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ジョルノと恋人同士になってから一ヶ月が過ぎていた。
四月の間はミスタさんが四の呪いが〜って騒ぐので、ジョルノと一緒にいることが多くなって私はポルナレフさんと仕事をしている。とは言っても殆どがスタンド能力を上げる訓練で、これということは一切していない。

「パッショーネの仕事は落ち着いたから少し修行をしてみないか?」

……って言われて毎日のように訓練……もとい修行をしている。修行って何かコミックみたいだなぁとかぼんやりと思ったけれど、私も時間がある時に力は付けておきたい。いつまた負の遺産と巡り会ってしまうかも分からないし……何が起こるかも分からない。とにかく修行をすることに損はないと思う。
とりあえず街に出てポルナレフさんの部下が隠した物を探したり、隠れているポルナレフさんの部下を捜したり……ジョルノとウーゴが街にサボりという名のお忍びをしに出た日は鬼ごっこ状態になったりもした。ミスタさんはジョルノがいないからアジトで丸くなっていて見なかったことにして……大変だったな、ピストルズくん達も泣いていてスタンドが見えて声が聞こえる人達にはあれは地獄だった。

「シニストラのスタンドは死んだ人間に体を与えることが出来ると聞いたんだが。」

亀の中で休憩中にポルナレフさんが私の資料を見ながら訊ねてくる。

「意識がそこにあれば創れますけど、気持ちが昂らないと上手くいかなくて……」

上手くいかない場合はただ透けて見えるように出来るだけ。触れる仮初の体を創るには星達が大体何万個も必要になる。私の心と比例しているからその場でどのくらい昂れるかが勝負になってくる。

「あと簡単な気持ちでは創らないって決めたので、今はその技は控えてます。」

しかし死んだ人への尊厳を見失いたくない。だからその技はここぞという時以外には使わない。そう決めた。

「そうだな、いい心掛けだと思うよ。」

ポルナレフさんは私の話を聞くと、うんうんと頷いてくれる。

「きみのスタンドは強すぎる。強い力というものは意志を持たねば制御をするのは困難だ。自分の中にストッパーがない人間は悪に走ってしまうから、きみのその気持ちは大事だよ。間違った使い方をしないようにこれからも気を付けてくれ。」
「了解です!」

ジョルノにも言われたよなぁ……単純だから強いって。私自身は強くないのに何だか不思議な感じがする。強いというより出来ることの範囲が広いってだけだと思っているけれど、周りからしたら強いに当てはまるのかな。
ミスタさんが言うには見せたいものを見せる能力はある意味で、アバッキオのその場で起きた記憶を再生するスタンド能力に近いらしい。相手を追跡出来る能力はナランチャのスタンド能力に近いとか……私の諦めない意志はブチャラティと似ているとも言われた。皆から影響を受けて私の能力は形作ったのかもしれない。スタンドの姿は読んでいた本の影響だし……私って実は人から影響を受けやすいタイプなのかな?スタンドって奥が深いな……!
休憩が終わったらアジトの資料室で応用編みたいなことをやった。言われた資料に星でマーカーを付けるのだけれど紙切れ一枚にマーカーを付けるのは大変で、束で付けてしまったりしてこれがなかなか難しい……精密さを身に付けるのは私の単純な性格上向いていない気がした。

「まるでクリスマスだな……」

ひたすらにピカピカ光るマーカーを作っていたら、後ろからいつの間にかいたらしいジョルノに声をかけられる。

「ジョルノ!」

振り返って名前を呼んだらジョルノは笑顔で挨拶をして、私の隣に並ぶように立つ。
どうやらミスタさんはいないらしい……最近は付かず離れずだったのに、珍しいな。

「シニーが頑張ってるっていうから見に来たんだ。調子はどう?」

頑張ってる……うん、頑張ってるよ私。

「ちょっと疲れたかな……星の生産が追いつかなくて。」

頑張ったせいかさっきから目が疲れてきて星が流れてこない。目の中にいるトロイメライももうくたくたなのかも。持続力は強いはずなのだけれども、私の集中力はどちらかと言えば弱い気がする。

「じゃあ今日はもう休もうか。」

目をシパシパさせていたらジョルノが私の肩に手を置きながら私にそう言ってくれる。

「でも……」

正直もう少し頑張りたい。あとちょっとでコツが掴めそうだし……

「ぼく、今日はもう帰れるんだけどな……ぼくの家できみとゆっくりしたいんだけど……」

耳元で甘えるような声音で悪魔の囁きを聞かされて、吐息が耳にかかったら私の背筋に何故か緊張が走った。
こういうのずるいよなぁ……甘えられたら断れないし、ジョルノが早く帰れる日とか滅多にないし……

「分かった……」

断れないじゃないか。卑怯だぞ?

「やった、ご飯食べてくよね?たまにはピッツァをデリバリーしよう。」
「私マルゲリータがいいなぁ〜!」
「よし、マルゲリータいっぱい頼もうか。」

引き出した資料をジョルノと片付けて、私達は資料室から出る。いつものジョルノの仕事部屋に行って皆で明日の打ち合わせを少しした後、ジョルノは黒髪のウィッグを被り、そのまま私と一緒にアジトの外に出た。
ジョルノとは一回だけ一緒にデートをした。とは言ってもミスタさんとウーゴにジョルノと一緒に外で時間潰して来いって言われて……ジョルノの誕生日だったから準備をするとかで、流れでしたきりだ。一緒にジェラートを食べたり公園で日向ぼっこをしたりした。もちろんウィッグを被って正体を隠していたから何だか不思議な感覚だった。昔のジョルノを段々と忘れてきているからたまにあれってなる。
それ以来は帰り道を送ってもらってばかりで、朝はたまにアパートまで迎えに来てくれる。行きと帰りしか一緒にいられないから、ジョルノが早く帰れる日は凄く貴重だ。
時間は限られているのが残念だけれど……ちょっとでもジョルノと一緒にのんびり出来たらなって思う。

ジョルノの家に着くとすぐにデリバリーを頼んで、しばらくしたらピッツァが三枚も届く。映画を見ながら並んで食べるからなかなかピッツァが減らなくて、何切れか最終的に余ったのでジョルノの朝食に回ることになった。
映画は定番のラブストーリーじゃなくてファンタジー映画。私が入院中に公開されたらしいやつで、原作はちょっとだけ昔に読んだ。だから見ていて楽しい。

「ジョルノ、さっきの巨人作れたりする?ドラゴンとかは?」
「空想の生命は作れないよ。きみは再現出来るんじゃあないか?」
「……やってみ「絶対駄目だけど。」
ケチ!」

二人であれは再現出来そうとか出来ないとか話をする。魔法が出てくると呪文を言い合ったり、戦うシーンになるとお互い夢中になって黙ってしまった。でもすぐに自分だったらあそこのシーンは〜とか自分の動きを二人でシミュレーションし始める。言い合いになったらよく分からないうちに話が終わってしまい、でも何だかんだでジョルノも私も満足して面白かったねって笑い合った。ジョルノの笑顔は無邪気で年相応で、見ていて凄く安心する。

「……シニー、」
「ん?」

映画のエンドロールが流れている最中、ジョルノが名前しか出てこない画面を見ながら話しかけてきた。

「なに?」

またスタンドの話かな?もう巨人とかドラゴンとか創ろうって思わないんですけど……
ジョルノの方に振り返るとすぐ目の前に顔があった。驚きのあまりに肩が跳ね上がるけれど、ジョルノが肩を掴んできたからそれは途中で止まってしまい、逆に引っ込む。

「ぼく達付き合い始めて一ヶ月が過ぎたけど、恋人らしいことをあまりしてないよね。」

そう言ったジョルノの顔は真剣だ。肩にある手には力が込められている。

「確かにそうだけど……」

恋人らしいことは毎日の送り迎えとキスくらいしかしていない。デートらしいデートだってまだしたこともない。

「ジョルノが忙しいの分かってるから、今はこれでいいよ。」

時間がある時にこうやってそばにいられるなら、いてくれるならそれでいいと思う。そりゃあちょっとだけ寂しい時もあるけれど……ジョルノの立場上仕方がない。

「んん……きみはいいかもしれないけど、」

私の答えを聞いたジョルノは少し悩ましそうに唸る。ジョルノの中では満足をしていないみたい。

「ぼくはもっときみと一緒にいたいんだ。」

煮え切らないジョルノは真っ直ぐと見つめながら私にそう言った。

「デートだってし足りない。キスもし足りない……朝とか一緒に食事もしたいのに時間が取れないし……」

ストレートに思うことをぶつけるジョルノはギャングの頂点にいる人間というよりも、本当にどこにでもいるような男の子にしか見えない。っていうかさっきからもうずっと普通の男の子だ。
そうだったのか……ジョルノは私ともっと一緒にいたかったんだね。確かに私もいっぱいデートとかキスとかしたいけれど、ここまではっきりやりたいことを言われるとは思ってもみなかったぞ。

「シニー、きみもやりたいことがあったら言ってくれ。遠慮しなくていいから。」

ジョルノは必死だった。私の肩をぐらぐらと揺らしながら必死に遠慮はするなと言ってくる。
別に遠慮とかしていない……だってジョルノは本当に忙しいし、仕事とプライベートは分けるって自ら言っていたから弁えないといけないって思っている。私がわがままを言わなければジョルノだって仕事に集中出来るのに、言えっていうのはなぁ……言ってもいいのかな。

「わ、分かった……やりたいこと言うから揺らさないでぇ……!」

とりあえず揺らすのをやめていただきたくて、私もジョルノの腕を掴んでジョルノの手を剥がそうとする。
言っていいなら言わせてもらおう。多分言わないとしつこいくらい訊かれると思う。だったら今思いつくことでもいいから伝えたい。

「分かった。聞こう。」

肩から手は剥がれなかったけれど私の言葉を聞いたジョルノは揺らすのを止めて、目を輝かせながら話を聞こうとしてくれた。
別に期待されるような答えとかではないのだけれども……止まったのでジョルノと改めて見合うと、私は私が思いつく限りでジョルノとしたいことを一つずつ口にする。

「まずデートはもうちょっとしたいよね。」

こうやってゆっくりするだけでもいい。限られた時間をもっと一緒にいたいと思う。

「キスも……したいし……」

おやすみのキスくらいしか最近はしていない。たまには普通にキスらしいキスをしたいと思う。

「あとは……」

あとは、あとは……考えるけれど浮かばない。そもそも私は恋人同士の過ごし方の知識が少なくて、何をしたらいいのかいまいちピンとこない。
学生寮にいた頃に友達から大雑把に聞いた話だと、デートとキスは定番だし、他だと……想像したら顔が段々と熱くなってきた。

(いやいやまだ早いし!)

流石に恋人になって一ヶ月でそれはないだろう。それに知識もないしどうしたらいいのかも分からないし……絶対に言えない……!

「ジョ、ジョルノはキスとデートがしたいんだよね?私と同じ!」

話を逸らすべくお互いの意見が合致しているキスとデートに焦点を置いて、話を拡げようとする。

「どこ行きたいとかある?せっかくだから遠出とか……」

ヴェネツィアとかカプリ島とか……今は暖かいから過ごしやすいしきっとデートも楽しくなるよね?

「ネアポリスだったら港の方に行きた……いっ?」

行きたいところは考えればいっぱいある。沢山思い浮かぶしスポットだけなら水族館とか美術館とか……いろんな場所を口にしようとしたら、ジョルノの手に突然力が入って、私はそのままソファの方に押して倒された。
は?え?何で押し倒され……えっ?何この状況……全く読めないんですけど。何がどうなっているの……?

「今何考えた?」

状況が飲み込めないままでいると、上にいるジョルノが私に訊ねてくる。
何を考えたって……いうのは……

「で、デートしたい場所……?」

とりあえず一番答えやすい方の事柄を話す。
その前に考えたものはちょっと言いづらいでしょ。そもそも口で言うようなことじゃないよね?単純な私でも流石に空気は読むよ……!

「違う、それを話す前。」

しかしジョルノは空気を読まない。肩から手を離すと私の上に座り直して脚に体重をかけてきた。
これはやばいやつでは?逃がさないようにしているよねジョルノ……言うまで絶対に離れないでしょ……。

「きっキスしたいっていう話かなー……」
「そう言った後に『あとは……』って付け足してたじゃあないか。」
「それは……キスしてるところを想像しちゃって……、」
「どんなキスを想像したら耳まで真っ赤になるのかな?」
「えっ?」

う、嘘?耳も真っ赤になってたの?
恥ずかしくなって、思わず耳へ手を持っていって押し当てて隠しながらジョルノから目を逸らすけれど、当てたら当てたでジョルノはその手を剥がしてきて、

「嘘だよ。」

そのまま体を重ねるように倒れ込むと唇を私の唇に重ねてきた。
っていうか私騙されたの?今誘導尋問されてる感じ?キスされていてももやもやし始めたら全く気持ちよさを感じない。

「ねぇ、何が浮かんだの?」

ジョルノは至近距離で訊ねながら、今度は頬にキスをしてくる。しかも口ではむはむし始めてきてくすぐったい。

「ぜ、絶対に言わない……」

恥ずかしくて顔を見られたくなくて横を向く。

「やっぱりキスされてる想像してたんじゃあないんだ?」

どこまでも意地悪なジョルノは、横を向いたままでいる私に諦めることなくキスをしてくる。
頬から流れるように耳に移ってきた唇はそのまま耳たぶに落ちてくるし、ジョルノの髪が私の頬を掠めてくすぐったい。目を閉じて堪えていたら今度は首元にキスをされて……くすぐったいとは別の何かが感覚的に芽生えて、瞬間的に息が止まった。
何ていうか、ぞわぞわする……でも鳥肌は出ない。変な感じ。

「……っ、」

随分息が止まっていたと思う。ジョルノが顔を離してくれてから息をしたのだけれど、肩で息をしないと苦しくてしょうがない。

「……何かごめん。」

ジョルノはそんな私を見てかようやく自分の意地悪を認める。そのまま頬に頬を寄せてくると手を私の頭の上に置いてきた。

「焦るのはよくないけど、きみが同じ気持ちかもって思ったら……」

何度も何度も頭を撫でてくれる。優しく慰めるように撫でてくれるから息も段々と落ち着いてくる。
同じ気持ちってことは……もしかしてジョルノは「その先」がしたいの、かな?デートとキスのその先が……

「私はちょっと想像しちゃっただけ……」

言うと恥ずかしいけれど、ジョルノが言ってくれたから少しだけ言いやすくなって、ジョルノの背中に腕を回しながらちょっとだけ想像したことを白状した。

「でもね、まだ……勇気がないの……」

好きな人に求められることは幸せなことだと思う。でもするとなると心の準備も必要で、ようやくキスにも慣れてきたばかりだから……次に進むにはまだ少し勇気が足りない。

「だからもうちょっと待っててほしい……ごめんね。」

応えたいけれど今はもう少しだけ待ってほしい。心の底からジョルノと、って思ったら、その時が来たらちゃんと応えたい。

「わかった。」

ジョルノは私の言葉を聞くと、体を起こしてソファに座り直す。

「待ってるよ。シニーを待つのは得意だから。」

そして私の体を起こしながらそう言うと、ソファの上に座っている私を抱き寄せて、再び頬を寄せてきた。
ジョルノの頬は温かくて柔らかい。思わず擦り寄せて、目を閉じてそれを堪能する。

「待たせてばっかで申し訳ない……」
「全くだよ。って言いたいけど、流石に待つよこれは。」

ジョルノが優しい人でよかった。

「でもキスはいっぱいしていいよ?」

だから安心してそばにいられる。怖い仕事が舞い込んでも頑張れる。

「……今していい?」

ジョルノの覚悟を支えようって心の底から思えるよ。


待たせた分だけ応えたい。ジョルノの気持ちにも、仲間の期待にも。
走らないで、歩くペースでゆっくり進む。毎日そう望みながら、明るい方に向かうように。




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