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SPW財団の人間と潜伏していたらしいチンピラはポルナレフさんの元で始末をすることになり、私とジョルノ、ミスタさんにウーゴは帰ってきてからいつも通りに仕事をした。
しかし私は仕事の途中でやって来たSPW財団の人に体の検査を受けされることになってしまって……スタンドも私も何ともないことを確認されて解放されたのが深夜帯。今から帰ってもいいけれど暗いし少し不安で、ぐだぐだとアジトをさまよっている。

「シニストラ〜!」

暇だしやることもない。廊下から窓の外を眺めていたら、まだアジトにいるらしかったミスタさんに声をかけられる。私は呼ばれた方に振り返るとこちらに向かってくるミスタさんに体を向けた。
もしかしてまだジョルノもいたりするのかな?ウーゴもいるのかな……皆まだ忙しいのかな。手伝いに行った方がいいかもしれない。

「おまえの方は終わったのか?体の方はどうだった?」

ミスタさんは私の目の前までやって来ると、笑顔でそう言って、わしゃわしゃと私の頭を撫で回してくる。

「大丈夫でした。」

ミスタさんっていい人だよなぁ……いつも私のことを気にかけてくれる。優しいしいろんなアドバイスもくれるし、平常心の保ち方とか銃の撃ち方とか、どこまでもお世話になりっぱなしだ。いつか恩返しが出来たらいいと思う。

「そうか!じゃあ安心だな!」

頭から手を離したミスタさんは弾むようにそう言って、窓の外に目を向けた。

「安心は安心だが……おまえ、今日のあれは正直ねーと思うぜ。」

しかし弾んでいたけれどすぐに空気は代わってしまい……叱られる気はしていたから腹は括っていたけれど、ちょっとお叱りが耳に入ると体が強ばってしまう。期待を裏切ってしまったって申し訳なくなる。

「反省してます……ごめんなさい。」

ミスタさんはいつも命は大事にしろって言ってくれる。それは命令であり守らなきゃいけないもので、私はそれを守らなかった。ナランチャだって私の行動には怒っていたし、私自身も今更自分がバカだったと思っていた。一歩間違えたら取り返しがつかない結果に終わっていたと思うと今更怖くなってくる。

「反省すればいいってもんじゃあねーよ?教訓にすることもこればかりは違うぜ。次は気を付けるっつーのも違うしよ……」

私が謝るとミスタさんは歯切れが悪そうに、言葉を探るようにモゴモゴと自分の考えを口に出す。言いたいことが上手く言えないみたいで、ああじゃないこうじゃないとブツブツ言っていた。

「まぁ……とにかくだ。銃を渡せ。」

悩んでも悩んでも続く言葉が見つからなかったらしい。私の方に手を差し出して、拳銃を差し出せとスパッと要求をしてくる。
そりゃあそうだよな。危ない使い方をした人間には、約束を守れない人間にはもう使わせては貰えないよね。

「……どうぞ。」

私は腰に差している拳銃をミスタさんの手に素直に乗せて、貰ったそれの返却をした。素直に従ったせいか少し驚いたみたいで、少し固まった後でミスタさんはしっかりとそれを握ると、自分の腰に差して二度と私の手に渡らないようにしてしまう。
拳銃には結構思い入れがあったけれど……こればかりはしょうがない。私には多分向いていなかったのだと思う。引き金を間違った方向に引いたのだから。

「しかしジョルノの奴……おまえが大事すぎるならギャングから切り離せばいいのにな?」
「へ?」

真剣になって自分がしたことの結果を受け入れた矢先、ミスタさんの口から突然そんな言葉が出てきて……いきなり内容がすり変わったものだから変な声が出てしまった。
ギャングから切り離す……とは?いや、そもそも私はスタンド能力があるからここに置かれているのだし、そんなことって出来るのかな?民間人に戻れるとは到底思えないし……今回のこともあったから尚更SPW財団からの監視の目からは離れられない気がする。
凄く困るし全く出来る気がしない。ミスタさんも自分が言った言葉に対して困っているみたいで、よく分かっていない私を見て慌てたような顔をした。

「ギャングから切り離すっつってもよぉ〜、例えばどこか店の経営権を与えてもらったり、このアジトでやれる仕事……手伝いとかしたり、形はいくらでもあるんだぜ?」

店の経営権……手伝い……どれも今私がやっている仕事とはかけ離れた職種のような気がする。
アジトにいても手伝いしか出来ないのは少し寂しいし、店の経営権なんて以ての外だ。まず知識だってないし商売とか出来る気がしないし、何より向いていない気がするし、私には絶対に無理な職種だと思う。

「まぁシニストラに言ってもしょうがねーけどよ、おまえもそろそろ自分の立ち位置を考えた方がいい。ジョルノと仕事、どっちが大事か。」

背中を向けながらそう言って、ミスタさんはそのまま手を振りながら立ち去ってゆく。

(ジョルノと仕事……)

今までどっちが大事って考えたことがあっただろうか。そもそも比べたことがあっただろうか。
最初の頃は皆と一緒に働きたいと思っていたし、そこを私の居場所にしたいと思っていたはずだ。皆の役に立ちたいのは今も変わらない私の意志だと思う。
でもジョルノと恋人同士になってからは少し変わってきたようにも思えた。ジョルノの隣に並びたいって思っていたし、そばにいることが今の幸せにもなっているし……ジョルノと仕事は自分でも分けているつもりで、それをどちらか一つにするっていうのは今初めて生まれた選択肢だ。
ジョルノに大事にされていることは分かる。自分を殴ってまた私に会いに来てくれたんだもん。痛いくらい伝わってくるし、ジョルノが与えてくれるものはどれも私に優しいし……

「シニー?」

廊下に立ったまま考え込んでいたら、今度は私の背後にウーゴが現れた。

「ウーゴ……」

やっぱりまだ残っていたのか……ウーゴがいるってことは絶対にジョルノも帰っていない。今頃終わらない仕事にに追われているのだと思う。

「ごめんねウーゴ、巻き込んじゃって……」

あれから何時間も経つけれど、実はまだウーゴにちゃんと謝れてはいない。改めるようにウーゴと向き合うと、私は深々と頭を下げる。
私がちゃんと自分を抑えていればこんなことにはならなかった。ウーゴが苦しむことなんてなかった。申し訳なさでいっぱいだ。ずっと謝りたくて仕方がなかった。

「別に気にしてないからおまえも気にするな。」

ウーゴは頭を下げ続けたままでいる私の肩をぽんぽんと叩くと、私の頭上でクスクスと笑う。

「正直太陽で殺菌できない空間でパープルヘイズを延々と食らわせ続けられて、悶え苦しむ教授を見られてストレスがぶっ飛んだし感謝しかない。」

しかもめちゃくちゃえぐいことを言っていらっしゃる……逆に気にするわ。あの空間を楽しんでいた人間がいたことにびっくりだ。そもそも中身を知らないから何とも言えないけれど……ウーゴのいう教授って何者……?

「でも叫んでたよね?」
「あれは歓喜の雄叫びだ。」
「え……頭大丈夫?病院行く?」
「シニーにだけは言われたくないな。検査本当に大丈夫だったのか?」
「……」
「……」

ウーゴはいとも簡単に私の謝罪を突っぱねる。顔を上げてウーゴを見るといい笑顔を私に向けている。
何でか知らないけれど、あの煩いウーゴが私を許してくれているのが不思議でならない。いつもだったら怒るくせに、こういう時に大人しくなるのはちょっと困る。

「シニーとジョジョは似ているよ。」

何て言葉を返したらいいのか分からずずっとウーゴを見上げていたら、ため息混じりに言葉をこぼす。

「似てるって?」

ちょっと分からない……ジョルノと私が似ているっていうのは納得が出来ないぞ。どこをどう見ても私達は全く似ていないし、性格だって違うと思う。

「あの方は仲間を助けるために命懸けで行動してくれる。きみもそうだった。ぼくを助けるために自分の命を省みなかった。」

でもウーゴは分かっているみたい。私とジョルノの似ている部分を言うと、肩の手を離して窓の外を見ながら私が倒れていた時の話をしてくれる。

「シニーのスタンド攻撃が解除された後、横たわるおまえと必死に傷を治すジョジョを見た。あんなに慌てたジョジョを見たのは初めてだし、おまえのあんな姿は……二回目か。傷が治っても起きないシニーを心配してジョジョはご自分を殴られて倒れるし、ミスタともう何が何だか分からなくてひたすらに混乱したな。」

ジョルノ、慌ててくれたのか。言われてみて思い出すけれど、私は何かを食らって倒れたのは三度目だ。最初は矢に射貫かれて、二度目は後ろから弾丸を食らって、三度目は自分で自分を撃ち殺そうとして……三度目の正直で死にはしなかったけれど、これでまた次を起こしたらどうなってしまうのだろう?ミスタさん曰く四は縁起が悪いらしいから、四度目はついにしぶとい私でも死ぬ?

「後から知ったがシニーはジョジョのために怒ったらしいじゃあないか。ぼくだったらこの世から標的の体を消してい……ってどうした?」

ウーゴの話を聞かずに自分の死期について考え始めていた。多分変な顔になっていたと思う……窓から私に視線を向けたらしいウーゴに見られて少し引かれてしまう。

「私はあと何年生きられるのかな……。」

死んだ後どうなるのかは知っている。ブチャラティとアバッキオとナランチャは、心が生きているから見えなくなっても、肉体は死んでいるけれどまだそこにいる。不思議な存在になって生きている人達を見守っている。でもそういう存在になったら声は届かないし触れなくなってしまう……向こう側に行ったらもう、皆とこうやって関わりを持てなくなる。この体がどこまで生きられるのか、何年もつのか。急に気になり始めてしまった。

「そんなの……病気じゃあないんだからまだたくさん生きられるだろ?」

ウーゴは私の疑問にバカバカしいと思ったのか、呆れた顔で私の質問に答えてくれる。

「ただ今日みたいなことがあったらもっと早く死ぬだろうな。」

そして平然と嫌な可能性を言い始めて……上げて下げられたような気分だ。悪気もなく素直に言われたものだから不安になって背中からゾクゾクと鳥肌が立った。

「そっか……」

思わず自分の腕を掴んで震える。今のままでいたら早死は確定なのか……自分で思うより他人に言われるとそれが現実味を帯びてきてしまう。このままの私でいたらいけないんだな……ウーゴが言うなら間違いない。

「シニー、今日はもう休んだらどうだ?ジョジョの使っていた部屋を借りたらいい。少し寝るんだ。」

多分らしくなかったように見えたのだと思う。ウーゴは暗いことを言う私を見て「疲れてるんだろ?」って言ってくる。
確かに疲れている。今日はたくさんいろんなことが起こったし、新しいスタンド能力が開花したり、止まらなくて死にかけたり、臨死体験であの三人に説得をされたりジョルノには──……

……そうだよ、ジョルノに言われた言葉をすっかり忘れていた。

(結婚したい……とは……)

今まで忙しなくて頭から抜けていた。確かジョルノに起きる前に言われたんだった。いずれは一緒に住みたいし結婚だってしたいって。私、どさくさに紛れてジョルノにプロポーズ(?)をされたんだよね?後で話をするって言っていたけれど、そもそもまだあれから会えてすらいない。話どころじゃないくらい忙しくてそれどころじゃなくて聞けていない。

「ほら行くぞ!明日はオフにしてやるから朝になったら帰ってのんびり休めよ?」

ちょっと混乱はするけれど、考えないといけないことがいっぱい増えて大変だけれど、今はウーゴの言う通り休むべきだと思う。一日に起こった出来事のボリュームが大きすぎて判断力が鈍っている。体の傷は治っても、体力までは回復しない。

「うん……」

私は素直にウーゴが出した手を握って、廊下を後にジョルノの使っていた部屋へと向かう。

ベッドを見たら昨日の幸せな時間を思い出してしまって恥ずかしくなったけれど、それよりも普段使わない頭を使ったせいか、寝転がったらすぐに瞼が落ちて眠ってしまった。


ミスタさんは私をしっかりと叱ってくれた。ウーゴは許してくれて、大好きなジョルノは……未来を約束してくれた。
今はそれだけでいい。明日からまた考えよう……私がこれからどこに向かっていくのかは、きっと明日の自分が答えを見つけてくれるから。




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