20


目を開けたら夜になっていた。まだ病院にいるみたいで、薄暗いけれどさっきと同じ天井が目に入る。

(今何時……)

近くにあった時計を見ると、針は九を指していて……夜の九時?昼間からずっと寝ていたの?しかも寮に帰っていないってことはつまりこれは一日入院コース?

(熱は……ないよなぁ。)

熱は下がったらしく、もう頭の重みも体の重みも全くない。足を上に持ち上げてみたら凄く軽い。寝たらスッキリしたみたいだ。ミスタさん、あのまま寝ていられるように病室をそのまま借りてくれたのかな……ミスタさんにはいっぱい迷惑かけちゃったな。

「お腹空いたぁ……」

現状を把握した私は起き上がるとそのまま立ち上がり、入口の方に歩いてゆく。とりあえず何かを口に入れたい。自販機で何か飲み物でも買ってこよう。
扉の取手を掴んでスライドして横に力を入れて押す。開いたらそのまま廊下に出て、真っ暗な廊下を歩く。
何だか起きる前を思い出すな……あの時は幽霊が見えたよね。ナースコール連打の幽霊ってまだいるのかな……教会の人を呼んでもらってお祓いしてもらった方がいいけれど、多分そういう話をしたらそっちの世界に引き込まれるかもしれない。怖い。
自販機がある場所までやって来ると、服のポケットから小銭を取り出し自販機の中に入れて水を買った。その場で蓋を開けてぐびぐびと飲むとなんとその水は凄く美味しくて。水ってこんなに美味しかったっけっていうくらい美味しくて何杯でも飲めそう。食欲?って怖いな!

「……お腹空いた。」

でもダメだ。水じゃお腹は膨れない。ナースステーションに行ったら何かくれるかな?いやでもご飯の配食は終わっているから無理かな……凄く絶望的だなこれ。何で起きちゃったかな……
とりあえずここに立っていても仕方がない。回れ右をして病室に戻ろうとした

「シニー?」

ら、ちょうどそのタイミングで声をかけられて。私が後ろに視線を戻すと、声の主がそこに立っていて……つい最近見かけなかったし、会うのはもう少し先かと思っていたから手に持っていた水を驚いて落としてしまった。

「ジョルノ……」

そう、そこにいたのはジョルノだった。

(何でいるの?)

もう仕事は終わったの?早いのか遅いのかは分からないけれど、まだ処理が追いついていないせいかそう思ってしまう。
ジョルノの顔を見るとこの前のことを思い出してしまいそう……逃げ出したい気持ちにも駆られたし、思考も固まり始めそうでまたごちゃごちゃってなりそうだ。凄く複雑な気分。

「シニー、心配したよ。熱があったんだって?」

ジョルノは私に近付きながら話しかけてきて、私の目の前にあっという間にやって来ると、落とした水を拾って私に手渡してくる。

「元気そうでよかった……プリン買ったんだけど食べられる?」

目の前にいるジョルノはいつも通りのジョルノだ。あんなことしちゃった後なのに、何もなかったかのような感じで私のことを見下ろしている。
全く変わらない……私だけがこんなに心の中で騒いでいたのか?ふざけんなよって気分になるし複雑で謎な気持ちにもなるけれど、何故か体は動かない。

「食べる……」

そこには安心をしている私もいるみたい。変わらずに接してくれたことが凄くありがたいことに思えてしまう。

「じゃあ病室に行こう。連れてってくれ。」

ジョルノはそう言うと私に手を差し出してくる。
前のジョルノはこんなことをしただろうか……考えてみても上書きされたジョルノによって全てを削り取られてしまう。考えてもしょうがない気がするし、考えない方がいい。

「うん。」

私はジョルノが差し出した手を握ると横に並んで、そのままジョルノの手を引いて寝ていた病室まで歩き始める。
ジョルノの手は温かい。あの時も握ったけれど落ち着いてから握り直すと変に意識をしてしまう。男の人らしい骨張った指だなとかぼんやりと考えるけれど、「ジョルノと手を繋いでいる」という事実の方が上回ってしまって段々恥ずかしくなってくる。
本当私ってばどうしちゃったんだ……相手はジョルノだよ?友達でしょ?何で変なことを考えちゃうんだ失礼だぞ……!

(つらいわ……!)

何も考えるな、ジョルノは友達……友達……余計なことを考えるな……死ぬぞ……!
とか考えているうちに病室に辿り着く。電気を点けようと思ったけれど、ジョルノの顔をしっかり見る勇気はないので代わりにカーテンを開けて月明かりで手元を照らした。

「ミスタから連絡があって飛んで帰ってきたんだ。」

ジョルノは私をベッドに座らせると、持ってきたプリンを袋から取り出してくれる。蓋を取るとスプーンを上に乗せて、私に手渡してくれた。

「仕事も片付いたし……しばらくオフにしようかな。流石に疲れたよ、イタリア中巡ったらさ。」

彼も自分の分のプリンを用意すると私の隣に座って、蓋を開けたらすぐさまそれを口に入れる。余程お腹が空いていたのか好物だからか……勢いが凄い。いつもなら味わいながら食べるくせに今はもう欲に負けたかのような勢いでめちゃくちゃプリンを食べている。
私もプリンを口に突っ込んで、ジョルノに負けないくらい勢いをつけてもぐもぐと食べる。美味しいけれど空腹感が強すぎて味わう余裕とかない。食べ始めたらもう喋る余裕がなくなって、私達はひたすらに食べていた。
なくなったらジョルノがもう一個くれた。ジョルノももう二つ目を食べているのかプリンの中身がさっきよりも多い。無言で受け取るとお互いにまた夢中になってがっついて食べた。
美味しすぎてやばい……最近まともにご飯を食べていなかったから胃に滲みる……甘いものって正義だな……!
って、プリンを食べながら思うのだけれど、

(私誤魔化されてない?)

そう、プリンの魔力でジョルノが私を騙そうとしている気がする。
久しぶりに会ったけれど彼は前とは変わらない。あれは仕方がなくしてくれたことだって分かっている。私が多分気にしないようにジョルノが気を遣ってくれているのかなと思うけれど、そう考えると腫れ物を扱うような感じで接してくれているのかなって気分になってきてちょっと苦しい。距離を取られているのは何だか寂しい。
プリンを食べ終わって買った水を飲み、隣にいるジョルノに視線を向ける。ジョルノも食べ終わったみたいでひと休みをしているようで、ベッドに手を置いて窓の外をぼんやりと見詰めていた。

「……ジョルノ、」

何となく名前を呼ぶ。

「なに?」

名前を呼べばジョルノは私へ振り返る。ジョルノと目が合うとやっぱり少し恥ずかしくなるけれど、思い出しては恥ずかしくなっていたさっきよりは恥ずかしくはならない。本人と会ったらやばいって思っていたけれど、そうでもないらしい。
私は視線をジョルノから逸らして、控えめに言葉の続きを口にする。

「ジョルノは……何であんなことしたの。」

……ド直球すぎるだろ私!何そのミスタさん並のド直球すぎる質問!もうちょっと捻った質問をしようよ!答えを急かしすぎでしょ!
違うんだよそうじゃないんだよ……口が滑ったんだ。言った後でとんでもないことを訊いてしまった後悔に苛まれそう。私のためにしてくれたって自分で納得したじゃないか。

「きみのためにした。」

ほらジョルノだってそう言っている。私のためにしてくれたんだよ。そこにミスタさんが言っていたような下心なんかないんだよ。

「あと好きだから。」

私達はそういう関係にならないと思う。恋愛とかちんぷんかんぷんな人間には無理だよ。ジョルノだって私なんぞにそんな感情を抱いたりしない。うん。
……うん?

「え?」

何か言われた。付け足すように何か言われた。
聞き間違えと思って思わずジョルノに訊ね返してしまう。
好きって言った。今サラッと好きって言った。ジャッポーネのSUKIYAKI的なものじゃなかった。食べ物の話じゃないみたい。
ジョルノを見上げてその顔を見ると、何故かサッと目を逸らされる。

「……好きだから。」

そう言った後のジョルノの顔はどこか恥ずかしそう。自分の手をもぞもぞと動かして下を向いていて、少しばかり照れくさそうに見えなくもない。

「きみを助けたかったのが一番だよ。でもしたらしたで止まらなくなって……だって気持ちよかったし……」

生々しい……まさかジョルノの口からそんな話が出てくるなんて。思いもしなかった。気持ちいいとか恥ずかしくなる、私も気持ちよかったもん……
でもそうじゃない。そうじゃなくて。今はそこは置いておいて、リプレイだよリプレイ。

(好きって……いうのは……)

友達の好きはよく知っている。一緒に遊ぶのが楽しかったり話すのが楽しかったり……でもやっぱりあんなことをするような好きではない。ジョルノの好きは多分私がミスタさんに訊いても分からなかった類の方。まだよく分からない方の好きだ。

「……本当は会うのが怖かった。」

理解したいのに理解出来なくて、もまたやもやしているとジョルノはそのまま話を続ける。

「でもきみを諦めたくなかったんだ。ずっと諦めたことはなかったから。」

こっちへ振り返ると、ジョルノは私をじっと見つめてくる。その顔は真剣で、茶化しちゃいけない顔で……多分この先は冗談は言ってはいけない。真面目に答えないといけないと感じた。

「殴ってくれて構わない。ぼくはきみにそのくらい酷いことをした。嫌だっただろ?嫌いになった……?」
「……」

でも何か……何ていうか、ジョルノってば素直に話しているようでちょっとズレたようなことを言っている気がする。
殴っていいのか?殴ったらなかったことに出来るのか?この問題はそれで解決するの?明日からそれでギクシャクしなくなるの?
一瞬本当に殴ろうかと思って拳を作った。見合いながらそれをジョルノに向けるけれど、ちょっと考えてから引っ込めて。自分の手を握って誤魔化すように撫でる。

(違うよね……)

嫌だったかって訊かれると嫌じゃないんだ。されている間は夢中だったんだもん。嫌だなんて全く思わなかった。さっきジョルノも言っていたけれど、気持ちよかった。

(好きって何だろう?)

ミスタさんは私がジョルノを好きだって言っていた。でも私にはそれが分からない。
ジョルノとの付き合いはそんな長いと言えるものでもない。長くはないけれど、結構付き合いは深いと思う。友達としてしか見たことなかったし、多分一度も異性っていう括りをしたことがなかったかも?今更ながらジョルノに失礼なことをしていた気がして申し訳ない。
今の時点ではジョルノのことは嫌いじゃないってことしか分からない……嫌いじゃないから一発も殴れないし、だからあの日にされたことを嫌だとか思わない。今出せる答えはそれだけ。体だけが先走ってしまったせいで心が追いついていない。

「嫌じゃなかったんだよ……」

とりあえず伝えたい。

「私だって会うのは怖かった。」

私は嫌いじゃないからジョルノとしたのは嫌じゃなかった。

「ジョルノに会ったら絶対思い出して恥ずかしくなるし、いつもみたいに話せなくなるかもしれないって不安だった。いつも通りが壊れるのが嫌だった。」

今まで築いてきた仲が壊れるのが怖かった。

「キッ、キスとか初めてだったし、ジョルノが無理してやってくれたことだったら申し訳ないって思って……謝ろうと思ってて……酷いとか全く思ってないんだ。本当に……」

そう、わざわざ私のためにしてくれたことって思ったら申し訳なかった。

「本当に嫌じゃなくて……その……」

何を言いたいのか、言いたかったのか上手くまとめられない。もどかしくて変な感じ。こんな風になるなんて久しぶりだ。答えがなかなか出てこない。あの時は無我夢中で走って自分を貫いたけれど、今は貫けない。向き合い方が別方向な気がして走り方がいまいち分からない。
ああじゃないこうじゃないって頭の中で考える。でもやっぱりまとまらない。馬鹿だから上手くまとめられない。

「シニー、」

言葉に詰まっていたら、ジョルノの手が私の方に伸びてくる。
ジョルノはいつだって優しい。分からない私に精一杯に声をかけてくれる。

「拒まないでくれてありがとう。」

伸びてきた手は背中に回されて、そのままジョルノに抱き寄せられて……体温を近くに感じて顔が何故か熱くなってしまって今にも爆発をしそうになる。前にもジョルノとこんな感じなことがあったけれど、あの時は顔が熱くとかならなかったのに、今は凄く込み上がってしまうものがある。変に緊張しているみたいで一瞬息が出来なかった。

「ああー……嫌われてるかもって卑屈になってたぼくが馬鹿みたい。最初からちゃんと言えばよかったんだね、ごめんねシニー。」

ジョルノの体、昔より大きくなった気がする。初めて会った頃は体格とか大体一緒だったのに、今になって比べると全然違う。男の子の成長って凄いなって関心しちゃう。
それにしても……ジョルノの髪の毛が顔に当たってくすぐったい。胸と胸が当たっているのが何よりも恥ずかしくて困る。心臓の音とか聴かれていたらどうしよう……でも嫌じゃない自分もいるのは確かだ。ジョルノの体温で溶けそうになっている自分がいる。自分で自分に起こっていることが全く以って理解出来ない……!

「嫌いだなんて思ったことないよ……」

やり場を失っていた手をジョルノの背中に回す。腕いっぱいにぎゅっと力を込めるとべったりとくっ付いて、肩に顔を埋めてみた。

「じゃあ、好き?」

私の言葉を聞いたジョルノは私の体から一度離れると、至近距離で見合うように視線を合わせてくる。

「ごめん……ジョルノの言う好きがよく分からないんだ。」

その質問はずるいだろ。ミスタさんと同じことを訊くなんて……嫌いじゃなかったら好きっていう思考回路どうにかならないのかな?普通って言ったらどうするの?納得出来るのかきみは。

「いいよ、まだ分からなくて。」

でもジョルノは笑いながらそう言うと、それでもいいと私から体を離してにっと笑う。

「ぼくはきみが好き。それだけは覚えてて。」

額と額をくっ付けてくるジョルノはどこか嬉しそう。ぐりぐりと当ててクスクスと笑っている。こんなジョルノを見るのは初めてで凄く新鮮で、私まで笑顔になる。

「うん、絶対に忘れない。」

素直に嬉しかった。誰かに好意を向けられるのは。
好きって言いながら笑ってくれるジョルノを見ると凄く胸が充たされる。

「もしぼくと同じ好きになったら教えてくれる?」
「分かった。絶対に教える。」
「ふふ、楽しみだ。」

私はジョルノの好きが分からない。
だからジョルノの好きを理解したい。一緒の気持ちになりたい。ジョルノのことを分かりたい。もう二度とここからいなくなりたくないって思った。


ジョルノが私を諦めなかったなら私もジョルノを諦めない。

「好きだよシニー、」

いつかジョルノに同じ言葉を返せますように。




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