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「痛い痛い痛い痛い!」
「シニーうるさいぞ!ジョジョを煩わせるんじゃあない!」
「いやだって!痛いし!」

今日から五月に入って久しぶりにミスタさんと仕事をした。観光客としてイタリアに潜伏した麻薬取引の人間を追跡して、追いかけている最中にバナナの皮を踏んでしまい、派手に転んで脚に枝が刺さるというトンデモ出来事が起こったため、追跡が終わってから現在ジョルノに傷を塞いで貰っている。
痛い。凄く痛い。ミスタさんに担がれて帰ってきたけれどもその間もずっと痛くてしんどかった。更にジョルノの施術で痛いしで……もういっそ殺せとか思う。痛いのは嫌だ。

「……ほら、治ったよ。」

ソファに横になりながら痛みに震えていたら、ジョルノが傷を完全に塞いでくれて私の脚が綺麗になった。

「ジョルノありがとう……」

あんなに痛かったのにもう痛くない……いつもの私の脚だ。何を使って傷口を塞いだのかがちょっと気になりはするけれど、訊いたらいけない気がしてありがとうしか言えない。あとしばらくバナナは見たくない。

「見てて思ったんだけど、シニストラって傷の治りが遅くねぇ?」

ジョルノに起こしてもらってソファに座ったら、見ていたミスタさんが疑問に思ったらしいことを口にする。
傷の治りが遅いって……皆こんなもんじゃないの?物が深く刺さっていたから傷の修復にだって時間はかかるよね?

「確かに……少し遅いかもしれないな。」

ウーゴもミスタさんと同じ意見らしく、首を傾げながら疑問を口にする。

「昔のジョルノの治療は痛かったけどよぉ、今のジョルノの治療はそんな叫ぶほど痛くはねーし……」
「ぼくの時は全く痛みがなくて気が付かなかったぞ……」
「えええ……!」

う、嘘でしょ?こんなに痛いのに?塞ぐ間とか傷口を抉るような痛みがあるのに痛みを感じないって?どういうこと?ギャングの世界に慣れすぎてそっちが痛みに鈍感になったとかじゃなくて?

「傷口の治癒は多分個体差じゃあないかな。シニーは敏感に痛みを感じやすいのかもしれない。」
「え、それってつまりエロいってこと?」
「……傷口塞ぐ時感じるって叫んでたきみに言われたくないと思うよ。」
「「ミスタ(さん)……」」
「白い目で見るんじゃあねー!」

確かに治癒力っていうのは個体差がある気がする。傷跡が残りやすい人もいれば綺麗に治る人もいるし……そもそも私がジョルノに傷口を塞いでもらった回数はまだ二回。しかもどれも重症だから、治るのには流石に時間がかかったと思う。
実際何が原因なのかは分からないけれど、あまり怪我はしないようにしよう。そう固く誓いながらそれ以降の仕事も頑張った。
夜はいつも通りジョルノが家まで送ってくれて、最近はジョルノがアジトに戻る前に少しだけ私の家の玄関に座りながら話をするようになった。

「きみは痛みに敏感なんだな。」

ジョルノが好きなチョコレートを持ってきて、いつも半分にして二人で分け合って食べる。甘くて美味しくて口の中が幸せだし、ジョルノが美味しそうにチョコを食べるから見ていて楽しい。

「敏感っていうか……痛いのが苦手なだけかな。」

前までは気にならなかったけれど、パーティーで撃たれた時から痛いのは苦手になった。いや、気にするようになったが正しいのかな……あんな思いはもうしたくないっていう気持ちが強く出てしまう。

「ぼくも痛いのは嫌だな。」

ジョルノはチョコを頬張りながら、涼しい顔で同感だと言ってくる。

「何回この腕をちぎって新しいのをくっ付けたことか……」
「え、」

しかし内容はとてもやばい。腕をちぎるって……え?腕を作ってくっ付けたってことだよね?一体どういうこと?
思わずジョルノの腕に手を伸ばすと服の袖を巻くって作ったらしいそれを見た。

「ちょ、シニー?」

ジョルノの腕はちゃんと繋がっていて、違和感もなくて凄く綺麗。しかしこれを作って自分にくっ付けただなんて聞いても、やっぱりなかなか自分の中に落ちてこない。そもそも一体どんなことが起こったら腕をちぎることになるのだろうか……想像をしただけで怖くなる。ジョルノは一体どんな戦いに巻き込まれて何回危険な目を見てきたのだろう?
ジョルノの腕を撫でながら、そのままその先にある手まで指を這わせる。手のひらに触れてちゃんと温もりを感じると安心して、私はその手に指を絡めた。
何度もこの手に救われた。私に会いに来てくれた時もこの腕が抱きしめてくれた。だから不思議な感じがするんだ。この腕がジョルノのスタンド能力の一部で、生まれた時とは違う腕だということが。今はジョルノの一部だけれど、私の知らない腕だったっていうことが。

「自分を大事にしてね……」

何本でも手足は作れるかもしれないけれど、命だけは大事にしてほしい。私達にジョルノが言うように、私達もジョルノと同じことを言う。
もう誰も死なないでほしい。お父さんやお母さん、ブチャラティやアバッキオ……ナランチャみたいにいなくならないでと思ってしまう。ミスタさんやウーゴ、ポルナレフさんやトリッシュちゃんにも同じことを思う。

「……大丈夫、ぼくは死なないよ。」

ジョルノは私の頭の上に手を乗せると、そのまま優しく撫でてくれる。

「死んだらアバッキオに怒られるからね。」
「そう言えば約束してたよね……」
「きみが会わせてくれたから約束出来たんだ。」

アバッキオどころかブチャラティにも怒られるだろう。ナランチャは多分こっちにジョルノを返品しようと頑張りそう。多分誰が来ても同じことをすると思う。

(何かしょっぱいな……)

甘いチョコを食べながらしんみりすると何だか気持ちがしょっぱくなる。複雑な気持ちの中、ジョルノの肩にもたれかかった。

「そう言えば今まで話したことなかったんだけど、」

お互いにチョコを食べ終わると、ジョルノが自分の指に付いたらしい熱で溶けたチョコを舐めながら話しかけてくる。

「ぼくの父親……前に定期入れに入れていた写真覚えてる?」
「写真?」

何で突然父親の話になったのかは分からない。でもジョルノに言われてジョルノが使っていた定期入れを思い出す。
確か……見たことがあった気がする。金髪でガタイがよくて、後ろ姿で顔が見えなくて、ジョルノと同じ星のアザがあって……

「筋肉凄いよね。」
「今は筋肉置いといて。」

いやだって凄かったから……素直に口から感想が出たんだよ……!

「とにかくその父親なんだけど、その正体が吸血鬼だったんだ。」
「え?」

心の中で筋肉を堪えていたら、ジョルノが自分の父親について、昔にどんな人なのか知らないって言っていたはずの父親のことを私に教えてくれる。空想の中の生き物だったって。

「吸血鬼……??」

ジョルノのお父さんが……吸血鬼?でも吸血鬼ってファンタジーの中の存在じゃないの?って考えが浮かぶけれど、世の中にはスタンドだっているし吸血鬼だっていてもおかしくないと思うし、そもそもジョルノは嘘は言わない……よね?
っていうことは、ジョルノのお父さんが吸血鬼ってことはジョルノももしかして……とか思ったりもする。

「いや、ぼくは違うから。」

しかし吸血鬼なのかって訊ねる前に、ジョルノは先手を打って違うと言ってくる。まだ訊いていないのによく分かったよね!
でもよかった……もし吸血鬼だったらどうしようって思っちゃった。私の血は絶対美味しくないだろうし、ジョルノの口に合わないかもしれない。血を吸われた瞬間に不味い嫌いって言われたら泣くよ絶対。

「吸血鬼ってだけだったらよかったんだけど、父親はただの吸血鬼じゃあなくて、極悪人だったんだ。」

しかし呑気にジョルノが吸血鬼だったらを考えている場合ではない。ジョルノの口からどんどん驚愕の事実が飛び出してくる。
父親が沢山の人を殺したこと、自分勝手に暴れ回ったこと、女性は食糧だったけれど気紛れからか自分が生まれたこと……そしてその息子として生まれたジョルノは今、提携を結んでいるSPW財団の一部から警戒対象にされてしまっていること。
どれも聞いていて悲しくなるものばかりだった。ジョルノのことを知るのが楽しいって思っていた自分をぶん殴りたいくらい……事実はちっとも楽しくない。どれもジョルノにとっては重たいものばかり。

「きみに言わないとって思ったんだ。隠しておこうとも思ったけど、シニーには全部知ってもらいたいから……今言ってみた。」

自分の父親と今の自分について話したジョルノは、膝を丸めながら今の自分の気持ちを教えてくれた。

「ぼくといたらきっときみも警戒されるかもしれない。ぼくの父がもしここにいたら、ぼくがきみに望んだら蘇らせてしまうかもって危険視されることだってあるかもしれない。」

聞いていて辛くなる。父親に会うことを望んでも、ジョルノの場合は許されないんだと思うと胸が苦しくなる。

「そんなこと望もうとか思わない。でもこの世界にはぼくの父が奪い取ったことで苦しんでいる人もいる。恨みは多分、ぼくに飛んでくることだってあるんだ。」

泣きたくなるくらい内容が酷くて息が詰まりそう……

「きみが危険な目に遭うことだってあるかもしれない。そんなの嫌だから───」

もう話さなくていい。きっと言ってもジョルノは喋り続けるだろう。

「ジョルノ、」

私は黙ってもらおうと思って、ジョルノの顔を両手で挟むとこちらを向かせる。そして額と額を思いっきり……ガツンとぶつけて。物理的に話を切った。凄く痛い。

「なに……するんだよ……痛いじゃあないか……!」

ジョルノも痛かったらしい。声を震わせながら、自分の額に手を当てていた。

「威張ることじゃないかもだけど私だって痛いわ。」

私も痛かった。凄く痛かった。ジョルノって石頭なんだなって初めて知った。

「ジョルノとこうやってぶつかったら私だって同じくらい痛いんだよ。」

でも分かってほしかったからやったことだと理解してほしい。黙ってもらいたいって意味はあったけれど、それ以上に私の気持ちはジョルノで今いっぱいだということを理解してほしい。

「私はジョルノが苦しい時も悲しい時もそばにいたいし、ジョルノと一緒に苦しみも悲しみも分け合いたい。痛みもこうやって分け合いたいんだ。」

怖い時だって一緒にいたい。もちろん楽しい時も一緒にいたい。それは相手がジョルノだから思うことなんだ。

「お父さんのことはどうでもいいじゃん?ジョルノはジョルノだもん。真っ直ぐで素直で、仲間思いで愛情深い私達の『太陽(ジョルノ)』。」

皆同じことを言うと思う。ウーゴの世界もミスタさんの世界もジョルノを中心に回っているから。

「ジョルノが世界から恨まれても私達は恨まない。ジョルノのそばにずっといる。」

ジョルノが拒んだってそばにいたい。死んでも……いや、死ぬのは嫌だけれど……それでもジョルノのそばから離れない。離れるつもりはもうないんだ。

「ジョルノが好きだから絶対に離れないよ。」

そう決めたんだ。もうとっくの昔にジョルノを一人にさせないって決めているんだよ。
ジョルノの頬から手を剥がすと、私はジョルノの背中に腕を伸ばす。

「ジョルノもハルノも、私は大好き。」

そして力いっぱいに抱きしめてあげる。離してやるもんかと言わんばかりに強く抱きしめる。

「……シニーはやっぱり凄い人だな。」

しばらく何も言わないでジョルノにひたすらくっ付いていたら、ジョルノはぎこちなく私の背中に腕を回して、でも力を込めながら私のことを抱きしめ返してくれた。

「初流乃のぼくも好きって言ってくれたのはシニーが初めてだ。嬉しい。」

声は震えていた。でも痛みを堪えていたさっきみたいな声じゃなくて、幸せそうな……嬉しそうな声だった。

「ただきみは他の人より傷の治りが遅いから……もし重い怪我を負ったら手遅れになることだってあるかもしれない。」

多分今一番気にしていると思うことを言うと、ジョルノは私の肩に顔を埋めてくる。
傷の治り、かぁ……

「そんなこと気にしてたの?大丈夫だよ、私しぶといから。」
「……ミスタ並に?」
「ミスタさんが聞いたら泣くからやめてあげて……。」

まぁ気にはなるのかな……ジョルノの力を以てしても時間がかかるってことは、重い怪我をしたら確かに命が危ないかもしれないし、でもそれは多分誰にでも言えることだと思うし、考えてもしょうがないことだと私は思う。気にしないでって言わない方が無理かもしれない。だってジョルノがそうだったら私も気にしちゃうもん。
でも意外だった。ジョルノの話はこの前教えてくれた名前のことで全てだと思っていたから、こうやって家族のこととか自分の今の立場を話してくれたことは凄く嬉しい。私に自分の重荷を預けてくれたような、ジョルノが初めて肩の力を抜いてくれたような……何というか、初めて頼ってくれたような、そんな気持ちでいっぱいになる。
正直お父さんの話は多分、ジョルノの中では吹っ切れていたことだったと思う。ただ私が馬鹿みたいな怪我なんかしたからまた考えちゃったのかな?そう思うと申し訳ない気はするけれど、多分今回怪我をしなかったらジョルノはずっと黙ったままだったんじゃないかな?ある意味では怪我をしたことは正解だったのかもしれない。

「でもぼくの父って体と頭は別らしいんだよな。」
「は?何それこわ……」

でも本当はどこにも正解なんかなくて、間違いもないとも思う。実際はジョルノと私次第なんだと思う。これは、この問題は私達の気持ちの問題だったんじゃないかな?私を信頼してくれなかったらきっとジョルノは何も話してはくれなかった。

「話してくれてありがとう、ジョルノ。」

深くは考えないで、話してくれたことに今は感謝をしよう。ジョルノの大事な部分を聞けて本当によかった。それだけでいい。


ジョルノの現実がこれ以上残酷にならないように、もっと支えられたらいいなと思う。




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