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風邪を引いたらいけないと言われ、一番近いジョルノの家に連れていかれるとそのままバスルームに放り込まれた。
服を脱いでお風呂に浸かって、出てきたら知らぬ間に下着以外奪われていて、代わりにジョルノのシャツが置かれていて……下着をトロイメライで乾かして何とか着られる状態にすると、乾いた下着を着てからジョルノのシャツを着る。サイズは少しだけ大きくて、お尻まですっぽりと隠せる。ワンピースみたいになった。

「お風呂ありがとう〜」

バスルームから出てきたらジョルノが丁度着替えている最中で、裸のままワイシャツを羽織っている。真ん中が開いていて腹筋まで見えていて……引き締まっていらっしゃり、目のやり場に困る。下はちゃんとズボンを穿いていたから大丈夫なのが救いだ。
付けていたウィッグはもちろん外れていて、長い金髪が肩に垂れ下がっている。何だか色っぽくて私の知らないジョルノみたい。少し焦った。

「えっと……ジョルノもお風呂行く?寒くない?」

ちょっと照れ臭くて目を逸らしながら訊ねる。
目を見られない……だってジョルノがカッコイイんだもん。まるで美術館の石像みたいだし次元が違う人間?神にしか見えない。

「ぼくは大丈夫。それより何か食べよう?お腹空いてるんだ。」

ジョルノは私にそう言うとキッチンの方に歩いていって、ガタガタと何か食べ物を探し始める。
ああよかった、ちゃんと人間だった。お腹が空いているのは地球上の生き物の証拠だ……安心した。馬鹿みたいなことを考えるのはもうよそう……。
一人だけ部屋に取り残されて暇なので、ジョルノの部屋を見回してみる。本棚と大きめのテレビ、テーブルとセットに置かれたソファ、パソコン……あとは広めのベッドしか部屋にはない。装飾に一輪の花が花瓶に差してあるくらいで特に無駄が見当たらない部屋だ。私の家より広めかもしれない。

「ごめん、プリンしかなかった。」

本棚の中の本を眺めていたらジョルノがプリンを二つ持ってきてくれて、それをテーブルに置くとスプーンを蓋の上に乗せる。
本当にプリン好きだよな……前もプリンを食べさせてくれた気がする。

「ありがと。」

思い出しつつ本棚から離れて、ソファに座ると私はテーブルの上に置かれたプリンに手を伸ばす。ジョルノも隣に座ると自分のプリンの蓋を開けて、黙々と食べ始めた。
……本当にプリン好きだよね?ギャングのボスがプリンが好きって何か意外すぎるし、何より皆ジョルノがプリン大好きとか絶対思わないよね、知っているのは多分身内だけじゃないかな……
幸せそうに食べているジョルノを見ながら私もプリンを食べ始める。今日はずっと書類と睨めっこで頭も少し使ったから甘いものが口から体中に沁み渡って幸せだ。(※判子しか押していない)
幸せ……そう、今めちゃくちゃ幸せなんだ。

(ジョルノと一緒……)

嬉しい。最近はずっと会えなかったから隣にいることが凄く幸せ。
しかも両思いになれた。ジョルノも私もお互いが好き合っている。そう思うと顔が熱くなるし心臓がドキドキどころかドンドンと鳴り響く。音が聴こえたらどうしよう……本当に私、ジョルノのことが好きなんだな。

「シニー、」
「へっ?」

心臓を落ち着かせようと息を止めていたら、ジョルノがこっちに振り返って私の顔を見つめてくる。

「ちょっとお願いしてもいい?」

ジョルノの顔は笑顔だ。凄く嬉しそうに笑っている。まるで子供みたい……こんな顔今まで何回見たことあったかな。

「いいよ?何?」

ジョルノのお願いだったら何でも聞くよ。気にしなくていいから遠慮せず言ってくれ。
私が訊ねるとジョルノは少し言いづらいのか目を逸らす。でもすぐにまた私を見て、目を輝かせながらそのお願いを口にした。

「『初流乃』って呼んでみてほしいんだ。」

目を輝かせながら、無邪気に。
ハルノって呼べばいいだけ?

「ハ、ルノ?」

お願いの通りに私はジョルノを『ハルノ』って呼んであげる。
ハルノ……前にも聞いた。確か政治家のパーティーに駆り出された時だ。ジョルノがハルノっていう偽名を使って屋敷に潜入したんだよね?

「もう一回。」

一度だけでは満足が出来ないジョルノは、身を乗り出しながら私にまたお願いをしてくる。

「ハルノ。」

言われてまた口にした。今度は噛み締めるようにしっかりと言ってあげる。
ハの発音は苦手……でも意識をすればちゃんと言える。

「ベネ!ありがとうシニー。」

二度目で満足をしたのかジョルノはお礼を言って、幸せそうに目を細める。優しくて眩しくて、何より嬉しそうに笑うから、私まで目を細めてしまった。
ハルノってどういう意味なのかが分からないけれど……満足そうなジョルノを見るときっと嬉しい言葉なのかもしれない。響きが綺麗だもん。もっとしっかりと言えるようになりたいな。

「ぼくの日本での名前なんだ。初流乃って。」

心の中でハルノって何度も言っていたら、ジョルノがハルノの意味を教えてくれる。
日本での名前……そうだ、すっかり忘れていたけれど、ジョルノって日本からこっちに来たんだっけ?そうだよね……髪の色黒かったもんね……!

「母親は初流乃ってぼくを呼ぶけど、ぼくは別に愛されてたわけじゃあなかったから……愛してくれる人に呼ばれたらどんな感じに聴こえるのか気になったんだ。ちょっとくすぐったくて慣れないな……」

ジョルノは空になったプリンの容器をテーブルに置くと、そのまま下を向いてしまう。
そうだったんだね……ジョルノから家族の話って全く出て来なかったし、訊いたら迷惑かなと思って今まで深くは訊けなかったのだけれど、家庭の事情が複雑だったんだ。これからもしハルノって呼んだら昔とか思い出しちゃうかな、でも私はジョルノのお母さんじゃないし……

「どっちで呼んだらいい?ハルノとジョルノ。」

ジョルノが望むならハルノって呼ぶ。でも嫌なら無理には呼ばない。
ジョルノに訊ねると彼は視線を私に戻して、はっきりと答えてくれる。

「今まで通りジョルノがいいな。」

ずっと決まっていたみたいに、力強く答えてくれた。何の迷いもない真っ直ぐな瞳が何よりもそう訴えている。
そうだよね、響きは綺麗でもジョルノはジョルノだもん。

「私もジョルノがいい。」

眩しい「太陽」みたいな人だから、私の中ではそれ以上に相応しい名前が存在しない。ジョルノもそれを望むならジョルノっていっぱい呼んであげる。

「でもたまに初流乃って呼んでほしいかも。」
「意志ブレブレじゃん。」
「一応本名だし、シニーになら呼ばれても何も減らないし……」
「他の人だと何かが減るのか……」

こうやってこれからジョルノをもっと知っていくと思うと楽しい。前よりももっと深い仲になれることも楽しみ。
私がまたプリンを食べ始めるとジョルノは黙って座っていて、でもちょっとしたら少し私に近付いてきて、私からプリンを奪うとテーブルの上に置いてしまう。

「ちょ、プリ───」

ジョルノの方を向いてプリン返してって言おうとしたら、ジョルノの顔が近付いてくる。
空きっぱなしの口を口で塞がれて何も言えなくなる。でもジョルノはすぐに顔を離して、私の両頬に手を伸ばして優しく掴むように顔を包む。
ジョルノは何も言わない。でも何がしたいのかは分かる。だからジョルノの方に向くとソファの上に脚を収めて、肩に手を置いて向き合うように座った。

「……殴りたい?」

頬を撫でられてくすぐったい。

「殴らないよ。」

ジョルノの吐息も視線もくすぐったい。
殴れっこない。殴ろうにもジョルノの方が力は強いし、抵抗するのは無理……そもそも私は、

「嫌じゃない、から……」

ジョルノとキスがしたい。
また言うのは恥ずかしいけれど、言わないと分からないことは言うしかない。

「……好き、だから。」

ジョルノの目を見て声を絞り出す。
好き。ジョルノが大好き。緑色の瞳も金色の髪も、大きい手も綺麗な声も。与えてくれる温もりも……ジョルノの全てが好き。

「……」
「……」

しばらく見つめ合う。何も言わずにただ見つめ合うけれど、気が付いた時にはまた口がジョルノに塞がれていた。
最初は優しく触れるだけ。何度も何度も繰り返して同じキスをしてくる。段々と角度が変わってゆくに連れてキスは深くなっていって、体から力が抜けてしまいそう。
前の時は仕方がなかった。苦しむ私を楽にしてあげようとしてジョルノはキスをしくれた。でも今は違う。自分にはしたいっていう意志があって、今ジョルノとこうやってキスをしている。凄く幸せで溶けてしまいそう。

「……まだキスしててもいい?」

唇が離れると、ジョルノがか細い声で訊ねてくる。

「うん……」

私もまだジョルノとキスがしたい。この行為に身を委ねていたい。
頷いたらジョルノは笑う。再び私に優しくキスをしてくれる。
酸素を求めるように口を開けば中に舌が入ってきて……触れ合うだけで体が熱くなった。一体ジョルノはどこでキスの仕方を覚えたのかってくらい気持ちがよくておかしくなりそう。

(甘い……)

さっき食べたプリンの味とジョルノの甘いキスのせいで、おかしくなるどころの騒ぎではなくなってきている私がいることだけが確かだった。


服が乾いて雨が止むと、私はジョルノに手を引かれながら自分の家へと帰ってゆく。ジョルノはアパートの入口まで送ってくれて、おやすみのキスをして、そのまま帰っていってしまった。
部屋に入ってから今日までのことを考えると胸が張り裂けるくらい嬉しくなった。ジョルノと両思いになってキスまでして、幸せすぎて頭の中がお花畑……今なら多分何でも出来そう。そのくらい気持ちが昂ってなかなか落ち着かない。
今日からジョルノの恋人だ、ジョルノとキスもするしもしかしたらそれ以上のことだって……やばい、キスがやっとなのにそれ以上って未知の世界すぎない?キス以上って何?まだその展開は早いしまず私の脳みそが追いつかない。
頭をブンブン横に振って、余計な考えを振り払おうとする。でもなかなか消えてはくれなくて、ひたすらに悶え苦しんだ。

(まずはキスに慣れなくちゃ……)

まずはそこ。ジョルノのあのキスに耐えないと私は多分それ以上は無理。
大丈夫だよね?手を繋ぐことにだって慣れたんだもん。きっとキスにだって慣れるはず……!

「頑張るしか……」

いや頑張るようなものではないけれど!気合を入れてキスとかそんなの無理だけれども!!仕事の訓練みたいにいかないことだって分かってはいるけれど、ジョルノも幸せで私も幸せになれるくらいのことをしてあげたいから頑張っていくしかないと思うし……ムードをぶち壊さないようにする努力はしたい、かな?

(寝よ……)

今日起きたことは絶対に忘れない。ジョルノと恋人になれた現実は、絶対に夢にはしたくない。


もう二度と離れたくない。ジョルノのそばに、これからもずっと寄り添いたい。

(ジョルノで胸がいっぱいだ……)

ジョルノも私で胸がいっぱいになっていますように。




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