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空が少しオレンジ色に傾いてきた頃には、落ち着きはしないものの幾分気持ちの整理がついてきて、ようやく話せる状態にはなってきたので、改めるようにして私は起こしてくれた皆様にご挨拶をした。

「ご迷惑をお掛けしました……貴重な時間を潰してしまって本当すみません。」

聞いた話だと、ナランチャとブチャラティ、アバッキオは、春先にいろいろあって死んでしまったとか(いろいろの中身は誤魔化された)。そしてハロウィンから死者の日が終わるまでというリミットの中で、あの世からこっちに遊びに来たらしい。早めに来て仕事仲間だった人達にイタズラでもしてやろうと悪ノリをしている最中に、私と遭遇したとか何とか……嘘でしょとか思ったりもしたしいろいろと半信半疑だったけれど、死んでいるというのは事実で、近くの壁に手を当てたブチャラティがそのまま壁に消えていったのを見たり、気を緩めたナランチャの体に傷口が現れたのを見てようやく信じることができた。彼らは本当に死んでいて、死者の日に合わせてやってきたのだ。

「別に気にしてないから安心しろ。」

裸コー……じゃなかった。アバッキオはそう言うけれど、顔はどこか怖いし不機嫌そう。本当に気にしていないのかな……

「とりあえずオレ達がここにいるのはこんな感じだ。次はきみのことを聞かせてほしい。何でこんなところで寝てたのか。」

その場を仕切るブチャラティは私へ話を切り出すと、近くにあった階段に腰を下ろして私を見上げる。立って話すのも失礼だと思った私はその隣に腰を下ろして、でもちょっと気まずいので顔は上げずに自分の足のつま先をジッと見た。

「私の記憶は……サン・バレンティーノで終わってます。」

そして私は、「昨日」を思い出しながらブチャラティ達に至った出来事を話す。

「あの日、家族に会いに家に帰ったんです。花束を贈ったら喜んでくれて……夕飯前に学校の寮に戻ろうと思って家を出たら、急に胸が痛くなって……」

学校が終わってすぐに家族に会いに行った。花束を途中で買って、ケーブルカーに乗って、家で確か一時間ぐらい過ごしたかな……それから余裕を持って家を出て、またケーブルカーに乗って学校に帰る道のりを歩いていたら、胸が痛くなってそのまま真っ暗闇に落ちていった。

「ちょうど寝てた場所に最後は立ってました。」

ちょっとだけ顔を上げて、足元から自分が寝ていた場所へと視線を伸ばす。
そこは何の代わり映えもない場所だった。普通の地面だし、普通の街中。

「サン・バレンティーノってことは二月か……それからハロウィンだと、」
「八ヶ月半、だな。」
「そうなるな。」

ブチャラティとアバッキオは素早く日にち計算をして、少し間を置いてから、私が寝ていた場所にアバッキオが向かい、しゃがみ込んで地面に触れる。

「普通の地面だな。事件性があれば地面にチョークの跡が残るだろ。時間が経ちすぎってのもあるだろうがな……」

そして観察をして、感じたことを報告してくれて。現状での判断は出来ないという結論を出す。
す、凄い洞察力……まるで警察みたいだ。アバッキオは賢い人なんだなぁ。

「他に覚えてることとかあるか?」

感心して眺めていれば、ブチャラティに再び話を振られた。

「覚えてること……」

他に覚えてること……今話した出来事がその日に起きた一番の出来事なのだけれど、覚えていることってどんなことでもいいのかな?

「凄くくだらないことなら覚えてるんですけど……」

あの日の出来事で他に覚えていることと言えば、まずは

「黒髪の友達の髪で遊んでたら金髪を見つけました。」

ブチャラティに負けないくらいサラサラな黒髪の友達の髪に三つ編みを作って遊んでいたら、金髪を見つけて思わず証拠隠滅をした。

「帰ったら一緒に宿題しようってその子と約束してて……」

そうだ……あの日私が帰ったら図書室で宿題をしようって約束をしていた。今思い出したけれど多分帰って来なくて怒ってただろうなぁ……

「他に覚えてることは……」

心の中で謝りつつ思い出すように街中を眺める。
あれだ。最後に見たもの。あれだけは鮮明に覚えている。

「ライターの、火。」

ライターのことは覚えている。覚えているけれど、くだらないことのような気がする。

「火が消えてまた点いたんですよね。こうなる直前に見たから変に覚えてます。」

何の参考にもならないようなことを思い出して、顔に苦笑いが浮かんでしまう。
友達の金髪とか覚えていてもしょうがない。約束のことは忘れちゃいけないけれど、ライターとかめちゃくちゃどうでもいいし、こうなった出来事とイコールにすらならないだろう。
そう、私はならないと思っていた。きっと呆れられていると思ってブチャラティに再び視線を向けた
のだけれども。振り返った先のブチャラティに、意外な反応をされたのだった。

「ライター……だと……?」

ブチャラティは目を真ん丸にさせて豆鉄砲でも食らったかのような顔をしている。
ライターの話でこんな顔をする人って初めて見た……しかも離れているアバッキオも同じ顔をしている。二人揃ってどうしたんだ。ライターマニアだったのかな?どんなマニアだ。

「コイツ「火が消えてまた点いた」って言ったぜ!ブチャラティ!」

アバッキオはこっちへと戻ってゆきながら、ブチャラティへ視線を向ける。確かめるようにブチャラティにそう言って、ブチャラティもまたアバッキオに確かめるように言い返す。

「ああ、確かに聞いた!つまりそれは「再点火を見た」ってことだ!」

何か空間が熱い……そんな大声をあげるほどの出来事ではないと思うけれど、彼らにとってはとても重要なことだったらしい。

「シニストラ、死因が分かったぜ。」

1人置いていかれた私だったけれど、ブチャラティが置いてけぼりの私を再び連れ戻すように、私の方へと振り返った。

「きみは恐らく「矢」で射抜かれた。それで死んだんだ。 」
「矢……?」

矢、とは。矢で射抜かれた、とは。今の時代に矢で射抜かれたって、一体どういうこと?話が全く見えてこないので、頭の中でいろんな疑問を持ってしまう。

「とあるライターの再点火を見ると、矢が現れて体を射抜く。」

混乱をしていると、優しいことにアバッキオが冷静に仕組みを説明してくれた。

「その矢に射抜かれると、死ぬか「能力」を手に入れるかのどっちかが起こる。おまえは運悪く射抜かれた結果死んだんだろうな。」

いや、説明をされてもアバッキオが何を言っているのかさっぱりなんですけども。
射抜かれた。確かにあの胸の痛みは何かが刺さったようなツンとした痛みだった。射抜かれたら普通死ぬか負傷するかのどちらかだろう。しかし「能力」って?「能力」を手に入れるって一体どういうこと?

「きみは多分試験中の人間に巻き込まれたんだろう。たまにいるんだ。」

新たな「試験中」というブチャラティの口から出てきた言葉に更に疑問を持ってしまい、首がどんどん横に傾いていってしまう私。全く着いていけそうにない。
ライターで試験って一体……よくよく考えてみると「矢」っていうのは一体どこから現れるの?どこかに刺客でもいるの?ネアポリスこわ……!

「信じられないって顔してるな……」

信じられないも何も疑問ばかりが浮かんでくるのですが、って言い返したいけれど、何をどういう風に訊いたらいいのかとか、訊いていいものかと悩み始めている。
言葉が見つからなくて眉が寄り始めてきた頃。見兼ねたブチャラティが苦笑い気味に微笑んで、

「これも何かの縁だ。オレ達の昔話でも聞いてくれ。」

彼らが生きていた頃の話をし始めて。私はその試験の仕組みを知るのだった。


────

ブチャラティ達は「ギャング」だった。そのギャングになるための試験として、ライターの火を二十四時間守るというものを受けたらしい。その過程で火が消えてしまい、再点火を行なうと「スタンド」と呼ばれる存在が現れて、それを見た人間を矢で射抜く。その矢に射抜かれた人間は普通に死ぬか、素質があればスタンドを手に入れるかのどちらからしく、見事手に入れて火を守り抜けば晴れてギャングの仲間入りが出来るとか。ブチャラティもアバッキオもナランチャもスタンドを手に入れて、皆試験に合格した。同じチームで活動をしていて、相容れない人達と戦って、その結果死んでしまったらしい。

「どうだろう、疑問は解決したか?」

ブチャラティの話は分かりやすい。正体がギャングだったことには驚いたけれど、知りたいことはしっかりと聞けた。

「無事解決しました。」

スッキリした。矢はある意味刺客みたいな存在が射てくることには驚いたけれど、いろいろ聞いて自分の中で消化出来た気がする。

「運悪く死んじゃったのはしょうがないですけど……まぁ、認めてくしかないですよね。」

聞いていて確信したことは死んだという事実だった。私には彼らみたいな覚悟とか、強い意志とかなかった。ただ毎日ふわふわとした生活を送っていたし、真面目に生きていたかと言われると、とても怪しい。そんなだからあの日死んだんだ。認めざるを得ない。

「死んでるのも悪くはない。腹は空かないし寒さや暑さも感じないからな。」
「でも痛みは感じますよね。」
「それは心が痛いと訴えてるからだ。心は死なないからな。」
「そうなんですか……」
「憶測だが。」

心は死なない……確かに死んでいないような気がする。ブチャラティもナランチャもよく笑うし、アバッキオは度々不機嫌だけれども、ナランチャと絡んでる姿はどこか楽しそうだし……生き生きとして見える。

「ところで……きみはこれからどうしたい?」
「は?」

ナランチャとアバッキオを眺めつつ、ぼんやりとし始めようとしていたら、ブチャラティに今の状況下で究極とも言える質問をされた。
どうしたい?って言われても……死んでいるからやれることも限られているし、何が出来るかも分からない。
もしも出来るとしたら、出来るなら。もう触れられないけれど、話すこともできないけれど、

「家族に……会いたいです。」

大好きだった家族……両親に会いたい。

「友達にも会いたいし、あと自分の墓も見たいし……あ、漫画の続きも気になる!」

もう触れることも出来ないけれど、元気でいるかどうかくらいは見たい。墓に関しては私の名前がちゃんと自分がそこにいるのかとか気になるし、漫画は……そもそも読めるのだろうか?

「じゃあ今から会いに行くか?」
「え……」
「家の場所は覚えてるか?折角だし見に行ってみよう。」

ただの願望を言っただけだった。でもブチャラティは優しくて、見に行こうと誘ってくれる。

「ここからケーブルカーに乗って四駅目です。」
「結構近いじゃあないか……よし。ナランチャ!アバッキオ!出掛けるぞ!」
「お〜!」
「どこに行くんだ?」
「彼女の家だ。」

今日知り合ったばかりだし、赤の他人なのに親切にしてくれるとは……何ていい人なのだろうか。

「行こうシニストラ、家に帰るんだ。」

ブチャラティは立ち上がると、笑顔で手を差し伸べてくれる。

「は、はい!」

感動をしつつもその差し伸べられた手をぎゅっと握って、私達は賑わいつつある街へと繰り出すのだった。


死んだ後の私の世界は一体どうなっているのだろう?ひたすらに気になるのはそんな知ったら虚しくなることばかりで、正直言えば恐怖もある。

(それでもちゃんと見なくちゃ……)

ただただ大切な人の顔を見たくて、私は彼らと一緒に確かめようと悲観的だった頭を切り替えた。


ただ一つ、生きていてよかったって思うために。




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