毎晩毎晩あの日の夢ばかりを見てしまう。その度に起きては絶叫して、眠れないまま朝を迎える。
考えないようにアジトへ向かうけれど、ジョルノはあの政治家を懲らしめているのか、どこか別の場所にいて見かけていない。仕事は大体ポルナレフさんが出してくれて、簡単なお使いなどをやらされたりして過ごしている。夜は追跡任務と能力向上に励み、寮に戻るとシャワーを浴びてからベッドに潜って……しかしまた同じ夢を見てしまい飛び起きるの繰り返し。なかなかしんどい毎日だ。
「フェルマータよく頑張ったな!合格だぞ!卒業だ!!」
そしてあれから一週間後。私は試験に合格をして、とうとう中学校を卒業出来るらしかった。
「卒業……」
卒業……ついにこの時が来てしまった。
卒業とはつまり寮から出て行かなくてはならない。寮を出るとなると、新しい住まいを探さないといけない。
そしてその住まいはまだ決まっておらず、寮から出て行ったら私の住処は実質なくなってしまうことになる。家は取り壊して土地も売ったから実家もない。
あと毎日休まずギャングとして働くことになれば、もちろんジョルノとも顔を合わせることになってしまうのだ。まだ頭の中で処理が追いついていないのに、毎日ジョルノと顔を合わせてしかも一緒に仕事って何の冗談?
「え、ちょ、フェルマータ?」
どうしよう、まだ気持ちが落ち着いていないし罪悪感だって拭いきれていないのに、またジョルノと一緒の空間にいないといけないとか……頭がギンギンするよ……キャパオーバーだよ……!
「フェルマータ!」
今置かれている現状に気が付いてしまうと、頭がぐらぐらして、溜まっていた疲れのせいか体が床へと落ちてゆく。
私はそのまま倒れてしまい、先生に抱えられてそのまま病院へと連れて行かれたのだった。
「おまえなぁ……寝不足なら寝不足ってちゃんと言えよな。訓練までやらせちまったじゃあねーか。」
「すみません……」
気が付いたら病院のベッドに寝かされて、目を開けたら久しぶりの白い天井とチャオしていた。
私は少しの熱と疲労と寝不足が同時に祟ってしまったらしい。倒れて目を覚ましたらいつの間にかいたミスタさんが教えてくれた。
凄く申し訳ない……忙しいミスタさんを駆り出してしまうとか、ウーゴがいたらめちゃくちゃ怒る案件だ。健康管理がなってないってネチネチと怒られる。ジョジョの迷惑も考えろって言われる。
……ジョジョ、かぁ……
「あの、ミスタさん……ジョルノって……」
横に座っているミスタさんに訊ねると、ミスタさんは少し不機嫌そうな顔になる。
「ジョルノなぁ……あいつは今あの政治家を連れて根元の麻薬ルートを潰しに行ってるぜ。オレが行くっつっても言うこと聞かなくてよ。ボス自ら動いてる。フーゴも着いてった。」
やっぱりか……ジョルノを見かけないのはやっぱりあの政治家絡みなんだ。ウーゴも着いて行ったなら今怒られる心配とかないし安心かな。
「つーかよぉ、」
ミスタさんは私を見下ろしながら脚を組むと、溜め息混じりに訊ねてくる。
「おまえジョルノと何かあった?」
「え、」
それはド直球な内容だった。
「この前のパーティー以来様子が変じゃん。ジョルノに傷口を治してもらった辺りから……」
す、鋭い……流石ミスタさん。人をよく見ていらっしゃる。
っていうか本当によく見てたよね?私そんなに不自然だったかな?あんなことをされた後だったから顔に出ていたのかなぁ……でも寝不足なのはバレていなかったみたいだし、どうなっているの?
「何なの?あいつ何かやらしいことでもした?」
しかもデリカシーが全くない。ド直球に訊いてくる。
「それは……」
その質問は答えずらい。何も言うことが出来なくなる。
黙り込んだまま思い出したら凄く恥ずかしくなって、黙っていたらミスタさんの目が見開かれていって……どうやら何かを察してしまったらしい。「マジかよ!」って大声で叫んだ。
「え?え??いやだっておまえら友達だって言ってたじゃん?シニストラも恋愛とか分かんないって言ってたのに?は??」
恥ずかしい。顔が熱い。
「ち、違います!やらしくないです!あれは仕方なくてジョルノが……!」
そう、仕方なく。仕方がなかったんだ。私の呼吸を整えようとして……
って言いそうになって気が付く。ミスタさんの顔を見て更に気が付く。
「でも何かやられたんだな。」
これは誘導尋問だったのだ。ミスタさんはわざと騒いだんだ。
「話なら聞くぜ?言ってみ?」
巧みな罠を張ったミスタさんはしてやったりと言いたげな顔でそう言うと、私の方に耳を傾けてくる。
酷い……でも流石と言うべきか?ミスタさんって凄い。尋問をやらせたら右に出る人とかいないんじゃないかってくらいの演技力だった気がする。ジョルノとウーゴも引っかかったりとか……ナランチャだったら引っかかっていたかな……?
今までこのことを声に出したことがない。自分の問題だと思っていたから、ずっと黙って自分の中で落とそうとしていた。だから誰かに話せるなら……もしかしたら気持ちが軽くなるかもしれない。それにミスタさんのことだから私に訊かなくてもジョルノから聞いてしまうかもしれない。
(もう何かあったことはバレたしな……)
観念しようかな……ミスタさんは私の上司だもん。多分どうやったら思い出さなくなるかアドバイスをくれるはずだ。
「実は───」
私は素直にジョルノがしてくれたことを白状することにした。
傷を塞いでいる最中に過呼吸になって、呼吸を整えるためにジョルノが唇を重ねてきたこと、それが嫌じゃなかったこと、思い出すと恥ずかしくなってしまうこと。それが要因で寝不足になってしまうこと……全てを白状したところでまた恥ずかしくなって、両手で顔を覆ってしまった。
「生々しいことが起こってたんだな〜。」
話を聞いたミスタさんは他人事のようにそう言って、なるほどなってボソッと呟く。
生々しいって言わないでほしい。あの時の私は必死だったんだぞ?苦しかったからジョルノに助けてもらったのに生々しいって酷すぎる。
「確かに麻薬取引現場の袋は危険だぜ。薬物が付いてるかもだしよ。ジョルノの判断は正しいだろうな。」
私もそれは思う。でもそもそも部屋の中に袋があったのかと訊ねられると、今思えばなかった気がするんだよね……あの部屋にあったのはベッドと枕と花瓶だ。
「しかしそれでキスしちゃうっつーのもなぁ〜……オレが負傷した時なんて優しくしてって言ってんのにしてくれなかったんだぜ?酷くねぇ?」
ミスタさんはジョルノに何を期待したのか……どう優しくされたかったのだろう?キスとか期待していたの?
「そんでシニストラはその時のことが気持ちよかったんで思い出しちまうってわけか。可愛いとこあるじゃあねーか。」
「気持ちいいなんて言ってないです……」
可愛いかどうかは別として、気持ちいいとか一言も言っていない。嫌じゃなかったとしか言っていない。
思わず反論をすると、ミスタさんは私のそれを論破してくる。
「いやだってよぉ〜、思い出したら恥ずかしくなるんだろ?それって気持ちよかったから以外のなにものでもないじゃん?嫌じゃあないんだろ?」
「う……」
言われてみると……って具合で、再びジョルノとのあの光景を思い出す。嫌ではないのは確かだし、最中の私は確かに気持ちいいと近い感想を持っていたかもしれない。
「シニストラ、」
なかなか消えない恥ずかしさと熱が重なってだるくなってくると、ミスタさんはニヤニヤしたまま訊ねてくる。
「ジョルノのこと嫌いになったか?」
口調は優しい。でも質問内容は残酷だし意地悪だ。
嫌いになる?私がジョルノを?ジョルノに対してそんな感情を抱いたことなんか一度もない。
「嫌いじゃないです。」
馬鹿みたいに自分を殴ってまでして私に会いに来たり、着替えを堂々と見てきた時はまぁ……嫌だなぁって思いはしたけれど、ジョルノはいつだって優しいし、今回だって私のためにしてくれたことなんだよね?
「じゃあ好きになった?」
……その質問は流石にずるいよな。
「好き……ですよ、ずっと。」
嫌いじゃないなら残る感情は「好き」しかないじゃないか。
口に出したらまた恥ずかしくなる。ただ普通に好きって言ったはずなのに、何でか分からないけれど頭が沸騰しそうなくらい熱くてぐらぐらし始めた。
混乱をする私に対してミスタさんはクスクスと笑うと、さっきの意地悪な感じとは裏腹に、どこか見守るような優しい声音で言葉をかけてくる。
「ちゃんと好きな人、出来たじゃねーか。」
「……」
またよく分からないことを言ってくる。
それを聞いた瞬間、いろんなことが頭の中にたくさんの疑問が浮かんできた。
好きって友達の好きじゃなくて?この前ミスタさんが言っていた方の好きなの?だって今までずっと私はジョルノのことを友達として付き合っていたしそういう風に見たことなんてなかったんだよ?そんなすぐにそういう風な好きに変わるものなの?
「何でそう思うんですか……」
自分では分からないのでミスタさんに訊ねる。難しいし頭は重たいしで答えを出せない。
「シニストラが言ったんじゃん。好きって。」
しかしそんな私にミスタさんは、呆れたかのような溜め息をこぼしてきて。いや分からないから訊いたのに更に分からなくなるようなことを言われても……
「つーかおまえさっきより顔色悪いな……」
頭がパンクしそうになっていれば、ミスタさんが心配そうに見下ろしてきた。
「ちょっと寝ろ?治ったら教えてやるから今は休め、な?」
そう言ったミスタさんは私の上に更に毛布を掛けてきて、赤ちゃんをあやす様にぽんぽんと毛布の上から叩いてきて寝ろ寝ろと言ってくる。
確かにミスタさんが言う通りかもしれない。さっきよりも体が重いし顔も熱い。多分これは悪化していると思う。
この一週間ずっと考えてばかりだったからな……知恵熱だよねこれ。こんなにしんどくなるまで考え事とからしくないことなんてするから……昔の私だったらジョルノにあんなことをされたら普通にグラッツェぐらいで済ましていたと思う。何で今こんなめんどくさいことになっているのか本当に分からない。ミスタさんに訊いても自分の胸に落ちてきたものは少なかった。
(寝よう……)
今なら多分夢は見ない。素直に疲れているからゆっくり眠れる気がする。
毛布を被ると目を閉じて、真っ暗闇に落ちていった。
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