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「……はい!テスト回収!」

3月半ば。本日中学の卒業試験を受けて、ついに長かった補講生活に終わりを迎えることが出来た。

「結果は一週間後に出るが、フェルマータはこの頃頑張ってたし合格出来るだろ。お疲れ様。」

先生はテストを回収するとよくやったと褒めてくれて、そしてそのまま教室から出て行く。教室に一人だけ残された私は窓から空を見上げつつ、これまでの頑張りを思い返した。

「起きるの大変だったよなぁ……」

まず始め、体に戻るのが大変だった。

「起きた後なんて検査ばっかだったし、」

毎日毎日体のパーツの検査ばかりだった。ご飯を何回お預けされたことか。

「退院したら……学校通ったり仕事したり……」

平日は休む暇なく学校とミスタさんとの仕事を両立させて、土日はウーゴのスパルタ教育……思い出しただけで辛い。

「あと……裸……」

そう、裸。ジョルノの裸。筋肉が締まっていて同い年なのに色気が半端なくて、見たら最後時が止まるあの、裸。
ここまで回想をしたところで深く思い出したらいけないということに気が付いて、私は空から教室へ視線を向け直して頭を抱えた。

「……帰ろ。」

やめとこう。もうあの日の記憶は封印だ。私は何も見ていない。気にするな。
私は鞄を手に取るとそのまま教室を出て、早歩きで寮へと向かう。
今日までは仕事がないのでゆっくり出来るけれど、帰っても特に用事はない。なので街を歩いてみようかなって思っている。
たまにはジェラートを食べたい……頑張ったんだからその位のご褒美を自分に与えたい。なのでジェラート屋さんを目指して歩こうと思う。

「イチゴとチョコとバニラ〜!」

寮に辿り着いてルンルン気分で階段を昇り、自分の部屋がある階へ着くとまっしぐらに部屋へと向かう。辿り着くと扉の鍵を開け、ゆっくりとドアノブを回して中を開けて。めちゃくちゃ楽しくなって鼻歌なんて歌い出して、気分がハイになってい

「ああシニー、おかえり。」

たのですが。いたのですが。目の前に何か……スーツを着た何かがいたことにより、そんなハイな気分は下へ下へと下がってゆき。私の休日終了を告げる鐘が何秒も鳴り響いたために数秒間固まった。
何だこれ。鍵を変えたばかりなのに何でいるんだい。くつろいでいるつもりなのか私の教科書を開いて読んでいらっしゃるし。

「……アリーヴェデルチ。」

私はベッドに座るそれを見ると思わず扉を閉め直してゆっくりと後退り、そのまま元来た廊下を歩き始める。
何かいたな?知らない人?いや知ってる人だけれどでも何か違ったな?
スーツをしっかり着こなしていて服には穴がなくて、垂れ下がっている中途半端なオール?バックはしっかりとオールバックになっていて別人だったよな?ん?そもそも何でスーツなんて着ていらっしゃった?髪型も何であんなになっている?どういうこと?
ここはまずいと思って女子寮を飛び出そうと寮の扉を開く。

「やぁシニー、卒業試験お疲れ様。」

しかしそれを許さんと言わんばかりに扉の向こうには人がいて、逃げることが叶わない。
ジョルノだ。ジョルノが目の前にいる。珍しくジョルノもスーツだし、着ているコートは派手だしでまるで成金の坊ちゃん……いやそうじゃない。そうじゃあないんだ。何でスーツ姿の人間が学校の女子寮に?私の部屋と入口に??
私は別の扉から外に出ようと今度は後ろに振り返る。

「逃げるんじゃあない。」

しかしそれは許されず、後ろにはさっきまで部屋にいたオールバック──ウーゴがいらっしゃって、それを阻止してくださったのだった。

「何で?何でいる?」

私は今日まで仕事は休みだったはずだ。なのに何故こんなところに?意味は分からないし当たり前みたいは顔で女子寮にいるしで頭の中が真っ白になりそう!

「急な仕事が入ってね……ちょっときみが必要だから迎えに来たんだよ。」

ジョルノは私の肩に手を置くと静かにそう言って、顔を耳元に寄せてくる。

「申し訳ないけど来てくれるかい?」
「おぅ……!」

囁くように言ってくるから耳がゾワゾワして鳥肌が立ちそう……あと裸姿を思い出して頭の中がやばい。思わず身震いをすると、ウーゴが「失礼だぞ」って小さな声で文句を言ってきた。理不尽すぎる。誰だって裸を見せられた挙句耳元で囁かれたらゾワッてなるでしょ!変に意識するでしょ!
あと、それにしてもなのだけれど、

(仕事かぁ……)

ギャングの世界にいるからには休みでも急に仕事が入ってしまうのは分かる。それはしょうがない。悪は休まないからな。しかしだよ?ウーゴにはこの前インベチーレって言われたことに対しての恨みがあるから、あまり一緒に仕事とかしたくないんですけど?
って思っていたら、ジョルノが更に言葉を付け足してきた。

「フーゴの足知ってる?骨にヒビが入ってるんだ。本当は彼にやってもらう仕事だったんだけど足があれじゃあ使えないから、きみが選ばれたってワケ。分かるかな?分かるよね?」

ドスが利いた声で言われた。
足にヒビ……初耳だ。ウーゴってば普通に靴を履いているし、普通に立てているし、どこをどう見ても普通な人にしか見えない。見えないけどヒビがあるの……?

「そもそもあっちが私のことインベチーレって言ったのが悪いんじゃん……」

私は文句をジョルノに言う。けれどジョルノは怯まない。眩しい笑顔で言葉を返してくる。

「それに関しては謝らなくていい。彼も彼なりに反省してるからね。」

二人でごめんなさいしろって言われそう……って思っていたけれど、言われたことは意外と普通だった。ジョルノから言われた後にウーゴを見れば少し気まずそうに下を向いてはチラチラとこちらを見ているし……まるで叱られてバツが悪い子供みたいになっている。怒られたのかな?
……怪我をさせるつもりはなかったのだけれど、怪我をさせてしまう結果になっちゃって申し訳なさはある。ウーゴが私のせいで負傷したなら私が代わりにやるしかない……よね。

「分かったよ……やればいいんでしょ……!」

ジェラート屋さんに行きたかったけれど、また今度でいいや。何なら後でスーパーまで買いに行けばいいし、いざとなったら作ればいい。

「でも何でウーゴはスーツ着てるの?仕事出来ないんだよね?」

とりあえず鞄は置いていきたいので、私は寮の中を再び歩き始めて自分の部屋へと向かう。後ろからはジョルノとウーゴがガードマンみたいにくっ付いてきていて……何だか廊下に異様な空気が流れていた。疎らにいる女子がこそこそと何かを言っていて怖い。陰口言われているみたいで怖い。

「フーゴは今日ピアノを弾くんだよ。」
「ピアノ?」
「そう。めちゃくちゃ上手いんだよ、彼。」

歩きながらジョルノは自慢げに部下の特技を語る。
ウーゴがピアノ……住んでいた家はやたら大きかったし、何でも出来る人だから……まぁ弾けそうではあるよなぁ。ただどんな曲を弾くかとかは想像が出来ない……

「ヒビが入ったのは左足で、幸いにもピアノのペダルは踏めるから。ピアノを弾いてもらうことにしたんだ。フーゴが演奏中にきみには仕事をしてもらうよ。」

ピアノってペダルとかあったっけ……楽器のことはよく分からないから聞いていてもちょっと分からない。ただウーゴの演奏が聴けないのは残念ではある……かな。

「皆が夢中になっている隙に……ですよね。ぼくの演奏で夢中になってもらえるかどうか……」
「きみはそれで食べてきたんだろ?大丈夫さ。きみは魅せ方を知っているはず。」
「ジョジョ……!」

気が付けば始まる茶番を聞かされてちょっと士気が下がりそう……思いはするけれど敢えて何も言わず、辿り着いた私の部屋の扉を開ける。
開けて部屋の中を見てみると、目の前の壁にドレスが掛けられていて……さっきまであったっけ?全く気が付かなかった。

「動きやすいように少し短めにしておいたよ。フーゴと一緒に選んだんだ。」

ジョルノはそう言って部屋の中に入ると、驚いて固まっている私にドレスを手に取り私の体に重ねてくる。
デザインのことはよく分からないけれど、少し大人っぽくて私の服と同じ黒、そして胸元には大きな花が咲いていて、まるで物語に出てくる魔法使いみたいなドレスだ。

「これ……着ていいの?」

ドレスなんか着たことがないので不安になる。正直似合うかも分からないから思わず目の前に立っている二人にに訊ねてしまった。

「いいよ。これは今日からきみのだからね。」
「ぼくらが選んだんだから大事にするんだぞ?」

ジョルノウーゴは笑みを浮かべながら私の質問に答えてくれる。
何か……照れ臭い。ドレスをプレゼントされるのって初めてだし、しかもこれ、私の人生の中で初めてのドレス。

「ありがと……」

任務で着ないとだから用意をしてくれただけだと思うけれど、今日まで頑張ってきたご褒美みたいで心の底から嬉しい。

「今日の仕事頑張るよ!」

私は二人にそう宣言をすると、ドレスをしっかりと受け取って拳を作る。
頑張る。このドレスに見合う仕事をして、ジョルノとウーゴにちょっとでも認めてもらえるように頑張るんだ。

「それで終わったらジェラート食べる!」
「え、何でジェラート?」
「いいじゃあないか。ぼくはチョコレート味がいいな。」
「あなたも食べるんですか!」


とにかくこのドレスを着て仕事をするのが楽しみで、私は少しだけこの時は浮かれていた。




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