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「ジョルノ、おまえ意地悪しただろ。」

港にやって来て標的の捜索中、後ろに着いてきたミスタが突っ込んだ質問をしてくる。

「別に意地悪はしてないです。」

多分シニーのスタンド能力の話をしているんだろうな……途中で彼女の標が消えたのは別に意地悪をしたわけではない。

「この先は本当に危険なんだ。だからぼくの少しの不安がああやって形になってしまっただけ。」

シニーのことだからぼくが望むものを見せたのだと思う。だからぼくの感情が混ざってしまって、結果こうなってしまったのだと思う。
ぼくと関わった女性を殺害し、現場に『報いを受けろ』のメッセージを残していた辺り……ぼくへの嫌がらせを逸脱して殺意を剥き出しにしているのを見た限り、何かの拍子でシニーが狙われていしまうかもしれない。無差別に殺しているみたいだけど、狙いがぼくなら一番親しい……いや、恋人であるシニーも標的にされている可能性は高い。それが一番『報い』に繋がる最短ルートだから。

「大切だから巻き込みたくないってか……」
「はい。そう言うことです。」
「公私混同だよなぁ〜?」

何を言われようがこればかりは譲れない。シニーはミスタに鍛えられているからちょっとのことでは倒れないだろうけど、ぼくはとにかく万が一を恐れている。スタンド能力を持った人間が相手だったらと思うと不安はもっと大きくなる。

「まぁシニストラもシニストラだけどな。ジョルノにぞっこんなのはジョルノ的には嬉しいかもしれねえけど、信頼し過ぎてる。」
「……」

信頼し過ぎてる、か。

「そこがシニーのいいところ、なんだ。」

人を疑うことを知らないような裏表のないところはたまに心配なるけど、懐っこいのは彼女の魅力だしずっとそのままでいて欲しい。

「この先に白い粉の持ち主がいる。捕まえたら後悔するくらいの拷問でもしてSPW財団に引き渡そう。ぼくのシマを荒らしたらこうなるっていう見せしめになる。」

正直SPW財団の人間がこういう過激なことをするような人間だとは思えないけど、現にぼくの父を恨んでいてその遺したものに復讐が出来るのなら暴力に走ってもおかしくはない。

「逆にもっと怖がられるんじゃあねーの?」
「好都合ですよ。もうぼくとやり合おうとは考えられなくなりますからね。」
「流石ドン・パッショーネ……容赦ねえな……」

ぼくは麻薬を許さない。ブチャラティから引き継いだ意志だけは絶対に曲げないし、途中で砕くような真似もしない。
ぼくは正しいと信じる道をひたすらに進む。明るい方にただひたすらに。シニーやミスタ、フーゴと一緒に。
砂浜を歩き続けていたら古い小屋を発見して、ぼくの創った蝶々はその扉に止まり動かなくなる。ただの物置らしく網や古びた釣竿が周囲に乱雑に置かれていて……耳を傾ければ中から声が聴こえてきた。

「よく分かんねーけど人殺して金を貰うってのは久しぶりだな!」

内容は下劣極まりない。正直今にもこの中に突撃をしてやりたいが、中の人間の話は耳を疑うような内容で、ぼくもミスタも見合って苦い顔をした。

「まさか麻薬まで貰えるとは思わねえよなぁ〜!これ売って一儲け出来るんじゃあねーか?」
「馬鹿かおまえは!全部の袋に文字入ってんじゃあ安くなっちまうぜ!足だってつくかもしれねぇ!」
「つーかよ、何でオレらここで待機してねーといけないんだ?」

金を貰っての殺人、麻薬を貰った……麻薬には文字が入っていて足がつくかもしれない……そしてこの物置に待機していろと依頼主から言われている……総合するといろんな辻褄が合わさって、ぼやけていたものがくっきりと見え始めた。

(まさか……)

ぼくの勘は当たっていたと思う。麻薬は医療の現場で使われることがあるし、SPW財団には医療チームも存在していて入手するのは容易い。金でイタリアにいるギャングに殺しをさせるにしても、金だけ握られて裏切られる場合もある……だが絶対的な報酬を与えれば、彼らは食らいつくだろう。ぼくの影がチラついていても喉から手が出るほど欲しいものが目の前に現れたら……絶対的に手にしてしまう。人は欲望の塊だから。
話が見えてきた。自分達はやっていないと逃げるために身代わりを立てたんだ、連中は。麻薬の持ち主を別の人間に擦り変えればぼくはそっちに向かうと踏んでいたんだ……!

「!?」

話を全て聞いて事件の真相が見えてきた時、後ろの方から普通とは違う甲高い発砲音が聴こえてきた。
あの方向は見張りをしているシニーとフーゴがいる場所だ……まさかあっちに現悪がいたのか?

「何だ何だ?」
「今の銃の音だよなぁ?」

発砲音を聴きつけた物置にいる連中が騒ぎ始めて、外の様子を見ようと扉を開ける。このままだとまずい……今こいつらから離れたら何をしでかすか分からない。騙されたと知ったら怒りに任せて暴れてしまうかもしれない。

「ジョルノ行ってこい!」
「ぎゃああ!!」

どちらを優先すべきか悩んでしまっていたら、ミスタは間髪をいれずに銃を構えて、それを扉に手をかけた人間へと構えると迷うことなく撃ち込んだ。

「あれはシニストラの銃の音だ!銃口に細工して発砲音を普通の銃より高めにしてあるから間違いねぇ!」

ミスタはそう言いながら、撃たれて倒れ込んだ人間を踏み付けながら、銃弾とセックス・ピストルズを飛ばして物置を地獄絵図に変えてゆく。

「仲間が近くにいる時は威嚇射撃で応援を呼べって言ってある。あっちにはフーゴもいるしシニストラのサポートは心強いが……少し心配でな。」
「心配?」

フーゴがいるならと躊躇う部分があったけど、ミスタが突然心配だと言い始めて……気になってしまう。何が心配なのだろうか、フーゴの方なのかシニーの方なのか。

「あいつは……シニストラはトロイメライでな────」




空には雲一つなかった。雲がない状況の中で続々と私の目から空へと上り、爆発を起こしながら降り注がれる黒い星は非常に不気味で恐怖以外の何物でもない。

「何だこれは……」
「雨?いや……雹か?」

どうやら気持ちの昂りからか見える星を産んでいたらしい。確かに星が出てくる左目は流せば流すほどチクチクと痛むし、しまいには視界が赤く変わり始めていて、それのせいか頭がぐらぐらとして体が重たく揺れる。星は個体としてしっかりと存在をしているらしく、地面に降り注がれたそれを踏むと、雪を踏むみたいなザクザクと掘り起こすような音が鳴る。雹って言う表現はあながち間違いではない気がした。
しかしそんなことはどうでもいい、とにかく目の前の標的に報いを受けてもらいたい。ジョルノのことを悪く言うことだけは絶対に許せないし、関係ない人まで巻き込んだことも許したくない。

「死ぬほど後悔しろ……」

相手を憎みながら赤く濁った視界で標的を睨むと、地面に落ちていた星達はグツグツと煮えるような音を立てながら影のように伸びてゆき、標的の体へと覆い被さるとそのまま全てを包み込みドームへと変形する。

「ひ、ひぃぃ……!DIOが……DIOがいる……!!」

私には何も見えないし、包み込まれた中がどういうものかは分からない。だから標的の見ている悪夢がどんなものなのかは想像出来ないし……DIOとやらが何者なのかも知らない。

「ギャアアアアアア!!アァァァアアアアァアア!!」

真っ黒いドームの中から断末魔みたいな声が聴こえてくる。何度も何度も苦しむような声が聴こえたけれど、男がどうなっても気に病まないし何も思わない。罪悪感すら生まれないから痛くも痒くもない。
ここにいる人間はこの標的と同じ志とやらを持ち合わせている。だったら他の人間にも同じものを与えたい。

「……」
「ヒッ……!」

私は同じくさっき手を飛ばした他の標的にも視線を向けて、同じ目に遭ってもらおうと渇望する。黒い星達は私が標的を見ただけで周りから集まってきて……私が視線を向けた場所で星達は活動を始めるらしい。標的の体にまとわりつくと、そのまま視界を覆う様にドーム型に固まって、相手に地獄を見せ始める。何を見ているのかは分からないけれど、今にも死にそうな断末魔を上げていた。

「シニー!これは何なんだ!」

ひたすらに呪うように見つめていたら、異変に気が付いたらしいウーゴに後ろから声をかけられた。

「DIOって聞こえたが……中にいるのか!ジョジョの父親が!」

肩に手を乗せて私の体を揺らしてくる。DIOってジョルノの父親のことだったのか……名前は別にどうでもいい。
頭がぐらぐらしているのに更に揺さぶられたから凄く気持ちが悪い……顔だけは上げられないと思って、必死に力を込めてウーゴの揺さぶりに耐えようとした。

「シニー!こっちを向け!シニー!!」

向けと言われたけれど振り向けないし、それだけは絶対に聞けない。

「ウーゴ……あっち行って……危ないから……」

目を手で隠してひたすらに拒む。でも憎しみは止まらずにどんどん目からこぼれ落ちてくるし、一緒になって血まで流れ出てくるから……ずっとは隠し続けられない。

「シニー……おまえ、もしかして撃たれたのか……?」

ウーゴは私の血に気が付いて、ゆっくりと私の手を掴むとそのまま下へと下ろしてしまう。

「ジョジョに治してもらおう?ほら、ちょっとぼくに見せて……」

下ろされた手をまた顔へ持っていこうとするけれど、ウーゴはそれを許さない。手首を掴んで私の動きを止めると問答無用で私の視界の中に入ってきてしまう。

「これは……!?」

もちろんウーゴは驚いた。そりゃあそうだよね、だって目から血が出ている上星がいっぱい出ているんだもん。まるで悪魔みたいだし……怖いよね。人の不幸を喜んだからこんな姿になってしまったのかもと思うと失笑しちゃいそう。
星達は恨んでもいない視界に入ってしまったウーゴにまでまとわりついてしまい、ウーゴを取り込むようにドームの中へと閉じ込めてしまった。

「ウーゴ!」

やってしまった……ウーゴを巻き込んでしまった。これは全く笑えないし私はウーゴには何も望んでいない。

「トロイメライ!止まって!」

私はウーゴを包んでいるドームを叩く。必死になってトロイメライに命令をして止めようとするけれど、私の制御は全く効かない。星達はまだまだ私の目から産まれてきて、ウーゴの方を見れば見るほどドームの一部になっていった。
ただ標的に向かって攻撃をしたかっただけなのに、ウーゴは関係ないのに……何でこうなった?

「トロイメライ!ウーゴを離して!」
「う……ぁ……うわああああああ!!」
「ウーゴ!!」

ドームの中からウーゴの声が聞こえてくる。苦しそうに叫んでいて、聞いているだけで胸が苦しくなって息が詰まる。
ウーゴにとっての悪夢は多分たくさんある。あの牢獄みたいな広い庭にいた頃いっぱい苦しんできたことを知っている。私は地獄みたいな悪夢を星達に望んでしまって……死ぬほど後悔をしろとまで望んでしまって、関係がないウーゴまで巻き込むだなんて思ってもみなかった。周りを巻き込むだなんて最低すぎる。

(どうしよう……)

感情に任せて暴れたせいだ……あんな煮えたぎるような怒りを覚えたのは初めてで、自分の能力が単純で強力だってことも忘れてあんなめちゃくちゃなことを望んでしまった。こんなにぐちゃぐちゃになるだなんて思いもしなかった。
私のスタンド能力は人体に攻撃は出来ないけれど、人の心には攻撃を入れられる。




「───任務で殺しがある時は相手の一番大切なものを最期に見せる。もちろんそんなの殺される瞬間に見せられたら心は壊れるし、相手は死んだみたいに気力を持ってかれてオレが殺るまでもない。」




私は人の心を壊して……人の意志を殺してしまう。




「スタンドっつーのはある程度本体に攻撃性がないと扱えねー。シニストラの中にももちろんそれはある。精神的な面は今まで付きっきりで面倒を見ていたつもりだが、今の使い方じゃあなくて怒りに任せて間違った扱い方をすれば……心が死ぬどころか相手を殺しちまうかもしれねえ。今みたいな現状はとにかくよろしくねえと思うぜ。」




だからもしこの黒い星達がウーゴの心を殺したら……死にたくなるくらいの絶望を与えてしまったら。衝動的に駆られやすいウーゴにそれを与えたらきっと自分を殺めてしまう。




「……ジョルノ、シニストラをずっと真っ直ぐなままにしておきたいなら……そうやってふざけた真似をするくらいなら、」




「……」

標的のことはどうでもいい。でもウーゴは守らないといけない。
苦しんでそれを乗り越えたウーゴを、今の居場所を手に入れたウーゴを苦しませてしまった。努力を踏みにじるような真似をしてしまった。私は最低だ。私こそクズだ。
トロイメライは今私の言うことを聞いてはくれない。私の望みを聞いてひたすらに私を通して悲しい涙を流している。私がそうさせてしまった。
……スタンドは、主人の命が消えると存在が消えてしまう。ブチャラティがそう言っていた。

「……私よりも、ウーゴに生きていてほしい。」

だから私がいなくなれば……私の命が消えれば……ウーゴへの『攻撃』を解除出来る。

「ミスタさんに怒られそうだ……」

いつもミスタさんには任務の前に言われていた。命を大事にって……生きてさえいればどうにでもなるって。

「ジョルノには……」

ジョルノは……毎日いっぱい愛してくれて、昨日も私に幸せを注いでくれた。これからもこの先もずっとそばにいられるって信じていた。

「……ごめんね。」

いろんなことがいっぱい思い浮かぶ。折角また心臓の音を感じるようになったのに、皆私のことを待っていてくれたのに、居場所だってくれたのに……全部無駄になるけれど、私は自分の命が消えるよりもよく笑うようになったウーゴが消える方が嫌。ウーゴを死なせるくらいなら死に損ないだった私が死んだ方がいい。
あの日ナランチャが起こしてくれなかったら私はここにはいなかった。ただ運がよかったんだ。たまたまついていただけなんだ。
私は自分の拳銃を手に取ると、自分の胸へと押し当てる。

「……私は、望む。」

この世界は私がいなくたって、望まなくたって夢みたいな幸せで溢れている。

「悪い夢は……もういらない……」

誰かを憎んだら自分に跳ね返る。こうやって……だったらもう悪夢は望まない。

望むんじゃなくて、ただただ願おう

「シニー!!」
「ジョルノ……」

大切な友達の心を守れますように

「貴方に出会えて……最高に幸せでした。」

大好きな貴方がたくさんの人から愛されますように。


必死に走ってくるジョルノを見ながら引き金を引いて、私は赤くなった自分の世界を閉じた。




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「いっそそばに置かない方がいいんじゃあねーかな?」


「ゴールド・エクスペリエンス!!」


引き金を引いて倒れるきみに、無我夢中で手を伸ばした。







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