「そう言えばナランチャ。おまえさっきどこに行ってたんだ?」
ケーブルカーに乗り込んで、私の家がある四駅目で降りる。つい「昨日」までいた場所を歩いていると、ブチャラティがさっきまでどこかに行っていたナランチャに声を掛ける。
確かにどこに行っていたのだろう……急に消えたから遊んでいるのかなって思っていたけれど……
「いつものリストランテ見に行ってたんだ〜。皆いるかと思って。」
そう言いながら辺りをキョロキョロと見回して、近くを通る人の体をすり抜ける遊びをし始めるナランチャ。まるで子供みたいで落ち着きがない。
「結局いたのかよ?」
「いるわけないじゃん!皆きっと忙しいよ。」
「だろうな。」
ブチャラティもアバッキオも人をすり抜けはするものの、遊ぶように人を追いかける真似はせず、普通に歩きながらナランチャを見守っている。まるで子供を見守る保護者である。
「皆って生きてるっていう仲間の人達ですか?」
ふと気になって近くにいたアバッキオに訊ねると、彼はどこか誇らしげな顔をしながら答えてくれた。
「ああ。生意気な奴らだが皆やるときゃやるいい奴らだぜ。生意気だが。」
生意気な奴ら……でもアバッキオにとっては大切な人達だったのだろう。声音も嬉しそうだ。
「ところでシニー、今更だけどその敬語やめない?」
「へ?」
私までもがほんわかし始めていれば、いつの間にか私の目の前にはナランチャがいて、突然あだ名で呼んでは不服そうな顔で私を覗き込んでいて。驚いた私は変な声を出してしまう。
「ナランチャ、シニーって何だ?」
ちょっと困っていたら呼び方を疑問に思ったらしいブチャラティがナランチャに訊ねる。
「だってよォ〜、シニーってば敬語使うし?名前をフレンドリーに呼べばちょっとは仲良くなれんのかな〜って思って?だから呼んでみた。」
いやいや……敬語なのは一応皆さん歳上だし……先輩を敬うのは大事だし……私の敬語、そんなに変だったのかな。
しかしシニーって呼ばれたのは嬉しいな。家族には呼ばれていたし、仲がいい友達にも呼ばれていた名前だし。愛着はある。偶然思いついたのかな?
「確かに敬語だと距離を感じるな。」
「でしょ〜」
ブチャラティはナランチャの話を訊いて、同感だと言わんばかりにうんうんと頷く。ナランチャも同感してくれたブチャラティに対して同感をした。
私ってば間違ったことはしていないはずなのに、責められている……何でだ。意味が分からないぞ。
「よし、シニストラは今から敬語は禁止だ。」
「え!」
「やりぃ〜〜!シニー!敬語使ったら罰ゲームな!」
しかも疑問がっていたら謎ルールを作られてしまう。
「そんな無茶な……」
理不尽に禁止された挙句罰ゲームまで課せようとするなんて……これがギャングか?ギャングって理不尽の塊なのか?
「諦めろ。コイツらが一度駄目って言ったら最後まで駄目続きだぜ。」
「……」
しかもアバッキオに慰められてしまうという事実……アバッキオも理不尽に巻き込まれたりしていたのかな、結構苦労人っぽいところがあるんだな。
「分かり……いや、分かったよ。」
私は降参のつもりで両手を上げて、ナランチャとブチャラティの理不尽に付き合うことを表明する。
「いいことだ。これからは気軽に話し掛けてくれ。」
いや、心の中で皆のことを呼び捨てにしていましたけれども。とか思いつつも頷いて、私達は再び街中を歩き始めるのだった。
駅から家まではあまり遠いという距離ではなくて、真っ直ぐ歩いて曲がり角を曲がるだけという迷子になりづらい分かりやすい場所にある。
普通の一軒家で少し古め。昔はおじいちゃんとおばあちゃんも住んでいて賑やかだった。もういないけれど、大好きだった。
「ここがシニーの家?」
目の前まで辿り着くと、皆で私の家を見回す。
懐かしい。ついさっきまでの記憶ではここにいたはずなのに、凄く久しぶりに来たような気分だ。多分いろいろあったせいで家の姿とか忘れちゃってたんだろうなぁ……
「何かちょっと古くない?」
「いや、この位が普通だろ。」
懐かしんでいた矢先に失礼にも程があるようなことをナランチャとアバッキオに言われて少しムッとなる私。古くても住めればいいじゃんって思う。そもそもお前らの家はどうなんだ!新築か!?
「シニストラ……顔がブルドックみたいだぞ。」
怒りのあまりに顔が真ん中に寄ってしまっていたら、ブチャラティにまで失礼なことを言われてしまった。畜生……この人達にはデリカシーってものがないのか……!
「でもよぉ、何かこの家変じゃない?」
怒りのど真ん中にいる最中、話を逸らすかのようにナランチャが疑問に思ったらしい何らかの異変を指摘する。
「庭が手入れされてないし、花壇の花とか枯れてるし……オレの父さんは母さんが死んでも花の手入れはマメにやってたぜ?普通はそんなモンなんじゃあないの?」
「確かにな……」
言われてみれば、確かにと思ってしまう。
私のお父さんとお母さんは植物が好きな人だったし、花束をあげるととにかく喜ぶ人達だった。現にサン・バレンティーノに贈ったらめちゃくちゃ喜んでいたし、ドライフラワーにするって張り切っていたし。そんな人が手入れをサボるとは思えない。
「壁も見てみろ。蔦が無造作に伸びていやがる。」
アバッキオも家の変な部分を指摘してくれて、明らかに何らかの異変が起こっていることを教えてくれる。
あんな蔦は今まで見たことがない気がする……今思えば二人が手入れをしていたのかもしれない。
「人気が全くないな……中を見て来るから待っててくれ。」
ブチャラティも異変を察知して、自ら様子を見に家の中へとすり抜けて入ってゆく。
「何かあったのかな……」
不安になる。確かにここは私の家なのに、住んでいたのに。言われて気が付いて初めて知らない家のように思えてしまって、不気味だ。
「りょ、旅行でもしてるのかもよ?」
「田舎に帰った可能性はあるな。」
ナランチャもアバッキオもフォローを入れてくれるけれど、私自身はそのフォローをフォローには思えなかった。
「いや、そんなわけないよ……」
そう、そんなわけがないのだ。
「私の家の田舎、ここだもん。」
二人とも生まれも育ちもネアポリスで、外の街に帰る場所はないのだ。
旅行にしては長すぎる。明らかに何ヶ月も庭も家も放置されているし、引っ越したとしたら普通不動産が管理とかしていて小綺麗な状態にはなっているはずだ。それらの形跡が全くないのはおかしい。
「あ、ブチャラティ!」
その場に何とも言えない空気が流れてきた頃、家の中を見に行っていたブチャラティが外へと戻ってくる。
不安でいっぱいな気分でブチャラティを見た。でもブチャラティはすぐに目を逸らして、
「二人は多分消された。」
最悪な結果を伝えたのだった。
「け、消された……?」
どういうこと?消されたって?どうやって……人は簡単に住んでいるところから消えたりなんかしない。ブチャラティってば変なこと言ってない?
でもブチャラティの表情には一切笑顔がない。曇った顔をして、目を伏せている。
「廊下に血痕が付着していた。状況から言っておまえの両親は襲われたかもしれない。恐らくだが……パッショーネの試験に巻き込まれて死んだおまえが厄介だったんだろう。行方不明と知られれば捜しまわるだろうからな。」
「……」
言っている意味は理解出来る。ギャングの事故に巻き込まれたらそりゃあギャング側は証拠隠滅に動くと思う。そういう世界なのはギャングに憧れていた友達から聞いてはいたから想像は出来る。
でも、だとしても、
「悪いのは私なのに……」
二人は何の関係もない。何も悪くない。なのに都合よく襲われたんだ。
私のせいで巻き込まれた。私が二人を巻き込んだようなものだ。
「死ななきゃよかったんだ……」
私があの矢に刺されても、死なないような意志があったならよかったのに。
「シニーは悪くないじゃん!」
ナランチャは悔しそうな声音で私の言葉を拒絶してくれる。
「悪いのはあんなバカみたいな試験をしてたパッショーネだろォ?巻き込んだのはこっちなのに、何で巻き込まれたシニーに花を贈るとかじゃなくて家族襲ってんだよ!ムカつくぜ!」
勝手に怒ってくれて、勝手にムカついてくれる。
「やることが汚ぇのはギャングだからって言いたくねぇけど、民間人を巻き込むのは違うよな。」
「全くだ。」
アバッキオもブチャラティも、ナランチャに同調するかのように静かに怒ってくれる。
「でも安否はまだ分からない。襲われはしたが生きている可能性もある。」
そして、ひとつの可能性までもを見つけ出してくれて、希望を持たせてくれた。
「そうだぜ!もしかしたら生きてるかもしんねー!意外と今病院にいるかも!」
「だな。時間はあるし捜してみようぜ。」
諦めるなと言わんばかりの勢いで三人は私を励ましているみたいだった。ギャングの人達って怖いイメージしかなかったけれど、三人は違うらしい。温かくて親身になってくれて、何より優しさで溢れていた。
「ありがとう皆……」
いろんな感情が混ざって泣きそう。でも何とか涙を引っ込めて、三人の顔を順番に見る。
この状況になって初めに出会った人がこの三人で本当によかった……前よりも強く思う。凄く頼もしい。
「でも捜すのはいいや。」
しかし私はその申し出を断るのだった。
「え、何で?」
この流れで断られてしまったナランチャは口をぽかんと開けながら、間抜けな声で訊ねてくる。
いやそうだよな。普通は断らないし、捜してやるぜって気合を入れるところだ。断るはずがないのだ。
「多分、会わない方がいいと思う。」
会ったとして、生きていたとして。もうこんな姿じゃあ何も伝えられない。
姿を見られればいいって思っていた。でも会ったらいけないと思う。
(きっと許してくれないよ……)
いきなり消えた子供に、自分達が襲われる原因を作った子供に会いたいと思うだろうか?私だったら暫く顔は見たくないと思う。
「そうか……」
ブチャラティは私の出した答えに納得をしてくれて、眉をしかめながらも笑ってくれた。
笑ってくれるのは救いだった。今はそれだけで充分。もう少し時間が欲しい。
「まぁ……シニーがそれでいいなら、捜すのはやめとくよ。」
ナランチャも笑ってくれて、その隣にいるアバッキオは何も言わずに目を瞑ってくれている。優しさに少し心が痛むけれど凄くありがたいし、何より平静を保っていられるから助かる。
「とりあえず戻ろう。日が暮れてきたし、ハロウィンも始まるからな。」
「やった!お菓子お菓子!ドルチェット オ スケルゾォ!」
「違うぞナランチャ、ドルチェット オ スケベダゾ、だ。間違えたら菓子なんか貰えねぇぞ。」
「あっやだ、それ困る。シニーも気を付けろよ!」
「ナランチャってスケベなの?」
「スケベ?えっ……スケベ……ダ、ゾ……!?騙したなアバッキオぉ!!」
触れちゃったけれど見たことや聞いたことをなかったことにしてくれた彼らは、回れ右をすると私の家だった場所を後にしてくれた。
私も見なかったことにしようと思って回れ右をする。けれど、少し家から離れたところで、振り返って二階にある窓の方に視線を向けた。
三人は玄関ばかりを見ていたし、ブチャラティも多分一階しか見ていない。だからもしかしてと思って二階を見上げた。
「……あはは、」
いや……もしかしたらブチャラティは会っていたのかもしれない。もしかしたら、「二人」に何かを言われたのかもしれない。
(本当、仲良しだよね。)
いるわけないって思っていたけれど、でもよくよく見てみれば、そこに確かにいたんだ。
幸せそうな笑みを浮かべながら手を振っている、お父さんとお母さんが。私のことをずっと見ている二人の姿が。
「ありがとう、ブチャラティ……」
彼の吐いた優しい嘘はすぐにバレたけれど、普通は怒るところなのだろうけれど、今の私には感謝でしかなかった。
生んでくれてありがとう。たくさん愛してくれてありがとう。
死者の日が終わったら、私が上に行けたら。二人に一番始めに会いに行こう。
「シニー!」
だから今は
「今行くー!」
あなた達がくれたこの世界を、少しだけ見させてください。
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