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「シャンプーと〜チョコレートと〜……」

あの緊急任務をやり遂げた後皆を追い返して、無事にゆっくりすることが出来たので午後から街に出て買い物をしている。
こうやって買い物をしに街に出るとか久しぶりだ……仕事ばかりで全く出来ていなかった。外に出てもいつも地面に浮かぶ足跡しか見ていないしな、周りをしっかり見るのは何日ぶりかな?

「今日の夕飯は〜魚!」

人がいっぱいいるのを見るのは楽しい。たまにギャングっぽい人がいるけれどまぁ今日の私は一般市民なので気にせず過ごそう。魚が欲しいのだけれどどこで買ったら美味しいかな?やっぱり港付近?

「……ん?」

辺りを見回しつつお店を探していたら、目の前にいる男女が突然ベタベタとくっ付きながら歩く姿が目にとまる。
デートかな?凄いな。男性の方とか女性の腰に手を回していて見ているだけで照れてくる。
思わず端に寄って、目立たたない場所を見つけるとそこに立ち止まり、その二人を覗いてみる。日常生活でまさか仕事の尾行技術を使う日が来るとは思わなかったな……しかもめちゃくちゃ街中で。目立たないけれど人が見たら多分警戒されそう。
男女は恋人同士だよね?ギャングはよく潜入する時に演技でやったりするけれど、見た感じ銃とか武器を持っていない。程よいおしゃれで身を包んでいらっしゃる。
男の人は女の人に熱視線を送っているし……お互いに目が合ったら段々顔の距離が縮まっていくし……

(おお……)

昼間なのにきっキスをし始めた……だと!?
えっえっ白昼堂々とキスって……いやいやでも普通だよね?イタリア人は他の国の人と比べると日中ベタベタする方だし、愛の国だし……
愛の国。そう、愛の国ってことはだ。もしかしたら皆グルになって愛を確かめあっているのでは?
まさかと思って周りを見回す。そしたらやっぱり街中にいる男女二人組は大体がベタベタしていてボディタッチもやたらに多いしで、見ているこっちが急に恥ずかしくなって両手で目を覆ってしまった。

(イタリアやばい!)

今まで気にしたことなんてなかった。でもこの頃はジョルノのことがあったから、こういうのを目の当たりにしてしまうと恋人同士の絡み合いってなかなか凄みがあるなぁとか考えてしまう。イタリアの風景って実は凄いんだな。
しかし、キスはなぁ……

(ジョルノとしたんだよね……)

最近はキスをしたことなんて考える暇がないくらい忙したかった。だから気にするとか全くしなかったのだけれど……こうやって他人がやっているところを目の当たりにしてしまうと、甦ってきてまたいろんな感情でぐちゃぐちゃになりそうになる。
そしてぐちゃぐちゃになってくると毎回顔が熱くなってそれはもう大変だ。どれだけ恥ずかしかったのだろうか私は。初めてだったんだしそりゃあ恥ずかしいよな。
……もしも、もしもジョルノと同じ好きになったら。私達は恋人同士になって街中の恋人達みたいに街中でキスとかしたりするのだろうか?ジョルノが街中でキスって、キスって……

(……しないだろ。)

あのジョルノが街中でキスとか絶対しないと思う。やるなら絶対室内だ。ジョルノはカッコイイからそんなことをしたらめちゃくちゃ目立つもんな。裏社会で話題になったら多分大変なことになる。そもそも私とジョルノは恋人同士ではないし……またキスとか……
……これ以上考えると顔から表情が消えてしまいそう。ブツゾーみたいな顔になりそうだからやめておこう。
しかし思う。せめてこういう話を誰か出来る人に相談とか出来たらいいのに。どうやったら恋愛の好きを理解出来るのか訊ねたいよ。

「早く行こ。」

とにもかくにも考えてもしょうがない。とりあえず用事を早く済ませてのんびりしよう。
恋人達から目を逸らすと、ケーブルカーへ乗り込むために駅を目指して歩き始める。折角だからちょっと遠目の港付近のお店にでも行こ「サインください!」
「あ?」

うと思っていたら、駅の方向に凄い人集りが出来ていて、通れそうな気配がないのが目にとまる。
何だこれ?老若男女問わず何か集合していらっしゃる。覗いて何事か確かめたいけれど……身長の大きい人とかいてその先が全く見えそうにない。

「マジかぁ……」

その先のケーブルカーに乗りたかったのだけれども……これは無理かな?横に人が広がりすぎて道が塞がっちゃっている。隙間も全くない。普通なら諦めるよな。
そう、普通なら諦める。昔の私だったら多分普通に諦めていただろう。しかし今の私は一味違う。

「トロイメライ、」

そう、私は望めばこの人集りを越えることが出来るのだ。
私は星達を産むと地面に即席の私にしか見えないトランポリンを創り、ゆっくりと後ろに下がってから数回ジャンプをする。これがなかなかの出来で結構弾むんだな。
人がこっちを見ていないところを確認すると、私はフードを被ってはナランチャのターバンを上から被る。フードが落ちないように固定されていることを首を振りながら確認すると、荷物をギュッと抱えてそのまま勢いよく何度もジャンプをして、

「ボラーレヴィーア!」

宙に思いっきり浮いたのだった。
幸いにも周りは何かに夢中になっていて誰もこちらを向いてこない。しかも結構高く跳んだから、もし誰かが見た場合私の存在というのはチンピラがふざけて建物から飛んだぐらいにしか見えていないと思う。
てっぺんまで浮くと私の体は宙で何度も回転をする。羽が生えたように体が軽くて勢いが凄い。

「トロイメライっ!」

流石にそのまま地面に着地をすると目立ってしまうので、私は建物に向かって星達に滑り台を創るように望み、そのまま足で着地をしたら体を滑らせて屋上に飛び移る。
ピシッと真っ直ぐに降りて、荷物を持っていない方の手を空へ伸ばして勝利のポーズをして。しかしポーズをキメてから心臓がバクバクと鳴り始めて……私は屋上に膝を着いては情けなく口でぜーぜーと呼吸をし始めたのだった。

「し……死ぬかと思った!」

我ながらめちゃくちゃなことをした気がする!あんな荒業は一度も使ったことがないし、仕事で使うこともない。今のをジョルノとウーゴが見ていたら怒られていただろう。ミスタさんなら多分褒めてくれたと思う。

「ああ〜!」

私は荷物を抱えたまま背中を屋上にくっ付けて、仰向けに寝転がると青い空を見上げた。
心臓の音がめいっぱい聴こえてくる。まるで走った後みたい。必死にもがくように動いている。

(生きてる……)

そう、私は生きている。心臓がバクバクに動いている音を聴く度にいつも感じていること。
死んだと思った時、意識しかなかった時。私は心臓の音が全く聴こえなかった。生きている実感はなかったけれど、ブチャラティ達は体は死んでも心は生きているって言っていた。生きた心地がしなくても生きているっていうのは今思えば不思議な感じだと思う。

「ブチャラティ、アバッキオ、ナランチャ……」

青い空の向こうに天国があるなら、今はそっちにいるのかな?実は今ここにいたりとか……するのかな。意外とアジトでくつろいでいそう。

「……行かなきゃ。」

折角道を越えたのだから目的地まで行かないと。私は起き上がるとターバンとフードを取って、路地裏の方向に滑り台をまた創っては目立たないように地面に降りてゆく。路地裏からケーブルカーの駅に続く道に出ると、そのまま真っ直ぐ走っていった。
あの場所だけが混んでいただけで他は特に混んではいない。だから普通に通れるし、そのまま進めるもんだと思って駅まで進んだ。
けれどもしかし、しかしだ。

「ボールいったぞー!」
「パスパース!」

(マジかー……)

一度ついていなければ二度目もあるわけで……駅まであと少しのところで道のど真ん中でサッカーをする少年達に出会してしまい、私は再び足止めをくらってしまうのだった。
何なの?今日は厄日なの?行きたい場所に限って人が邪魔をしてくるとか……もしかして星占いとか最下位なんじゃ!ここまで来たのに通れないとか最早神様の悪戯なんじゃ……!
しかし諦めるわけにはいかない。魚が、魚が食べたいんだよ。ぐつぐつ煮込んで時間をかけて、美味しい美味しいスープを作りたいんだよ。魚料理は時間がかかるから仕事の時は遠慮をしちゃって全く食べられないんだ。だから今日しかチャンスがないんだよ、チャンスが……
つまりあれか、ケーブルカーを使って港付近まで行くよりスーパーで普通に魚を買えって神は言っているのか?魚ならどこにだってあるだろうがって?いや全然違うだろ、魚の鮮度のことを考えたら断然港付近のやつの方が美味いはず。

「タクシー……使うか?」

一応お金ならある。稀にメーターをいじるぼったくりタクシーがいるけれど、注意をしてトロイメライでいじれないようにすればそんな心配もないよな……よし、一旦最初の通りに戻ろう。それからタクシーを捕まえよう!
そうと決まればあとは行動のみである。私は回れ右をすると元来た道の方へと振り返り、そこを立ち去ろうと

「そこのあなた!」
「え?」

したのだけれど。またアクシデントが発生してしまう。知らない人に声を掛けられて、またもや道が塞がれてしまった。
本当に厄日かな?行くところ行くところでアクシデントばかり起こるよね……まさか夜に会ったあの幽霊が呪詛とか唱えて私を呪っているのでは……軽い気持ちで見えるようにした罰……?

「やっと追いついた……ファンを撒くのが凄く大変だったわ……」

声をかけてきた人……女の子に目を向けると、その人は走ってきたのか息を切らして汗をかいていた。服装は布面積が少なくて見ていると私の方が少し照れちゃいそう……同い年くらいかな?身長が大体一緒。髪はピンク色で、羊みたいにふわふわしていて凄く可愛らしい。
っていうか今何て言った?

「ファン……?」

ファンを撒く、とは?どういうことだろう?
ファンってことはこの子は人気な子……なのかな?学校のマドンナ的な?いやいや今平日だし学校に通っていたら今頃授業中のはずだから違うよな。他に当てはまるとしたら、有名な人のお仲間……なのかな。

「トリッシュちゃーーーん!」
「サインくれーーー!」
「好き〜〜〜!!」

遠くから黄色い声がする。サインをくれって叫んでいる。やっぱり有名な方なのかなこの子。

「追ってきたか……」

女の子は黄色い声を聴くと苦虫を噛み潰したような顔をしながら、肩を落として深く溜め息をこぼす。疲れた様子でちょっと心配だ。

「ファンの人達は好きなのよ……でも今日は約束があるの。だから空に浮いていたあなたを見たら追いかけなきゃって思ったのよ。」

私の肩に手を置くと、女の子は体からオーラを出して背後にピンク色の何かを出してきた。まるでスタンドみたいっていうか、何かっていうかこれは

「スタンド!?」

スタンドである。どこをどう見てもスタンドである。
しまった……油断をしていた。ジョルノに前言われたことを忘れていた。スタンド使い同士は引かれ合うって言われたのをすっかり忘れていた。そりゃあ街中でスタンドを使ったらスタンド使いには探知されてしまうわよね!
思わず数歩下がって身構えて、星を産んで警戒する。見られたからには消さねばならない……

「待って、戦うつもりはないわ。」

しかし女の子はそんな戦闘態勢に入っている私を見ると自分のスタンドを引っ込めて、戦意はないことを示してきて……何で引っ込めたのか。相手はギャングだよお嬢さん!出しておいた方が安全だよ!

「戦うどころか寧ろ協力をして欲しいの。」

戦意むんむんな私だったけれどいろいろと心配になっていれば、女の子は肩から手を離すとその手を私の手に持っていって、縋るような勢いで包むように握ってくる。
協力、とは?何をどう協力をしろというの?まさかとは思うけれど犯罪にか?犯罪はちょっと……って思ったけれどそもそも私はギャングだ──犯罪組織の人間だった──!

「お願い、」

ギャングだとバレたら警察に連行されるかもって不安になってきたら、女の子が真剣な眼差しを向けてきて、私を見つめながら「お願い」をしてきた。

「あたしを約束してる目的地まで連れてって!」


……私の夕飯が魚以外に決まった瞬間だったという。




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