今日ジョルノに同じ気持ちだっていうことを伝えよう。そう思って家を出て、今日は汗をかかないように珍しく歩いてきた。
アジトに入ったらジョルノの部屋に直行しよう……そう決めてアジトの入口を開けるのだけれども、開けたらそこには今出ようとしていたミスタさんがいて。有無を言わさず手を引っ張られると緊急の仕事へと駆り出される。
連れていかれたところで足跡を出していつも通りの追跡任務が始まって、アジトに帰ろうと思ったら今度は暗殺任務が入る。やったらやったで芋づる式に仲間が割り出されて連れてかれて……ミスタさんの援護を繰り返してようやく終わりかと思ったら、今度はアジトに戻ってから拷問の手伝いをやらされた。解放をされたのはそれから数時間後で、気が付けば夜の七時……怒涛の仕事量で私はもうクタクタだ。報告書を書き終えてようやく開放されたけれど、足が動かなくてもうやばい。凄く疲れた。
「お疲れシニー、今日は大変だったね。」
ソファでぐでぐでになっていたらウーゴがお茶を淹れてくれて、私の目の前に出してくれる。
「マジ大変だった……もう動きたくない……」
暗殺任務はもうな……苦でしかない。私の能力は殺しには向いていないから、とにかく息を殺してミスタさんが狙いやすいようにターゲットにマーカーを付けることしか出来なかった。本当は付けるつもりはなかったけれど、ミスタさんが人体の体の弱点の復習とか言われて付けさせられた。
ウーゴが淹れたお茶に手を伸ばして飲む。久しぶりに何かを口に入れたから凄く生き返る。
「今日はもう仕事はないから家に帰って休みなよ。」
一口二口と飲んでいれば、ぐだぐだの私にウーゴがそう声をかけてくれる。
そうだよなぁ……今日は疲れたし、もう帰りたいかも……でもそう思ったとしてもどうしても今日は帰れない。
「まだここにいるよ。」
まだここにいたい。ジョルノのことを待ちたい。
それに多分家に帰っても昨日からずっとそわそわしているから落ち着けないと思う。
「それよりジョルノは?」
そう、今日一日中外にいたせいもあるけれど、ジョルノの姿を一切見かけていない。外に出かけているのかな?忙しいのかな?
私の質問を聞いたウーゴは少し目を見開かせながら答えてくれる。
「ジョジョは長期休暇をされている最中だ。」
「え、」
「聞いてなかったのか?……いや、シニーがいない時に言ってたんだっけ。昨日の朝方……」
それは一切全く聞かされていない衝撃の事実だった。
何だそれ、長期休暇?
聞いていないんですけど?昨日は休みっていうことは知っていたけれど、今日も明日も明後日もしばらく休みだなんて聞いていない。
つまりしばらくの間は伝えられないってこと?ジョルノに会えないの?
「長期と言っても仕事しないだけでアジトにはいらっしゃるよ。今は部屋で寝ているんじゃあないか?」
ショックを受けていればウーゴが嬉しい情報を教えてくれる。
しかし仕事はしないけれどアジトで寝ているっていうのは休まるのかな……でもこのアジトってジョルノの家みたいなものだし、部屋から出なければ実家の感覚に近い?
部屋で寝ているジョルノ、か……
(また脱いで寝てるんだろうな……)
あの日の光景が甦って急に恥ずかしくなる。
ジョルノの裸は何というか、美しいんだよな……一切無駄がないっていうか……いやいや何思い出してるの私は変態か?疲れているせい?
「やっぱ帰るわ……」
裸なジョルノはまだ私には心臓に悪い。ここは大人しく帰って休もうかな。
ソファから立ち上がると私は貰ったお茶を一気飲みして、そのままカップを置くと入口まで歩いてゆく。
「ウーゴ、お茶ありがとう。お疲れ様。」
「うん、お疲れ様。」
ウーゴに挨拶をしたらそのまま扉を開けて部屋の外へと出て、アジトの入口の方へ足を動かした。
(そうか、ジョルノは今日寝てるのか……)
早く言いたかったんだけどな……疲れて寝ているなら起こせない。最近のジョルノはいっぱい仕事をしていたし、夜中にわざわざ家に来て依頼してくるし……ちゃんとそれから寝たのかな?何かあの三人のことだから本当にトランプやっていそうだよな。朝方に聞いたって言っていたし絶対やってただろ君達。
(っていうか、)
私は廊下を少し歩いたところで頭を抱えると近くの壁に寄りかかった。
(ジョルノはいつまで休暇なの?)
分からない。そう言えば聞いていなかった。
長期って言っていたから多分一週間くらい?一週間もジョルノに会えないの?顔を見られないし声も聞けないの……?
(いつなら会ってくれるかな……)
いろいろ思うところがあるけれどとにかく帰ろう。ジョルノは一応ここにいるし、大丈夫。きっと話せる時は近い。
今日は諦めて明日。気持ちを切り替えて私は家に帰った。
しかしそう簡単に会うことは難しいことで、一日忙しかったら続くもの……何日も何日もジョルノがいない間ずっと仕事が入りっぱなしだった。
同盟を結んでいる組織の幹部を護衛したり、抗争に巻き込まれたり、ミスタさんまで休暇になったからポルナレフさんに言われてウーゴの抱える書類仕事も手伝った。外に出たら乱暴な現場ばかり行かされるから体力はともかく精神面で潰れそう。
「私……この仕事が終わったら走るんだ……」
「それいつもと変わらないだろ。」
書類にひたすら判子を押すだけの作業をやりながら、思わず欲を言ってしまう。しかしそれを聞いていたウーゴはいつもじゃんってつっこんで私の楽しみを砕いてしまった。
いつも走ってるっけ……いや最近は汗をかかないように仕事以外では歩いていたし、いつもではない気がするんですけど?
「あと今外は雨だから走れないんじゃあないか?」
「え?」
ウーゴに言われて初めて窓を覗くのだけれど、見たおかげか部屋の中にいても聴こえるくらいザーザーと音を立てながら雨が降っていて、私は一瞬頭が固まった。
来た時は降っていなかったのに……傘持ってきていないのですが……っていうかこのパターンは無理とは言わずに走らざるを得ないのでは?
傘がないならスタンドを使えばいいよね?でもトロイメライって雨の日との相性が悪いんだよな……炎が湿気で弱まるのか星の生産が明らかに少なくなるし、遅い。
「とにかく手動かして。この束の判子が押せたら帰っていいから。」
「はいはーい。」
疲れたけれどあと少し。もう少ししたら家に帰れる
「……私、これが終わったら走「やっぱもう帰っていいっていうか帰ってくれ。」」
って思いながら判子を押していたらウーゴが突然書類と判子を取り上げて、座っている私を引っ張り上げると部屋の外へと押し出してきた。
「また明日もよろしく、シニー。さっさと寝ろよ。」
笑顔で言うものの凄く早口。何も言い返せない上扉は閉まったしで、廊下に私だけが取り残される。
す、素早かった……ウーゴ凄い、有無を言わさずに追い出されたし最後怒りが滲んでいた。もしかしたら私、無意識に何かウーゴの気に障ることを言ったのかもしれない。何言ったっけ、覚えていない。
「お疲れさまー……」
大好きなジョジョがいないからウーゴも疲れていそうだけれど、追い出されたから大人しく帰った方がいいよね……とりあえず小さな声でウーゴに労いを伝えて、ゆっくり廊下を歩き始める。
それにしても慣れなきゃと思ってがむしゃらに仕事はするけれど、精神的に何かが溜まりそう。現に溜まっている気がするし、今の安心材料になっていた人がいないから気持ちも下がる。
ウーゴと同じくらい……いや、ウーゴ以上にジョルノに会いたい。でも休んで欲しいから会いには行きたくないし、そもそも長期ってあと何日?明日になったら会える?
(こんな感じだったのかな……)
私がいつ目が覚めるか分からなかった時、ジョルノもウーゴもこんな風に明日こそって思ってくれたりしたのかな?見つけたのはハロウィンの日って言っていたけれど……たった二日間でも一日ってなかなか終わらないから、永遠だと思う瞬間とかあったりするから、感じ方次第では多分辛くなると思う。自意識過剰かもだけれど、そうだったとしたら申し訳ない。こんなことを考えたのは初めてだ。
(明日こそ……)
毎日そう思うけれど、もう明日は存在しないんじゃないかとか思う時もある。だっていつも明日になってもジョルノがいないんだよな、会いたい時にいない。
アジトの外に出ると、私はそのまま真っ直ぐ家に向かって走りだす。
帰ってすぐにシャワーを浴びれば同じだから濡れたって構わない。でも服が濡れてくると体が重たくなってくるから走りづらいし段々ペースも遅くなる。傘を差して歩いている人には変な目で見られるし、やっぱ傘を借りるべきだったかな?でも早く帰りたいし走りたいし……ごちゃごちゃ考え始めたらもう止まらなくなる。
単純な人間だから走りたい時は走りたい。だって早く明日になればもしかしたら、運がよければジョルノに今度こそ会えるかもしれない。早く寝たらいつの間にか明日になってくれるはずでいいことしかないはずだ。
走っていたらたまたま人と目が合った。そしたら濡れているのがおかしいのか、クスクスと笑われて……突然足が止まってしまう。
(私……おかしいのか?)
今まで人目とか気にしたことがなかったけれど、仕事で追跡任務ばかりやっていたからか、人目が気になってきてしょうがない。世間と離れてしまったような気持ちが突然滲み出てきた。
街の景色を見渡せば家族連れもいれば恋人達もいるし、楽しそうに友達と歩く人だっている。もし私が矢に射貫かれなかったら……あの人達みたいに普通な生活をしていたのかな?後悔なんてないって思っていたけれど、何で今こんな時に可能性を考えてしまうのか。多分疲れているせいだ……いっぱい汚いことをしたから……
「……っ?」
濁ったことを考えていたら左目が急に痛くなった。チクチクする。
「なに?」
慌てて目に手を当てる。当てたら手のひらで何かが転がって……多分だけれど無意識に星が出てきたのかな?
とりあえず体に戻そう。そう思って手に転がっている星を見る。
でもそれは、いつもの星ではなくて───
「黒い……星?」
黒い色をした、見たことがない色の星だった。
これは何だろう?形は一緒だけれど今まで黒い星は産んだことがない。仕事に合わせて色を変えることはあるけれど、望まない限り色は変わらないし……
「シニー?」
よく分からない。観察をしても分からない。
雨に当たったまま考え込んでいたら頭の上に傘が現れて、後ろから誰かに声をかけられる。
聞き覚えのある声だしずっと聞きたかった声だった。ひたすらに会いたかった人の声。
「傘はどうしたんだ?びしょ濡れじゃあないか……」
私は星を胸に押し当てて体に戻してから、ゆっくりとその人がいる後ろに振り返る。
「ジョルノ……」
声の主はジョルノ。アジトの自室で休んでいるはずのジョルノがいた。
「アジトにいるはずじゃ……」
何でいる。凄く疑問だ。アジトにいるって聞いていたから外で会えたのが不思議でならない。しかも髪の毛の色が黒いし……変装までしてどうしたの?
ジョルノは雨で濡れた私の頭に手を触れながら教えてくれる。
「昨日から外で暮らし始めたんだよ。ミスタにアジトじゃあ気が休まらないだろって言われて。」
「え……」
「大きい部屋は無駄な物で溢れるから丁度いい小さめの部屋に住みたかったんだ。一般市民っぽいだろ?」
年相応な笑顔でそう言いながら、何度も何度も頭を撫でてくれるジョルノ。一般市民っぽいって……どう足掻いてもギャングのボスなのに?自分でギャングスターになるって言っていたくせに?
「はは、なにそれ……!」
頭の中が暗くなってきていたせいかジョルノの話を聞いたら何だかおかしくて、今まで何で会えないだけで暗くなっていたのか分からないと思えるくらいの余裕が生まれる。思わず笑ってしまった。
「もちろんぼくだとバレたら大変なことになるから変装に抜かりはないよ。ウィッグで髪を誤魔化してるんだ。」
「そこまでして外に住みたかったんだね……」
「ふふ、まあね。」
おかしいし面白い。必死になってまで外に住みたかったんだ。でもそうだよね、仲間に囲まれて楽しそうな姿しか最近は見ていなかったけれど、元は静かな時間が好きな人だもん、ジョルノって。
「はぁ……」
疲れが一気に吹っ飛んだ。ジョルノにやっと会えたのもあるし、やっぱりジョルノがおかしくて……目の前にいるのが私の好きな人なんだなって思うと凄く落ち着く。暗くなっていたのが嘘みたいに明るくなって、それすらも嘘みたい。慣れないことはするもんじゃないって思う。
汗かかないように歩いてアジトに行っていたのに今は雨でびしょ濡れだ。濡れたタイミングでジョルノに会えるとか酷いけれど、でも汗ではないからまだマシなのかな?
「あのね、ジョルノ……」
頭にあるジョルノの手に手を伸ばす。ジョルノの手は温かくて私の手は冷たくて……ジョルノの手から熱を奪うように両手で握った。
やっぱりだ。トリッシュちゃんが言う通り、ジョルノに触れただけでドキドキしてしまう。ちゃんと私はジョルノが好きなんだと思える……ちゃんと恋しているんだ。
「ジョルノの好き、ちゃんと分かったよ。」
ちゃんと理解出来たよ。ジョルノの気持ち。
「一緒にいたら幸せだし、こうやって手を繋ぐと……心臓がいっぱい騒ぐ。ドキドキする。」
内緒だけれどジョルノがカッコよく見える。目が合うとくすぐったくなってちょっと恥ずかしい。
でも私はジョルノの目を見る。綺麗な緑色を見つめる。ジョルノの瞳がいつも真っ直ぐだから、ずっと見ていたいって思うんだ。
「私も一緒だった。」
知れば知るほど好きって言葉が落ちてくる。こんなこと今まで感じたことがなかったから戸惑っていた。だからすぐには言えなかった。
でも今なら言える。はっきりと。
「私も……」
自分が引っ張っていたつもりだったけれど、意識を飛ばして会いに来てくれた時からジョルノが手を引っ張ってくれていた。私をここに導いてくれたのは彼だった。
恩があるからっていう情からじゃない。心の底から想う。
「ジョルノが好き。」
貴方のことが好きだって。
数秒間見合っていたと思う。その間ずっと手を握ってジョルノだけを見ていた。
「本当に……?」
目を丸くさせながら訊ね返してくるから少し笑いそうになってしまう。我慢しながら頷いて、ジョルノの言葉を肯定して。小さい声でさっきと同じ言葉を言ったら雨から体を守っていた傘がジョルノの手から落ちて、気が付いた時にはジョルノに抱きしめられていた。再び雨が体に当たるけれど、ジョルノがすっぽりと私を体に収めてきたから冷たくなくて温かい。
「ぼくの方が……好きだよ……」
痛いくらいに力強い。でもこうやってくっ付けることが幸せで、痛みなんてどうでもいいと思えてしまう。
「私の方が好きだし……」
「いやいやぼくの方が……」
「いやいや私の方が……」
私と張り合いながらもずっとずっと、ジョルノは私のことを抱きしめてくれる。前に抱きしめてくれた時よりも胸にジョルノが溶けていくような、そんな気持ちでいっぱいになった。
宝物みたいなこの感情は、きっとこの先も一生輝いてくれる……そんな気がして幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。
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