24.5


毎日シニーを家まで送るようになった。
一人暮らしをする彼女のことは正直心配で、本当はパッショーネの管轄内のセキュリティが万全なホテルに住んで欲しかったけど、彼女は華やかな場所に住みたがるような人ではない。せめて治安がいい場所に住んで欲しかったから、ぼくが部屋を探してそこに住まわせた。
ぼくが選んで無理矢理引っ越させるのは嫌がるかなって思った。学校を卒業した後に住む場所が全く決まっていなくて焦っていたのか、文句は一切言わない。後で訊ねたら気に入ったと言われて安心した。ただどんな生活をしているのかが気になったけれど、楽しそうにいつも話してくれるから特に聞くことはなかった。
アジトの自分の部屋に戻ればただ広いだけの部屋でぼくは眠る。何かがあれば起こされるからあまり休めた試しはない。どんなにスタンドは強くても体力は年相応だから、気持ちは大人に向かっても疲れるものは疲れる。安らぎって何だろうって真面目に考えるようになったら、いつの間にか過去に死んだ人達を調べるようになっていて、今は使われていないアジトでの怪現象を知ったら……ブチャラティ達みたいに見えない存在になってもいるのでは……とか思い始めて、安らかに眠れればと墓を建ててあげようと思い始めていた。ボスを倒したい志はぼくと一緒だったけど、彼らの方向性はブチャラティとは違っていたから複雑だった。でもシニーがぼくらにしてくれたことを考えると……せめて仲間と一緒に眠ってほしいと感じてしまう。不思議だ。
休みなのをいいことに、誘われるがままミスタとフーゴと一緒に朝まで過ごした。午後から予定が入っているけど別に早い時間ではないから抵抗もなく、ワインを飲みながらいろんな話をしていた。

「フーゴの住んでる家ってお隣さんうるさい?」
「うるさくないですよ。普通です。」
「いーなァ!今日はうるさくねーけどこの隣の部屋の人間夜中のギターの音がうるさくてさぁ……」
「幹部なんだから金もあるでしょ?いいとこに引っ越せばいいじゃあないか。」
「引越してぇよ?いい物件もあるっちゃああるんだが、住所にどうしても四が入るんだ……」
「じゃあ自分の管轄のホテルに住めば?」
「ホテルなんて人がいっぱいいて休まんねーよ!オレは自然体でいられる暮らしがしてーの!」

二人とも楽しそうに話している。最初の頃はこういう話をすることはなかったから、こうやって二人を見ているのは楽しい。

「ジョルノもよぉ、そろそろ仕事も落ち着くんだしアジトから離れて暮らしたら?」

ただ二人を眺めていたらミスタに突然話を振られた。
離れて暮らす……か。

「ボスがいないアジトでいいんですか?」

外で暮らすことはぼくも考えたことがある。だけど辿り着く先はアジトを留守にしていいのかという疑問だ。現にアジトにいるお陰で夜中に飛び込んでくる仕事だって円滑に進めている。つまりアジトにいることに無駄はない。

「象徴が留守だったらいざという時大変じゃあないか。」

あそこからぼくは離れるつもりはない。この先もずっと離れない。
ぼくが言い張るようにそう言うと、ミスタがぼくから視線を逸らしてフーゴの方を黙って見る。フーゴもフーゴでミスタを見ると、目が合えば深く溜め息を吐いた。何だか呆れているみたい。

「前のボスはアジトらしいアジトがなかったのに回してただろ。」

突然前のボスの話題を振られる。ディアボロと比べられるのは正直腹が立つ。

「大体おまえ一人暮らしを経験したことあんの?寮は集団生活だろ。それにシニストラをアジトの部屋に呼んでみ?流れで朝まで返さないコースになった場合とか考えたことあんの?」

しかもシニーの名前まで出てくるし……朝まで返さないコースって、ぼくらはまだ付き合ってすらいないからありえない。一緒のベッドで眠るのはまだ早い。

「そういう場合はシニーの家に泊まればいいでしょう?」

でもぼくはしっかりと答える。まだ両思いではないけど、シニーにはまだ嫌われてはいないからはっきりと言う。
しかしミスタは諦めない。

「シニストラはいい奴だから泊まってもいいって言うかもしんねーけど、女の家でセックスとか周りが見たら女の尻に敷かれてる男、みたいにしか映らないぜ?」

「セッ……は?」
「ちょ、こらミスタぁ!」

いきなり爆弾を投下されて、ぼくは持っていたワイングラスを床に落としてしまった。
ぼ、ぼくとシニーが……そんなこと……そんなこと……想像なんてしたことがない。朝までコースってそういうことだったのか……普通に一緒に朝まで眠るものだとばかり……!

「純粋無垢なジョジョに何てことを言うんだお前は!」

フーゴはテーブルを思いっきり叩くとぼくの代わりに文句を言ってくれる。しかし重たい。純粋無垢だったら普通ギャングのボスなんてしないよ。

「シニーがジョジョの貞操を奪うとか……考えたくない……ジョジョを穢すんじゃあない……!」
「「そっち?」」

顔に手を覆いながら冗談なのか本気なのかよく分からないことを言われて困る。フーゴの愛がどこに向かっているのかぼくには全く分からない。

「セッ……はともかく、ぼくらはまだ恋人じゃあない。だからセッ……はしない。」

ピストルズ達の名前に言い慣れているミスタとは違ってぼくはあまり慣れていない。だから省略しながら話を続ける。
そもそも恋人になったからって行為をするとは限らない。愛が全く育めていないのに行為に及んだら嫌われてしまう。それは嫌だ。

「でもよ、女って恋したら化けるんだぜ?」

ミスタはぼくが零したワインを拭きながら、ご機嫌な顔で女性について語る。

「綺麗になるし可愛くもなる。色っぽく見えたりしてなぁ……おまえは見かけによらず野心家だから耐えられるかオレは心配!」
「……」
「とりあえず想像してみ?可愛くなったおまえの『シニー』を。」

可愛くなった……ぼくのシニー、とは?
いや、もう既に可愛いと思う。化粧をした姿は綺麗だったし、スタイルだって普段走っているからか無駄がなくていいと思うし、そんな彼女がぼくのものになったらとか……

「ぼくは自分をぶん殴る……」
「何でそうなる。」

悔しいけどきみが言う通り耐えられないからだよミスタ。
本当に悔しいよ、ミスタが言う通りそういう流れになって彼女の家で行為に及んだら……確かに男の立場が薄くなるような気がしてきた。まだ付き合ってすらいないけど付き合うことになったら流石にアジトで行為に及ぶのは……そもそもポルナレフさんに怒られる気がしてきた。

「まぁそういう話を出したけどさ、」

まだ付き合ってすらいないし好きになってくれるかすら分からないのに、アジトで暮らすことに充分満足していたから心配しか抱けないしで不安になってきた。眉間にシワが寄り始めていたらミスタは椅子に座り直しながら話を続けた。

「おまえはギャングのボスだけど、一人の人間だってことを忘れないでほしい。自分の幸せはアジトのあの無駄に広い部屋に転がってんのか?違うだろ?」
「……」

自分の幸せ……

(ぼくは……)

小さい頃からずっとギャングスターになることを夢見ていた。そのためにいろんなことをしたし、誰かの幸せも奪った。今ギャングのボスになって、夢が叶って充分に幸せだと思う。

「ジョジョはシニーを諦めたくないんでしょう?」

幸せなのに。結論は出ているのに、フーゴがぼくの答えを消すように言葉を繋ぐ。

「シニーとこの先一緒に幸せになりたいから、そう言ったんじゃあないんですか?」

それはぼくに対するトドメの言葉だった。

「大丈夫だって!シニストラがおまえの話をしてた時幸せそうだったし!ちゃんと好きだろあれは!」
「夜中に起こされて仕事をしていたら体に悪いですからね。毎朝ちゃんと日光を浴びる環境とか大事ですし、浴びるついでにシニーと一緒に外で朝食とか食べに行ったりしてみては?」
「そういうのいいよなぁ〜!早起きして港の方とか行ってよ、新鮮な魚料理食べたりして!」
「ドルチェだって食べられますよ?そんな生活してみたくなりませんか?」

そういう発想を今までしたことがなかったから衝撃的だった。
一緒の好きになったら恋人同士になれるっていうことは浮かんでいたけど、こんな風に……自分が外に出たら彼女にしてあげられることが増えるんだって知ったら、一度はやってみたくなる。

「二人ともズルいですね。」

アジトにいる限りぼくはボスにしかなれない。ボスでいいと思っていたし覚悟もあるから、それに関してはそのままで構わない。でも外にいる時は……シニーといる時だけは、向き合っている時は一人の普通の人でありたいと思ってしまった。
それにミスタが言う通りもうすぐ仕事も落ち着いてくる。ぼくがアジトにいなくても多分、この二人とポルナレフさんが回してくれるだろうと思うしそう信じている。

「しばらく休暇を取ります。今日はトリッシュと会うので明日アジトでゆっくり寝て……次の日からいい場所探すよ。」
「だったらオレの管轄のホテルの一番てっぺんの部屋にでも住もうぜ!」
「あなたに相応しい豪邸をぼくが見つけますよ!大きい庭とかいいでしょう!?ぼくの実家の人間達を……今こそ追い出して……」
「スタンドをしまいなさいパニー。ぼくは無駄に広くないところに住みたいな。」

自分の幸せを真剣に考えてくれる人がいるっていいなって思った。自分でも幸せを考えてもいいんだなって思うと嬉しかった。

「ねぇ聞いてよジョルノ!ここに来る時素敵な女の子と友達になったの!彼女スタンド使って空に浮いてたのよ!ここまで屋根伝いに道案内してもらっちゃった!」

トリッシュに久しぶりに会ったら途中で出会った女の子の話をされた。すぐにシニーだって分かったけど敢えて名前は聞かなかった。
帰ってからポルナレフさんにアジトの外で暮らしたいことを話したら、快くぼくに行っておいでと言ってくれた。ポルナレフさんもぼくが組織に縛られすぎなのをよくないと思っていたみたいで何だか申し訳ない気分になった。若いうちだけ好きなことが出来るんだぞと説教された。

「それで、シニストラといつか同居するんだろ?」
「すみませんまだ付き合ってすらないです。」
「……海の方とかいいと思うんだが旅客機が墜ちてくるかもしれん。気を付けろ。」
「何の忠告ですか……」

次の日は一日中寝て部屋を出てフーゴと物件を見に行って、近場で決まって準備をして……ようやく住めるようになって、しばらくはゆっくりしていたと思う。正直こんなにのんびりしていいものかと悩みもした。
夜になって、何かを食べに行こうと思って外に出たら雨が降っていた。傘を持って差しながら外を歩いていたらシニーが雨の中ポツンと傘を差さずに立っていて……慌てて近付いて声をかける。
振り返って見せた顔は泣きそうだった。何とか笑ってほしくて冗談を挟みながら話をしたら笑ってくれた。
随分と会っていなかったように思う。この笑顔もしばらく見ていなかった。彼女が戻ってきて随分経つけど未だに目の前にいることが夢みたいに思う。
もしも両思いになったら……ぼくはシニーと今以上、昔みたいにそばにいられるのかな?フーゴとミスタは背中を押してくれたけど、ぼくはシニーと幸せになれるのだろうか……何度も何度も考えた。愛されたことがなかったから愛し方に不安だってある。ただ大切にするだけなら誰だって出来るけど、幸せにするってどうしたらいいんだろうって悩んだりもしたけど、今シニーがそこにいるだけで幸せだから、もしもシニーがぼくと同じ気持ちだったらそれだけでいいんだと思う。
だから嬉しかったんだ。

「ジョルノが好き。」

一緒だって言ってくれたことが。両親がくれなかったものをきみがくれたことが。

「ジョルノっていっつも無駄無駄って言うよね、私といるのも無駄か?」
「無駄以外何物でもないね。邪魔だからあっち行けよ。」
「はぁ〜残念。だけどジョルノの無駄は私にとって無駄なのであっちへ行くことはないでしょう。」
「おい。」


声をかけてくれてありがとう。

「……そうだ、今からジェラート食べに行こうよ。競走してさ!」
「は?」
「負けた方が奢りのルールでさ、買っても負けても絶対食べられるし無駄じゃなくていいでしょ。どう?」


理不尽に振り回してくれてありがとう。

「私がジョルノの無駄な時間を潰してあげるから、ジョルノが私の無駄な時間を潰してくれる?」

きみのこと無駄って言ってごめん。

「ぼくの方が……好きだよ……」

大好きだよシニー。
これからもずっと、きみが好き。


この感情は決して無駄じゃあないって、きみがいなかったらきっと気が付かなかった。




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