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(ジョルノは……今日はSPW財団の人と会議だっけ……)

午前中に頼まれた仕事を終えて、外でお昼を食べてから戻ってきたらウーゴしかジョルノの部屋にいなくて、皆がいない理由を思い出したら自然に溜め息がこぼれ落ちた。
今日は朝からジョルノがアジトにいない。ミスタさんもポルナレフさんも着いて行ったから、このアジト、もといジョルノの仕事部屋にいる人間は必然的にウーゴしかいなかった。午後は上の人間がいないから仕事が回ってこないので実質暇である。

(ウーゴと留守番かぁ……)

ウーゴとは書類仕事とかしているからしょっちゅう一緒にいることはあるけれど、話らしい話はあまりしないんだよな。大体仕事のことだし終わったら何々するとかそういう話ばかりだし……うん、最近の話とか一切していない。
そもそもウーゴとプライベートな話を今までしたことがあったかって聞かれるとそこまでしたことがない気がする。小さい頃は私が一方的に話しかけていたし……ウーゴがする話は難しかったから理解がそこまで出来ていなかったと思うんだよね。

「ねぇウーゴ?」

私はソファに座って分厚い本を読むウーゴの横に座ると、話しかけつつ顔を覗き込む。
しかし覗き込んでも優先順位は本の方が上らしい。私のことを見ることなく文字を追っていらっしゃった。

「何読んでるの?」

手に持っている本の中身をちょっとだけ見てみるけれど……凄く小難しい言葉が並んでいて内容がいまいち分からない。ウーゴに訊ねると、ページを捲りながら涼しい顔で答えてくれる。

「裁判の判例。」

裁判の……判例……うん!道理でさっぱり分からないわけだ!そもそも何でそんなものを読んでいるのかこの人は!裁判にかけられた時に役立つとかそういうアレじゃないよね?そもそも誰が裁判にかけられるの。

「それ楽しい?」

思わず訊ねてしまう。いや、人によって楽しみ方は違うからウーゴには楽しいものなのかもしれないけれど、深くは考えずに敢えて訊いてみた。

「楽しくはない。」

しかしウーゴの口から出てきた言葉は『楽しくはない』の一言で……楽しくないのか。じゃあ何で読んでいらっしゃるのか。ウーゴって分からない……
考えはするけれど、多分ウーゴのことだから習慣みたいになっていることをしているだけな気もする。勉強漬けだった過去を考えたらそれしか暇の潰し方を知らないのかもしれない。

「……」
「……」

しかし話が続かないのは困ったな。世間話とかしたいんだけどな?でも何か邪魔をするみたいなことはしたくないし……でもウーゴと話したいし……自分を優先するべきなのかウーゴを優先するべきなのか分からない。ちょっと困る。

「……そろそろか。」
「え?」

ウーゴは沈黙を破るように突然そう言うと、本を閉じてそれをソファに起き、そのまま部屋を出て行ってしまう。突然の出来事と一人にされたショックでちょっと頭が混乱をしそう。
え、そんなに私といるのが嫌なの?ウーゴってば反抗期?いやしょっちゅうキレるから万年反抗期な気がするけれど!ちょっと悲しいな!
思わずソファの上で膝を丸めて、カチカチ鳴る壁に掛けてあった時計をひたすら眺め始める。見ていても楽しくはないけれど、もうすぐ十四時だからゴーンって音が鳴る気がするし……
一分、二分……って秒針を見ながらひたすらに数えて鳴る瞬間を待っていた。あと五秒までくると何故かワクワクしてきて、思わず口から数が出てくる。
しかしだった。

「五、四、三、二……」

一、って言おうとしたところで、

「今日はジョルノはいないのね?」

いきなり声とともに扉が開かれて。私は時計から視線を逸らして今までの集中力を水の泡にする。
女の子の声がした。しかも毎日CDで聴いている知っていた声だったからびっくりした。おまけに入口から入ってきた子が声とマッチして本当にちゃんと知っている人だったものだから、驚愕すぎてソファの上に立ち上がってしまうほどで……

「と、ととと!」

名前を言おうとするけれど何で有名人がこんなところにいるのかとか、しかも後ろにいるウーゴと一緒にいるのかとかが呑み込めなくて混乱をする、というよりしてしまう。
嬉しいけれど複雑で、「と」しか言えなくなっていたら、私に気が付いたその子が目を見開きながら、

「シニストラ!」

私より先に名前を呼んでくれた。

「とっトリッシュちゃん!」

そう、そこにいらっしゃったのは私に恋というものを教えてくれた恩師で友達のトリッシュちゃんだったのだ。

「トリッシュちゃん久しぶり!!」

私はソファからジャンプをして下りると、トリッシュちゃんの前に立って白くて綺麗な手を握ってはブンブンと上下に振る。
また会えて嬉しい!トリッシュちゃんって有名人だからコンサート会場に行かないと会えないかもって半ば諦めていたのだけれど、こうやってプライベート?で会えたのが奇跡みたい!

「二人とも知り合いだったのか?」

トリッシュちゃんの後ろにいるウーゴが意外そうに私達を見ながら声をかけてくる。

「そうよ!ファンに追われてたところを助けてもらったの!」

いや、助けたというか、あれはトリッシュちゃんが私を追ってきて……いやでも結果助けたんだよね?助けるっていうかお手伝いな気持ちでいた。

「シニストラは……そうよね、ギャングって言ってたわね。スタンド能力を持ってるギャング組織はパッショーネしかいないもの。ここに行けば会えたのね。」

トリッシュちゃんは一人そう納得をすると、手を握ったままでいる私を見て微笑んでくれる。

「元気そうでよかった。」

……やばい、ただの挨拶なのに嬉しくて今泣きそう。

「トリッシュちゃんも……元気そうでよかった……!」

鼻を啜りながら涙を堪える。友達に会えた喜びとCDを聴いてファンになった感動のせいで今目の前にいらっしゃることに感無量だ。

「歌聴いたよ〜!トリッシュちゃんの歌唱力凄すぎてもう……聴いただけで頑張ろうって思うのいつも……ファンです……」
「グラッツェ!シニストラに言われるとあたしも頑張らなきゃって思うわ。やる気出た。」
「本当?私もやる気出てきたよ……!」
「おまえのやる気って一体何のやる気だよ。」
「ささ、トリッシュちゃん!ソファに座ってて!今お茶とか持ってくる!」

ウーゴを無視しながら私はトリッシュちゃんに、私が靴のまま乗った方じゃない綺麗なソファに座らせてから給湯室の方にダッシュで足を向かわせる。

(トリッシュちゃんは今日も可愛い!)

本当思う。トリッシュちゃん最高って。あとでサインをもらおうかなぁ……でもオフの日にサインを書いてもらうのは申し訳なさがあるぞ。コンサートに行った時にもらうのがマナーだよね。

そんなこんなで星達を使ってお茶やらお菓子やらコップやらを運ぶと、人数分をテーブルに並べて少し早めのドルチェタイムへと突入する。
この空間に女子がいる……ミスタさんが前私に感動をしていたけれど、今の私なら多分あの時の気持ちを理解出来そう。トリッシュちゃんがいるっていうだけでこんなに部屋がキラキラして見えるなんて……まるで魔法みたい。
トリッシュちゃんは今日の仕事はオフらしい。この前大変な目に遭ったからここまでタクシーで来たと教えてくれた。
ウーゴが連絡を受けて入口まで迎えに行ったからすんなりと入れて、元々はジョルノに遊びにおいでと言われたらしいから来たのだとか。ジョルノに用事が出来たために今日は会えないのが残念と言っていた。

「そう言えば……シニストラの言っていた好きな人って誰なのかしら?」

トリッシュちゃんの事情を聞いて、素直にジョルノがトリッシュちゃんと仲良しなのを少しだけ羨ましがっていたら、トリッシュちゃんがこの前相談をした時の話をウーゴのいる前でし始める。
正直ウーゴの目の前でその人の話はあまり出したくはない。だってウーゴ、ジョルノの話になるとめちゃくちゃ語り始めるし……しかしトリッシュちゃんにはお伝えせねばならないよね。トリッシュちゃんがくれたアドバイスのおかげで私とジョルノは恋人同士になれたのだから。

「ジョ「ジョジョのことをトリッシュに相談していたのかシニー!」

ジョルノって言おうとしたら、やっぱりというか……ジョジョ大好き人間のウーゴが早速飛び出してきた。

「軽率にそういう話はするんじゃあない!ギャングだって話もしたらしいが、もしトリッシュが関係者ではなかったら警察に通報されていたんだぞ……!」

う、うん?いや別に名前とか出していないから名前を訊かれたわけで、しかもトリッシュちゃんは私がスタンド能力を持っているのが見えていたからギャングだって分かったわけだし……私、悪いことしていないんですけど?

「シニストラがギャングだって言ったのはあたしが質問したからで、シニストラはただ好きになりたい人がいるんだけど恋愛が分からないって質問をしただけよ。その好きになりたい人の名前は今知ったわ。」

トリッシュちゃんは私が思ったことを代わりにウーゴに伝えてくれる。
凄くありがたい……私が言ったら多分ウーゴは嘘だと思うもん。だからトリッシュちゃんが弁明してるのはとても心強い。

「軽率にギャングって訊いたあたしの方が悪いの。シニストラは悪くない。」
「トリッシュちゃん……!」

やばい、トリッシュちゃんがめちゃくちゃ女神に見える……やんわりと答えちゃった私も悪いのにここまで庇ってくれるなんて、どこまでいい人なのか。

「そうだったのか……すまない。シニーも悪かったな。」
「ううん、大丈夫。」

ウーゴもウーゴで本当は優しいって私は知っている。多分ジョルノの情報漏れを気にして心配になったんだよね?相手がトリッシュちゃんじゃなかったらと思うと確かに怖いよね。

「そうだよな……そういう話はぼくよりもトリッシュの方がいいよな……女の子の方が恋愛のことはよく分かるからな……」

って本音はそっち?恋愛相談をされたかっただけ?意外すぎるでしょ!

「シニストラはジョルノが好きなのね。」

ウーゴのことが本気で分からなくなってきていたら、トリッシュちゃんが話を戻すように私にそうかそうかと行ってくる。

「ジョルノは魅力的よね、分かるわ。ルックスはいいし頭は堅くはないし、何より優しくて紳士的。ミスタとは大違いだわ。」

何で皆何かを比べる時にいつもミスタさんの名前を出すのか……少し謎だけれど、トリッシュちゃんがジョルノの魅力を分かってくれていることは素直に嬉しい。うんうんと頷いてしまう。

「慈悲深く愛情深く強く逞しく輝くカリスマ性はもはや神としか言い様がないよな。」
「あんたはちょっと黙ってて。」

ウーゴもトリッシュちゃんとはベクトルが違うけれど、自分も分かるとジョルノの魅力について語り始める。しかしちょっとややこしい流れになりそうだと思ったのかトリッシュちゃんに黙れと話を止められてしまった。トリッシュちゃんは強い人だな……!

「何でぼくは話に加わっちゃあいけないんだ?ぼくだってジョジョが大好きだぞ!」
「でもジョルノはシニストラが好きなのよね?愛してるのよね?」
「確かにシニーが好きだ、愛してるとしょっちゅう力説される。ぼくもシニーには適わないと思うから、別に二人が好き合うことは構わないさ。」

言い合いになるけれどウーゴはただ話がしたいだけみたいで、別に私とジョルノのことを僻んでいるわけではないらしい……聞いていて恥ずかしくなるし、堂々と言われていることがとてつもなく照れ臭い。前に兄ポジションが云々って言いながら喜んでくれたことを思い出したら納得と言えば納得だけれど、ちょっと複雑な気持ちもある。
適わないと思うって……ウーゴの「適わない」の意味が怖いんだよな。訊かない方がいいことだろうから訊きはしないけれど、含みがあるのが気になりすぎる。

「それで、ここからが本題よ?」

また話が逸れたので、トリッシュちゃんが軌道を戻して再び話はジョルノと私の話題へと移る。毎回毎回ウーゴがディストーションして申し訳ない。

「ジョルノとシニストラはどこまで『した』のかしら?」
「えっ?」

しかし内容が内容だったので!私はずっと手に持っていたお菓子を下に落としそうになった。
えっえっ?どこまで『した』とは?段々とぶっ込んで来てないですかトリッシュちゃん!

「それは……」

いざ誰かに報告ってなると恥ずかしい……私達はまだ付き合って一ヶ月強だからそんなに進んでいないし、そんな二人で過ごす時間もそこまで持ててはいないし……

「キスとデートはしたとジョジョから拝聴した。」

言えずにいたら、代わりにと言わんばかりにウーゴが普通に私とジョルノの進捗をトリッシュちゃんに話してしまう。
誰かこいつの口を止めてくれって切実に思うんですけど……っていうかジョルノは何でウーゴにいろいろと報告しちゃってるわけ?あと何でこの人ズケズケとさっきから踏み込んで来るの?

「なるほど、普通のお付き合いって感じね。」

トリッシュちゃんはウーゴの報告を聞くと、うんうんと頷きながら一人納得をする。

「ジョルノらしいと思うわ。シニストラが大事だから大切にしてるみたい。」
「そうなんだよ。シニーのことを本当に大事にしてくれるんだ、ジョジョは。」

大事って言葉がいっぱい出てきて凄く恥ずかしい。何で本人の目の前でそういうことを言い合うの……私のライフポイントはもう点滅をしながら真っ赤になっていると思う。

「だから心配なんだ、ぼくは。」

体が熱くなってきていたら、ウーゴが少し不安そうに私の方に顔を向けてくる。
突然の発言だからちょっと驚いた。ウーゴが心配に思うこと……って一体何なんだろう?私まで不安になってきた。

「ジョジョの話を聞いていると思うんだよ。ジョジョは多分、シニーにわがままが言えていないんじゃあないか?」

しかし蓋が開かれたそのウーゴの心配事は凄く重要なことで、私の不安は更に深まってゆくこととなる。

(確かに……)

ウーゴの言う通りだと思った。
ジョルノは私がしたいことばかりを訊いてくる。一緒に部屋にいる時は私に合わせて動いてくれるし、キスをする時だっていつも嫌じゃないかって訊いてくる。いつだってジョルノは私のペースに合わせようとしてくれて、私ばかりわがままを言っていた。したいことを私から訊き出そうとした時だって、多分あれは無難なものを出して、本当に欲しかったものを引き出そうとしたのかもしれない。
思い返してみてジョルノが唯一わがままを言ったのは一回だけ。
『その先』を私に望んだあの瞬間だけ。

(どうしよう……)

私、ジョルノに勇気がいるから待ってって言っちゃった。ジョルノが優しいから無意識にまたわがままを言って困らせていたかもしれない。
悲しみも苦しみも分け合いたいとか言っておきながら現実は全く何も出来てはいない。楽しい気持ちも分け合いたいとか……何で偉そうなことを言ってしまったのか。分け合うどころか奪っているのに。
思わずジョルノがやったように、私は拳をつくるとそのまま頬をぶん殴る。

「ちょっ、シニストラ!?」

もちろん殴ればやってくるものは痛みのみ。自分の頬を殴るって結構痛いことを初めて知った。ジョルノもあの時凄く痛かったよね、きっと。今分かったよ、ジョルノがしてくれたあの痛みを。

「このインベチーレ!氷嚢持ってくるから大人しく待ってろ!」

ウーゴは私のやったことに暴言を吐きながら部屋から出ていって、部屋には私とトリッシュちゃんだけが取り残される。多分腫れ上がっているであろう頬にトリッシュちゃんは手を当ててくれて、何度も何度も優しく撫でてくれる。
痛いけれど後悔はない。これでいい。おかげで目が覚めた。

「トリッシュちゃん、私……」

ジョルノの隣に立てたのが嬉しかった。でも隣に立った後のことを全く考えていなかった。
一緒に歩くにしたって、走るにしたって皆それぞれペースは違う。どうやったって並んで進むにはどちらかがスピードを落とすしかない。よく知っていたはずなのにその意味を全く理解していなかった。
ジョルノは先に進みたい。でも私は立ち止まった。隣にいようと進むことを躊躇ってしまっているんだ。先に行きたいのに行けないんだ。
……勇気って一体いつ芽生えるものなのか。想像したら手に入るものなのか。それこそジョルノが言う無駄なんだ。
ウーゴに声をかけた時、結構勇気を出した。あんな大きな屋敷で大声出したらきっと叱られるって思ったから。それでも私はウーゴに声をかけた。
そして呼んだら呼んだで躊躇うウーゴに私が差し出したものは自分の手。ウーゴは周りを気にしながらも、きっと勇気を出して私の手を握って自分の名前を教えてくれたんだ。ウーゴから私は踏み込む勇気を教えてもらってそれをジョルノにだってやっていたはずなのに、いつの間にか忘れてしまったみたい。
動かなきゃ勇気なんてものは着いてこないって、私は既に知っている。

「私、前に進みたい。」

止まった足を動かしたい。
でも動けないなら……隣にいるジョルノに手を引いてもらうしかないんだ。

「よく分からないけど……やっぱりシニストラは根っからのランナーね。」

ランナーは速く走るためと立ち止まらないために走る練習をする。人生に於いて躓いたとしても止まらないですぐに立ち向かえる。諦めない強さがある……トリッシュちゃんの言葉の通りかも。私、どうやら止まれないらしい。

「でも自分をぶん殴るのやめてくれる?心臓に悪すぎて吐きそう。」
「えっ大丈夫?」
「大丈夫。吐く時はフーゴの服に吐くから。」
「氷嚢の中身をあんたにぶち撒けてやろうか?」
「「いたの?」」


早くジョルノに会いたい。会ったらちゃんと話をしよう。

止まってごめんって謝りたい。わがままはもう言わないって約束するんだ。




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