19.5


「全部片付きましたね、ジョジョ。」

政治家の麻薬取引ルートを追っていろんな所を転々と周り、数日間休まず動いて全てのアジトやらを潰し、その現場にいた人間も全員再起不能にした。

「そうだね。」

正直ぼくが動くまでもない案件だったと思う。これはミスタが言う通り、彼に任せても何の問題がなかった。
なのにぼくはとにかく動いた。暴れて気持ちを紛らわせないとやっていけないくらいのことをしてしまったせいで、アジトにいるのが辛かった。

「ミスタとシニーにお土産でも買いましょうか。この辺りだと有名なドルチェは……」
「……」

フーゴの口から名前を聞いただけでもう頭が真っ白になりそうだ。名前が出てくる度に平静を装いつつ自分の脚を抓って余計なことを考えないようにするけれど、もうそれも効果が出ない。疲れからかこの前の彼女の顔が離れてくれなくて、今にも爆発しそうだ。顔にとにかく熱が集中してしまう。

(シニー……)

仕方がなかったとはいえ自分はとんでもないことをしてしまった。
辛そうだったから楽にしてあげたかっただけなのに、気が付いたらがむしゃらに彼女に食らいついていた。友達なのに。
友達。そう彼女は友達だ。大切な友達……でもそれは自分の本当の気持ちを隠すために思い込んでいる関係であって、本当はもう自分の中では友達を超えている。
いなくなってから知った。シニーがいた時は景色が輝いて見えていたことを。無駄なものでも無駄に感じなかったことやそれがどれだけ自分に影響を及ぼしていかのかも、全部知ってしまった。
でもぼくは彼女との付き合いは多分フーゴよりも浅い。彼はぼくよりも彼女と一緒の時間を過ごしている。名前を聞いただけでアジトから走って病院まで向かってきたのを見たら、彼もまた彼女を大事にしていて、そして好きだということを知った。
仲良く言い合いだってしていた。彼女の口から出てくる名前の呼び方は特別だし、ぼくなんかよりずっと生き生きと話している……ぼくは仲間の大切な人に手を出してしまったんだ。理由を付けてがむしゃらに。最低だって思うたびに随分前に置いてきた卑屈な自分が現れそう。

「ジョジョ?」

地面を見ながら考え込んでいたら、フーゴが現実へと引き戻すようにぼくを呼んでくる。

「ホテルで休みますか?また寝てないでしょう?」
「……」

凄く心配をしてくれるフーゴだけれど、ぼくは今きみへの罪悪感で胸がいっぱいだし凄く複雑だ。今こうやって話すのも結構やっとなところがあるし、とにかく手に入れた信頼を裏切るみたいな真似をしてしまったことが何よりも苦しい。

「フーゴ……ぼくの話、聞いてください。」

正直このままなのはよくない。仕事に支障をきたしたらいざという時に連携が拗れてしまう。何よりぼくが精神的に危ないところにまで来てしまっているからもうこの口から自分がしてしまったことを全て吐き出してしまいたい。
ぼくはフーゴを見上げて、してしまったことを勝手に白状する。

「パーティーの時、弱っていたシニーに手を出してしまったんだ。」

フーゴのことだ。きっとキレるだろう。今度こそ殴られると思う。
ぼくはフーゴに深々と頭を下げる。下げることしか出来ない。

「フーゴがシニーのことを大事にしてるのを知っていたのに……すまない。」

本当ならシニーにも謝らないといけない。でも合わす顔も勇気もなかった。だから逃げ出すように今ここにいる。時間が解決するようなことじゃあないのに時間に頼ろうとしている。
ぼくが謝るとフーゴはしばらく黙っていた。殴られると思ったからぼくはその間ずっと頭を下げ続ける。この頭は上げていいものじゃあないと思って、ひたすらに下げ続けた。

「……お顔を上げてください、ジョジョ。」

上げるものかと思っていたけれど、フーゴが顔を上げてくれと言ってきた。

「それは出来ない。」

でもぼくは上げることをせず、意地になりながらも下げ続ける。
ぼくに出来ることなんてこれくらいしかないだろう。あとはこのまま殴られるだけだ。このくらいじゃあ彼は許さないだろうけれど、これしか出来ない。

「上げないならぼくが下げます。」

しかしフーゴはぼくに忠実すぎる。殴るだなんていう選択肢はないみたいだった。彼は頭を上げないぼくにそう言うと、自らが屈んで地面へと座り込んできた。

「いつかこういう話が出るのではって思っていました。」

そしてフーゴはそのまま話を続ける。

「ジョジョ、確かにぼくはシニーのことが大事です。」
「……」

やっぱりそうだよな。きみはいつも彼女を見ていたし、何よりいろいろと陰ながら尽くしていた。見てきたからよく知っているしずっと身近で感じてきた。

「ですがぼくは──ぼくには彼女をどうこうするという権利はありません。」

フーゴはぼくの顔を覗き込むと、眉を寄せながらも言葉を続ける。

「家から勘当された時、ぼくは彼女との繋がりを一回断ちました。ギャングになった頃にはもう彼女を忘れていたんです。ぼくと関わるとろくな目に遭わないから、ぼくは離れたんだ。」

それは……仕方がないことだよな?巻き込まない方法は一切関わらない方法しかないだろう。

「シニーにまた会えたのは嬉しかった。見つけてくれたあなたには感謝してます。もう二度と会えないと思っていたから……」

ぼくにそう言うと、フーゴはぼくの肩に手を置いて、ぼくの曲がった背中を伸ばそうとそのまま上へと押し上げてくる。
拒もうと思った。でも出来なかった。情けないくらい怖くて力が入らなかったんだ。

「また一緒に過ごすようになって、また彼女と笑い合える日が来た。ぼくはそれだけでいい。あの子がぼくを呼んでくれるだけで、あなたがぼくを呼んでくれるだけで、ぼくは今幸せでいっぱいなんです。」

でもフーゴはそんなぼくを真っ直ぐと見つめてくる。責めることなく笑顔を向けながら、幸せだとか言ってくる。

「あなたは理由もなくシニーを傷付ける人じゃあないでしょう?」

迷いがどこにも見られない。意志は固くて砕けない。

「それにぼくだけがシニーのことを大事だと思っているわけじゃあない。あなただって彼女を大事に思ってる。きっとぼく以上に。」
「フーゴ……」

フーゴ以上に思っているのかは分からない。でも大事に思う気持ちは確かにぼくの中にはある。
シニーと意識が飛び出した時に会えた瞬間、ぼくはそこにいてくれたことが嬉しくて仕方がなかった。もしかしたら二度と起きないかもしれないって思っていたから、まさか予測が的中してまた声が聞こえた時なんて夢みたいだと思った。でも抱きしめてみて分かったんだ。夢なんかじゃあなかった。確かにシニーがそこにいた。あの瞬間どんなにぼくは嬉しかったか。もう二度と手離したくないと思ったか。あの時のフーゴに負けないくらい、同じくらい彼女のことを大事な人だと感じたんだ。

「そもそも許す許さないはシニーが決めることです。ぼく達がここでシニーが大事だって言っていても、彼女がぼく達にどういう感情を持っているかは分からない。」

ぼくだって一応分かっているつもりだ。大事な彼女にどう思われたかが怖くて逃げてきたのだから。もしかしたら本人は平気な顔で何もなかったかのように過ごしているかもしれないし、会ったら会ったで普通に今までと変わらない態度で接してくれるかもしれないけれど、それはそれで複雑だしショックすぎるから会うのが尚更怖くなる。
分かっていてもぼくが全く追いつかない。気持ちが前に出て来るばかりで体はずっとその場で足踏みをしているんだ。進もうとしても下がってしまう……まるで人の顔色ばかりを窺っていた、自分のことをクズで最低だと思っていた昔のぼくに戻ったみたいになってしまう。

「……ぼくはシニーを一度は諦めました。」

黙ったまま複雑な気持ちに苛まれていたら、フーゴがぼくに訊ねてくる。

「あなたは諦めましたか?」

彼女を諦めたか、諦めなかったか。短いけれど、多分それは大事なポイントだった。

(ぼくは……)

フーゴの言葉を聞いて、彼女が消えた時を思い出す。
宿題をしようって約束をしたのに彼女はやって来なかった。約束を破るような人ではなかったから心配はしたけれど、明日会ったら怒ってやろうって思っていた。
でも彼女は寮には帰って来ていなくて、次の日も次の日も帰って来なくて、捜しに行ってもどこにもいなくて……帰って来ない中でぼくはギャングになって、ボスになってからも街に出る度に景色の中にいないかずっと捜し続けていた。一緒に走った道や、立ち寄った場所……わざと遠回りをしながら捜していた。でもどこにもいなかった。
だから病院から電話がかかってきた時はまさかと思った。それからはパズルのピースをはめていくように彼女が消えた理由を調べ直して確信をもって病院へ向かったんだ。話を聞いた時、ブチャラティが彼女を連れて来てくれたって、そう思った。

(諦めなかった。)

一度も諦めなかった。いなくなっただなんて思いたくなかった。絶対また会える、会うって信じていた。

「諦めたことなんてなかった。」

どんなにめちゃくちゃでも、やっていることが無駄ばかりでも。またきみと一緒にいたいって思う気持ちだけは諦めたくなかった。

「ぼくはシニーだけは諦めたくない。」

これからだって諦めない。好きだから。
きっとこれがぼくの答えだ。だから手を出してしまった。撃たれた瞬間を見て、今度こそいなくなるかもしれないって不安になって……だから起きてくれたことが嬉しかった。痛みを必死に堪えている姿すら愛しく思えた。我慢が出来なかったんだ。大事すぎて必死だったんだ。

「それでこそ我らがジョジョです。」

フーゴはぼくの言葉を聞くと嬉しそうに笑ってくれる。
ぼくがボスじゃあなかったら彼はきっと怒ったと思う。昔のきみだったら絶対にぼくを殴っていた。

「ありがとう、フーゴ。」

だからこんな風に笑ってくれることがまだ信じられなくて、失礼だけど少しだけ怖い。でもそれ以上に嬉しい。ぼくの感情を受け止めてくれたことが凄く嬉しい。

「大丈夫です。シニーがジョジョを嫌うわけがありません。だって添い寝をしようとしたくらいですよ?」
「え、添い寝って……何のことです?」
「え、」

ぼくはシニーが好き。それだけは何が起こっても変わらない。

「覚えてないんですか……?」

嫌われたかもしれない。もしかしたら殴られるかもしれない。謝っても許されないかもしれないけれど、それでもシニーのことが好きだから、大事な人だから、ちゃんと会って話がしたい。

(聞いてくれるかな……)

不安もあるけれど、不安しかないけれど。今はとにかくしてしまったことを謝って許してもらってから伝えよう。きみが好きだって言ってしまおう。


告白しよう。愛しているって。




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