街に戻る頃には空はすっかり暗くなっていて、道を見れば大人に混ざって仮装をした子供達が走り回っていた。
「すっかり忘れてたぜ……幽霊ってお菓子貰えねーことをな……!」
そしてついに違和感を覚えたらしいナランチャが恐ろしい事実と直面してしまってしまい、私達は落ち込んでいる彼を囲んで慰めの言葉をそれぞれ掛け始める。
とは言ってもブチャラティもアバッキオもしょうがないだろとしか言っていない。それしか言い様はないのかもと思う。
「お、お菓子は貰えないけどイタズラは出来るんじゃ?」
私も私なりしょうがない以外の励ましの言葉を掛けてはみる。けれど、ナランチャの気持ちは下向きになっている……冷静になってしまっているらしい。落ち込みながら更なる事実を零し始めた。
「お菓子が貰えないんだぜ……オレの姿は見えてないってことじゃあねーか……」
「ああ……いやでもさ、見える人とかいるかもよ?」
「いるわけねぇよぉ……さっき街中で皆オレのことすり抜けてっただろぉ……誰もオレを避けなかったんだぜ……シニーってバカなの?」
「な……」
頑張って慰めたつもりだったがしかし論破して私のことをバカ扱いをしやがる。何なのこの人私の優しさをコケにしやがって!ナメてんのか!
「九九が怪しい奴の言ってることだから気にするな。」
怒りのあまりに握り拳を作り始めていたら、アバッキオがやめとけと肩を掴んで止めに入ってくれる。
いろいろとムカついた。けれどアバッキオが気にするなって言ってくれている。人をバカにするのはよくないからナランチャをバカにはしないけれど、アバッキオに免じて今回は許してあげよう。
「ナランチャ、落ち込むのはその辺にして皆に会いに行こう。こんな人が多い夜じゃあアイツらも仕事はできないし、今ならパッショーネのアジトにいるかもしれない。」
心を落ち着かせて深呼吸をしていると、落ち込み続けるナランチャを見たブチャラティは、言い聞かせるように優しい声音で次に行こうと誘い、ナランチャの頭をポンポンと撫でてフッと笑う。
そうだね、早く次のことをしないとだ。彼らにも私にも時間制限が付いている。限られた時間の中で目的を果たさないといけない。
「あと……すまない。気付いていたんだがあまりにもおまえが楽しそうにしていたモンだから言えなかった。」
ブチャラティの言葉を聞いて、私とアバッキオは気持ちを次へと切り替えたのだけれど、ブチャラティはド天然な部類なのか、余計なことを言い出した。
「コラ!ブチャラティ!」
「涼しい顔で留め刺した!」
思わずアバッキオと私で叫んでしまう。
いや気付いていたならそこで教えてあげなよ。可哀想だよ!逆に残酷だしその優しさは絶対にいらないやつだよ……!
「ぶ、ブチャラティ〜〜!」
ナランチャは顔を上げて、泣いていたのかクシャクシャになった顔を一生懸命リストバンドで拭い始めた。
「オレのために黙ってくれてたの?優しすぎるだろォ〜〜!!」
しかし流石ナランチャである。留めを刺されたことに全く気付いていない。しかもブチャラティの残酷な優しさに感動をしている。ナランチャもブチャラティもなかなかいい性格してるよなぁ……アバッキオとか絶対苦労してるよね、大変だ。
「お菓子貰えないしイタズラもできないし、いいよ、アジト行こ!」
兎にも角にもポジティブすぎるナランチャは、ブチャラティのあの謝罪に納得をしたらしく、回れ右をして人混みの中を歩き始めたのだった。
「切り替え早いな……」
思わず呟いてしまう。普通だったらああやって開き直るのには流石のナランチャでも時間が掛かるのでは……
「アレがナランチャのいい所ではある。」
アバッキオは最早ナランチャの何かを諦めているらしい。私の呟きにため息混じりにそう答えてくれた。
これ絶対含みがあるやつだ。思いはしたけれど何も言わずに笑って誤魔化して、私達もナランチャを追い掛けるのだった。
「あそこを曲がるんだよな?そんで真っ直ぐ行って〜……」
「……」
どこにあるのか知らないし、街にギャングのアジトがあることも知らない。着いてきておいてあれだけれど、歩きながら私は彼らのアジトに行ってもいいのかと不安に思っていた。
ブチャラティはもう仲間も同然だと言ってくれた。でも出会ったのは経ったの数時間前。そもそも「昨日」までは一般人だった。寝ていた私を助けてくれた上に私を仲間だと言ってくれるとか、一体どこまでこの人はお人好しなんだ……
「シニーさぁ、友達に会いたいって言ってたじゃん?」
人があまりいなくなってきて、隙間に余裕……って言っても私達には関係ないけれど、皆で並んで歩けるくらいの感覚がある場所へと出た時に、ナランチャが突然話しかけてきた。
「どんなだった?」
それは急すぎる質問である。
どんなだった……って、どんな人だったか、ってことだろうか?主語が抜けていて一瞬何が?ってなったぞ。
「そうだな……」
どんな人だったか。一言で言えば私の友達は、
「静かな子ではあったかな?」
静かな子だった。
「地味だったけど顔が綺麗でね、頭もよくてやたら変な知識知っててさ。よく宿題見てもらったりしてたんだ。」
凄く頭がよかった。しかも運動も出来る。まるで超人みたいな子。
「何で仲良くなったのか忘れたけど、気付けばいつも話し掛けてたんだよね……魅力的っていうのとはまた違うんだけど、一緒にいれば大丈夫っていう不思議な子で、気付くと皆がその子を頼りにしてるの。」
頭がキレる子だったし発想とかも意外と大胆だった記憶がある。だからか知らないけれど、いろんなところからあの子を頼りに自然と人が集まっていた。
「不思議な子、か。」
会話を聞いていたブチャラティが、ボソッと呟く。
「どこにでもいるんだな、そういうヤツって。」
「どこにでもいる」って言うと、ブチャラティの身近にもそういう人がいたのだろうか?
「そんなヤツいたっけ?」
ナランチャはそんなブチャラティの発言を聞いて、首を傾げてアバッキオに訊ねていた。
「おまえではないだろうな。」
「いや自分でも分かってるしそれくらい。」
自分のキャラは自分で分かっているのは偉いと思います。
でも私からしたらナランチャも充分不思議な子だと思う。明るくて前向きで、落ち込んでもすぐに立ち直るっていうのはなかなか出来ないことなのに、すぐにやってしまうところとか凄く不思議。
……そう言えば、
(もう一人不思議な友達がいたな……)
その子の他に、もう一人だけ不思議な子がいた。
大きな家に住んでいて、たまにその家の庭で寂しそうにただ呆然と立っていて……見かける度に声を掛けた記憶がある。叫びながら挨拶をしていたら、いつの間にか柵を挟んで話すようになっていた。凄く頭がいい子で毎日勉強ばかりをしているって言っていた。ある日突然いなくなったから今まで忘れていたけれど……あの子は今一体どこで何をしているのだろうか?
「なぁなぁ、その友達って何て名前だった?」
「え?」
「その不思議な子名前だよ!名前!」
突然思い出した友達に思いを馳せていたら、ナランチャにさっき話した方の友達の名前を訊かれる。
「ああ、名前はね、」
名前。ちゃんと覚えている。
あの子の名前は、
「ジョルノ、だよ。」
キラキラした、素敵な名前だ。
──────
「ったくよぉ、今日の日付を三と一で分けて足したら四っていう最悪な日に何で病院の視察なんてしなくっちゃあなんねーんだ?明日にすりゃあよかったんじゃあねーの?不吉だぜ。」
夜。ネアポリスにある病院で、赤い帽子を被った青年と、まだ幼さが残る金髪の少年が廊下を歩きながら話をしていた。
彼らはギャング組織・パッショーネのボスと幹部である。普通は逆だろうと思うだろうが、少年の方がボスで、青年の方が幹部だ。彼らは表立った行動はしないのだが今日は特別で、病院の関係者に呼ばれてとある病室へと向かっていた。
「しょうがないじゃあないか。明日明後日は祝日だし仕事は休みにしようって言ったのは誰ですか。」
「うっ、痛いところを突きやがる……!」
明日と明後日は、諸聖人の日と死者の日でイタリアでは祝日である。彼らは忙しい日々を送っていたが、弔いたい人達がいた。その為に仕事は休んで墓参りに行く計画を練っていたのだ。
「それに気になるんです。」
しかし少年……ジョルノ・ジョバァーナは「明日は休むから」という理由では動いてはいない。彼には「気になる」と思うことがあった。だからこうやって連絡を受けたその日に病院へと赴いたのだ。
「あ〜……まぁ確かに気になるよな。」
幹部の青年……グイード・ミスタは頬を指で掻きながら、今日この病院に来た目的を口にする。
「八ヶ月前のサン・バレンティーノで病院に運ばれたんだっけ?ずっと眠り続けてる女の子がいきなり今日になって『ありがとう、ブチャラティ』って喋ったんだよな。ブチャラティと関係あるってなると、これはオレ達の問題っていうことになる。何てったってオレ達のチームのリーダーだったからな、ブチャラティは。」
ミスタとジョルノは少女には会ったことがないのだが、ブチャラティとは同じチームの仲間だった。そのブチャラティが抱えていた問題ならば、仲間だった自分達が解決しないとならない。その為にその少女を見に来たのだった。
「でもその少女の記録ってのは見つかってないんだよな?ただの知り合いっていうオチなんじゃあねーの……」
しかし本当にブチャラティの問題だったのかは定かではなかった。その少女に関しての事柄が一切記録には残ってはおらず、何が起きていたのかも分かっていないのが現状だ。
「そう。記録には残っていない。」
ボスであるジョルノも過去の問題を自ら調べたが、結果はミスタの言う通り、何も残ってはいなかった。ミスタの言う通り、ただの知り合いという可能性が高い。
「だけどぼくには心当たりがある。」
しかし記録には残ってはいないが、ジョルノにはただ一つだけ「心当たり」があった。
「サン・バレンティーノにぼくの友人とその親が失踪してるんです。」
あの日、その少女が運ばれた日。その少女の両親は突然前触れもなく姿を消してしまったのだ。
「スタンド能力を手に入れた時にその友人の家に調べに行ったんだ。そしたら廊下に血の跡が残っていた。あの頃は誰かに殺されたんじゃあないかと漠然と思ったけど、今となってはどういうことか分かる。」
友人もその日から一切暮らしていた学校の寮は帰っていない。そして友人の両親は突如姿を消した。
「念の為刑務所のポルポの面会記録も確かめたんだ。その日に面会した人間が一人だけいた……しかしソイツは街中で死んでいる。ってことは、」
「つまり再点火して死んだのか……!」
ジョルノの話を聞いていたミスタは何が言いたいか理解をしたらしい。目を丸くしてその先の推理を口にする。
そこにジョルノ辿り着いたのは今日病院から連絡を受けた後だった。
「じゃあアレか?そのジョルノの友人は再点火を見て矢で射抜かれた、けど死ななかった可能性があるってことか?」
可能性だとミスタは言う。
「可能性というよりも確定してるんです。」
しかしジョルノはその可能性と語られたものは現実だと断言をした。
「あの矢に射抜かれて生きていられるということはつまり、スタンド能力を手に入れたってことですよね。能力を手に入れたとなれば勿論組織は対象を欲しいと思うでしょう。しかし生きてはいるのに目覚めないとなると、まず住んでいる場所に帰すことも出来ません。それを知れば家族だって勿論心配しますし捜します。」
淡々とジョルノは語り、ミスタもその推理を……起きた事象の結果を静かに聞く。
「親は障害にしかならないから消したんでしょう。ぼくらだって欲しいものと天秤に掛けたら障害になりそうなものは消しますし。それがギャングの世界なんだ。」
時と場合にもよるだろうが、少なくとも昔の体制の組織だったらそういうやり方をしていた。残酷で卑劣で、そこに慈悲は何もない。改革をして健全な姿になっても、そういう負の遺産はついて回ってきた。だから出せた答えでもあり、それに直面をした時、ジョルノは悲しみを覚えた。
「……やり方が汚ねぇよな。」
話を聞きながら、ミスタは苦虫を噛み潰したような顔でそう呟く。
「ぼくは過去の組織の過ちは全てクリーンにしたい。」
ジョルノもジョルノでそう言いながら目を伏せて、拳を握り静かに怒る。
ブチャラティの意志を受け継いだ。このネアポリスを、イタリアを綺麗な場所にする。そういう信念の元、今動いている。
止まってはいけないのだ。貫かねばならない。ボスである限り、その意志は決して揺るがない。
「この部屋ですね。」
話していれば病室の前へと辿り着き、ジョルノは深く深呼吸をした。
誰がいるのか分からない。もしかしたらそこには違う人間が眠っているのかもしれない……しかし、たとえ違う人間がそこにいたとしても、自分はその存在を守らねばならない。
ジョルノは扉に手を掛けて、ゆっくりとそれをスライドさせる。そして病室の中へと入り、ベッドで眠るその少女に視線を向ける。
「……こんなところにいたんだね。」
そうであって欲しかった。しかしそうではないことも祈っていた。運命はいつだって残酷な方へと傾くのか、「そうであった」のだ。
「捜したよ、シニー.」
そこにいた少女は、ずっと捜していた友人だった。
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