはまぁ、ボスを守るためっていうのもあるが……安心して眠らせるためでもあるんだ。」
「安心して……眠らせる?」
「ああ。」

安心して眠らせる……だから部屋に護衛を入れる……って、それって休めるのか?プライベートの空間にいられたら逆に眠れなくない?

「ジョジョはご立派な方だけど、夜中に一度目が覚めると眠れなくなる人らしい。母親が昔自分を置いて夜は遊び歩いていたとかで、癖になったのか夜中は不安になってしまうらしいんだ。」
「……」
「寝たら部屋を出るっていうこともやってはみたんだけど、彼はすぐ起きてしまうからね……一人で寝る時はみんな心配で……」

ウーゴとミスタさんの話を聞いて、ようやくジョルノの言葉が胸に落ちてくる。
「寝たらきみはいなくなる」……自分が眠ったら部屋から皆出ていくから、ジョルノは不安がっているってこと?
ウーゴが稀に隈が出来ているのももしかしてジョルノがなかなか寝ないから?よく考えてみるとジョルノって私の体が寝ていた時ずっと起きていた。あれはもしかしてそういう意味もあったのかな……

「そっかぁ……」

いろんなことが線で繋がって、ようやくジョルノのあの声と言葉の意味が分かって少しだけ安心した。
ジョルノはやっぱり一人にしたらいけない人間だった。私が声をかけたのは間違っていなかったんだ。

「じゃああれだな、今日は起きても大丈夫なようにしないと!」

とりあえず今は折角眠ったジョルノの安眠を守ってあげたい。私は回れ右をすると、再びジョルノの部屋の方へと向き直した。

「おいおい、何する気だよ?」

そして歩く私を追うようにミスタさんはくっ付いてきて、隣に並ぶと私を止めようと肩を掴んでくる。

「そうだよシニー……ジョジョのことはぼく達に任せて……」

ウーゴも私を追いかけてきて、ミスタさんとは反対の肩を掴みながら何故か私を止めようとしてきた。
「ぼく達に任せろ」かぁ……そこに私は含んでいないのね。距離を感じるよ。

「ウーゴぉ〜私だって皆と仲間だし、そもそもジョルノは友達だし。」

私は立ち止まることなく進み続けながら、やりたいことを口にする。

「途中で起きるのはしょうがないよ。私だって起きたらなかなか眠れないし。」

ジョルノとは理由が違うけれど、一度起きると不安になるのは分かる。真っ暗な部屋怖いもん。

「でも目が覚めた時皆がいたらさ、ジョルノだって安心するでしょ?」

起きた時に横に皆がいるだけで違うと思う。

「だから皆でジョルノと一緒に今から寝ようよ!横に並んでさ、川の字で!」

あのベッド大きかったし頑丈そうだから、多分皆で眠れるでしょ。

「いやいやだからそれはシニストラじゃあなくても出来るだろ!」

しかしミスタさんは頑なに私を引き止めようと必死になる。身振り手振りを交えながら、それはもう必死に止めようとしてくる。

「そうだよシニー!きみは勉強だってあるんだから寮に帰るんだ!今すぐ!」

ウーゴも譲らないと言わんばかりに私を止めようと必死だ。私結構いい提案をしたと思うのだけれど、何でこんなにやめとけって言われないといけないの?

「何で並んで寝るだけなのにそんなに止めようとすんの?」

ジョルノの部屋の扉まで辿り着くと、私はドアノブを掴み、ゆっくりと回した。

「や、やめるんだシニー……きみは入っちゃあいけない!」

しかしウーゴがそれを阻止しようと私の手を引っぺがす。
くっそ何なんだよ!何で必死なの!そんなに不安がっているジョルノと一緒にいちゃいけないの!?しかも私だけ!?

「ちょっ、何で?何で二人はよくて私はダメなの?」

ここまで来ると腹が立つ。この人達何でこんなに必死になるの?

「いや、これには深い訳が……」

深い訳、とは?ジョルノが寝ている間に何かしでかすの?途中で起きたジョルノが何かしでかすの?あの様子からして何もしてこないと思うのですが?

「とにかくやめとけって!引き返そうぜシニストラ!」
「そうだよシニー!いくらなんでもきみには刺激が!」

二人は必死になって私の腕を掴み、扉から離そうと必死になる。

「男尊女卑はよくないですよ!私とジョルノは友達なんだからこのくらい……!」

私も最早意地だった。必死になって扉に食らいつこうと足に力を込めて動かないようにする。

「おまえのために言ってやってんだこのインベチーレ!」
「インベチーレ!?」

ウーゴはブチ切れたらしい。私に対してお前呼びと馬鹿野郎と悪口を言ってくる。
インベチーレ?誰がインベチーレだこのスカタン!レンコンみたいな服着てよく言うよな!黄色に染めてチーズにしてやろうか!?
私はウーゴに向かって平手をかまそうと、ミスタさんの手を振り解くと後ろに振り返ってその威力のまま真っ直ぐ振りかざす。
もう少し。あともう少しでこいつを平手打ち出来る。そう思った

その時だった。


「うるさいよ……きみ達……」
「「「え、」」」


後ろの扉が不気味な音を立てながら開かれて、中からドスの利いた声が放たれる。

「ぼくの部屋の前でよく騒げるよな……四徹させる気?」
「ヒィィィ四徹!」

その声の「四」を聞いた途端にミスタさんはしゃがみ込み頭を抱え、ウーゴに至っては口をあんぐりと開けて固まっている。まるで見てはいけないものを見てしまったと言いたげな顔だった。
後ろにいるのってジョルノだよね?何で驚いているんだか分からない。

「ジョルノ聞いて!」

私はジョルノにウーゴが悪口を言ってきたことをチクろうと、思いっきり振り返って名前を呼ぶ。

「ウーゴが私のことインベチーレって言うんだよ!私はただジョルノのために……みんなで……添い寝を……」

しかしそれは間違いだったようで……私は振り返ってからこの行為にめちゃくちゃ後悔をすることとなる。
うん……そうか。見てから二人が言いたかったことを理解したよ。こりゃあいけないやつだわ。見たらダメなやつだわ。

「添い寝?へぇ……いいね、日本の家族団欒みたいで楽しそうだ。」

ジョルノは不機嫌そうな声でそう言って、乱れた髪を掻き上げながら私を見下ろしている。
そして段々と顔から下へと視線を向けていくと何故かそこに服はなく、ジョルノの胸、お腹、そして下半身が丸見えというとんでもない状況で。私はジョルノの黄金に輝く体を全てを見てしまい、頭から何かが出てきそうになっていた。引き攣りながらも再び私は顔を上げてジョルノを見上げるけれど、全てを見てしまった後に見るのはなかなかしんどい。
私は見なかったことにしようと再び後ろへと振り返ると固まったままでいる人をドサクサ紛れに馬鹿にしたウーゴの足を思いっきり踏みつけて、そのまま無言で廊下を思いっきり走り去るのだった。


そしてアジトを出て街中を走り、海が見える気持ちいい通りを抜けて広場を駆け抜けて。誰もいない場所を見つけてから、私はあの場で言えなかったことを思いっきり叫ぶ。

「まず先に脱いでる可能性を教えろよ──────────!!」

叫ばずにはいられなかった!仲間なら素直に裸になって寝ることを教えて欲しかった!ジョルノの裸が以外にもしなやかで綺麗だった上筋肉の比率が完璧なのが衝撃的すぎて目が焼けそう!っていうか堂々と裸姿で部屋から出て来るな扉を開けるんじゃあない!!危険すぎるわ!!

「夢に出たらどうしよう……!」

しばらくその姿が焼き付いてしまい、とにかく眠るのがしんどくなった私だった。




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