「そっか〜、トリッシュちゃんは歌手なんだね!」
「そうよ、歌手なの。」
私を追いかけてきた女の子……トリッシュちゃんを連れて、屋根という屋根、屋上という屋上を歩きながら、私達は目的地を目指して突き進む。
トリッシュちゃんは16歳で歌手、仕事がオフだからと久しぶりに友達に会う約束をしたらしい。しかし歌手ともなればファンはいるわけで、見つかったらそれはもう人に絡まれて進めなくなってしまったとか。そんな時に私がスタンド能力と思しきもので宙に浮いていたから、気になったのと助けてもらうのとで追いかけてきたという。
とりあえず人に追われて大変なのはあの黄色い声で理解したので、トロイメライで壁を創って難を逃れて別の道に出た。しかし彼女は凄く目立つみたいで、すぐにまた人集りが出来そうになって……とりあえず手を引いて走って路地裏に入ってからハシゴを創って昇って……今に至る。凄く大変だった。
屋根の上は快適で、私達はとにかく見つからないように大移動中だ。目指すは大通りのカッフェで、私が昔よくジョルノと立ち寄った場所……とりあえず屋根と屋上伝いに行ったことがないからトロイメライを弾いて私達だけに見える足跡を広範囲に伸ばして歩き回っている。複雑な道ではなさそうなのが救いだった。
「シニストラは何してる人なのかしら?やっぱりギャング?」
歩きながら世間話をしているのだけれど、トリッシュちゃんはなかなかに鋭い。
「あー……まぁそんなとこ。」
スタンド能力を持っている人間はギャングらしい……確かにそうだよね、この近辺のスタンド使いは確かにギャングしかいない。怖いから敢えて訊かないけれどトリッシュちゃんも実は……っていうことがあるかもしれない。それか私と同じで事故で矢に射貫かれたかのどちらかかな?
「トリッシュちゃんは、えっと……CD出してるの?」
とりあえず話を変えよう。そう思ってトリッシュちゃんに質問を繰り出してみる。
「出てるわ。さっき見た通り結構有名なの、あたし。」
トリッシュちゃんは自信満々に目を輝かせながら答えてくれる。
「今度コンサートもやるの。今日は体力も付けたくて歩こうと思ったのだけど、ファンに見つかってしまって……でも結果オーライかしら?あなたのお陰で素敵な道を通れているのだもの。」
青空を見上げながらそう言って、私へ視線を戻すと笑ってくれる。凄くキラキラした子だなぁ……まるでジョルノみたい。
「トリッシュちゃんは凄いね。」
きっと夢に向かって一直線に走っている人だ。人を見る目はとにかく真っ直ぐ。芯の通った人だって伝わってくる。
「私は体力つけるために走ってるよ!毎日職場までババーって!めちゃくちゃ汗かいて部屋に入るとシャワー浴びて来いって友達に引き摺られてシャワールームに放り込まれてる!これからまた汗かくのに!」
「あなた意外とストイックなのね?いや、タフなのかしら……」
「インベチーレってよく言われる。」
「そいつぶん殴っていいと思うわ。」
思わず元気いっぱいに話してしまう私。久しぶりに女の子とお話が出来て楽しくて楽しくて……目的を忘れてしまいそう。
しかし……ストイックともタフとも言われたことはないよね?最高とか凄いとかインベチーレとかその辺しか言われていない気がする。最高とか凄いとかは思わないしインベチーレとか思いたくはないけれど……まぁウーゴにしか言われないし大丈夫。言われても大体慣れてきた。
「まぁ私は走るしか能がないから、走るしかなくて。」
そう、私は走ることしか得意なことがない。芸術面は平均的な価値観しか持たないし、勉強も平均的だし……他に頑張っていることといえば、価値観が平均的な中で想像力と創造力を向上させるべくファンタジー映画を見たり、かな?趣味にしか見えないけれど、凄く真剣になって魔法シーンとか眺めてしまう。
「走ることは素敵よ?」
ちょっと自分に対して卑屈になりかけていたら、トリッシュちゃんが励ますように声をかけてくれる。
「ランナーは速く走るためと立ち止まらないために走る練習をするでしょう?だから人生に於いて躓いたとしても止まらないですぐに立ち向かえる……諦めない強さがあるの。」
……諦めない、強さ。私は強くはないけれど、諦めないっていう意志が確かにある。それが力になって今ここにいられるから何だかその言葉は感慨深い。
「やっぱりトリッシュちゃんは凄いな!」
思わず笑顔になってしまう。凄く励まされたし勇気が湧いてきた。きっと彼女の歌もこうやって背中を押してくれる凄い歌なんだろうな。
「私CD買うね!売上に貢献する!」
「ありがと!今度アルバムも出すから是非買ってちょうだい?」
「ちゃっかりさんだな〜絶対買うよ〜!」
早くトリッシュちゃんの歌が聴きたいな!わくわくしすぎて思わずその場で両手を挙げてしまった。
とにかくトリッシュちゃんと出会えたことはとても嬉しいことだった。あの時宙に飛ばなかったら多分知り合うこともなかったんだろうな。そう思うとファンの方々に感謝をせねば。
それにしても女の子と友達になれるなんて夢みたい……何ヵ月ぶりだろう。学校に友達はいたけれど皆はもう卒業していたし、同い年ではないからって寮の女の子達とも話すことはなかった。だから今こうやって友達が出来たことが不思議な感じがする。周りにいたの男性ばかりだからなぁ……
そう、男性しか周りにいなかった。だから何かを相談しても価値観の部分で分かり合えなかったりして大変なことも多々あった。
「と、トリッシュちゃん!」
私はずっと話したかったこと、もとい誰かに訊きたかったことを訊ねようと、トリッシュちゃんに歩きながらも勢いよく訊ねてみる。
「トリッシュちゃんは好きな人っている?」
まずは確認からである。私の質問はそれを理解していないとしづらい。
トリッシュちゃんは私の質問を聞くと少し驚いたような顔をして、少し間を開けてから答えてくれた。
「いたわ。」
しかし口から出てきた言葉は「いた」……過去形だ。前はいたけれど今はいないということだろうか?
でもいたならば多分訊いても大丈夫かな、訊いたらまずいかな……失恋とかだったら訊いたら失礼だろうか……私から質問をしたくせに悩むなんてどういうことだ。
「シニストラにはいるの?好きな人。」
「んぇっ?」
しかし悩んでいればトリッシュちゃんが逆に私に訊ねてくる。びっくりして情けない声で返事をしてしまった。予想外だった。
「えっと……す、好きな人っていうか……」
自分のことを訊かれるとちょっと困っちゃう……どう言ったら分からないもん。そんな質問をトリッシュちゃんにしちゃったんだなって言われてから気が付いたけれど、その質問は凄く辛い。
トリッシュちゃんは答えてくれたんだし、私も答えないとだよね……言わないと……
「好きになりたいなって思う人なら……いるんだけど……その……」
我ながら恥ずかしい。好きになりたいと思う人がいるって、好きな人がいるって言うより恥ずかしい。堂々と言えないのは私の経験値不足かも。文句だったら大声で言えるくせに。
「……恥ずかしいことに恋愛が分からないんだよね。」
自分の無知さが恥ずかしくて、思わず両手で顔を覆って立ち止まってしまう。
女に生まれながら恋を知らないとか申し訳なさすぎて泣きそう。普通なら小さい頃に初恋とかあるものなんでしょ?私初恋すらまだだもん、全く経験がないんだもん……
「恋愛が分からないって……つまり恋をしたことがないの?」
死んだ両親に申し訳ないと謝っていたら、トリッシュちゃんがやんわりと訊ねてくる。しかし内容はやんわりじゃない。鋭すぎる。胸にグサッと刺さりました。
「ないんです……」
ない。全くない。
何の拷問か分からないくらい羞恥心しか持てない。まるでスカートで走っていたら下着が見えた時並の羞恥心……見せたことはないけれどそんな感じ。
「そもそも恋愛感情というものがどんなものか分からなくて……」
言っていてしんどくなる。よく考えてみたら今日友達になったばかりなのにこういうことを話すとか結構ハードルが高くない?ウーゴにインベチーレって言われてもしょうがないなこれは。科学的根拠で説明しようとするであろうウーゴには絶対訊かないけれど。
「恋愛感情が分からない、か……」
私の疑問を復唱したトリッシュちゃんは少しだけ考え込むように唸る。
「そうね……切っ掛けがないと分からないことよね。」
トリッシュちゃんも分からない人だったのかな、切っ掛けがないと分からないって……今は分かっているのかな?やっぱり失礼なことを訊いちゃったかな?
「急にこんな話しちゃってごめんね……」
やっぱりこの話はしない方がいい気がする。プライベートなことだし人の恋路は邪魔しちゃダメって何かで見た。これ以上はやめておいた方がいい。
話を終わらせようと思って顔から手を剥がして、パンパンとその手を叩こうとした。
「例えばなんだけど、」
けれど、トリッシュちゃんは話をやめなくて。私の悩みを答えようとしてくれる。
「好きになりたい人?と一緒にいるとするじゃない?」
いや、答えてくれるのかなこれは?
好きになりたい人と一緒にいるとする……私はジョルノのことを頭に思い浮かべて、トリッシュちゃんに向かって首を縦に振る。
「その人と一緒にいると幸せとか、手が触れるとドキドキするとかそういうのはないのかしら?」
ジョルノと一緒にいて幸せ……ジョルノと手が触れるとドキドキする……
言われて更にジョルノと一緒にいる時を思い浮かべる。頭の中に現れたジョルノを隣に置いて、自分の感じるパターンを考えてみる。
ジョルノといると……安心出来るよね。一緒にいると何でも出来るきがする時とかあるし、手が触れるというか、繋ぐとくすぐったい気持ちになる。そんな時は確かに心臓がドキドキしている気がする。
「あとはそうね……その人がカッコよく見えたり……」
ジョルノはいつもカッコいい。出会った頃から真っ直ぐだから魅力的。
「その人とキスしたいとか……」
ジョルノとキスをした……い……?
っていうところまで想像をするけれど、したいというかもうしてしまったので浮かんでくるのは過去の映像のみ。思い出すと顔に熱が混み上がって爆発しそうになった。思わず両頬に手を当てて熱を冷まそうとするけれど、光景が甦ってきてなかなか消えない。
「その様子だとキスはしてるのね?」
「う……」
顔から火が出そうになりながらもトリッシュちゃんをガン見したら、トリッシュちゃんに事後であることを悟られてしまう。
きききキスの話は!ずるいだろ!誰だって想像をしても実際にあったことを思い出しても!こういう反応はするだろ!
「じゃあその時どう思った?」
しかもしたことがある前提で訊いてくるし……いやしたけれどもね?これは言い逃れができない奴だ。全く何も言い返せない。トリッシュちゃんって実は小悪魔か?
感想……また言わなくちゃいけないの?
「い、嫌じゃないって、思った……」
キスの話を人に言うのはこれで二回目だ。二回目でも話す相手が違うから改めて言うのはとても恥ずかしい。
声を絞り出すように答える。目が自然とトリッシュちゃんから逸れてしまってとても苦しいし、とても気まずい。
「嫌じゃあないならそれが答えよ。」
しかし気まずい私にトリッシュちゃんがミスタさんみたいなことを言うもんだから、またトリッシュちゃんの方に目が向いてしまった。
「何で嫌じゃないと好きになるの?」
それが分からないんだよ私は。だから今苦しんでいるんだよ?ジョルノと同じ好きになりたいから必死になっている。どうやったらそういう答えになるのか。
分からないから訊いたのに、トリッシュちゃんは私の質問を聞くと少し可笑しそうに笑う。
「だってあなた、あたしが言ったことを考えている間凄く幸せそうだったもの?」
「え、」
失礼だなって思っていたからそのトリッシュちゃんが出した答えには驚いてしまう。
顔が幸せ?い、意識すらしていないことを言われた……?私ってば考えながら幸せそうな顔とかしていたわけ?顔が熱いくらいしか思っていなかったけれどどういうことだ私……!
「大丈夫、あなたはもうその人のことが好きよ。」
トリッシュちゃんは混乱をしている私を見ながら、諭すように私に教えてくれる。
「一緒にいると幸せで、手が触れると……いいえ、体が触れたら心臓が騒ぐ。キスをしたら嫌と思わなくて寧ろ幸せだと思うなら、あなたはもう充分恋してる。」
一緒にいたら幸せ、体が触れたら心臓がばくばく動く。キスは嫌じゃない。幸せというか、ジョルノとのキスは気持ちがよくて心が騒ぐ……トリッシュちゃんが言うことは今まで聞いてきた話の中で一番的を射ているような気がする。ミスタさんは嫌いじゃないなら好きって言っていたけれど、私はずっとその好きの中身が知りたかった。恋を知りたかった。
つまり恋っていうものは……その人とそばにいると幸せだと感じて、その人と触れ合ったら胸がドキドキしちゃうのか?それだけだったら分からないけれど、キスをした時のあの気持ちを考えたら最早言い訳は通用しない。私はジョルノとキスをしてからずっと何度も何度も胸が跳ねている。思い出すと頭の中にはもうジョルノしかいなくなってしまう。
ジョルノもそうなの?ずっと私にこんな気持ちを抱いてくれていたの?触れると幸せって思ってくれていたの?私を見つけてくれた時も……?
ジョルノのことを考え始めたらシャボン玉が生まれるみたいにジョルノのいろんな顔や姿が浮かんできて止まらなくなった。今まで宙に浮いていたものがやっと落ちてきて、ようやくそれに触れられたような……そんな感じがする。
「……顔が熱くなるのも、好きのせい?」
恥ずかしくて困っていた。でもそれは好きからきた熱だったのかな?
「そう。好きのせい。」
はっきりと自信満々にトリッシュちゃんは言う。
それが好きということ。それが恋をしている証拠だと。
「そっか……」
知らなかった。そうだったんだね。
(私はジョルノに既に恋をしていたんだ。)
キスをされたあの瞬間から……私はずっとジョルノのことを意識していた。今思い返せばそういうことだったんだなって思う。ミスタさんが言っていたことは正しかったんだ。
何でずっと分からなかったのかな、こんなすぐ近くにあったのに。既にもうジョルノと同じ好きになっていたのに……気が付かなかった私は、それを知りもしなかった私は本当にインベチーレだ。言い返せない。
「ありがとうトリッシュちゃん!」
ようやくジョルノの好きを理解出来た。とにかくそれがとてつもなく嬉しい。
トリッシュちゃんに質問してよかった……ようやく答えが見つかって感謝をしてもし切れない。恋って凄いんだね?胸がいっぱいになるんだね?
「ああーすっきりした……トリッシュちゃんは最高だ!絶対CD買うからね!」
モヤがやっと晴れたことが嬉しすぎて、私は勢いよくトリッシュちゃんの手を両手で握るとブンブンとその手を縦に振る。
もうファンになりそうっていうかファンだ。友達だけれど一ファンになっちゃった。本当に巡り会えたことに感謝だ。
「お役に立ててよかったわ。」
トリッシュちゃんは笑顔でそう言って、私の手に空いている手を当ててくれる。包むように握ってくれて……まるで神対応。流石歌手……!
「ところでラジカセってどこで売ってるかな。CD聴けるかな?」
「そこからなの?よくCD買うって言えたわね……」
「まぁ……仲間に借りればいいかなって思っていたからね……!」
胸が躍る。凄く世界が輝いて見える。
とにかくようやく理解した。あとはジョルノに伝えるだけだ。明日一番にこの気持ちを話したい。好きだって伝えたい。早く会いたい。大好きなジョルノに。
(喜んでくれるかな……)
顔が勝手に綻んでしまう。凄く凄く幸福だ。
トリッシュちゃんをカッフェまで送った頃にはもう日が暮れかけていて、港の方まで魚を買いに行くことは不可能だった。でも買いたいものを買う以上の喜びを手に入れられたのが嬉しくて、魚のこと何だかどうでもよくなって……食欲よりも勝るものがあることに衝撃を受けた。
初めて知った気持ちでもう胸がいっぱいだ。でもそれと同時にやっぱり顔は熱くなる……燃えるようにもわもわするけれど、前よりは嫌だと思わない。くすぐったくてしょうがない。
今ならしっかりと声に出して言える。ちゃんと口から言葉が出せるよ。
「私は───」
私を諦めなかったジョルノに恋をしている。
23
【name change】